民主党「有事法案10項目批判」を監視する

<注目される代表選挙>

 有事三法案は継続審議となりました。しかし、政府は「国民保護」法制の骨格を秋の臨時国会に示すため、特別チームをつくって夏休み返上で作業を進めています。これは、当初の法案では「2年以内に制定する」となっていたものの一つで、「有事法制そのものは必要」という立場をとる民主党・自由党との修正協議のためのものです。有事立法をめぐる秋の動きを見るうえで重要なことは、民主党の代表選挙です。管・鳩山の争いで、管は有事立法に批判的な“左派”(横路派など)を取り込まなければ勝てないことから、この点に期待をかける見方もあります。しかし、前原・野田などの若手世代は、“左派”を切らなければ民主党の分裂もありうると圧力をかけ、鳩山もそうした若手の支持を得るため“左派”を切る約束をしているといわれます。民主党若手世代には松下政経塾出身の自民党以上のタカ派が少なくありません。久間らの自民党防衛族も民主党代表選挙後の新局面展開への期待を露わにしています。誰がどのような形で代表になるかによって、有事立法修正協議の可能性はかなり変わってくるでしょう。

<不十分な法案批判>

 今後の民主党の有事立法にたいする対応を見るうえで注目されるのは、与党の継続審議方針が固まった7月18日に出された『有事関連三法案をめぐる問題点』と題する10項目にわたる提起です。この10項目は、法案審議が始まった5月上旬に出された岡田克也政調会長を中心とした法案批判見解を踏襲していて、もしその要求がすべて厳格に貫かれるなら、現在の法案を廃案にせざるをえない内容のものです。現にこの10項目を理由に民主党は廃案を要求しています。しかし、この10項目は一読すればすぐに気づくように、「規定が不十分」「規定が曖昧」「不明確」とか、「先送りされている」「定められていない」といった批判ばかりのものです。では、「曖昧でなく明確に規定すれば良いのか?」、「先送りせずに規定すれば良いのか?」と、有事立法推進派に反問されれば「そのとおり」と応えざるをえない程度の批判でしかありません。廃案要求の10項目にわたる根拠づけの多くがこうした腰の引けたものになっていることは、民主党が「有事のための法整備は必要」との立場をとっていることからすれば、けだし当然ともいえます。そもそも「廃案」の主張を掲げているからといって、与党との修正協議に民主党が応じないという保障はどこにもありません。去年までにすすんだ民主党の平和政策の「右」展開、Next Cabinet(次の内閣)を目ざして米国当局者の支持を求める態度、そして党内基盤が弱く民主党にすり寄るような小泉首相の姿勢を考えると、民主党がこの10項目をどこまで貫くかも怪しいものです。そのうちのいくつかだけが容れられれば妥協する可能性は十分にあります。政権獲得・政権参画をめざすうえで自公保の連立を崩すこと、自民党を割ることは民主党にとって避けられない重要な作戦です。もし修正協議の場が設けられれば、その場はこの作戦をすすめる重要な舞台となるでしょう。そのときには、この10項目は修正協議に応じて「良い有事立法」を作る手がかりともなるものだと言うことができます。

<監視のポイント>

 とは言え、この10項目は、有事立法そのものに批判的な民主党議員や支持者に配慮した部分や側面も少なからずもっています。そのため10項目の中には、有事立法に対する実質的制約の手がかりにできる部分がないわけではありません。現在の国会の力関係を考え、民主党議員や支持者のなかに有事立法そのものに批判的な部分が少なくないことを踏まえると、有事法制に反対する運動の側は、10項目のこうした部分に注目しながら民主党の動きを厳しく監視していく必要があります。10項目のうち有事法制反対運動が注目すべき点は、特に次の四点でしょう:

