レバノン侵攻におけるイスラエル敗北の軍事的・政治的意義=====
米・イスラエルによる中東覇権の行き詰まりと破綻
−−新しい反米・反イスラエル民族解放闘争、アラブ・ナショナリズムの台頭と威信の増大−−


はじめに−−国連安保理の停戦決議から約1ヶ月。レバノン侵攻における米・イスラエル敗北を歴史的見通しの中で捉える

(1) 7月12日に始まったイスラエルによるレバノン侵略は、8月14日、国連安保理の停戦決議が発効したことで34日間にわたる直接的戦闘に終止符が打たれた。しかし、イスラエル軍は停戦違反を繰り返しており、小康状態に入っているというのが実情である。イスラエル軍はレバノン南部をまだ占領しており、レバノンの空域・海上の封鎖による兵糧攻めを9月8日にようやく解除したにすぎず、破壊された地域での「人道危機」はまだ続いている。また、イスラエルは完全撤退に様々な条件を付けており、再攻撃の危険性は完全には去っていない。停戦を持続させるには、イスラエル軍の即時無条件撤退しかない。
※<イスラエル>完全撤退になお課題…レバノン封鎖解除方針(毎日新聞)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060907-00000064-mai-int

(2) しかし、現時点ではっきりしていることは、レバノン侵略戦争はイスラエルの完全な戦略的敗北であったという現実である。政治面・軍事面におけるアメリカの全面支援を受けてイスラエルが1ヶ月にも渡っておこなったレバノン侵略が、イスラエルの、そして米国の歴史的な敗北という結果に終わったのである。

 いうまでもなく、この事実が指し示す意味は、単にイスラエルとレバノンとの関係、イスラエルとパレスチナとの関係に大きな変化をもたらすということに留まらない。また、今回の事態は、単にここ1ヶ月の時間単位で捉えるだけでも間違いである。
 今回のレバノンでの米・イスラエルの敗北は、イラク占領支配の泥沼化ともあわせて、中東でのイランの影響力の拡大、アメリカの中東支配・石油支配の著しい後退を見せつけるものとなった。そして何よりも、それは、中東各国で反米・反イスラエル闘争を闘う人民大衆の抵抗闘争の歴史的な勝利であり、人民大衆の支持を受けたヒズボラやハマスなどのイスラム原理主義抵抗勢力の戦闘力を誇示し、その威信を高めたのである。

 私たちは、今回の戦争が指し示す政治的軍事的意義を、まず第一に、レバノンに限るのではなく、中東全体のスケールで捉えたい。レバノンでの米・イスラエルの敗北は、イラクでの米軍の苦境と泥沼化、パレスチナでのハマスの圧勝等々、ブッシュ政権がイラクやアフガニスタンに侵略して以降、中東地域全域で政治的力関係が大きく変化し始めた中で起こったことだからである。
 第二に、ブッシュが中東を軍靴で蹂躙して以降、イスラム原理主義が人民大衆の支持を増大させるようになった現実を、数十年にわたる歴史的パースペクティブの中で捉える必要があるということだ。私たちは、そこにアラブ民族解放闘争、アラブ・ナショナリズムの新しい萌芽を見ることができるのではないか。


(3) ブッシュは、守勢に立つ中間選挙での起死回生の一発を狙ってレバノンで勝負に打って出たが見事な失敗に終わった。自ら墓穴を掘ったのである。その破綻の根底にあるのは、ブッシュが進めてきたイラク戦争と「対テロ戦争」の行き詰まりであ。イラク戦争と同様、再び自らの力を過信し、レジスタンスの力を過小評価した。もはや中東の力関係が変化し始めているのを、理解できなかったのだ。これを深く規定しているのは、アフガニスタンとイラクでの大量破壊・大量虐殺、イランに対する外交的恫喝と制裁決議などブッシュ政権による中東諸国への侵略戦争の拡大・帝国主義的支配と、これに抵抗する中東の人民大衆の反米・反イスラエルの民族解放闘争の強化・拡大−−この2つの政治勢力の新しい歴史的な規模での対抗関係の変化である。ブッシュ政権は、最もその帝国主義的支配を貫徹させたい中東において、幾度も幾度も軍事的冒険主義を繰り返しながら自ら進んでその覇権主義的支配を掘り崩しているのである。
※イスラエルのレバノン侵略の批判については署名事務局の以下の記事を参照されたい。
反占領・平和レポート NO.49 (2006/8/3) イスラエルは即時無条件停戦に応じよ!
反占領・平和レポート NO.48 (2006/7/22) イスラエルと米国は一体となって新たな侵略戦争を開始している
反占領・平和レポート NO.47 (2006/7/19) イスラエルは、レバノンへの侵略戦争――陸海空の軍事封鎖と大規模空爆、無差別殺戮――をやめよ!

