このような自衛隊の任務としての治安維持活動の比重の増大は、必ずしも《9・11》以後に始まった現象ではない。旧ソ連という「主敵」の消滅後において、なお防衛力の維持を正当化するための根拠を模索していた政府・防衛庁は、「平成8年度以降に係る防衛計画の大綱について」(1995年11月28日閣議決定、以下、新大綱)で、ポスト冷戦期の自衛隊の多機能化の一環として、テロリズム、低強度紛争、難民の大量流入、ハイジャック、海賊行為、拉致事件等の「各種の事態」への対応を自衛隊の主たる任務としていた。1997年9月23日に改定された「日米防衛協力のための指針」(新ガイドライン)では、「ゲリラ・コマンドウ攻撃」等の不正規型の攻撃に対しては、自衛隊が主体的に阻止・排除のための作戦を実施するものとされ、2001年度〜2005年度の「中期防衛力整備計画」では、ゲリラや特殊部隊による攻撃・島嶼部への侵略に効果的に対処するため、特殊作戦群(対ゲリラ・特殊戦専門部隊)の新編、特別警備隊員の装備・訓練の充実などが盛り込まれた。
このような基本方針の下、陸上自衛隊の部隊編成・装備・訓練等の対テロ・対ゲリラ戦使用への変更が《9・11》以前から着々と準備されていくことになる。これらの点について、簡単に項目だけをあげておこう。
※北方・機甲師団重視の部隊編成から緊急展開能力重視のコンパクトな部隊編成への変更
* 13個師団(うち1個機甲師団)/2個混成団/定員18万人・戦車1200両→9個師団/6個旅団/常備定員14万5000人・戦車900両
* 第13師団(広島県海田町)の第13旅団への改編(3個普通科連隊(1個連隊1100人)7000人→4個普通科連隊(1個連隊570人)4100人、高機動車、多用途ヘリなどの導入)
* 第12師団(群馬県相馬原)の第12旅団への改編(CH-47大型ヘリ8機、UH-60J多用途ヘリ8機による空中機動旅団化)
※陸自=対テロ・対武装ゲリラ戦専用特殊部隊の編成
* 陸自=対テロ・対武装ゲリラ戦専用特殊部隊(3個中隊・500人規模)の新設計画(「中期防衛力整備計画(平成13年度〜平成17年度)」)
* 邦人救出のための第1空挺団・誘導隊(1999年)の創設
* 首都防衛警備の強化、都市部でのNBC対処能力・ゲリラ戦能力の向上のための「政経中枢師団」の編成(2001年度業務計画)=第1師団(練馬区)のコンパクト化・機動性確保と第1普通科連隊・第32普通科連隊・第31普通科連隊の移転
* 第3師団(伊丹)の改編
* 「島嶼の防衛」のための緊急展開・対ゲリラ戦専用部隊としての西部方面隊普通科連隊(長崎相浦)(2002年3月)の編成
* 都市ゲリラ戦に対応しうる、AH−64Dアパッチ・ロングボウ攻撃ヘリ、9ミリ・サブマシンガン等を装備した特殊部隊(300人規模)の新編(2002年度業務計画)
* 対ゲリラ都市型訓練施設の構築(東富士演習場内・2002年度概算要求)
※陸上自衛隊の対テロ戦訓練
* 陸自・第32普通科連隊(市ヶ谷)−首都東京での対ゲリラ市街戦を想定した中隊規模の訓練を実施(1999年6月27日)
* 陸自・西部方面隊−大規模なゲリラ掃討作戦訓練を実施(1999年11月)
* 日米共同統合演習(指揮所演習)(2000年2月16日〜24日)
・朝鮮半島有事を想定
・日本国内でのテロの続発→治安出動→原発等重要施設の警備
* 西部方面隊・第12普通科連隊(小倉)基幹約600人−「山地内に拠点を置いた敵」との「対遊戦訓練」を実施(2000年3月18日・日出生台)
* 西部方面隊・第41普通科連隊−市街地に潜伏した敵ゲリラ・コマンドウを殲滅する「市街地戦闘訓練」を実施(2001年2月13日・別府駐屯地)
* 第10普通科連隊1370人(滝川)−米第3海兵連隊(ハワイ)1個大隊650人と日米共同の「対ゲリラ対処市街地訓練」・「対ゲリラ対処山地索敵訓練」を実施(2001年11月13日・北海道大演習場)
このような《9・11》以前からの動向に注目するならば、2003年の武力攻撃事態法・自衛隊法改正にみられる時代錯誤的な大規模正規戦(本土決戦)型の有事法制とは異なり、国民保護法案における「緊急対処事態」の導入こそ、「対テロ戦争」時代における有事法制の大本命がいよいよ満を持して登場してきたものということができよう。なお、国民保護法案の「親法(プログラム法)」には、「緊急対処事態」に関する規定はない。このため、政府与党と野党民主党との間で、「有事法制7法案」の国会審議入りの前提条件として、「緊急対処事態」を含む緊急事態基本法(仮称)の来年度国会での成立を期すことになったと報じられている。
しかし、有事法制の登場は、下位規範である法律の規定によって最高位の規範である憲法規定が実質的に改廃されるという「法的下克上」を引き起こすだけでなく、有事法制内部においても、個別事態対処法が事態対処基本法たる武力攻撃事態法の規定を喰い破るという「法的無秩序」の日常化をまねくものであるという背理はきちんと認識しておく必要があろう。
ところで、国内の治安維持任務における自衛隊の前面化は、その副産物として警察・海上保安庁等の警察機構の軍事化という現象も引き起こしている。例えば、96年には、警視庁、大阪府警ほか7都府県に対テロ特殊部隊SAT(200人)が設置されたし、全国の機動隊に機動隊銃器対策部隊が編成され、自動小銃1400丁、ライフル銃、装甲警備車が配備された。また、首相官邸には警視庁総理官邸警備隊(約100人)が、米軍関連施設、原子力発電所の警備のために原子力関連施設警戒隊が配備され、NBCテロ対応専門部隊が8都道府県警で編成されている。海外でのテロ事件の際に当該国へ派遣され、現地治安当局との連携、情報収集、現地治安機関への捜査支援活動にあたる警察庁外事課「国際テロ緊急展開チーム(TRT)」も設けられている。
