9月10日から4日間、大阪市立大学大学院で集中講義(平和論特講)をやった。院生たちの問題意識は鋭く、拙著数冊を解読して、詳細な報告をしてくれた。実に新鮮な知的刺激を受けた。2日目も終わり、ホテルに戻ってニュースステーションを見ていると、台風関連ニュースの合間にCNNの映像が流れた。NYの世界貿易センタービルから煙が出ている。夏休み中の久米宏キャスターの代打の女性アナが、無表情でメリハリのない司会を続けていた。「他にもお伝えするニュースがありますので」と、緊張感なく通常のニュースに移った。翌日の授業で知ったのだが、一人の院生は、女性アナのその態度をみて、テレビを消してしまい、翌朝まで事の重大性に気づかなかったという。私はビルの巨大な裂け目に注目した。内部の爆破ではない。ようやくテレビ朝日も緊急モードに移行。私は深夜までテレビを見つづけ、早朝、毎日放送報道部からの電話で飛び起きた。そして、出張先でラジオのニュース番組に生出演するはめに。正味25分間、率直に私の意見を述べさせて頂いた。「米国を全面的に支持」という小泉首相を、フライングぎみの軽率発言と批判した。だが、視聴者の反応は予想以上に激しく、「小泉首相は米国に武力で協力せよ」から「テロに関与しそうな外国人を日本国外に退去させよ」といった声まであった。
この事件に対する私の態度は明確である。それは、民間機を「人間爆弾」に仕立てた市民の無差別大量殺戮にほかならない。貿易センタービルには、世界中の企業・団体のオフィスがある。日本のメディアでは、日本人の行方不明者に関心が集中するが、AFP通信のリスト(9月16日付)
を見ると、死者・行方不明者はドイツ700人以上、イギリス200〜300人、コロンビア199人、トルコ131人、フィリピン117人と続く。バングラデシュ(50人)
やカンボジア(20人) などの貧しい国々も含まれている。アメリカ以外で42カ国。ヒンズー教徒もイスラム教徒もいる。これは単なる反米テロではない。世界の市民が犠牲になったのだ。ピッツバーク近郊に墜落した飛行機には、早大2年生も搭乗していた。テロを計画し実行した者に対する怒りは深い。法の手続に従い、厳正に処罰されねばならないことは当然である。
ただ、ここで敢えて指摘しておきたい。大惨事を招いた背景には、実はブッシュ政権の政策もからんでいる。父親のジョージ・ブッシュ大統領が起こした湾岸戦争。フセインをクウェートにおびき出して、大軍で叩く。その本質は、「挑発による過剰防衛」(ラムゼイ・クラーク米元司法長官『ジョージ・ブッシュ有罪』柏書房参照)である。長期の経済制裁の結果、独裁者フセインはいまだ健在。他方、何の罪もない50万ものイラクの子どもたちが死んでいる。湾岸戦争は、ソ連なきあと、アメリカの一極支配を中東の石油に及ぼすための手段にほかならなかった。あれから10年。息子は地球温暖化の京都議定書の実現を妨害し、ABM条約からの脱退、イスラエル強行派政権のテコ入れ等々、「力の突出」が著しい。それ対して、無差別テロという「力」で対抗してきたのだ。「挑戦招いた『力』の突出」(『毎日新聞』9月13日付)。父親の行いのツケは、いま、こういう形で息子に跳ね返ってきた。
フロリダ州パームビーチ郡の票の再集計で辛うじて大統領になったブッシュ・ジュニアは、数週間前にテロ警告がなされているにもかかわらず、「その時」、フロリダ州の小学校を訪問していた。またもフロリダ。元テキサス州知事のブッシュ・ジュニアは、支持率上昇の好機とばかり舞い上がった。「ボキャブラリーの貧困」は歴代随一と言われるだけに、繰り出す言葉は派手なことこの上ない。ついに「21世紀最初の戦争」という言葉を使ってしまった。悲惨な事態を何とか鎮静化させるのが政治の任務。しかし、父親のもとで統合参謀本部議長をやった人物を国務長官にすえるというミスキャストの結果、冷静な外交は望むべくもない。ひたすら「軍事報復」の道をひた走っている。軍事報復は、厳密には武力復仇である。アメリカは自衛権については非制限説をとり、イスラエルとともに自衛権行使の名による爆撃などを繰り返してきた。だが、国連憲章は国際紛争の平和的解決を義務づけ(2条3項)
、武力行使・威嚇を一般的に禁止した(2条4項) 。二つの例外が、国連による強制措置(7章) と、個別的・集団的自衛権である(51条)。先制自衛や武力復仇を認めない方向が世界の大勢だ。しかも、1970年の国連総会で採択された「友好関係宣言」(決議2625)によれば、「国家は、武力行使を伴う復仇を慎む義務を有する」とした。すでに国連安保理も総会もテロを糾弾する決議を採択したが、アメリカの武力行使への突進をいさめる国はない。武力復仇を、世論の支持のもとに既成事実化するのか。国際法秩序はいま重大な転換点に立っている。ロシアまでもが、旧ソ連時代のアフガン戦争のノウハウをひっさげ、一時はアメリカに協力すると表明した。
