「ガス室」裁判 判決全文 15
理由の第二
原告の主張に対する当裁判所の判断(三~六結論)
平成9年(ワ)7639号 名誉毀損・損害賠償請求事件
1997.4.18.提訴 判決[1999年2月16日]
理由(続き)
第二 原告の主張に対する当裁判所の判断(続き)
三 事実の認定及び解釈を間違えた上での独断に基づく原告に対する誹謗・中傷・名誉毀損に関する主張について
1 本件講座の記事全般について
原告は、原告の主張の基本は、「ガス室」が証明されない以上、「ガス室」の存在を記す記録には、疑いの自を向けるべきであるとする点にあり、この点について本書においては、存在していたとされる「ガス室」が、当時開発されていた消毒の設備や技術の水準と合致していないことを詳細に論じて、疑問を提起し、その実在したことの証明を求めているが、被告金子は、本件講座において、この「核心的争点」について完壁にまでに逃げているのであって、このことは、原告を誹謗・中傷し、その名誉を毀損するものである旨主張する。
しかしながら、原告の主張する「核心的争点」が被告金子にとっては然からざるものであることは両者がその主張を異にする以上当然にあり得べきことであって、同被告がその「核心的争点」を無視し、その論争に応じないことをもって、原告を誹謗・中傷し、その名誉を毀損するものとは、到底いえない。
2 本誌平成9年1月24日号・本件講座の記事について
(一)原告は、被告金子が本誌同号において「改竄主義者」という言辞を頻繁に使用していることについて、「改竄」という語の典型的な用法は、それ以前に誰かが作成した固定的な文書を自分の都合の良いように書き改める犯罪行為を指すものであるところ、歴史は誰かが作成した固定的なものではなく、常に新しい発見によって書き改められるものであるから、同被告が歴史に関して「改竄主義者」という言辞を用いるのは、事実認定及び解釈を誤った独断であり、これが原告を誹謗・中傷し、その名誉を毀損するものである旨主張する。
しかしながら、本件において、「歴史改竄主義者」という言辞を使用することが、道義的・法的問題に触れないことは、前に述べたとおりであり、原告の右主張は理由がない。
(二)原告は、被告金子が本誌同号において、強制収容所の犠牲者の「多い少いを論争してみても……水掛け論」であると論じていることについて、「多い少い」には、単に数の問題だけではなく、第1に、ニュールンベルグ裁判の権威の崩壊、第2に自然死の数字への限りなき接近という質的な問題がはらまれており、被告金子がこれを「水掛け論」というのは、事実認定及び解釈を誤った独断であり、これは、原告を誹謗・中傷し、その名誉を毀損するものである旨主張する。
被告金子が本誌同号の本件講座の冒頭で、ピペルの「法的・道徳的な追及を恐れたナチスがその関係書類を破棄し、被拘禁者の殲滅に関わる文献資料が残されていないため、アウシュヴィッツの犠牲者数を正確に算出することが不可能である」とする見解を示した上、「どれだけの無実の人間がナチスの強制収容所でその命を奪われたのか、それが『400万人』なのか、それともより少なかったのか多かったのか、そうした多い少いを論争してみてもそれは水掛け論に終わり、あまり生産的な議論になるとは思えない。」と述べていることは、前記のとおりである。
これから明らかなように、被告金子は、アウシュヴイッツ収容所における犠牲者の数を論じることについて生産的意味を認めないとの立場をとっており、これを重要視する原告の立場とは真っ向から対立している。しかしながら、「アウシュヴィッツ収容所の犠牲者数」にどのような意味づけを与えるかについては、様々な見解が存在して然るべきであり、これが原告の見解と異なるからといって直ちに「事実認定及び解釈を誤った独断」と極め付けることはできず、まして、これが原告を誹謗・中傷し、その名誉を毀損するものとは到底いえない。
3 本誌平成9年2月7日号・本件講座の記事について
原告は、被告金子が本誌同号で、「殲滅計画を裏付けるナチス文書いくつかを紹介しておく」と力みながら、結局のところ、「おそらくは存在しないであろう。」、「ユダヤ人殲滅のヒットラー命令があったのかなかったのか、それほど重要な問題でもないと考える。」としているとし、これをもって、同被告が自らの文書によって自らの主張の矛盾を暴露するもので、事実認定及び解釈を誤った独断であり、これが原告を誹謗・中傷し、その名誉を毀損するものである旨主張する。
被告金子が本誌同号において、ナチスによるユダヤ人殲滅計画は存在したとし、これを裏付けるものとしていくつかのナチス文書を紹介していることは、前記のとおりであるから、原告の右主張はその前提を欠くのみならず、原告の右主張によっては、このことと原告に対する誹謗・中傷あるいはその名誉毀損との因果関係が判然とせず、結局、右主張はそれ自体失当というほかない。