さらに、警察庁「緊急治安対策プログラム」(2003年8月)では、@「危険人物」の入国前審査に利用するため、警察、財務省税関、入国管理局、APEC域内の米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、メキシコなどと旅客情報(氏名、生年月日、性別等)を共有する「事前旅客情報システム(APIS)」の2004年度運用開始、A警察庁に、国際テロ対策・対抗諜報活動等を担当し、各国の治安・諜報機関等との情報交換とハイレベルで緊密な関係の構築を担う「外事情報部」の新設、B国内テロ情報の収集・分析能力の強化のため情報収集衛星の画像情報を活用する組織を警察庁へ新設し、情報分析専門家を採用・育成する、C重大テロ事案における警察庁の一元的指揮監督の強化、D警察庁に危機管理一般に関する組織を新設、E海外において対邦人テロが発生した場合に直ちに当該国へ展開する、捜査、人質交渉、鑑識、爆発物分析の専門家等により構成される「国際テロ特別機動展開部隊」を警察庁に新設、F対テロ法制の研究(「我が国の国情、法体系に則し、国民の合意が得られる有効な法制について研究を進める」)などが計画されている。
他方、海上保安庁の軍事化としては、まず1996年に特殊警備隊が第5管区海上保安本部に配備され、1999年3月の能登半島不審船事件を契機として、海上自衛隊と海上保安庁の間で「不審船に係る共同対処マニュアル」(1999年12月27日)が策定された。さらに、2001年11月2日の海上保安庁法改正では、武器使用に関する警職法7条の制限が解除され、「危害射撃」が容認されることとなった(20条1項・2項)。もっとも、2001年12月の九州西南海(奄美大島沖)不審船事件では、海上保安庁の巡視船が、「不審船」を日本の「内水又は領海」外の排他的経済水域=公海上で追跡、先制威嚇射撃を行い、「不審船」と交戦、これを「撃沈」するという、「危害射撃」要件すら逸脱した武力行使(武力による威嚇)を行った。
装備面でも、約40ノットの高速で20ミリ機関砲を装備した高速特殊警備船(220トン型PS)3隻を日本海沿岸の第8・第9管区海上保安本部に配備、既存の高速小型巡視船の配備替と20ミリ機関砲の装備、40ミリ機関砲を装備した警備実施強化巡視船10隻の配備、ヘリ甲板付高速大型巡視船(1800トン型)と高速大型巡視船(770トン型)の配備など、着実に重武装化を遂げつつある。このように、海上保安庁は、領域警備任務における海上自衛隊との競合関係ゆえに、海上航行安全・救難任務から「領域警備」任務にシフトした準軍事組織(Para-Military)としての性格を強めつつある。
(3)悲惨な対テロ戦
1996年9月に韓国で起こった北朝鮮小型潜水艦座礁事件では、26人の乗組員のうち15人が江陵市内の山中に逃走、逃走した武装工作員や潜水艦乗員を捕捉するため、韓国軍と警察約2万人が動員され、3重の包囲網を敷くとともに、別に4500人の警官を動員してソウルなどの主要都市への道路を封鎖。逃走した15人中14人を射殺して一応事件が収束に向かったのは、事件から約50日もたった11月5日であった。それも、最後の2人を射殺した場所は、小型潜水艦が座礁した江陵市の海岸から北西に約80キロも離れた地点であった(結局、最後の1人は行方不明のまま)。潜入した武装工作員や特殊戦闘員(ゲリラ)を捕捉・殲滅することがどれだけ困難であるかよくわかる。
大規模テロ等の「緊急対処事態」が発生した場合、侵入したテロリストたちが避難住民にまぎれて逃走したり、都市部へ再侵入することを防ぐためには、自衛隊の部隊や警察によって、テロリスト等が進入したと見られる一定地域の外延に包囲網(阻止線)を設定し、その外側へは何人たりとも出さないことが必要となる。包囲網の中と外の交通は完全に遮断され、住民が病院や学校へ通うのにも、あるいは隣町のスーパーへ日用品を買いに行くにも、いちいち検問で身元確認を受けることが必要となる。また、包囲網の中のテロリスト等が外部と連絡を取ることを妨げるためには、携帯電話やテレビ・ラジオ放送用の電波を遮断したり(「武力攻撃事態等における特定公共施設等の利用に関する法律案」18条1号・2号)、テロリストたちが自分たちの現在地を正確に把握できないようにするために、GPS(カーナビ)を狂わせることも必要となろう。
そして、避難住民に紛れてテロリストが逃走することを防ぐため、自衛隊や警察によって住民の避難が禁じられ、強引に包囲網を突破して避難しようとすれば、たんに刑罰が科されるだけでなく、「利敵行為」として攻撃対象とされることにもなりかねない。そして、包囲網の内側では、テロリスト等の殲滅戦が展開されることになる。もちろん、避難できなかった住民は、巻き添えをくって犠牲とされることになろう。
都市においてテロリスト等の掃討戦が展開されれば、一般住民の住居や職場が「戦場」となるだけでなく、必然的に多数の住民が巻き添えとなる。イスラエルの軍事占領下にあるパレスチナ(ヨルダン川西岸地区、ガザ地区)で、重武装のイスラエル軍によってパレスチナ住民が日々強いられていることのすべて−検問による通行の遮断と職場へ通勤できない結果としての失業、飲料水の給水や電気の供給の停止、汚物の排除ができないことによる衛生状態の極度の低下などなど−が、数十日、ときには数ヶ月にわたって、日本国民の生命・自由・財産を守るはずの自衛隊の手によって日本国民に強いられることになるのである。
3.報道管制−国民は何を信じて避難すればよいのか?