NATOは、集団的自衛権行使の「同盟事態」(NATO条約5条)を、創設以来初めて宣言する。NATO条約6条は武力攻撃の地理的領域を明示しているが、ユーゴ空爆開始後の99年4月のワシントン会議で、「同盟国の安全利益」は領土への武力攻撃だけでなく、「テロ行為やサボタージュ、組織犯罪並びに生活上重要な資源の供給断絶」によっても生じうることを確認した。条約の明文改定なしの、かなり強引な目的・任務の拡大だった。96年の日米安保再定義と同様、冷戦仕様の軍事同盟をポスト冷戦仕様にヴァージョン・アップしたわけである。かくして、今回、テロ攻撃に対して初めて集団的自衛権行使の可能性が出てきたわけだ。ただ、アメリカ政府はまだ、テロ攻撃の後にNATOへの形式的申請を行っていない。その申請が19のNATO加盟国政府によって一致して決定され、初めて「同盟事態」が発生する。重要なことは、NATO条約5条による「同盟事態」の発生要因は、「武力攻撃がなされた場合」であり、その「おそれ」を含まない。決定には、テロ組織の嫌疑だけでは足りない。信頼できる明白な証拠が加盟国に提示されねばならない。オランダ、ベルギー、ポルトガルは、現時点での「同盟事態」の確定に慎重な姿勢を示している。しかし、日本のメディアは、NATOが集団的自衛権行使に踏み切り、ブッシュ政権とともに参戦すると報じた。特に9月13日午前9時50分から10時すぎのNHK
ニュースは、「集団的安全保障」という誤ったテロップを出し続けた。国連の集団安全保障(敵を作らず、すべての加盟国で一致して違反者に制裁する)と、NATOのように仮想敵をもち、一加盟国への攻撃を全加盟国への攻撃と見なして反撃する集団的自衛権の機構とでは、まったく性格が異なる。こうした混乱は、アメリカの軍事突出を当然視する雰囲気をつくる。
では、テロとどう向き合うか。ドイツの平和研究者Ernst-Otto Czempielの意見が興味深いので、その要旨を紹介しよう(die tageszeitung vom 14.9.2001)。
今回のテロは、パルチザン戦争が、グローバル化した現代世界に転用されたことを意味する。テロは第三世界の搾取に経済的原因をもつ。経済はグローバル化したが、政治はローカル化した。今、グローバル化が政治に跳ね返っているのである。
テロの実行者たちは、非合理的な過激派ではない。手段の選択は実に合理的で、固有の目標は復仇である。だから、西欧の政治家が暴力には暴力をという対応をするのをおそれる。イスラエルのパレスチナへのミサイル攻撃は、新たな自爆テロをもたらしただけだ。これが国際的規模で、恐ろしい結果をもたらす。第三次世界大戦ではなく、もっと悪いことに、「テロのグローバル化」である。
NATOのすべての構想は古くなった。それは「外からの」敵に基礎を置く。しかし、テロでは内側から敵がくる。防衛の古典的理念は役立たない。グローバル化したテロに関して、安全予防措置が改善されねばならないのは当然だが、しかし、自由よりも安全を重視することで、防空壕を作ることは避けなければならない。「テロはその根源を除去することによってのみ阻止することができる」という元アメリカCIA
長官R.Gatesの認識が決定的に重要である。
では、具体的にどうすべきか。まず、イラクを国際社会に復帰させねばならない。世界が理解しなければならないことは、安全を生み出すのは装甲車や防空ミサイルではなく、〔富の〕再分配である。〔途上国への〕開発援助だけが安全を生み出しうるのだ。
Czempielは、「国家の世界」から「社会の世界」への転換を説く、ポスト冷戦時代の読解では知られた学者である。テロに対処する最も効果的な方法が、途上国への富の再分配であるという指摘は興味深い。もちろん、国際的な世論の圧力のもと、テロの実行犯を処罰することは当然だが、そこから先の長いたたかいは、決して軍事的なそれではなく、経済・社会的な問題の分野にある。アラブ内部のテロに批判的な勢力と連携し、テロを許さない世論を強化する。テロ集団を干乾しにしていく。力の行使は、新たなテロに「栄養」を与え、テロの連鎖を生む。「『文明世界』が『野蛮』に対する戦争を遂行すれば、文明化された国家は、このたたかいにおいて、自らが『野蛮化』する危険が生ずる」というフランスの政治学者Pierre
Hassnerの言葉は示唆的である(Frankfurter Rundschau vom 14.9)。
暴力には暴力を。ブッシュ政権の武力行使決議に対して、上下両院を通じて唯一反対票を投じたバーバラ・リー議員(民主党・55歳・カルフォルニア州第9
選挙区)は、アメリカの良心と言えよう。彼女は、「どんなにこの投票が困難でも、私たちの誰かが抑制力を促さねばならない」と述べ、一歩引いて慎重に考えることを求めた。テロの連鎖を防ぐためにも、いまが踏んばりどころである。しかし、浮足立つブッシュ・ジュニアのもとで、世界は戦争への道を歩み出そうとしている。
水島朝穂(早稲田大学)
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