米軍用地強制使用裁決申請事件
同 明渡裁決申請事件
意見書(三)
[目次]
第二 瀬名波通信施設
一 施設及び強制使用対象地の概要
瀬名波通信施設は、読谷村に所在するアメリカ空軍の通信施設(管理部隊第一八航空師団)で、全体の面積は六一万平方メートルである。建物などの施設は一部にあるだけで、大半は平坦な平原状の土地となっている。その中には通信用のアンテナともに遊休地や黙認耕作地がある。
同通信施設は、かつて「ボロー・ポイント射爆場」として利用されていた。現在「海外放送情報サービス」という部隊が使用している。西太平洋諸国の放送電波を傍受し、ワシントンに送っている。その傍受能力は驚異的で、米軍の公式説明によると、モスクワから旧ソ連の他の地域にファクシミリで送られる新聞紙面や旧ソ連国内のテレビ画面を直接傍受することが可能であるといわれている。
同通信施設のうち、今回の強制使用の対象地は、読谷村字瀬名波鏡地原所在、地番八九六番の二である。対象地の広さは、二五一・九九平方メートル、坪数にして約七六坪である。対象地は、同通信施設の東端に位置しており、所有者は、新垣昇一である。なお、米軍による接収された当時の対象地は、「畑」として利用されていた。
二 新垣昇一の契約拒否の理由
対象地所有者の新垣昇一が、自らの土地を米軍のために利用させることを拒否する理由は、第一に、沖縄戦の体験である。
詳細は、第六回収用委員会審理記録(二〇頁以下)で明らかとなっているが、一九四五年三月の沖縄空襲の際に、米軍機によって同人の妹が目の前で殺されたことである。沖縄戦は、日本の無謀な侵略戦争の結末であり、本土の「捨て石」として押しつけられた戦いであった。「戦争やならん」という亡父の言葉は新垣昇一の現在に至る固い信条であり、戦争のための米軍基地に土地を貸すことはできない。
第二は、新垣昇一が戦後職を得るためにやむをえず、米軍基地で働いていた時の経験である。米軍基地内では、沖縄県民に人権はなかった。基地内で働く沖縄の女性が暴行、殺害される事件も相次いだ。新垣昇一自身も、海兵隊将校のハウスボーイとして働いていたとき、米兵が目の前で排便したシーツを洗わされたという屈辱的な体験がある。戦後一貫したアメリカによる沖縄支配の実体は、現在も変わりなく、新垣昇一は、先祖伝来の土地を米軍に使わせることは絶対にできない。
第三は、防衛施設局をはじめとするあらゆる形での日本政府の“嫌がらせ”を許すことができないからである。以下に述べる“嫌がらせ”の土地返還はその象徴的なやり方である。
三 本件土地強制使用は「適正且つ合理的」(米軍用地特措法第三条)でない。
1 米軍用地特措法による土地の強制使用は、言うまでもなく、憲法第二九条第三項に 基づくものである。憲法第二九条第一項は、財産権の不可侵性を定め、この精神に基づき第二九条第三項では、公共の利益のために国民の財産権を侵害する場合は正当な補償をおこなうことを定めている。国民の財産権は、国民が生活を営んでいく上で必要不可欠な、最も基本的な人権の一つであるから、当該国民に「特別の犠牲」を強いてまで財産権を強制的に収用ないし使用するには、それだけの強度の必要性や合理性がなければならない。それだけの強度の必要性も合理性もないのであれば、米軍用地特措法の定める「適正且つ合理的」の要件を欠くものとして、裁決申請は却下されなければならない。
2 本件裁決申請は、以下のとおり右の要件を欠くから却下されるべきである。
第一に、本件対象地の使用目的は、米国軍隊の「事務所用地」であるとされている(裁決申請理由説明要旨・七頁)。しかし、本件対象地上には、事務所ないしそれに付帯する構造物、設備は設置されていない(C・スライド4、7)。したがって、本件対象地を「事務所用地」として強制使用する強度の必要性はない。
また、確かに、本件対象地は通信施設内の土地ではあるが、対象地の前は県道六号線であり、その路上を毎日多数の自動車が行き来しており、かつ隣地には三階建ての民家が建っているのであるから(C・スライド4、6)、本件対象地を返還することにより本施設の通信機能に何らかの支障が生じるということはありえない。
第二に、本件土地について、引き続き強制使用するのは、土地所有者に対する“嫌がらせ”以外の何ものでもなく、全く必要性、合理性、適正性がない。
土地所有者(新垣昇一)が本来有していた土地は、本件対象地である地番八九六番の一と八九六番の二とを合わせた菱形(平行四辺形状)の土地であった(C・スライド3、4)。この一体となった本来の土地であれば、隣地と同様に、本件土地は宅地として有効に利用ができるはずであった(C・スライド4、6、7)。
ところが、国、防衛施設局は、一九九二年五月の所有地返還の際に、敢えて、右地番八九六番の一のみを返還し、八九六番の二を返還しなかったのである。この返還方法のために本来の土地は二分されてしまい、土地所有者は、土地の有効利用を阻害されてしまった。地番八六九番の一の土地は、県道六号線に面しているが、県道六号線側の間口は、わずか長さ約五メートルにすぎず、そのため土地の形状が大変いびつとなり、宅地として利用することは事実上できなくなってしまった(C・スライド5、6)。土地所有者である新垣昇一は、二人の子供のために、隣地と同様に建物を建築することを希望しているが、本件対象地が返還されない限り建物建築は不可能となってしまったのである。
土地所有者は、やむなく、右地番八九六番の一の土地を、現在サトウキビ畑として利用しているが(C・スライド5)、米軍、国、防衛施設局は、かような土地を二分する返還方法では、土地所有者が返還された土地を有効活用できないことを十分承知していたはずである。承知していたにもかかわらず、敢えて、右の返還方法をとったのは、米軍、国、防衛施設局が、土地所有者に対する“嫌がらせ”を意図したものとしか考えられない。瀬名波通信施設内の米軍用地について賃貸借契約の締結を拒否しているのは、現在新垣昇一一人である。米軍、国、防衛施設局は、同施設内に土地を所有している他の地主らに対し、米軍、国に協力しないとこういう不利益を受けるという見せしめのために、“嫌がらせ”返還をしたのである。
第三に、起業者側は、本件強制使用の理由として「施設及び区域の運用上、他の土地と有機的一体として機能しており、必要欠くべからざるもの」(裁決申請理由説明要旨・三頁)と言っているが、全く根拠はない。右の述べたとおり、瀬名波通信施設の運用上、本件対象地である地番八六九番の二の土地は「必要欠くべからざるもの」では全くない。起業者側は、強制使用する必要性がないにもかかわらず、契約拒否の見せしめとして、“嫌がらせ”で強制使用を継続しようとしているのである。“嫌がらせ”のための強制使用を、「有機的一体として機能」しているという口実で合理化することは許されない。
四 結論
以上、本件土地の強制使用には、必要性も、「適正且つ合理的」理由も存しないから、米軍用地特措法第三条の要件を明らかに欠き不適法であるから、よって、本件裁決申請は速やかに却下されるべきである。
出典:反戦地主弁護団、テキスト化は仲田。