2006年9月10日
アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局




[1]レバノン侵攻におけるイスラエルとアメリカの“軍事的戦略的敗北”−−戦局分析と安保理決議の意味合いの変化
 
(1) 今から約1ヶ月前の8月14日午前5時、レバノンでの停戦を求める国連安保理決議が発効し、イスラエル軍はレバノン南部からの撤退を開始した。しかし、いまだにイスラエルは、南部に大規模な地上軍を置いて占領を続けレバノンの領土を踏みにじり、人々を深刻な人道的危機に陥れ、再侵略の恐怖を与え続けている。レバノンと中東の人民は誰もレバノン危機が去ったとは考えていない。
 しかし、ヒズボラの強固な軍事的抵抗とレバノン人民の闘争によって、イスラエルは停戦協定を押しつけられ、侵攻地域からの撤退を余儀なくされた。イスラエルは、160名もの自軍兵士の犠牲を出しながら、レバノン侵略戦争の戦略目標をいっさい達成することができなかった。ヒズボラの指導者ナスララ師は、イスラエルとの停戦発効後即座に勝利宣言を行い、ヒズボラの武装解除に反対する考えを表明した。イスラエルのオルメルト政権と、これを全面支援したブッシュ政権は窮地に立った。


(2) 国連安保理決議案は8月5日、アメリカとフランスによって提案された。アメリカは開戦当初から一貫して即時停戦を求める国連安保理決議の採択に反対し続けた。そして、全世界で侵略戦争反対の声が高まる中で、米は決議の採択を引き延ばすことによって、ヒズボラを弱体化するためにイスラエルによる攻撃に猶予期間を与えようとした。さらには、イスラエルの撤退と取り引きする形でヒズボラの武装解除に徹底してこだわった。
 アメリカが国連に提出した当初の案は、レバノン南部に派遣される国連軍にヒズボラを武装解除するために武力を行使させるという、国連憲章7章で定められた大きな権限を付与することが盛り込まれていた。しかし、国連軍がイスラエルの攻撃にさらされる危険性をもつこの案は、欧州諸国の猛反発にあった。8月11日に採決された最終的な決議案では、国連軍の武力行使権が削除された。アメリカは土壇場になって、ヒズボラの強制的武装解除の項目を後退させ、国連決議に賛同せざるを得なくなったのである。
※Draft U.N. Resolution on War in Lebanon (sfgate.com)
http://www.sfgate.com/cgi-bin/article.cgi?f=/n/a/2006/08/05/international/i115325D61.DTL&type=politics
※Text of U.N. resolution on Lebanon cease-fire (msnbc.msn.com)
http://www.msnbc.msn.com/id/14307971/


(3) アメリカの方針転換の背景にあるのは、あまりにもあからさまなイスラエルの侵略に対する全世界の抗議の声である。しかし、より直接的にはイスラエルの軍事的損失の甚大さと戦略的行き詰まりである。8月10日のAFP通信は、イスラエル紙イディオト・アハロノトの記事として、ヒズボラの対戦車ミサイルが、1/4という命中精度で、世界有数の頑強な装甲と防御システムを持つというイスラエル軍のメルカバIII、IV戦車を破壊しているという事実を伝えている。
 兵器の破壊だけではない。最新鋭の爆撃機やハイテク兵器を備えたイスラエル軍は、電撃的な空爆と破壊で敵が降伏することを前提にし、長期戦争を闘うことを想定していない。また職業軍人だけでなく、通常は仕事に従事する予備役の長期にわたる大量の召集、戦争の長期化はイスラエル社会と経済に大きな損失を与える。(これがイスラエル軍事力の最大の弱点の一つでもある。)もはやイスラエルは、戦争をこれ以上継続しても勝つことができないところまで追い込まれていたのである。
※ヒズボラ、強力な対戦車ミサイルで抵抗=イスラエル軍に大きな誤算 (AFP=時事)
http://news.www.infoseek.co.jp/afp/world/story/20060811afpAFP008150/


(4) イスラエルのレバノン侵略はおおよそ以下の3段階に分かれる。
@ 7月12日のレバノン空爆開始から7月30日の“カナの虐殺”と「48時間空爆停止」。
 イスラエル軍は「拉致されたイスラエル兵の奪還」を口実にして、空爆を中心とする大規模攻撃をレバノンに加え、発電施設や主要道路、橋、商店など民生関連施設を集中して攻撃することによって、人道危機を作り出し、ヒズボラを擁するレバノン政府を締め上げようとした。この時点でのイスラエルの戦略目標は、レバノン現政権の打倒と親イスラエル政権の樹立であった。当初からオルメルト首相は、「レバノン政府に責任がある」などと繰り返し、レバノン政府をターゲットにしていることをあからさまに述べ、すぐさま「戦争宣言」を行った。
 しかし、空爆と限定した地上侵攻で簡単に崩壊させることができると踏んでいたヒズボラが予想を遙かに超える反撃と頑強な抵抗を見せたため、イスラエル政府は動揺し始めた。特に27日、「ヒズボラの首都」と言われるビントジュベイル村で敗北を喫し、空爆を中心とした攻撃から、地上軍を使った本格的な軍事侵攻へと戦術の転換を迫られた。無実の子どもたちを中心に60人もの市民を殺した「カナの大虐殺」に対する国際的な非難を前に、それをかわすためにイスラエルは「48時間空爆停止」を一方的に宣言した。しかし、それは全くのまやかしにすぎず、彼らは同時に大規模な南部地域侵攻のための大規模地上軍を集結させた。