(1)「指定公共機関」の範囲
武力攻撃事態法2条6号は、指定公共機関に指定される報道機関として日本放送協会(NHK)だけを例示している。しかし、衆議院の「武力攻撃事態への対処に関する特別委員会」(以下、有事法制特別委)での議論において、政府は、NHK以外の民間放送事業者やインターネット媒体を持つ新聞社などについても指定公共機関に指定する見解を繰り返し表明していた。また、「要旨」が「放送事業者である指定公共機関等」という表現を使っていたことなどから、武力攻撃事態法2条6号の施行令において、NHKだけでなく民間放送事業者が指定公共機関に指定されることが懸念されていた。
国民保護法案7条2項は、報道に関する「指定公共機関」として、「放送事業者・・・である指定公共機関及び指定地方公共機関」と規定することによって、「指定公共機関(指定地方公共機関を含む)」に民放各局、それも在京のキー局だけでなく、その系列下にある地方放送局も含まれることが明らかとなった。そればかりでなく、国民保護法案8条2項は、国・地方公共団体・指定公共機関(指定地方公共機関を含む)に対して、新聞・放送・インターネットその他の適切な方法により、国民保護措置に関する情報を迅速に国民に提供するよう努めなければならないものとしている。すなわち、新聞・放送・インターネットその他の適切な方法をもつ事業者は、国等の国民保護措置情報を国民に提供する何らかの責務負わされることになる。
(2)報道管制
指定公共機関等に指定された放送事業者等は、@「武力攻撃事態等の現状及び予測」(法案@44条2項1号)、「武力攻撃が迫り、又は現に武力攻撃が発生したと認められる地域」(44条2項2号)、「住民及び公私の団体に対し周知させるべき事項」(44条2項2号)を含む警報の内容の放送(50条)、A都道府県知事による避難の指示の内容の放送(54条)または避難の指示の解除の内容の放送(55条)、武力攻撃災害等に際しての武力攻撃災害緊急通報(「武力攻撃災害の現状及び予測」、「住民及び公私の団体に対し周知させるべき事項」)(99条2項)の内容の放送を行う責務を課されることになる。
しかし、放送事業者等が、武力攻撃事態や武力攻撃災害について報じる際に、けっして自由な取材に基づく自由な報道が許されるわけではない。確かに、武力攻撃事態法3条4項では、「日本国憲法の保障する国民の自由と権利[の]尊重」とその制限が必要最小限のものに限られるべきことを定め、その規定を受けて、国民保護法案5条1項・2項でも同旨の規定を重畳的においている。また、「日本国憲法の保障する国民の自由と権利」の制限は、「国民を差別的に取り扱い、並びに思想及び良心の自由並びに表現の自由を侵すものであってはならない」とされている(5条2項)。さらに、国民保護法案7条2項は、特に、放送事業者の「言論の自由その他表現の自由に特に配慮しなければならない」ものとしている。しかし、それで、武力攻撃事態=戦時下における、市民の表現の自由や報道機関の報道の自由が守られるわけではない。
2002年7月2日の政府統一見解は、「例えば、テレビ、新聞等のメディアに対し報道の規制など言論の自由を制限することは全く考えていない」、「[憲法21条2項の禁じる]検閲について公共の福祉を理由とする例外を設ける余地がないものと解している」としながらも、同時に福田内閣官房長官は、「人命尊重の観点から、真に必要な場合におきましては報道協定等についてもお願いしたい」(有事法制特別委、2002年7月24日)とも答弁している。指定公共機関等に対する強制的な協力義務に支えられた報道協定が、つまるところかつての「大本営発表」にほかならないことは、イラク派遣自衛隊部隊に対する取材規制についての首相官邸や防衛庁の強圧的な姿勢からも明らかであろう。そして、そのような報道管制が表現の自由や国民の知る権利を大幅に制約するものとならざるを得ないこともまた自明であろう。
住民の円滑な避難を図るためには、まず第一に、敵部隊の上陸予定地点、兵力規模などや、自衛隊による「侵害排除」(=防衛出動)行動等についての「正確な情報」の提供が必要不可欠である。国民保護法案は、対策本部長に、武力攻撃事態等の現状と予測、武力攻撃が迫り、又は現に武力攻撃が発生したと認められる地域、住民及び公私の団体に対し周知させるべき事項(44条2項)を含む警報と、避難の必要な地域、避難先の地域、関係機関の避難措置の概要(52条2項)を含む「避難措置の指示」を発令することを義務付け、当該避難指示を受けた都道府県知事に、主要な避難経路、交通手段、その他避難の方法を示した避難の指示(54条2項)を住民に対して行うべきことを義務付けている(54条1項)。また、国・地方自治体に対して、国民保護措置について、「国民に対し、正確な情報を、適時に、かつ、適切な方法で提供しなければならない」(8条1項)ものとし、また、武力攻撃・武力攻撃災害の状況、住民の避難に関する措置、避難住民等の救援に関する状況について、対策本部長は、「適時に、かつ、適切な方法により、国民に公表しなければならない」ものとしている(23条)。
武力攻撃を受けた際に、どの地域に住む住民が避難する必要があるのか、どの経路を通って、どの方向に、どのような交通手段を使って避難すればよいのかを判断するためには、敵部隊の規模や上陸地点、侵攻方向と侵攻速度、被害の発生状況、敵部隊の「侵害排除」のために防衛出動した自衛隊の規模や作戦行動、特に自衛隊部隊の進路、進路確保のための交通規制・遮断地域、防御線(阻止線)設定地域等が個別具体的にわかっていなければならない。
しかし、これらの詳細に関する情報は、防衛秘密として秘匿され、みだりに公表した者は5年以下の懲役刑に処せられる(自衛隊法96条の2、122条・別表第4)。情報公開法も、「公にすることにより、国の安全が害されるおそれ・・・があると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報」を不開示情報=開示禁止情報としており、例えこれらの情報を開示しないことによって国民の生命・身体の安全や財産が侵害されるおそれのある場合であっても、開示することは許されていない(情報公開法5条3号)。実際、中谷防衛庁長官(当時)は、政府が国民に公表するのは「公表することによりまして国の安全を害するような内容」を除いた部分だけであるとの考えを示している(有事法制特別委、2002年5月8日)。
すなわち、敵部隊の上陸地点・規模・侵攻経路や、自衛隊の部隊の進路や作戦行動、交戦地域や被害発生状況など、住民が避難する際に必要不可欠な基本的な情報はいずれも防衛秘密、「国の安全を害する情報」として公表することが禁じられており、放送事業者は政府による報道管制下に置かれ、政府が事態対処措置を妨げる可能性があると判断する情報については報道することができないのである。
では、いったい誰が、必要な情報を「適時に、かつ、適切な方法により、国民に公表」するのか? また、避難措置を実際に担う知事や市町村長は、どのような情報に基づいて、住民に避難を指示するのであろうか? ここでもまた、「国の安全」(=武力攻撃の侵害排除)が、「国民の安全」よりもアプリオリに優先されているのである。
4.国民保護と侵害排除−優先されるのはどちらか?