<周辺事態との競合を断つ>
 第一は、「武力攻撃事態の定義、および認定の規定が不十分」(第1項)、「周辺有事と武力攻撃事態における米軍の行動と我が国の対処との関係が不明確」(第8項)とする点についてです。問題は、「武力攻撃事態」のうちの「予測される事態」「おそれのある事態」と「武力攻撃事態」の核心にくる「日本に対する武力攻撃」(本土有事)との区分が曖昧であることにあるわけではありません。本来の有事である「日本に対する武力攻撃」ではない「予測される事態」「おそれのある事態」でも有事体制が立ち上げられること、特に「予測事態」「おそれ事態」が「周辺事態」と重なって(そうした場合があることは政府も認めています)、「米軍有事」・「グローバル有事」であっても日本国内に有事体制が立ち上げられてしまうことこそが問題なのです。第一項でいう「周辺事態との区別」をしっかりさせ、「米軍有事」「周辺有事」に「我が国の対処」として有事体制が発動されない歯止めをキチンとするかどうかは、今回の有事法制問題の最も重要な点です。
 この10項目要求で民主党は周辺事態と武力攻撃事態との区別を問題にしていますが、他方では、天災から大規模テロまで含む大きな緊急事態法制を民主党は求めています。対処すべきとされる緊急事態の概念を拡げていく中で、そこに周辺事態と競合するような事態概念を紛れ込ませないように監視することも大切です。

<地方自治を貫く>
 すでに周辺事態法第9条では、地方自治体や「国以外の者」にたいして、関係行政機関の長は「必要な協力を依頼することができる」と定めていました。しかし、これでは実効性のある縛りにならないので、今度の法案は地方自治体などに「必要な措置を実施する責務を有する」としています。94年「北朝鮮核疑惑危機」の際の米軍要求が示しているように、有事体制という日本での兵站支援を立ち上げるうえでは、自治体の管理する港湾の活用や、自治体の行政権限を使って運輸・医療などの業務や物資管理など市民生活を統制することが欠かせません。
 ところで民主党は結党以来地方分権を主張し、同党の憲法調査会報告も連邦型分権国家を掲げ、地方分権は今後の日本のあり方を考えるとき最も重要なことの一つとしています。住民の安全と生活に対して、直接に第一次的な責任をもつのは地方自治体です。10項目批判でも「国民の安全確保に極めて大きな役割を果たすべき地方公共団体」(第7項)としています。ですから、この問題について中央の政府が地方自治体を飛越えてあれこれ命令するのは地方分権にまったく反することです。民主党が地方分権を主張するなら、地方自治体が中央政府や自衛隊に一方的に服従することを求める今度の法案に賛成することはできないはずです。
 もっともこの第7項目の記述は、自治体の権限、責務、態勢整備、予算措置等について、「明確に記され」、「計画的な体制整備」ができるようにすることを求めるといった不十分なものになっています。「明確な規定」とか「基本的な考え方」が示されることを口実にして、地方自治体の自主的決定権を奪うような妥協をさせないことが大事になります。

<人権保障を貫く>
 10項目批判のうち第3項は、「表現の自由など基本的人権の確保に関する規定が曖昧」と批判しています。人権保障はこれから出てくる「国民保護法制」でも大いに問題になってきます。「国民保護法制」では日常生活のあらゆる面にたいして軍事的観点からの規制がかかってくるからです。そこでは、人権制限が曖昧でなく規定されているかどうかではなく、人権が保障されるかどうかこそが問題になります。この点で、「有事立法は必要だが人権確保も必要」という立場では、批判の姿勢はたえず揺れ、訳の分からないものになっていく可能性があります。
 そのことはすでにこの間の国会審議に現れています。たとえば、審議入りを前に民主党が3月に発表した「緊急事態法制に対する民主党の基本方針」では、「いかなる事態にあっても、内心(思想・良心・信仰)の自由は絶対不可侵である」としていました。しかし、国会審議での民主党の追求は、「内心の自由の絶対不可侵」性を棚上げにした極めて不十分なものでした。それは「内心の自由といえども外形的行為を伴う場合には規制されうる」という「日の丸・君が代」問題でも示された政府見解を無批判のまま前提にして、どのような場合がそれにあたるかを確かめるのにとどまったのです(7月24日前原質問)。
 「有事立法も人権も」という立場からは、有事立法の基礎にある軍事的必要はどんな場合でも無条件の前提とされるのですから、人権の保障といっても「制限を明確に規定すればそれで良し」とする安易な決着がなされるのがせいぜいです。人権の保障を本当に大切だと考えるのなら、軍事的必要を無条件に前提とするのではなく、反対に人権保障のためにどのような場合に軍事的措置が必要となるのかを政府に論証させ、それが本当に人権を保障するものとなることを具体的に説明させる必要があります。「有事立法も人権も」論にたった人権制限規定の明確化要求ではなく、「基本的人権に関する基本理念は、平常時・緊急事態を問わず守られるべきもの」(上記『基本方針』3)という人権保障の観点を貫かせることが大切です。