A 8月2日の大規模軍事侵攻開始、予想外のヒズボラの抵抗によるイスラエル侵攻の挫折と司令部の迷走。
イスラエル軍は8月2日、レバノンに対する大規模な空爆を再開した。3日には、地上作戦に1万人規模の部隊を投入し、国境地帯から6キロほどの地点まで大規模侵攻を開始し、南部の20を越える村の要衝を占拠した。ヒズボラの武装部隊を壊滅させるために地上軍が大挙して直接乗り出したのである。この時点でのイスラエルの戦略目標は、レバノン南部のリタニ川以南まで20〜30キロの帯状地帯を暫定的に占領し、ヒズボラを排除・壊滅し、親米・親イスラエルの国連軍=「傀儡国際部隊」を待つとのものであった。レバノン政府の打倒という当初の戦略目標を後退させ、「ヒズボラの壊滅と排除」と「安全保障地帯の設置」という軍事的な目標に転換した。
 しかしすでに述べたように、ヒズボラの軍事的抵抗の頑強さはイスラエルの想像を遙かに超えていた。ヒズボラの部隊は軽火器、対戦車ミサイル、対地ミサイルなどを中心に装備した軽武装のゲリラ部隊だが、正規軍並の極めて高いレベルで訓練され、塹壕化、地下化された陣地からイスラエル軍を迎え撃ち、侵攻を食い止め、出血させた。イスラエル兵は陣地や家屋を占領しても、直ちに方々から飛んでくる対戦車ロケットで攻撃され、立ちすくむことになった。高性能のメルカバ戦車が対戦車ミサイルに次々に破壊され、レバノン沖の艦船がヒズボラの対艦ミサイル攻撃で大破、さらに、軍事行動の途中でイスラエル軍の司令官が交代するという異常事態に陥り、イスラエルの侵攻作戦は迷走し始めた。
※Rising casualties and criticism of the army(ガーディアン)
http://www.guardian.co.uk/israel/Story/0,,1841102,00.html

B 8月9日のイスラエル政府治安閣議での激しい対立と国連安保理決議採択。
 戦局の深刻な混迷の下で、イスラエル政府内部では、レバノン侵攻の拡大か撤退かを巡って激しい対立が生じた。8月9日の治安閣議では、まもなく停戦決議が出ることをにらんで停戦決議までに軍事的成果を上げるために侵攻の再拡大を主張するペレツ国防相ら閣議メンバーの大半と、オルメルト首相とが対立した。治安閣議に提示された軍の地上戦拡大案は、展開中の約1万人の部隊を約3万人に大幅増員し大規模攻勢で行き詰まりを打開し、ヒズボラ壊滅を目指すものであった。イスラエル軍は現にレバノン南部に展開を始め攻撃開始の指令を待っていた。これに対してオルメルト首相は、イスラエル兵数百人が新たに死傷する恐れがあることを根拠に「名誉ある撤退」を訴えた。
※地上戦拡大の協議難航か イスラエル兵死傷を懸念(共同通信)
http://kyoto-np.jp/article.php?mid=P2006080900185&genre=E1&area=Z10

 一方、アメリカのライス国務長官は、イスラエル軍の行き詰まり・泥沼化と国際非難の集中への危機感を感じて、これまでの強硬姿勢を転換し、停戦決議の採択へと動き始めた。この時点で、アメリカは、イスラエル軍の撤退とヒズボラの武装解除をセットにした国連決議を模索し、展開する国連軍にヒズボラの武装解除を強制する権限を持たせる「第7条」の適用に固執した。しかし、最終的にはヒズボラの武装解除の一般的宣言に留まり、事実上イスラエルの一方的な撤退を要求する国連決議に賛成し、8月11日国連安保理決議が採択された。
※U.S. Shift Kicked Off Frantic Diplomacy at U.N. [The making of a cease fire] (nytimes.com)http://www.nytimes.com/2006/08/14/world/middleeast/14reconstruct.html
?pagewanted=1&ei=5088&en=c3b21274884d697c&ex=1313208000