(1)国民保護VS侵害排除@−自衛隊の任務は?
自衛隊や警察による避難誘導支援について、市町村長(または都道府県知事)は、警察署長、海上保安部長、自衛隊の部隊の長に避難住民の誘導を要請することができ(法案@63条1項・2項)、警察署長等は「避難住民の誘導が円滑に行われるよう必要な措置を講じなければならない」ものとされている(法案@64条1項)。また、都道府県知事は、「住民の生命、身体及び財産を保護するため必要があるときは」自衛隊の部隊等の派遣を要請することができ、市町村長は知事に対して自衛隊の派遣を要請するよう求めることができるものとされている(法案@15条1項・20条1項)。
しかし、有事法制の基本法(プログラム法)である武力攻撃事態法の基本理念は、「武力攻撃が発生した場合には、これを排除しつつ、その速やかな終結を図」ることにある(3条3項)。そして、武力攻撃事態法はこの目的を実効的に達成するために、都道府県や市町村による住民避難の実施措置は、国の武力攻撃対策本部長(内閣総理大臣)の総合調整(14条1項)や内閣総理大臣の指示(15条1項)に服するものとし、その指示に従わない場合には、内閣総理大臣が直接または所掌大臣を指揮して必要な措置を実施させるものとしている(15条2項)。したがって、敵上陸部隊の「侵害排除」と当該地域からの住民避難が二律背反的な極限状況に陥った場合には、法制上は、知事や市町村長は、武力攻撃に対する「侵害排除」のための措置を優先し、あえて被害地域住民の避難を断念せざるを得ない状況に追い込まれることになる。国民「保護」法案は、その名称とは裏腹に、ここでも「国家の安全」を「国民の安全」に原理的に優先させるように制度設計されているのである。
また、自衛隊の「本務」は直接侵略等から日本国家を防衛すること(自衛隊法3条)、すなわち敵部隊の「侵害排除」であって、避難誘導支援は自衛隊の「余技」にすぎないという点も、冷静に認識しておく必要がある。自衛隊の「本務」からいえば、敵部隊の上陸あるいは上陸した敵部隊の侵攻を阻止・排除し、戦闘地域=武力攻撃災害地域を限定化するための自衛隊の部隊の進路確保が当然に優先されることになる。敵上陸部隊の侵攻を阻止するためには住民の避難ルート上の橋梁を切断し、幹線道路を破壊することもときに必要となる。さらに、住民の避難が敵上陸部隊の「侵害排除」の障害になる場合には、自衛隊の部隊や警察による住民の避難阻止ということも十分に考えられる。ことは、地震などの自然災害の場合の住民の避難とは、根本的に異なるのである。
そして、警察や自衛隊の部隊による交通規制に従わず強引に避難しようとする住民や、警戒区域・立入制限区域を通って避難しようとする住民は刑事罰の対象とされることとなる(法案@155条1項/190条、102条7項・114条/193条)。2003年12月1日に行われた都道府県知事との意見交換でも、「自衛隊は、侵害排除に支障のない限り、国民の保護のための活動を行わなければならないことを明確にすべき」という意見が出されているが(国民保護法制整備本部『国民の保護のための法制の「要旨」に対する地方公共団体からの主な意見』2003年12月26日)、これとても「侵害排除に支障のない限り」にすぎない。「侵害排除に支障」のある場合には、当然、自衛隊は国民を「保護」するための活動は行わないということになる。
(2)国民保護VS侵害排除A−指定公共機関の任務は?