4 本誌平成9年2月14日号・本件講座の記事について
原告は、被告金子の本誌同号における「ロイヒター報告」に関する記述について、右鑑定が誤った前提に立つものだと決めつけて、その結果を簡単に記述しているだけであり、また、この報告の信憑性を傷つけるために、「自称『エンジニア』の人文科学修士ロイヒターが、実際には自然科学系の大学を卒業などしておらず、『エンジニア』の称号を不法に使用していたことが1991年に発覚している」と述べて威嚇しているとした上、「エンジニア」はアメリカ法上一般名称に過ぎず、これを名乗って営業することは不法ではないから、同被告の右のような記述は、事実認定及び解釈を誤った独断であり、これが原告を誹謗・中傷し、その名誉を毀損するものである旨主張する。
被告金子が本誌同号で、「ガス室否定論者」が重要視する証拠の一つである「ロイヒター報告」について、「それらガス室での大量殺戮が技術的にも化学的にも『実行不能』であったとしている。」と簡単な紹介をした後、この報告が、アメリカ合衆国の刑務所で死刑執行用に使われる「ガス室」とナチス強制収容所のガス室とが同じ構造でなければならないという誤った前提から出発しているとし、ロイヒター個人についても、「起訴された『ガス室否定』論者の『無罪』を『化学的』に証明する任務を担っていた自称『エンジニア』の人文科学修士ロイヒターが、実際には自然科学系の大学を卒業などもしておらず、『エンジニア』の称号を不法に使用していたことが1991年に発覚している。」と述べていることは、前記のとおりである。
しかしながら、原告の右主張によっては、被告金子の「ロイヒター報告」及びロイヒターの学歴に関する記述と原告に対する誹謗・中傷あるいはその名誉毀損との因果関係が判然とせず、結局、右主張はそれ自体失当というほかない。
四 本多が直接原告に対して行った侮辱的言動に関する主張について
この点に関する原告の主張は、本誌の編集長である本多の原告を侮辱する言動について、同人の使用者たる被告会社は、不法行為責任を負うべきであるとするものと解される。
1 平成8年6月30日付けの書簡について
原告は、本多が右手紙において、「木村さんの湾岸戦争の時のルポや読売新聞社問題に間する仕事は高く評価するものですが、このアウシュヴィッツ問題については取材不足で支持しかねます。」と記載していることが、原告を侮辱するものである旨主張する。
原告が平成8年6月頃、本誌編集部に、梶村ほか数名の者を指定して、「ガス室否定論」の関係資料の転送を依頼したのに対し、本誌編集部が平成8年6月30目付け本多名義の原告宛書簡で原告の右依頼を拒絶し、その理由として、原告が右主張において摘示する内容の記載をしたことは、前記のとおりである。
原告の右主張は、右文中の「取材不足」の部分が原告を侮辱するというにあるものと解されるけれども、右の言辞は、本書をはじめとする原告の「ガス室否定論」の論拠が十分でないとする本誌編集部の見解を端的に示すものにほかならず、原告個人の人格に直接言及する性質のものではないから、これをもって原告を侮辱するものとみることはできない。なお、付言するに、右の「取材不足」というのは、現時点における本誌編集部の評価であって、原告の補充取材によって変更される可能性がある極めて相対的なものであり、この面においても原告の人格そのものに至る評価に当たらないというべきである。
2 本誌平成9年2月14日号・「編集部から」欄の記事について
原告は、本多が本誌同号において、「(原告の)現地取材は、余りにも短時日の浅いもの」と述べたことは、原告を侮辱するものである旨主張する。
木多が本誌同号で、本誌の編集長として、一連の「ホロコースト見直し論」についての議論を終焉させる旨を宣言し、その中で、「この問題が西岡氏や木村氏によって最初に発表されたころ(『マルコポーロ』発表以前)、私はこれに強い関心を抱きました。もし事実なら大変な問題ですから。そこで両氏の現地取材に期待したのですが、残念ながらこの『大変な問題』への両氏の現地取材は余りにも短時日の浅いものでした。こんな大問題をひっくり返すには、よほどの大取材を要するはずですが、両氏の主張ははとんどが文献資料によるものです。」と記載したことは、前記のとおりである。
しかしながら、およそ現地取材の期間の長短やその内容の濃淡についての評価は、取材者の人格評価と直接の関わりを持たない問題であり、本多の右の発言をもって原告を侮辱するものとみることはできない。
3 平成9年3月10日付けの書簡について
原告は、本多が右ファクス通信において、「2年ほど前の片言隻句を提えているようです。」と記載したのは原告を侮辱するものである旨主張する。
