建設省経収発第368号の4
平成10年4月7日
参加人
静岡県清水市江尻東1丁目1番16号
石原 正一 殿上記代理人
沖縄県那覇市泉崎2丁目1番地4
大建ハーバービューマンション902
三宅 俊司 殿
(以下別紙のとおり)
建設大臣 瓦 力
平成9年6月5日付けで那覇防衛施設局長が提起した審査請求に対し裁決を行ったので、行政不服審査法(昭和37年法律第160号)第42条第4項の規定により裁決書の謄本を送付する。
裁決書
審査請求人
那覇防衛施設局長 嶋口 武彦
上記審査請求人(以下「請求人」という。)が平成9年6月5日付けで提起した審査請求について、行政不服審査法(昭和37年法律第160号)第42条第3項の規定に基づき、次のとおり裁決する。
主文
審査請求に係る処分を取り消す。
事実
1.審査請求に係る処分
日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法(昭和27年法律第140号。以下「駐留軍用地特措法」という。)第14条において適用する土地収用法(昭和26年法律第219号。以下「法」という。)第47条に基づき、沖縄県収用委員会(以下「処分庁」という。)が平成9年5月9日付けでした却下の裁決(平成8年(権)第8号、平成8年(明)第8号。以下「本件処分」という。)
2.審査請求の趣旨
本件処分を取り消すとの裁決を求める。
3.審査請求の理由
請求人が主張する審査請求の理由の要旨は、次のとおりである。
(1) 法第47条は、「裁決の申請がこの法律の規定に違反するとき」は申請を却下しなければならないとしているが、これは、裁決申請に係る手続きを踏ませることによって保護しようとする土地所有者との権利が、その違反によって損なわれることがないようにする趣旨から規定されたものである。したがって、裁決申請の手続きに瑕疵があっても、その保護しようとする土地所有者等の権利がその後回復され、又は容易に回復可能である場合には、申請を却下することは必ずしも妥当でなく、この場合に、他方で却下により公益の実現に著しい支障が生じることとなるときは、その申請の却下は不当である。
本件については、以下の理由により、明らかにこのような場合に該当するものであり、本件処分は不当なものとして取り消されるべきものである。
- 嘉手納飛行場内にある沖縄県中頭郡嘉手納町字東野理原350番、実測面積590.20平方メートルの土地(以下「本件土地」という。)に係る裁決申請書等の公告・縦覧は使用しようとする土地について誤りなく行われており、登記名義人石原正一氏(住所:静岡県清水市江尻東1丁目1番16号、本件土地の共有持ち分1,044分の1)(以下「真の共有者」という。)を始めとする関係権利者には処分庁に対する意見書提出の機会は適正に付与されていたため、本件裁決申請等を却下せず、裁決申請書等の補正を認めて審理を進めても真の共有者の権利保護に欠けることはないこと。
- 本件土地は、我が国に駐留するアメリカ合衆国の軍隊(以下「駐留軍」という。)の用に供する必要がある土地であり、本件処分により本件土地を使用する権限を得られないとすれば、我が国の生存と安全の維持という目的を達成するために内閣総理大臣の使用認定を受けた高度な公益の実現に著しい支障が生ずること。
(2)本件処分においては、駐留軍用地特措法第7条第2項の通知が真の共有者になされていないこと及び同法第15条第1項により却下しても暫定使用できることを利益衡量して却下せざるを得ないとしているが、このことは、次の理由により、却下の裁決の判断を行うに当たって考慮すべきでない事項又は過大に考慮すべきでない事項を理由とする不当なものである。
- 駐留軍用地特措法第7条第2項に基づく使用認定の通知の有無は裁決の判断を左右するようなものではなく、使用認定に係る事項を裁決を行うに当たっての考慮事項とすることは、処分庁に与えられた権限を越えるものであって、許容されるものではないこと。
- 駐留軍用地特措法第15条第1項第1号に基づく暫定使用の期間は、極めて短期又は不安定な期間に限られるものであり、同号の規定による使用が認められるからといって、使用認定を受けた駐留軍の用に供する土地の安定的な使用を確保する観点からは極めて不十分なものであって、このことをもって考慮事項となるものではない。むしろ、処分庁が裁決を行うに当たっては、その裁決が確定し、暫定使用が終了することを前提に却下を相当とする事由があるか否かを判断すべきであること。
理由
1.審査請求の理由(1)について
法第47条は、収用又は使用の裁決申請が「この法律の規定に違反するときは、収用委員会は、裁決をもって申請を却下しなければならない」と規定している。この規定の趣旨、目的は、裁決申請に係る手続きが適正に行われ、土地所有者等の権利が手続き的に保護されることを担保し、もって公共の利益と私有財産との調整を図ることにある。本条の趣旨、目的が以上のようなものであることから、条文上は、裁決申請が「この法律の規定に違反する」ときは「申請を却下しなければならない」と規定されているが、収用委員会が個々具体的の事案について裁決を行うに際しては、裁決申請に瑕疵があるときは、いかなる場合にも当該裁決申請を違法なものとして却下するといった形式的かつ画一的な取り扱いをすることは妥当でなく、本条の趣旨、目的が基本的に害されないと認められる場合においては、当該裁決申請を却下せずに補正を認めて手続きを継続することも許されるものと解するのが相当である。