国民保護法案は、指定(地方)公共機関である運送事業者に対して、避難住民の運送(71条1項・2項、73条1項・2項)、緊急物資の輸送(79条1項・2項)、「旅客及び貨物の運送を確保するための措置」(135条1項)に従事すべきことを定めている。他方、自衛隊法は、防衛出動命令が下令された自衛隊の部隊の任務遂行上必要があると認められる場合には、輸送を業とする者に対して、運送の業務と同種の業務に従事することを命じることができるものとしている(自衛隊法103条2項)。
ところで、国民保護法案は武力攻撃事態等の発生を前提としており、そうである以上、ほとんどの場合、国民保護措置は、武力攻撃事態の武力での侵害排除を目的とする自衛隊への防衛出動命令の下令(自衛隊法76条1項)と併合することになる。では、その時、A社に対する国民保護法案71条1項・2項、73条1項・2項、79条1項・2項、135条1項の業務従事の「求め」・「要請」または「指示」と、自衛隊法103条の業務従事命令では、どちらが優先することになるのであろうか。
この点について、国民保護法案は「沈黙」しているが、「親法」である武力攻撃事態法が、「武力攻撃が発生した場合には、これを排除しつつ、その速やかな終結を図」ることを基本理念(3条3項)とし、その基本理念に基づいて総合調整(14条1項)、内閣総理大臣の指示(15条1項)などが行われる以上、どちらが優先されるかは自明であろう。このことは、医療従事者に対する従事命令の併合(国民保護法案136条、自衛隊法103条2項)の場合にもいえることである。
軍隊は民間人を守らない。軍隊が守るのは、政府に代表される国家機構であり、究極的には軍隊組織自身だけである。これは、第2次世界大戦末期の旧満州(中国東北部)や沖縄でいやというほど思い知らされた歴史的教訓であり、ラテン・アメリカ、アフリカ、中東の紛争地帯で今日なお普遍的な「公理」である。いざとなったら(戦争になったら)、軍隊が民間人を守ってくれるというのは、「平和ボケ」した軍事力信奉者たちのロマンチックな幻想にすぎない。
国民保護法案による国民保護措置と自衛隊法76条1項の自衛隊への防衛出動命令の下令との併合は、別の問題をも引き起こす。例えば、A社に対して国民保護法案73条1項・2項、79条2項の業務従事の「指示」等が課され、同時に自衛隊法103条による業務従事命令が課された場合には、A社のあるトラックは避難住民のための緊急物資を運送し、A社の別のトラックは自衛隊用の物資(軍需物資)を運送することになる(国際法上、後者は兵站補給=軍事上の行為となる)が、敵からみたとき、同じ業者のどのトラックが避難住民用の緊急物資を運搬し、どのトラックが自衛隊用の物資(軍需物資)を運搬しているのかは、外見上判別がつかない。このため、どちらのトラックもともに攻撃対象とされることになろう。事情は、トラックの所属会社が別であっても同じである。
さらに、国民保護法案では、学校等を避難住民の避難施設として利用するためか、教育委員会に都道府県知事・市町村長の所轄の下で国民保護措置を実施する責務が課されるものとされ(法案@11条2項・16条2項)、教育長が都道府県対策本部・市町村対策本部の本部員とされている(法案@28条2項2号・4項2号)。
自衛隊の物資の輸送業務にも従事している運送会社のトラックが、住民が避難している学校に緊急物資等を輸送してくれば、敵からは、学校が軍需物資の集積場とみなされ攻撃対象とされる可能性は高い。避難住民や緊急物資を輸送するために、自衛隊のトラックやヘリが学校の校庭等を利用すれば、攻撃される危険性はさらに高くなる。アフガニスタンでもイラクでも、学校や病院が、敵対勢力の拠点となっているという理由で主要な攻撃目標とされ、徹底的に破壊されたことを想起する必要があろう。
5.「特定の市民」への協力の強制−基本的人権は本当に保障されるのか
(1)業務従事命令
武力攻撃事態法3条4項は、「武力攻撃事態等への対処においては、日本国憲法の保障する国民の自由と権利が尊重されなければならず、これに制限が加えられる場合にあっても、その制限は当該武力攻撃事態等に対処するため必要最小限のものに限られ、かつ、公正かつ適正な手続の下に行われなければならない」、「この場合において、日本国憲法第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない」とする。
これを受けて、国民保護法案も、5条1項で、「国民の保護のための措置を実施するに当たっては、日本国憲法の保障する国民の自由と権利が尊重されなければならない」ものとし、さらに、同条2項で、「前項に規定する国民の保護のための措置を実施する場合において、国民の自由と権利に制限が加えられるときであっても、その制限は当該国民の保護のための措置を実施するため必要最小限のものに限られ、かつ、公正かつ適正な手続の下に行われるものとし、いやしくも国民を差別的に取り扱い、並びに思想及び良心の自由並びに表現の自由を侵すものであってはならない」としている。一見する限りでは、特に、平等、思想及び良心の自由、表現の自由は「絶対的」に保障されるかのごとくである。
他方で、武力攻撃事態法は、国等の事態対処措置に対する国民の協力努力を定め(8条)、これを受けて、国民保護法案でも、「国民は、この法律の規定による国民の保護のための措置に実施に関し協力を要請されたときは、必要な協力をするよう努めるものとする」(法案@4条1項)ものとされている。では、国民保護法案の下で、国民はどのような協力を要請されることになるのであろうか?