[2]政権崩壊の危機に陥ったオルメルト政権

(1) 要するにレバノンに侵攻したイスラエル軍は、侵攻後わずか半月も経たないうちに、イラクでの米軍の苦戦・泥沼化と同様の状況に陥り始めたのである。当初は空爆だけでヒズボラを屈服させることができると安易に考えたが、ヒズボラによるロケット攻撃は止まなかった。そして地上戦で決着を付けようとしたが、これもゲリラ戦で苦戦し「名誉ある撤退」を考え始めた。
 イスラエルは戦果を挙げずに撤退すれば政権崩壊につながる。しかし、本格的で大規模な地上戦をやって膨大な損失を生み出しても政権は崩壊する。オルメルトは袋小路に陥った。地上軍の「北上」を強硬に主張する国防相とそれに反対する首相が対立するという深刻な状況に陥った。

結局イスラエルは今回のレバノン侵攻において、当初目論んでいた以下の3つの戦争目的、戦略目標をどれひとつ達成できないまま撤退に追い込まれるという、完全な戦略的敗北を喫したのであった。
a)現レバノン政権を打倒あるいは不安定化し、ヒズボラを孤立化させ、親イスラエル政権を樹立すること。
b)ヒズボラを政治的・軍事的に壊滅させること。
c)レバノンにおけるイランとシリアの影響力を排除すること。


 さらに、ガザ侵攻の行き詰まりを、レバノン侵攻に向けることで、戦争によって国内の政治的結束と支持率拡大を目指す政治戦略も破産した。
 今回の停戦の段階で、リクードのネタニヤフなど野党側は、より好戦的な立場からヒズボラの攻撃力打破など戦略目標を達成できないまま停戦を受諾したオルメルトに対し責任追及の構えを見せている。オルメルトの支持率は、侵攻当初の78%から29%へ急落した。そもそも今回の侵攻が練り上げられた周到な計画と準備なしに行われたとして、侵攻直後から批判が出ていた。軍内部にも、政権への批判が強まり、オルメルト首相の退陣を求める声さえ出始め、政権崩壊の危機に陥った。
※イスラエル国民の63%がオルメルト首相の辞任を要求=世論調査(ロイター)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060825-00000023-reu-int


(2) 9月に入って、国連のUNIFIL軍への増員が始まった。しかし、この過程でもイスラエルは後退を余儀なくされつつある。停戦決議は、UNIFILとレバノン国軍のレバノン南部への展開、引き替えにイスラエルの撤退、レバノン軍によるヒズボラの武装解除を定めた。UNIFILは米の要求とは異なりヒズボラ武装解除を任務とせず、停戦と引き離しの役割を果たすだけで、当初は一方的な被害を受けることを恐れて兵力数が確保できない状況にあった。イタリアが中東での影響力拡大の野心から3000人派兵を打ち出して以降、フランスも2000人への増員を認め、ようやく部隊の兵員数がアナンの要求する1万5千人に近づき始めた。
 しかし、イタリア、フランス、スペインなどの中東での影響力拡大の独自の思惑は実現しそうにない。UNIFILそのものが撤退や武装解除を強制できる性格ではなく、イスラエルやヒズボラの政治的意志に依存せざるを得ない中途半端なポジションにある。UNIFILの展開に伴ってイスラエルは海空のレバノン封鎖は解除せざるを得なくなったが、シリア国境からの陸路の補給路を遮断しない限り南部からの完全撤退は拒否している。ヒズボラはイスラエルの侵攻の危険がなくなるまでは武装解除を拒否しており、レバノン軍をはじめ誰もそれを強制できないことははじめから前提になっている。米・イスラエルの要求であるヒズボラ武装解除も、独自の外交的イニシアチブの発揮もできないまま、両軍に挟まれた不安定な状況で一時的に爆発を防ぐ任務だけが課せられているのが現実である。



[3]勝利を勝ち取ったヒズボラとレバノン人民の民族解放闘争−−イスラム原理主義、反米・反イスラエルのレジスタンスという表現形態をとったアラブ民族解放闘争の新しい台頭

(1) ヒズボラとレバノン人民の反米・反イスラエルの武装抵抗、民族解放闘争が、敵の思惑と圧倒的な軍事的優位を打ち砕き、勝利を勝ち取った。
 ヒズボラとレバノン人民の武装抵抗闘争、ガザでのハマスの武装抵抗闘争は、イラクでのスンニ派や旧バース党、マハディ軍などによる武装抵抗闘争に学び、ゲリラ戦を成功裏に戦い抜いた。
 とりわけヒズボラの戦闘力は単なるゲリラ戦を越え出る実力を持っていることが分かった。第一次〜第四次中東戦争に至るイスラエル軍との国軍による正規戦での手痛い敗北の経験、イラク戦争・占領下でのイラクのレジスタンス闘争の経験から、そして何よりも2000年にイスラエル軍を力づくで撤退に追い込んだゲリラ戦の経験から、レバノン人民は圧倒的な軍事力を誇るイスラエル軍との戦い方を学び尽くしたのである。今回のヒズボラの戦いは「新しい型の戦争」という見方もあるほどである。
−−イスラエル北部への「カチューシャ」「ラード」「ハイバル」などの3500発にのぼるロケット攻撃。
−−暗視装置で武装した兵士による無線・レーザー誘導の対戦車砲攻撃。
−−艦船への地対艦ミサイル攻撃。等々。