原告が被告会社の本誌編集部に対し、本件講座などに抗議・反論する文書を頻繁に送付し、本多に対しては、かつては本書で取り上げた問題を本誌に連載する約束があったことなどを指摘し、同人の姿勢に一貫性がないなどと批判したこと、これに対して本多は、右ファクスで、「今回の件で私は、ジャーナリズムとしての対応を最初から考えているし、現在でもそうです。しかしながら木村さんは、法廷の問題として最初から文書などで書いてこられております。しかも文書の中で2年ほど前の片言隻句までとらえているようです。そうなりますと、今後ともうかつに直接話したり、電話で話したりできないと考えざるを得ません。今後は、文書でお申し越しください。」と記載したことは、前記のとおりである。
本多がここで「片言隻句」というのは、原告が主張する連載約束(本書で取り上げた問題を本誌に連載する旨の口頭の約束)を指すものと解される。そうとすると、原告の右主張は、原告が重要な問題を指摘しているのに、これを本多が「片言隻句をとらえている」と評することが侮辱に当たるとの趣旨であると解される。しかしながら、一定の問題に対する考え方あるいは価値観の相違を相手方に示すことが、直ちにその人格を侵害するものとは認め難いから、原告の右主張も失当というべきである。
4 平成9年3月18日付け書簡について
原告は、本多が右の手紙において、「(原告の実施)調査は非常に短時日であって、すぐに帰ってきたのには驚きました。」と記載する部分が原告を侮辱するものであると主張し、本誌編集部が、原告の本件講座に対する抗議や反論記事の掲載などの要求に対し、平成9年3月18日付け本多名義の原告に対する書簡を発し、その中で、「もし本当にあれが100%捏造されたものであることが証明されれば、それはそれで実に重大なことだと思います。最初にこの問題がでてきたときに、したがって私は非常に重視しました。そこで木村さんが現地調査にでた時成果を大いに期待したわけです。ところが、木村さんの調査は非常に短時日であって、すぐ帰ってきたのには驚きました。」と記載していることは、前記のとおりであるが、右主張が理由がないことは、前記2に述べたとおりである。
5原告は、本多が、平成9年1月25日以降、原告から本誌に対する「注意」のファクス通信などを、原告の了解を得ないままに、原告への罵倒記事を執筆中の被告金子にそのまま送付し、同被告をして、これらを本件講座の最終回の記事における誹謗・中傷に利用させたが、これは原告を侮辱するものである旨主張する。
被告会社が、原告から寄せられる本件講座に対する抗議については、被告金子からの意見を聞いた上で、その取扱いを検討する必要があるとの考えから、原告からのファクスを同被告に送付し、原告に対しては平成9年1月31日付け書簡でその旨を伝えたこと、これに対して原告は、平成9年12月2日付け本誌編集部宛の書簡で、被告会社が事前に原告の承諸を得ることなくその発したファクスを被告金子に送付したことについて抗議し、「当方に一言の断りもなく送って、事後承諾を押しつけるのは、常識はずれである。粗雑な対応ではありませんか。」と批判したことは、前記のとおりである。
しかしながら、被告会社が原告から送られてきたファクスを、被告金子の意見を聞くために送付した行為自体は、何ら原告を侮辱するものとはいえない。原告の右主張は、あるいは、被告会社は原告の発したファクスを被告金子に送付することによって、同被告の原告に対する誹謗・中傷に加担したとの趣旨を含むものとも解されるが、本件講座における同被告の論述が原告に対する名誉毀損又は侮辱に当たるとまでいい得ないことは、前に縷々述べたとおりであるから、原告の右主張は、この点においても理由がない。
五 被告らが行った記者会見における名誉毀損に関する主張について
原告は、被告金子らが行った記者会見及びその一部始終を褐載した本誌の記事が、原告を誹謗・中傷し、その名誉を毀損するものである旨主張する。原告の主張は、被告金子らのいずれの言動が原告を誹謗・中傷するものであるかを特定していないが、仮に、被告金子らがその声明文において原告の主張を「基礎的歴史資料をも無視した非科学的内容であり、その主張によって犠牲者・遺族や関係者の名誉と尊厳を著しく傷つけるものである」とし、原告の言動は、歴史的事実を「否定・矮小化」するものであり、「あからさまな人種差別主義的言論」であるとしたことを指すのであれば、かかる被告金子らの声明についての法的評価は、すでに検討したとおりであり、原告に対する名誉毀損には当たらない。
六 結論
以上のとおりであるから、原告の被告会社及び被告金子に対する請求はいずれも理由がなく、棄却を免れない。よって、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第38部
裁判長裁判官 小池 信行
裁判官 渡邉 左千夫
裁判官 堀部 亮一
以上で、日本で最初の「ガス室」判決全文終了。