国民保護法案は、内閣総理大臣、都道府県知事、市町村長、地方公共団体・指定行政機関の長等(以下、知事等という)に、放送事業者、病院施設等の管理者、医療関係者、日本赤十字社、運送業者、電気通信事業者、水道事業者、日本郵政公社・一般信書便事業者、河川・道路・空港・港湾等管理者など特定の業務に従事している者に対して、武力攻撃災害時に当該業務に従事することを「求め」または「指示」する権限を授権している。
例えば、医療関係者に対する医療の実施の「要請」と「指示」(法案@65条、85条1項・2項)、運送事業者への避難民・緊急物資の運送の「求め」と「指示」などである(71条1項・2項、73条1項・2項、79条1項・2項)。特定の業務に従事することを「求め」られた場合、事業者が「正当な理由」がないのに当該「求め」に応じなければ、権限者は、事業者に対して当該業務に従事するよう「指示」することができるものとされている。いわゆる業務従事命令といわれるものである。
ここでいう「正当な理由」とは、「求め」等に応ずることが「極めて困難な客観的事情がある場合」、例えば、車両の故障等により当該運送を行うことができない場合とか、医療関係者が自らの負傷等により医療に従事することができない場合などに限られるものとされている(答弁書@)。もっとも、今のところ、これらの業務従事命令違反に対して罰則を科すことは予定されていない。自衛隊法103条2項・124条・125条の場合と同じである。しかし、業務従事命令の実効性を担保するためには、違反者に対する罰則がどうしても必要となるので、早晩、自衛隊法ともども罰則規定が設けられることとなろう。
なお、避難民・緊急物資の運送指示については、「指定公共機関及び指定地方公共機関の安全が確保されていると認められる場合でなければ」ならないもとのされている(法案@73条3項)。おそらく、「通常予測される危険と異なる軍事上の危険」があり、自己の「生命・身体に対する重大な危険」があると認められる場合には就労義務を負わないとした1968年の全電通千代田丸事件・最高裁判決を意識したものであろう。しかし、「軍事的に必要とされる事項」に通常の行政の公共性などより一段と高い「高度の公共性」を認め、そのような「軍事的公共性」による基本的人権の制限を当然のこととする政府の立場からすれば、この種の規定が実際に守られる保障はどこにもないというべきであろう。
(2)罰則によって強制される「自発的協力」
国民保護法案4条2項は、国民の協力について、「国民の自発的な意思にゆだねられるものであって、その要請に当たって強制にわたることがあってはならない」とする。しかし、実際には、協力しなかった者に罰則を科すことで強制力が担保されている場合がある。
知事は、救援に必要な医薬品・食品等の物資(特定物資)の生産・販売・保管・輸送等を業とする者に対して、特定物資の売渡しを要請することができ、「正当な理由」なく業者が売渡しに応じない場合には、当該物資を収用することができる(法案@81条1項・2項)。また、緊急の必要がある場合には、特定物資の保管を命令することができる(法案@81条3項・4項)。そして業者がこれらの命令に従わず、当該物資を隠匿、損壊、廃棄または搬出した場合には、6ヶ月以下の懲役または30万円の罰金を科される(189条1項)。
特定物資の収用、売渡しまたは収用のための立入検査や、避難住民のための収容施設・臨時医療施設等を開設するために知事が行う土地・家屋・物資の使用(法案@82条1項・2項)のための立入検査(84条1項・2項)を、拒否、妨害、忌避した者、または報告をせずあるいは虚偽の報告をした者は、30万円以下の罰金を科される(192条1号)。これまた、自衛隊法103条1項・同2項・124条・125条の場合と同様である。
さらに法案は、知事等に、原子力事業者等に対する原子炉等の施設の停止命令(法案@106条)、危険物質取扱者に対する危険物質等の取扱所の使用停止等の命令(103条3項)、生活関連施設(電気・ガス・水道施設等)の管理者に対する警備の強化等の要請を行う権限(102条1項)を授権している。
都道府県公安委員会・海上保安部長等には、生活関連施設等の敷地・周辺区域に立入制限区域を指定する権限(法案@102条5項)、および通行禁止区域を設定し、当該区域の通行を禁止または制限する権限(155条1項)を授権し、警察官・海上保安官には、立入制限区域への立入りの制限・禁止、退去を命ずる権限(102条7項)を授権し、また、市町村長、警察官・海上保安官、場合によっては消防吏員や自衛官にも、警戒区域を設定し、当該警戒区域への立入りを制限または禁止し、当該警戒区域からの退去を命ずる権限(114条1項〜4項)を授権し、警察官・自衛官等には、通行禁止区域における車両等の通行を禁止し制限する権限(155条2項)を授権している。
そして、法案は、@原子炉等・危険物質等による危険を防止または汚染の拡大を防止するための措置に従わなかった者に対して1年以下の懲役または100万円以下の罰金を科すものとし(188条)、A通行の禁止又は制限に従わなかった車両の運転者、および、警戒区域・立入禁止区域への立入制限や退去命令等に従わなかった者などに30万円以下の罰金を科すものとしている(193条)。
要するに、国民保護法案は、総則規定において、国民の協力は「自発的な意思」に委ねられ、強制されることはないとしておきながら(4条2項)、実際には、特定の業務に従事している者、特定の地域に住んでいる者、避難等特定の行為をしようとする者等の「特定の市民」に対してだけは、罰則でもって協力を強制する仕組みとなっているのである。
(3)「協力」の強制と人権侵害
協力義務違反に対する罰則の適用は、武力攻撃事態法3条4項・国民保護法案5条の人権保障規定との深刻な対立をも引き起こすことになる。前述したように、これらの条項は、一見する限り、平等、思想及び良心の自由、表現の自由に対する特段の保障を与えている。2002年7月24日の政府統一見解も、思想・良心の自由と信仰の自由については、「それらが内心の自由という場面にとどまる限り絶対的な保障である」とする。しかしながら、他方で、要請された協力を拒否できる「正当な理由」は、被災などの当該物資が使用に耐えなくなっているとか、家屋が老朽化等によって使用に適さないなどの「極めて困難な客観的事情がある場合」に限られ、「求め等を受けた者の事情のみではなく、それぞれの措置の必要性等諸般の事情を考慮し、第一義的には当該求め等を行う者によって客観的かつ総合的に判断されるべきもの」とされている(答弁書@)。つまり、思想・良心・信仰等は、拒否する際の「正当な理由」とはされていないのである。