したがって、裁決申請に瑕疵があり、文理上は法第47条に該当すると認められる場合においても、当該裁決申請により実現しようとする公共の利益の特性、申請に係る瑕疵の態様等の諸般の事情を総合的に勘案して、当該裁決申請を却下すると公共の利益の実現に著しい支障が発生することが明らかであり、他方、却下せずに裁決手続きを継続しても当該裁決申請に係る瑕疵により損なわれた土地所有者等の権利がその後回復され、又は容易に回復可能であり、実質的には当該土地所有者等の権利の保護に欠けるところはないという特別の事情が存するときには、上記の理が当てはまるものと解せられる。すなわち、このような特別の事情が存する場合においては、収用委員会は裁決申請を「この法律の規定に違反する」として直ちに却下せず、当該裁決申請の補正を認めて裁決手続きを継続した上で実体的な判断を下すことが妥当である。
そこで、本件について、以上のような特別の事情があるか否かについて検討を加えることとする。
(1)まず、本件における事実関係についてみると、請求人は、平成8年3月29日、処分庁に対し、本件土地について、法第40条第1項及び第47条の3第1項に定める書類(以下「本件処分に係る裁決申請書等」という。)を添付のうえ、裁決の申請及び明渡裁決の申立て(以下「本件裁決申請」という。)をした。しかしながら、当該裁決申請書等には、請求人の誤認により真の共有者の氏名、住所等が記載されていないことから、本件裁決申請については瑕疵があることが認められる。その後、請求人は、当該誤認を知り、平成9年3月21日に本件処分に係る裁決申請書等の補正を申し立てたが、処分庁はこれを認めず、同年5月9日、処分庁は本件処分を行った。
(2)次に、本件裁決申請が却下された場合の公共の利益の実現への影響について検討する。
日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(以下「日米安全保障条約」という。)第6条においては、「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される」とされており、我が国は、国内の施設及び区域を駐留軍に提供する責務を負担している。この責務の履行は、条約上の責務の履行としてそれ自体極めて公益性の高いものであるのみならず、当該責務は「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与する」という目的を実現するためのものであり、当該目的は公共の利益の中でも極めて高度なものというべきである。
駐留軍用地特措法は、日米安全保障条約第6条の規定を受けた「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並び日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」を実施するため、駐留軍の用に供する土地等の使用又は収用に関し規定しているが、本件土地は、同法第3条における「その土地等を駐留軍の用に供することが適正かつ合理的である」という用件に該当すると認められることから、同法第5条の規定に基づき、平成7年5月9日に内閣総理大臣の使用認定を受けた土地であって、嘉手納飛行場全体と有機的に一体として機能し、我が国の安全に寄与し、及び極東における国際の平和と安全に寄与するため、条約上の責務の履行として駐留軍の用に供する必要があるものである。したがって、本件処分により本件土地を使用する権原が得られないという事態が生ずる場合においては、このような公共の利益の実現に著しい支障が生ずることは明白である。
(3)次に、本件裁決申請について、却下せず補正を認めて裁決手続きを継続した場合における真の共有者の権利保護の可否及びその難易について検討する。
本件処分に係る裁決申請書等においては、前述のように、法第40条第1項及び第47条の3第1項の規定により求められている真の共有者の住所、氏名等が記載されていない。この結果、その後の手続きに関し、同者に対しては、法第42条第1項に基づく裁決申請があった旨の通知及び第47条の4第1項に基づく明渡裁決の申立てがあった旨の通知は行われなかったが、一般的に裁決申請等があった場合においては、裁決申請等に記載されていない土地所有者等の発見を図る趣旨も含め法第42条第2項(法第47条の4第2項において準用する場合も含む。以下、同項において準用される規定があるときは、単に当該準用される規定のみを示す。)に基づき、裁決申請等があった旨を公衆に周知させるため、当該通知とは別に、裁決申請書等を公告・縦覧すべきこととされているところ、本件処分に係る裁決申請書等の公告・縦覧については、法第42条第4項に基づき沖縄県知事により平成8年9月18日から同年10月2日まで使用する土地について適正に行われている。したがって、真の共有者においても、法第43条1項に基づき処分庁に対して意見書の提出の機会が与えられており、自らが真実の権利者である旨を主張することが可能であったが、当該縦覧期間中、同者からは意見書の提出はなかった。
しかしながら、法第43条第1項但書においては、「縦覧期間が経過した後において意見書が提出された場合においても、収用委員会は、相当の理由があると認めるときは、当該意見書を受理することができる」こととされており、「相当の理由」については、法第42条第1項及び第47条の4第1項の通知がなされなかったときも含まれるものと解されている。したがって、本件においても、処分庁は、本件処分に係る裁決申請書等の補正を行わせるとともに、当該規定によって真の共有者からの意見書を受理し、当該意見を審理に反映させることにより、同者の権利の回復を図ることは容易である。
