弁 明 書

審査請求の主旨に対する弁明

 本件審査請求を棄却する。
との裁決を求める。

審査請求の理由に対する弁明

I 審査請求の理由 I について

 事実関係については、当収用委員会の本件却下裁決書の事実の部分に記載してあるとおりで、それを援用する。
 ただ、審査請求の理由の2の(3)は、不自然である。
 当収用委員会の裁決書で示したように、真の共有者たる石原正一は昭和62年3月30日に本件対象土地の所有権移転登記手続を経ている。それは、亡石原正一の死亡(昭和61年9月19日)の約半年後である。戸籍謄本ないし住民票と登記簿謄本を見れば一見して、その不整合性に疑問を感ずるはずであり、少なくとも代位で登記申請をする行政機関としては疑問を感じて当然である。しかも、住民票上の住所と登記簿上の住所が全く違うのであるから、尚更である。
 2の(4)については、本件審査請求で初めて弁解したものである。
 登記所は何らかの疑問があるから戸籍附票を要求したはずである。少なくともこの時点には亡石原正一の往所と登記薄上の住所とが全く違うことを確知したのであるから、同姓同名の存在に気づくべきであり、その調査確認をしなかったのは杜撰な手続と言われても仕方がない。
 そもそも、これまで何故明らかにしなかったのであろうか。行政の不鮮明さを指摘されてもやむを得ないところである。審査請求人は、当収用委員会に対し平成9年3月21日に嘉手納飛行場内の一部土地に係る土地所有者石原正一氏に関する調査確認結果と裁決申請書等の補正についての疎明書別紙として「土地所有者確認の事実関係経緯」を提出したが、その中では、この戸籍附票取り寄せの事実を記載してはない。
 関係証拠を見ると、審査請求人は、平成8年11月5日頃には、本件対象土地に関する石原正一の登記申請手続には問題のあることを知っていた可能性が強いと言わざるを得ない。

II 審査請求の理由 II について

1 まず、審査請求人による命題と学説の整理の仕方が間違っている。
 諸学説が命題としているのは「起業者が権利者の認定を誤ったことについて過失ある場合、却下の裁決をなすべきか」ということである。即ち、却下は必要的か否かの点で対立しているにすぎないのである。前説は却下しなければ当該土地に関する部分の裁決は無効になる(昭和28年2月19日 建設計和第5号計画局長回答 和歌山県知事宛、昭和31年8月9日 建設計総受第72号計画局総務課長回答 新潟県土木部長宛、別冊ジュリスト「土地収用判例百選」大阪谷公雄解説33頁、新建設行政実務講座2「収用と補償」建設行政実務研究会編123頁)とするものであり、後説は却下せず補正を命じて手続を続行した場合でもその裁決は有効とするものである。後説のいずれも、更に一歩踏み込んで却下はできないとまでは言っていない。
 学説を摘記すると次のとおりである。
 「却下を要しない」(「土地収用・税金」中川善之助、兼子一監修 遠藤博也解説186頁)とか、「補正を命じうると考えてよいし・・・裁決全体を無効ならしめない」(「新訂土地収用法」高田賢造著221頁)とか、「却下する必要はなく、起業者に補正を命じればよい」(「土地収用法」小高剛著320頁)というものである。
 右学説のいずれにも却下できないという表現はない。むしろ、却下しうるが、その必要はなく補正をして裁決しても適法だという趣旨なのである。
 判例(浦和地裁昭和51年4月30日判決、名古屋地裁昭和46年4月30日判決)は、いずれも調書作成手続の違法や手続的瑕疵が必ずしも裁決の違法を来さないというものである。
 要するに判例学説ともに手続上の瑕疵により裁決が無効となるのかどうかの観点から論じているにすぎない。
 その手続的瑕疵を理由として却下することができるという点では学説に対立はない。
 この点に関しては、「裁決申請において氏名の記載がなされていない者が権利者であることが判明したときは、収用委員会は・・・真の権利者を審理手続にとり込み、かつ、自ら進んで現地調査や真実の権利者に対する審問等により、調書に代わる証拠を用意したうえで、収用又は使用の裁決をすることも許されないわけではない」(改訂版「逐条解説土地収用法(上)」小澤道一著435頁)があるのみである。収用委員会は、補正を命じうるが、それは義務ではなく、却下を選択できるのである(第63回全国土地収用研究会記録「土地収用法上の諸問題」小澤道一講演記録19頁)。
 審査請求人の引用する「都市計画・区画整理・収用の法津相談」(山田幸夫、下出義明、園部逸夫編)の349頁(森悠解説)には「起業者が権利者の認定を誤っていたことに過失ある場合には、収用委員会は、起業者に補正をを命ずべき」としているが、これは補正をすることなく裁決をしてはならないという趣旨であって、却下してはならないという趣旨ではない。
 裁決例にしても、却下できないとの判断に基づくものはない。
 以上によれば、審査請求人の主張は、結局のところ収用委員会の義務とされていないことを収用委員会に義務付けるに等しいものである。