では、ある人物が、土地・家屋の使用と支障となる物件の除去=破壊・撤去のための立入検査を、反戦思想あるいは信仰上の理由から拒否した場合はどうなるのか? 先の政府統一見解は、「内心の自由」そのものの保障は、「公共の福祉」による制約を受けず絶対的に保障されるが、右に述べたような行為は思想・信仰等にともなう「外部的な行為」であって「公共の福祉」による制約を受けるとする。また、思想・良心に基づく拒否は、そもそも、答弁書@にいう「極めて困難な客観的事情がある場合」に該当せず、拒否しうる「正当な理由」にあたらないとされているのであるから、思想・良心による協力拒否が認められる余地はないというべきであろう。
しかし、武力攻撃災害の発生時に、土地等の使用や物資の保管などを命じられた者が、命令に従うか否かの二者択一を迫られたとき、すなわち、本人の、自分の内心を表に出したくないという意思に反して、「協力の拒否」という形で自らの意思をさらけ出すことになる「外部的な行為」をとることを強いられ、かつ、そのような「外部的行為」に罰則を科すことが、絶対に「内心の自由」を侵害するものではないといいきれるであろうか? それは、キリスト者に「踏み絵」を踏むことを強い、「踏み絵」を踏まなかったことを理由に処罰したとしても、「踏み絵」を踏まないという行為じたいは「外部的な行為」であるから信仰の自由を侵害するものではないと強弁するのと同じであろう。
「外部的な行為」が本人の「内心」と不可分なものである場合、特定の「外部的な行為」を行わざるを得ないような状況に追い込むことは、個人の思想・信条の開示や申告の強制、どのような思想・信条の持ち主であるかを推認・推知しうる状態や環境を創り出すことを禁止するという意味での「沈黙の自由」を侵害するものとなる。そして、「沈黙の自由」の保障こそは、「内心の自由」の絶対的な保障のための外壁なのである。ことに、「軍事的公共性」による人権の制約を明示的に排除している憲法九条の下では、「軍事的に必要とされる事項」に通常の行政の公共性よりもより高次の公共性を認め、そのような「軍事的公共性」を「公共の福祉」のなかに読み込むことによって基本的人権を一般的・包括的に制約できるとする政府の憲法の解釈じたい容認されえないというべきであろう。
(4)「協力」という名の「動員」−「武力攻撃災害」も「災害」だから・・・
国民保護法案は、国民保護措置の実施責務を、都道府県・市町村等の地方自治体にほぼ「丸投げ」している。しかし、多大な財政赤字にあえぎ、職員の大幅なリストラを迫られている(その上、「平成の大合併」で担当地域が途方もなく拡大している)地方自治体に、独力で国民保護措置を実施する「体力」はない。そこで、国民保護法案は、既存の住民団体、災害救助組織、ボランティア等を全面的に動員することを予定している。
国民保護法案は、国・地方公共団体に対して、自主防災組織・ボランティアの自発的な活動に対し、必要な支援を行うよう努めなければならないと定め(4条3項)、また、指定行政機関・地方公共団体・政府に対して、国民保護措置を的確かつ迅速に実施するために必要な組織の整備(41条)、国民保護措置のための訓練の実施努力(42条1項)、当該訓練への住民の参加協力要請(42条3項)、国民に対する啓発(43条)などに努めることを規定している。
武力攻撃事態等にともなって生じた被害、すなわちもっとも人為的な行為である戦争の惨禍を「武力攻撃災害」と呼ぶことによって、あたかも地震、火山の噴火、洪水などの天災であるかのように装い、既存の消防・災害救援体制を国民「保護」体制に組み込むことが可能となる。その意味で、「武力攻撃災害」はマジック・ワードなのである。
実際、消防庁は、本年度、国民「保護」を担当する国民保護室と国民保護運用室を新設し、各地方自治体と「国民保護計画」策定のための具体的な協議に着手する予定である。もちろん、消防組織の武力攻撃事態対処体制への組み込みは、国民保護法案の登場前から着々と準備されている。2002年12月に公表された、新時代にふさわしい常備消防体制の在り方研究会『新しい常備消防体制の在り方について』は、特殊災害として、テロ災害、NBC災害とならんで武力攻撃災害をあげ、その対応のために、緊急消防援助隊(消防組織法24条の3)の拡充と、広域対応のための国の関与・都道府県による指示などの制度整備を提言していた。また、総務省「平成16年度地方行財政重点施策」(2003年8月)は、国民保護のためのモデル計画・避難マニュアルの作成等により、国・地方の体制を整備するとともに、国との緊密な連携に基づく地方公共団体の対応力の強化、自主防災組織等の自発的活動に対する支援などを求めていた。しかし、それがいかにリアリティーを欠いた「幻想的」なものであるかは、すでに鳥取県の場合を例にとり具体的に指摘しておいたところである(岡本篤尚「国民『保護』という幻想−対テロ戦争と『市民』の安全」『世界』2004年3月号58−60頁)。
災害救援組織の武力攻撃事態対処態勢への組み込みは、たんに既存の消防・災害救援組織や各地方自治体に軍事合理性が浸透するということを意味するだけでなく、国民の「自発的な協力」が要請される「武力攻撃災害」救援組織や訓練への参加等において、敵と味方を峻別する「友敵」理論が貫徹されるということをも意味する。
有事体制の構築に反対もしくは消極的な住民は、「武力攻撃災害」救援組織や訓練への参加・協力を要請されたとき、その要請を断るために有事体制の構築に反対もしくは消極的であるという自らの「内心(思想・信条)」を明らかにするか、あるいは自らの「内心」に反して参加・協力するかを否応なく選択せざるを得なくなる。前者の場合、自らの「内心」を「外部的な行為」によって明らかにすることを強制されないという意味での「沈黙の自由」が、後者の場合、「内心の自由」そのものが侵害されることになろう。「武力攻撃災害」救援組織・訓練への参加・協力の問題は、憲法上絶対的な保障が与えられているはずの「内心の自由」を容易に踏みにじり、市民に政府の戦争準備行為への忠誠を要求することによって、諸外国における良心的兵役拒否と類似した問題を生じさせることになろう。