※軍事評論家の江畑謙介氏は「NHKきょうの世界『ヒズボラ・驚異の戦闘能力』」(8/21)において、ヒズボラの闘いを「新しい戦争の形」とし、今回の対イスラエル戦争で使った兵器類の一覧を見ながら、「国家以外の武装組織でこれだけのものを持っているのは聞いたことがない」と驚嘆している。
※ロバート・フィスク氏は、ヒズボラは何年にもわたって戦闘能力を鍛え、イスラエルに打撃を与える時期を待ち望んでいたことをレポートしている。Robert Fisk: As the 6am ceasefire takes effect... the real war begins (independent.co.uk)http://news.independent.co.uk/world/fisk/article1219037.ece


(2) ゲリラ戦でのイスラエルの苦戦と敗北は、「制圧」地点での相次ぐイスラエル軍兵士の死亡に現れている。ヒズボラの戦闘員数は専従民兵で5〜600人、予備役民兵で5000人以上、停戦発効時点でも、あと数ヶ月間は戦闘可能と言われていた。今回のような戦時になれば一般市民が武器を取る。兵士と市民の境界は曖昧だ。イスラエル軍がこのような本格的なゲリラ戦に遭遇し苦戦したのは初めてのことである。イスラエル軍兵士は言う、「彼らはプロだ」「相手は自分と同じような最新装備を身に着け、特殊部隊員のようにみえた」と。
※Hezbollah Fighters Better Trained, Equipped Than Chechens ? Russian-born Israeli Soldiers(mosnews.com)
http://www.mosnews.com/news/2006/08/16/hizbullahchechens_.shtml


(3) 無法で残虐なイスラエルの侵略と暴力は、レバノンの、パレスチナの、イスラム諸国の、そして全世界の人民の怒りをかき立てずにはおかない。「停戦協定」を受けて被災地に戻ったレバノン市民は、破壊された我が家を見て嘆き悲しみながらも、イスラエルの糾弾とヒズボラへの熱烈な支持を口にしている。
 イラクでは、米軍と戦うサドル師派とマハディ軍が、このヒズボラの戦いに連帯して大規模な集会を、米軍と対峙するバグダッドのど真ん中で開いた。エジプトや湾岸の王政諸国など親米諸国でも、事実上米・イスラエルを支持する自国政府を批判する集会やデモが敢行された。これら諸国では、政権が危機に至るまではいかなかったが、確実にパレスチナ、レバノン、イラクなどにおける反米・反イスラエル闘争への連帯感が広く深く浸透している。

 中東全域で、ヒズボラやハマスなどのイスラム原理主義、レバノンの民族解放運動、パレスチナ人民やレバノン人民の英雄的な闘いへの支持・共感が急速に拡大し、かつてない形で貧しい底辺の人民大衆が中東政治の前面に進出し始めている。
※Leader of Hezbollah Sayyed Hasan Nasrallah: United front against Imperialism (mltoday.com)
http://www.mltoday.com/Pages/Commentary/Nasrallah-UnitedFront.html
 ヒズボラのナスララ氏はインタビューで、この闘いの意味について、帝国主義に対する民族解放の統一戦線が、イラン、シリア、ベネズエラ、キューバ、北朝鮮、パレスチナ、イラク、アフガニスタン等々で形成されており、レバノンでの闘争がその最前線に躍り出たという認識を示している。
 またレバノン全体でキリスト教、イスラム教スンニ派およびシーア派、ヒズボラの旗が翻っているという表現で、宗派を越えた反イスラエル、反米の機運が高まっていることを語っている。

 現在、中東で起こっている反米・反イスラエル人民大衆の台頭は、ここ30年来なかった歴史的な政治変動と言っても過言ではない。このような歴史的な出来事は、1970年代までエジプトを盟主にして第1次から第4次まで戦われた中東戦争に代表される、米・イスラエルとの大規模な正規戦を通じた民族解放戦争とアラブ・ナショナリズムが、圧倒的な米・イスラエル軍の近代兵器・近代的軍事力の前に無惨な敗北を喫して以降、エジプトの屈服を手始めに徹底的に分断され抑え込まれてきたが、今ようやくイスラム原理主義、反米・反イスラエルのレジスタンスという別の表現形態をとって、アラブ民族解放闘争、アラブ・ナショナリズムが新しい胎動を見せ始めたのである。