また、本件においては、上記の措置とは別に、又はこれと併せて、裁決手続きの迅速化と公正かつ的確な裁決を可能とするために収用委員会に認められている職権による調査権を有効かつ適切に行使することにより、真の共有者の権利保護を図ることも可能である。すなわち、処分庁は、本件処分に係る裁決申請書等の補正を行わせるとともに、法第65条に基づき、真の共有者の申立てにより、あるいは自らの権限により、必要に応じ、真の共有者を含む関係者を審問し、又は関係者の意見書の提出を命じ、あるいは現地調査を行うなどを通じて、真の共有者を審理に取り込み適正に裁決手続きを進めることにより、同者の権利の回復を図ることには特段の支障は認められない。
なお、本件処分に係る裁決申請書等を構成する土地調書及び物件調書についても真の共有者の住所、氏名等が記載されていないが、これらの調書の作成の際に同者の立会及び署名押印がなされていないことから、当該調書の記載事項が真実であるという推定力は発生しておらず、真の共有者は当該調書について異議を述べることが可能であり、実質的には同者の権利保護に支障はない。
以上のとおり、本件においては、本件裁決申請が却下されることにより、我が国の安全及び極東における国際の平和と安全という極めて高度な公共の利益の実現に著しい支障が生ずることが明白であり、他方、請求人の補正の申立てを認めて、本件裁決申請を却下せずに裁決手続きを継続しても、真の共有者の権利は容易に回復することが可能で、実質的には同者の権利の保護に欠けるところがないと認められる。
しかしながら、このような特別の事情があるにもかかわらず、処分庁は裁決手続きにおいてこれを正当に勘案することなく本件処分を行っている。したがって、本件における裁決手続きの進め方は法第47条の趣旨、目的に照らして著しく妥当性を欠くものであるとともに、かかる裁決手続きに基づき行われた本件処分も、著しく不当なものと判断せざるを得ない。
2.審査請求の理由(2)について
(1)本件処分において、処分庁は、使用認定の通知がなかったことにより本件処分に係る使用認定に対する不服申立ての機会を確保する事実上の利益が損なわれるとする。しかしながら、一般的に、このように収用委員会が裁決申請の当否を判断する際に使用認定に係る事項を勘案することは、使用認定は内閣総理大臣、使用裁決は処分庁にそれぞれ権限を分掌させている駐留軍用地特措法の趣旨、目的に明らかに反するものである。すなわち、駐留軍用地特措法においては、使用認定の要件の充足性の有無の判断については内閣総理大臣の高度の政策的、技術的な裁量に委ねられており、収用委員会は、使用認定に重大かつ明白な瑕疵があって当該使用認定が明らかに無効と認められる場合を除き、当該使用認定に基づき自らの職責を遂行すれば足り、その際に使用認定に係る事項を勘案することは許されないと解するのが相当である。
本件についてみると、駐留軍用地特措法第7条第2項に基づく使用認定の通知は真の共有者に対してなされてないのは事実であるが、当該通知は、一般的に、使用又は収用しようとする土地等の所在、種類及び数量を土地所有者等に了知させるため、同項に基づく公告とは別に、念のため行われるものであり、これによって土地所有者等の権利義務に格別の効果を及ぼすものではないと解されている。このため、本件において、使用認定の通知が真の共有者に対してなされていないとしても、これによって直ちに本件処分に係る使用認定を無効にするものでないことは明らかである。したがって、処分庁が本件処分を行うに際して、本来使用認定に係る事項に属するものとして処分庁が勘案すべきではない使用認定の通知が真の共有者に対してなされていないという事実を勘案したことは、駐留軍用地特措法上処分庁に与えられた権限を越えるものであり、著しく不当であるといわざるを得ない。
(2)本件処分において、処分庁は、駐留軍用地特措法第15条第1項により、本件裁決申請が却下されたときでも、一定期間、暫定使用が可能であることを理由としているが、当該暫定使用と本件裁決申請による裁決に基づく使用とは全く別個のものであって、法第47条に基づき本件裁決申請を却下すべきか否かを判断する場合においては、裁決申請が「この法律の規定に違反」しているかどうかということに準拠して考えるべきである。しかるに、当該暫定使用は、従前より駐留軍の用に供するため使用されている土地等で引き続き駐留軍の用に供するためその使用に関して駐留軍用地特措法第5条による使用認定があったものについて、一定の条件の下で、暫定的に使用が認められるものである。これは、駐留軍用地特措法第15条1項に規定する要件に該当する土地等について、収用委員会の審理に係らしめることなく、直接の法的効果として認められるものであって、法第47条でいう「法律の規定に違反」するかどうかを判断する際の基準とはなり得ない。したがって、処分庁が本件裁決申請を却下すべきか否かを判断するに当たって、暫定使用が可能である事を勘案したことは、法第47条の趣旨、目的に反する著しく不当なものと判断せざるを得ない。
以上、請求人が主張する審査請求の理由は、本件処分を取り消すべき理由に該当する。
よって、主文のとおり裁決する。
平成10年4月7日
建設大臣 瓦 力
本書は裁決書の謄本である
平成10年4月7日
建設大臣 瓦 力
資料提供:三宅俊司法律事務所