しかも、「武力攻撃災害」救援組織は、戦時中の「隣組」に類似した住民相互監視機能を担うことになるため、「日の丸・君が代」の強制や住民基本台帳番号制・納税者番号制(検討中)による「国民総背番号」化の動きなどと組み合わされて、「国及び国民の安全の確保」に協力しない市民を「非国民」として選別・排除するための「踏み絵」として絶大な効果を発揮することになろう。そうなったとき、市民の多数派と異なる考え方をもつ「異端」・「異質」の少数派の基本的人権など保障されるはずもない。
さらに、武力攻撃災害時における表現の自由についても、福田内閣官房長官は、2002年5月9日の有事法制特別委で、「戦争反対の意思表明……そういう個人の意思表明……集会とか、また報道なんかもそうでありますけれども、こういう自由というものは確保されている、権利として確保されている……しかし、それはあくまでも公共の福祉に反しない限り、こういうことであろうかと思います」と答弁し、戦時下での言論・表現の自由の規制は当然であるとの「本音」を示唆したうえ、同年5月8日の有事法制特別委において、国家秘密法制定の必要性にも言及している。
実際、「武力攻撃事態等における特定公共施設等の利用に関する法律案」18条は、総務大臣に、武力攻撃事態法2条7号イ(1)・(2)の措置または国民保護措置に必要な無線通信(法案@156条)を、放送用無線通信を含む電波法102条の2に規定する電波に優先させる権限を与えている。武力攻撃事態法(22条1号ハ)に基づく「社会秩序の維持に関する措置」では、もっと直接的に、国民に無用な混乱をもたらさないためなどの理由をこじつけて、何らかの言論統制規定が設けられることは十分に考えられる。表現の自由は、有事を迎える前に、すでに危機的状況にあるといいうるのではないか(なお、以上の点については、岡本篤尚「《軍事的公共性》と基本的人権の制約」山内敏弘編『有事法制を検証する』(法律文化社、2002年)137頁以下を参照)。
6.緊急政令−「法の支配」の破壊
国民保護法93条1項は、「著しく大規模な武力攻撃災害が発生し、法律の規定によっては避難住民等の救援に係る海外からの支援を緊急かつ円滑に受け入れることができない場合」で、国会が閉会中、または衆議院が解散中であり、かつ、臨時会の招集を決定または参議院の緊急集会を待ついとまがない場合、内閣に、当該措置につき法律に基づかない政令を定める権限を授権している。また、「著しく大規模な武力攻撃災害が発生し、国の経済秩序を維持し及び公共の福祉を確保するため緊急の必要がある場合」で、国会が閉会中、または衆議院が解散中であり、かつ、臨時会の招集を決定または参議院の緊急集会を待ついとまがない場合、内閣に、金銭債務の支払いの延期及び権利の保存期間の延長について必要な措置を講ずるため法律に基づかずに政令を制定する権限を授権している(130条1項)。これらはいずれも、災害対策基本法109条の緊急政令に関する規定をまねたものである。
しかし、このような法律の根拠を持たない緊急政令=「独立命令」は、法の支配・法律による行政という立憲主義の基本原則を真っ向から否認するものであり、日本国憲法もこのような形式の政令の制定を認めていない以上、みだりにその拡大を試みるべきではない。ことに、武力攻撃事態の発生を前提とする「武力攻撃災害」は、災害対策基本法の対象とする「災害緊急事態」とは異なり、事前に十分予測可能であり、国会の臨時会の召集や参議院の緊急集会による措置を待ついとまがないなどという可能性が事実上ない以上、理論上の可能性(=「机上の空論」)だけを根拠に、このような立憲主義の及ばない「特殊な法的空間」を創り出すことには十分抑制的であるべきであろう。
おわりに
本稿では、かなりはしょって「有事法制7法案」等の内容を検討してきた。しかし、たったこれだけの部分的な検討でも、国民「保護」法案が、その名称とは裏腹に、徹頭徹尾、「国家の安全」(=武力による侵害排除)を、「国民の保護」すなわち一人一人の「市民の安全」に原理的に優先させるという思想で貫かれたものであるということを明らかにしえたのではあるまいか。そもそも、「民間防衛」という考え方それ自体が、軍事に対する民間人の協力を調達することによって、「前線」での戦闘力を支えている「後方」の生産力と人的動員力を防衛し、継戦能力を確保するための概念であり、けっして一人一人の「市民の安全」の確保を目的とするものではないからである。「市民の安全」にとって最大の脅威である戦争(=武力攻撃事態)を引き起こしておいて、そのうえで「国民の保護」を図ろうなどというのは、戦後60年の平和に慣れてすっかり「平和ボケ」してしまった人々の戯言であり、市民の「安全」強迫神経症(オブセッション)を巧みに利用して創り出された「幻想の産物」に過ぎない。戦争を前提とした「国民の保護」などということが「幻想」にすぎないことは、アフガニスタン、イラク、パレスチナ、コンゴなど20年以上の永きにわたって戦争が続き、戦争以外の状態を知らない世代が国民の多数を占めつつある諸国・地域の現実が何よりも雄弁に証明している。
もちろん、本稿で積み残した作業も多い。まず第1に、武力攻撃事態法等を含む有事法制の全体像と、有事法制の枠組みの中での個別法どうしの関連性の解明であり、第2に、「武力攻撃事態」と「周辺事態」の併合によって発生する諸問題、すなわち、「周辺事態」における国民保護法案の発動可能性の問題や、「周辺事態」と「武力攻撃事態」が併合する場合の米軍の軍事行動と、当該米軍の軍事行動への日本の兵站支援・施設提供等のあり方などの諸問題であり、第3に、「1949年8月12日のジュネーヴ諸条約の国際的な武力紛争の犠牲者の保護に関する追加議定書(議定書T)」「1949年8月12日のジュネーヴ諸条約の非国際的な武力紛争の犠牲者の保護に関する追加議定書(議定書U)」と、「武力攻撃事態における捕虜等の取扱いに関する法律案」「国際人道法の重大な違反行為の処罰に関する法律案」との整合性の問題、第4に、国際人道法違反(戦争犯罪)の処罰と国際刑事裁判所ローマ規程が未批准であることとの整合性の問題などである。
本稿については、これらの残された検討課題を含めて、大幅な加筆・補訂を行ったうえで、本年8月刊行予定の『神戸学院法学 播磨先生追悼特集号』に掲載する予定である。
(2004年4月6日 脱稿)
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