[4]中東における政治力学の急激な変化−−イラク分裂の危機の下でのイランの台頭、アメリカの中東=石油覇権の行き詰まりと破綻、米欧関係の修復とその矛盾

(1) イスラエルのガザ再侵攻、それに続く大規模なレバノン侵攻は、レバノンを介してイラク、イラン、シリア、パレスチナを一つの危機に結び付け、中東を一回り大きな規模で再び世界情勢の中心に押し上げている。
 米・イスラエルの戦争目的の一つは、ヒズボラを壊滅させ、それを通じてイランの影響力を後退させることであった。さらにはヒズボラを支援するシリアに打撃を与え、中東における「対テロ戦争」を復活・徹底させることであった。ブッシュは、イスラエルによるレバノン侵略が「対テロ戦争」の一環であることを公言してきた。
※レバノン情勢:停戦発効 ブッシュ米大統領「対テロ戦の一部」(毎日新聞)
http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/america/archive/news/2006/08/15/20060815dde007030029000c.html


(2) レバノン侵攻の直接の背景には、中東における政治力学の急激な変化−−イラク分裂の危機の下でのイランの台頭とアメリカの中東=石油支配の根幹の動揺がある。
−−イラク戦争・占領支配は失敗・泥沼化し、イラクの分裂とシーア派の政治的進出によって、この地域におけるイランの地位が急速に上昇し始めた。
−−昨年8月、イランでアフマディネジャド政権が誕生し、直後に核開発を表明した。
−−レバノンにおいても、一旦は、「シーダー革命」によってシリアの影響力を排除したかに見えたが、米仏の思惑に反して、国民議会選挙でヒズボラが勝利し、政権の中枢を掌握、政治的進出を果たした。
−−パレスチナでは、今年1月の選挙でハマスが圧勝した。等々。



(3) このような中でイラン封じ込めが、米=イスラエルの中東戦略最大の課題に浮上した。イラン台頭阻止で、イラク戦争を巡って対立していた米欧、特に米仏が戦略的同盟関係の修復を追求し始めた。
 2004年6月の米仏首脳会談は米仏の手打ちの画期となった。シリアとヒズボラの封じ込めを狙うブッシュ大統領と、かつての植民地であったレバノンを足場に中東への関与を強めようとするシラク大統領との思惑が一致し、米仏による“シリア・バッシング”が開始された。同年9月の安保理決議1559はその政治的道具であった。2005年2月のレバノン・ハリリ前首相暗殺とその直後の親シリア政権を打倒し親米政権を樹立するという「シーダー革命」もこうした中で起こった。
 米仏などの干渉により実施された2005年5〜6月の国民議会選挙を経てレバノン政権は成立したが、米仏の意図に反してヒズボラが大きく政治的に進出し、今春には機能麻痺に陥った。今回のレバノン危機において米仏の責任は重大である。中東支配のためにこの国に介入し、滅茶苦茶にしたのである。
※「Cedar Revolution」Wikipedia, http://en.wikipedia.org/wiki/Cedar_Revolution

(4) レバノンだけではない。アメリカの世界覇権が、中東とラテンアメリカを中心に急速に後退していく中で、ヨーロッパ諸国は深刻な危機を感じ、対米関係の修復を模索し始めている。EU諸国が、フランスが、ドイツが、単独で世界支配をすることなどできないからである。イラク戦争開戦前のあの先鋭な米仏対立は、固定的なものではない。
−−NATOの全世界への域外派兵の領域はますます拡大している。イラク支援は最後まで協力しなかったが、アフガニスタンには増派に次ぐ増派を行い、スーダンやアフリカ諸国にも軍事的影響力を拡大しつつある。
−−中東と中央アジアへのアメリカの介入に加担し始めている。イランとシリアはその最大の標的である。
−−キューバとベネズエラに対する政治的干渉と介入姿勢を強め始めている。
−−EU拡大と並んで、EU全域でのミリタリゼーションが加速している。等々。


 ヨーロッパの共産主義者や社会主義者、反戦平和運動は、イラン戦争阻止、またNATOと米欧の軍事一体化、軍国主義化との対決を前面に押し出している。
 昨秋から今春にかけて、欧米の共産主義運動や社会主義運動、反戦平和運動や反グローバリズム運動は、「ブッシュの次の標的はイランだ」として、対イラン戦争阻止を最優先課題に押し出してきたが、半分は当たったのである。ただ、米国ではなくイスラエル、イランではなくレバノンだった。
※StopWarOnIran.org http://stopwaroniran.org/