<民主的統制を貫く>
 「国会承認、民主的統制のあり方が不適切」(第2項)というのが民主党の批判です。しかしその中味は随分につつましいものです。現法案では「武力攻撃事態への対処措置の終了」が閣議決定だけで決めることとしているのを、国会の決議によっても止められるようにしろ(アメリカ方式)、そうすれば民主的統制が確保できるというのです。これは民主的統制の意義をわきまえない非常に矮小化した提案です。
 およそ有事体制というものは憲法にとっての例外状態で、そこでは公権力の集中や人権をはじめとする諸権利の大幅な規制があります。ですから憲法で軍をもつことが決められている国でも、憲法の定める権力分立や人権が保障される状態から例外状態にうつる場合には、きちんと主権者あるいはその代表議会のチェックをかけることが厳しく求められます。そうでなかったら緊急事態を口実にして軍人などによるクーデタが行われかねないからです。この点こそが民主的統制のポイントです。つまり、緊急事態の認定、対処方針の策定と決定、対策本部の設置という一連の措置を、事前に議会のコントロールにかける必要があるのです。
 ですから、民主的統制を行うというなら、現法案がとっている原則事後承認の仕組みを事前承認へと切り換えさせる必要があります。この点を曖昧にして終了決議への国会関与しか求めないとしたら、民主党の名が泣いてしまいます。少なくとも本土有事から遠い「予測」「おそれ」の段階について国会の事前承認を貫くことは、民主的統制を主張するうえでの最小限度の要請でしょう。

<「良い有事法制」はありえない>

 このように、10項目批判の中には、不十分さはあるものの、それを逆手にとれば、民主党を修正協議に応じさせない、また仮に応じたとしても「良い有事立法」のために安易な妥協に走らせない歯止めにできるような部分があります。有事立法に反対する運動の側は、有事立法必要論にたつ民主党の主張の中にも現法案をつぶす可能性をもったところがあることに十分に注意を払って対応する必要があるでしょう。
 とはいえ、民主党にこうした歯止めをかけられるか否かは、あくまでも有事立法に反対する運動がどこまで拡がるかにかかっています。有事立法そのものには賛成の立場にたつ民主党ですらこうした批判を出さざるをえなかったのは、反対運動の広がりの中で民主党の議員や支持者の中にも有事法制批判論が強まったからです。もし反対運動を拡げることができなかったら政権をめざす民主党の執行部は「良い有事立法」の修正協議にむけた敷居を際限なく低くしていくでしょう。
 ここで民主党監視のポイントとした4点を貫くと、その先にある有事法制はどのようなものになるでしょうか? それは、「米軍有事」・「グローバル有事」にリンクして立ち上ることのない有事法制。地方自治や人権を侵害しない有事法制。国会の事前統制にかけられてしか発動しない有事法制となるはずです。そんな有事法制が一体ありうるでしょうか。もし仮にあったとしても、そんな有事法制なら日米支配層は「意味がない」というでしょう。私たちは、「良い有事法制」はありえないという立場にたって民主党の動きを監視する必要があります。

三輪 隆(埼玉大学)

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