2 審査請求の理由 II の1の(1)について

 土地収用は、土地所有者の意思を無視して強制取得するものであり、憲法第29条、第31条及び第13条の趣旨から権利保護には万全を期すべきであり、手続は慎重でなければならない。特に起業者側において手続上の過誤がある場合にはこれを厳しく律しなければ、結局において公益性を理由にいかなる杜撰な手続でも許されることになる。以上によれば、収用手続を定めた法規の解釈は厳格でなければならない。土地収用法第47条の解釈もその例外ではなく、同条第1項第1号、第2号に該当する場合はもちろん、「この法律の規定に違反するときは」との事由についても厳格に解釈し、これに該当する場合は同条の文言どおり却下裁決をするのは収用委員会として当然の措置である。
 なるほど、前述のとおり、権利者を誤記してなされた裁決申請にいて、補正を認めて手続きを進めてよいとの説があることは確かである。
 しかし、右の立場を採用するとしても、真の所有者の権利あるいは利益が損なわれないことが必要である。
 前記のとおり当収用委員会は土地収用法を厳格に解する立場であり、この観点からすれば、真の権利者の権利あるいは利益というなかには、直接法律の保障する権利あるいは利益のみならず法律の規定からもたらされる間接的、あるいは事実的利益(たとえば、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法(以下「駐留軍用地特措法」という。)第7条第2項の効果がそれである)も含まれると解釈することになり、補正を認めることによりこれらの権利あるいは利益が損なわれるときは、却下裁決をせざるを得ないこととなる。

3 審理請求の理由 II の1(2)について

(1) 審査請求人の主張は、高度な公益の実現に支障があれば、いかなる手続的瑕疵も補正で済ませることができるというものであり、手続の厳格性にそぐわない。
 高度な公益という大義名分があるからこそ、後日私権を踏みにじらないように慎重かつ適正な手続を経る必要があるのである。
 審査請求人の主張は、土地所有者及び関係人の権利や利益をあまりに軽視するものであり、妥当ではない。
(2) さらにいえば、そもそも土地収用は公益実現のために認められるものであるが、その手続の一過程である裁決申請に対し、却下裁決がなされる場合のあることは法の予想するところであり、却下裁決の結果当該事業の目的である公益が実現しないこととなるのもやむを得ないところである。本裁決申請にかかる事業の目的がたとえ高度な公益に関するものであったとしても右に述べたところを左右するものではない。

4 審査請求の理由 II の2について

(1) 当収用委員会は、純粋な意味での利益衡量をしたのではない。裁決書の理由中の第1で述べた理由で却下すべきであると判断し、同第2では、却下が著しく不適当といえるほどの特別な事情があるかを判断したのである。公益と瑕疵ある手続きによって害される権利者の利益を単純に比較すれば、ややもするとその結論は公益の側に傾きかねないであろう。したがって、当収用委員会は、まず手続の厳格性に重きをおいて考え、その後に却下裁決を避けなければならない事情の存否について理由第2で考察し、結論として却下するのが相当と判断したのである。
(2) 次に、改めて審査請求人のいう公益上の不利益を検討する。
 土地収用法に基づく土地使用の場合は、使用期限の経過と同時に当該土地は所有者に返還されるべきである。ところが本件の場合、駐留軍用地特措法第15条第1項第1号の規定により暫定期間とはいえ適法に土地を使用することができることとされており、この点は土地収用法と著しく異なっている。これに加え、却下裁決が最終的に確定した場合でも暫定使用の違法性を問われることもない、これらの点を考慮すると、土地収用法による一般の場合に比し本件の場合は却下裁決がなされてもある程度公益の確保が図られていると考えざるを得ない。
(3) また、審査請求人は、却下裁決が「使用認定に対する不服申立の機会を確保する真の所有者と関係人の事実上の利益が損なわれる」としている点を権限踰越だと主張しているが誤解である。
 使用認定の効力やその違法性の承継を論じているのではない。使用認定後の裁決手続の一場面として論じているのである。

III 結論

 以上のとおりであるから、本件審査請求は棄却されるべきである。


 審査請求書(970605)][裁決申請却下(970509)][沖縄県収用委員会・公開審理