(5) しかし今回のレバノン危機でも現れたように、同時に他方で、米国とイスラエルのあまりに強引な、残虐非道なやり方が、中東全域で帝国主義全体の後退につながることを恐怖している。中東における米欧の対立も、米国やイスラエルのやり方を非難し、それと一線を画しながら、米国とは異なる形で中東における自らの固有の利益、権益、勢力圏を追求しようとするところから来ている。とりわけ、レバノンの旧宗主国であるフランスは、今回の米・イスラエル蛮行の積極的加担者として振る舞い、“停戦”後の状況に、露骨に食い込もうとしている。
 アメリカとヨーロッパ諸国は、世界情勢の中心的な問題で、協力と対立という複雑で矛盾した対応を繰り返している。


(6) さらに、米の中東支配・石油支配に対抗する動きも顕在化している。イランを介して、ロシアや中央アジア諸国の反米派、中国と「上海協力機構」、ベネズエラなどがつながりを持ち始め、石油資源を中心とする米一極支配に対抗する別の国家間の善隣・友好関係の枠組みを作り始めている。
 一方、中東の親米政治大国エジプト、湾岸の王政諸国ヨルダンやサウジアラビアなどは、アメリカ=イスラエルの蛮行の前に何もできない惨めで無惨な姿をさらけ出した。ヨルダンやエジプトは、当初は「ヒズボラの挑発」を非難していた。しかし、イスラエルの侵攻に対する人民大衆の批判、憤激が高まるのを見て、“カナの虐殺”に対する非難声明をあわてて出す有様であった。このような無力な中東諸国への反発と怒りが拡大している。エジプトでは、8月12日イスラエルのレバノン侵略に反対する全世界的な国際行動に連帯する形で、イスラエルの国旗を燃やすなど激しい抗議行動が展開され、ムバラクの容認的態度に批判が集中した。



[5]イラク情勢が新しい段階に−−米帝によるイラク占領支配がいよいよ深刻な事態に

(1) イラク情勢も新しい段階に入った。アビザイド米中東軍司令官とペース統合参謀本部議長は、イラクの宗派間抗争について「これまでで最悪の状態だ。歯止めがかからなければイラクが内戦に突入する可能性がある」と証言、内戦の危機に直面しているとの危機感をにじませた現状認識を示した。ブッシュ政権は、これまでも繰り返し撤退方針(もちろん部分撤退)を策定しているが、この7月〜8月にかけても、撤退か駐留かの隘路から這い出ることができないでいる。


(2) マリキ首相は“傀儡政権”の体すらなしておらず、空洞化と機能麻痺状態に陥っている。とりわけ米占領軍の拠点バグダッドの治安が一気に悪化し始めた。米軍が数少ない兵力をバグダッドに集中しなければ、その機能麻痺に陥った政権すら持ちこたえられない局面に入ったのである。
 根本原因は米軍によるマハディ軍掃討作戦と住民虐殺の拡大である。問題はシーア派・スンニ派の宗派対立だけではない。米軍特殊部隊やCIA、正体不明の傭兵が白色テロを拡大しているのである。国連機関の発表では5〜6月のイラク国内の死者は5800人以上と、1日平均でほぼ100人に達した。
 要するに、米軍の部分撤退のための大前提としての、イラク治安部隊の訓練と戦闘配備がいつまで経っても確立しない状況が続いているのである。米軍撤退はそれが部分的なものであっても傀儡政権崩壊の引き金を引く、そういう段階に入った。
※イラク情勢の最新の局面については「マリキ政権発足後のイラクで何が起こっているのか−−崩壊の危機に瀕するイラク傀儡政権」(署名事務局)参照



[6]イスラエルの軍事的敗北はイラク戦争の泥沼化に次ぐアメリカの軍事的敗北−−中間選挙におけるブッシュ共和党敗北の現実的可能性

(1) ブッシュ支持率が遂に30%を割り込むまでになり、昨秋から今春にかけて、ブッシュ政権は政権末期症状に陥った。アブグレイブ、グァンタナモ、欧州のCIA秘密基地、イスラム系市民の不法拉致と強制送還、新たな拷問・虐待事件の発覚、米国民すべてを対象にしたが不法盗聴事件等々、アメリカ経済の軍事化、治安体制強化・監視社会化、政治社会経済全般の反動化とその諸矛盾が明るみに出始めたのである。

 さらにイラク戦争・占領の長期化は、米国内で共和党支配に対する反発、反対を生み出している。2006年6月時点で米兵の公式の戦死者は2500人、負傷者は18,000人以上に達した。州兵のイラクへの強制的動員は州レベル・地域レベルで反戦・非戦ムードを拡大している。米軍のイラク派兵と過剰展開・ローテーション危機。傷痍軍人の増加、そのケアのための施設と予算の膨張、戦争遺族への補償の負担増。イラク帰還兵を襲うPTSDや様々な精神疾患。そして「ハディーサの虐殺」に次ぐ「マハムディアのレイプ・虐殺事件」等々。−−イラク戦争の影が確実に選挙区で争点に浮上している。
 そして遂に民主党で親ブッシュ=対イラク戦争強硬派の大物リーバーマンが民主党予備選挙でイラク撤退派の新人に敗北した。民主党は、即時無条件撤退を打ち出せずにいるが、最大公約数「撤退日程明示」で共和党を追い詰めようとしている。
 米国のイラク反戦運動は、昨夏のシンディ・シーハンさんの座り込みによって火が付いた。彼女は今夏、ブッシュの私邸から10キロの所に土地を購入し、ここを拠点に追及活動をする構えだ。

 カトリーナ災害からの復興は、黒人の低所得者層が居住していた地域を中心に、丸々1年が経過した現在もほとんど進んでいない。イラク戦争や中東への軍事介入に血道を上げるブッシュ政権の国内問題に対する無為・無策への批判は、中間選挙が近づくにつれて固まっている。ハリケーン・カトリーナ被害と黒人の棄民政策、教育・福祉の切り捨て、雇用の切り捨て、移民規制と排外主義強化等々、ブッシュによる「対テロ戦争」とイラク戦争の長期化がもたらす社会のひずみと負の作用全体が耐え難いものになろうとしている。
 そのようなブッシュの排外主義と切り捨て政策に対して底辺層と被抑圧民族の力の大きさを示したのが、今年5月1日、全米で移民労働者とそれを支援する仲間たち1000万人(!)が抗議行動に出たことである。「移民のいない日」−−移民労働者が職場をボイコットすれば米国の経済とインフラの根幹部分が機能麻痺になるという事実を突きつけた。それは、非正規雇用労働者による、おそらく世界初のゼネストの呼びかけである。移民労働者は権利を主張し歴史的な行動を開始したのである。


(2) ブッシュ政権は、今年に入って中間選挙に向けて巻き返しを図り始めた。軍産複合体、石油メジャー、極右キリスト教原理主義を支持基盤とするブッシュ政権の政権浮揚策は、やはり戦争政策、軍事外交政策の強硬的な立て直しでしかあり得ない。
−−イスラエルを使ったレバノン侵攻は、すでに述べたように壮大な失敗、軍事的敗北に終わった。
−−イランに対しても今年に入って、ウラン濃縮=核開発をやり玉に挙げ、経済制裁から軍事制裁を射程に入れた強硬策を前面に押し出し始めた。
−−朝鮮半島と東アジアでは、昨年9月から金融制裁を始動させ、朝鮮民主主義人民共和国を孤立化させ、その金融的締め付けと経済危機の先鋭化を加速する極めて危険な政策に転換した。

 私たちは、ブッシュがここに「悪の枢軸」を自己の軍事外交戦略の中心に据える方針を捨てていないこと、否、イラク戦争の失敗にもかかわらず、再びそれを復活させようとしていることを確認しなければならない。
 「石油と中東を支配することは世界を支配することである」とまでいわれている。石油資源を中心とする「地政学的戦略的利害」が、21世紀初頭のアメリカを盟主とする世界帝国主義の根本的権益、帝国主義的支配の根幹の一つをなすことを、改めて暴露した。

 しかし同時に、今回の巻き返し策は、9.11以降の米国自身の圧倒的な軍事力を直接に正面に押し出した単独行動主義的先制攻撃戦争とは異なって、いずれも帝国主義同盟諸国を利用したものである。レバノン侵攻についてはイスラエルを使ったいわば“代理戦争”であり、またイランでも仏・英や国連安保理を使った封じ込めであり、対朝鮮民主主義人民共和国については日本を前面に押し出した。すなわちアメリカの軍事力が根本的に後退した力関係の下での、追い込まれての巻き返し策である。
 今回のレバノン侵攻はイスラエルの単独行動ではない。ブッシュは今回のレバノン侵攻の計画段階から緊密かつ一体的に動いている。中東のどう猛な侵略国家イスラエルを利用しているのはアメリカである。米国の政治的・軍事的・経済的な全面支援抜きには、イスラエルはレバノンへの侵略を開始することもできなかったし占領支配を維持することもできない。
※「反占領・平和レポート NO.50 米・イスラエルの軍事一体化を暴く 戦争犯罪の共同責任を追及する」(署名事務局)

 その意味で、今回のレバノンにおけるイスラエルの侵略戦争の敗北は、単なるイスラエルの敗北というのにとどまらず、アメリカとイスラエルの一体となった軍事的冒険主義の敗北であり、中東でのアメリカの影響力の後退、覇権主義的な石油支配の後退としてブッシュ政権に打撃を与え、中間選挙でのブッシュの敗北へと導くであろう。