憲法調査会の議事録(衆院調査会第150国会〜第151国会)を読む

 衆・参両院に設置された憲法調査会が活動を開始して二回目の憲法記念日を迎えた。表向きは「日本国憲法に関する広範かつ総合的な調査」を目的として設置された憲法調査会ではあるが、活動開始後一年あまりの活動ぶりは「国費を使って公然と日本国憲法を非難する場」としての憲法調査会の役割をより鮮明にしている。ここでは、昨年九月に召集された第一五〇回臨時国会と現在開会中の第一五一回通常国会における衆院憲法調査会の議事録を読んでみた感想を述べてみたい。

 <日本国憲法に対する悪罵と放言の場としての憲法調査会>
 会議録を一読すると、はじめから日本国憲法に対する悪罵と中傷を行うための人選がなされ、委員と参考人の側で、ひたすら刺激的な言葉で日本国憲法に攻撃を加えることを競っているようにしかみえないやりとりが目につく。たとえば、憲法の前文を「翻訳調であり、悪文でございますので、意味がはっきりいたしませんが、要するに、日本はこれからは、平和については自分では頑張らないで人様にお世話になろうというふうに読みとれる」と問う鳩山邦夫委員(自民党)に対して、「前文は、要するに敗戦後遺症の最も顕著にあらわれておるもの」であり、「このような前文や憲法のもとでは日本人が誇りと自信を取り戻せない」と市村真一氏(国際東アジア研究センター所長)が応ずるといった具合である。石原慎太郎氏も「本当に前文というのは醜悪」と吐き捨て、「日本人の日本語に対する敬意というものの欠如、無神経は既にこの前文で始まっている」と日本語の乱れを憲法前文の責任になすりつけている。
 また、憲法に基づいて存在するはずの国会の議決によって「日本国憲法を否定する」といった石原氏の提案(?)をはじめとして、渡部昇一氏(上智大学教授)による「相続税の全廃」論など、憲法のイロハをわきまえない荒唐無稽な放言も多い。ソフトバンク社長の孫正義氏についても、「(コンピューター)ウイルスをつくってばらまいて、今の日本国憲法で、この作った学生がどれくらいの罰に処せられるのか、私にはよくわからない」という発言にみられるように、憲法についての基本的知識を欠いているとしか思えない。
 そして、もっとも多いのが、参考人の意見陳述と憲法との関わりが一向に明らかにならないパターンである。実際、「憲法に常識的な範囲以上に興味を持ったこともございません」と言う曽野綾子氏(作家)の発言のほとんどは、彼女の外国における体験の披瀝にとどまるものであったし、雑誌中央公論の編集長であった近藤大博氏の発言は、自ら「雑誌の目次のよう」と評したように、戦後話題となった論文や書物を羅列するばかりであり、質問者のほうでも「どういう質問をしたらいいか若干迷います」という有様である。また、科学史について述べた村上陽一郎氏(国際基督教大学教授)、遺伝子学の専門家である林崎良英氏(理化学研究所ディレクター)や人口問題についての小川直宏氏(日本大学教授)の意見陳述とその後の質疑を読んでも、憲法との関わりは最後まで不明なままである。予算審議や重要法案の審議と平行して、このような放談会を国会内で開催することの公共性が問われよう。
 また、外国人の地方参政権付与法案が国会内外で問題となっていることもあって、自民党委員からしばしば参考人に対し、まったく唐突に外国人の地方参政権問題についての質問がなされている。櫻井よしこ氏をはじめ多くの参考人は、「国籍のない方にはやはり選挙権は御遠慮願いたい」などと質問者の意向にそう発言をしているが、はたして自らの発言の根拠についてどこまで自覚的なのであろうか。

 <「調査」の名に値しない委員たちの態度>
 憲法調査会とは要するに日本国憲法に対しておおっぴらに論難する場であるとの位置付け方は、とりわけ憲法改正に消極的な参考人の意見陳述に対する委員の態度に現れている。たとえば、二一世紀に向けて日本がなすべきことは日本国憲法の原点に立ち返ってその規範的内容の実現をめざすことであるとの主張を行った小林武氏(南山大学教授)の意見陳述に対して、松浪健四郎委員(保守党)は、「学者はいいな、国民の生命と財産に責任を持たなくていいからこういうふうにいえるんだな」という侮辱的な言葉を浴びせている。また、作家の小田実氏に対して、高市早苗委員(自民党)は、意見陳述とは無関係な在日外国人の権利の問題を質問し、小田氏が回答を拒否すると、持ち時間を残したまま質問をうち切っている。改憲派の主張に沿った意見陳述には「お説のとおり」となれ合う一方で、自らの立場と異なる参考人に対してはまじめに質問する気すらないという改憲派委員達の姿勢がみてとれる。

 <「二一世紀の日本のあるべき姿」は示せたか>
 ところで、衆院憲法調査会の現在のテーマは、「二一世紀の日本のあるべき姿」である。先に述べたような調査会委員たちの姿勢からは、表題どおりの日本の将来像の探求を期待すること自体無理ともいえよう。
 これまでの調査会の議事録をみるかぎり、参考人や委員からは、「日本が先の戦争を侵略戦争などという義理はない」といった歴史に対する無反省と、「憲法には権利の規定ばかりが書いてある」というような、これまで何十年もの間くり返されてきた「古い歌」ばかりが聞こえてくる。なかには、坂本多加雄氏(学習院大学教授)のように「戦争の違法化」という国際的な流れすら認めない見解すら主張する参考人もいる。未来志向といえたのは、わずかに、アジアにおける緊張緩和に日本が積極的な役割を果たし、そのうえで北東アジアに地域的な集団的警察機構を創設することを提案した姜尚中氏(東京大学教授)の発言ぐらいであろう。

 <今後の改憲論議の高まりに警戒を>
 いささか混迷気味の憲法調査会の活動ぶりのせいか、最近の世論調査においても、改憲賛成の比率は伸び悩み気味である。しかし、憲法調査会の活動によって改憲論について世論のなかに一定の「地ならし」が行われたことが、小泉純一郎氏が首相就任にあたって憲法改正への意欲を明言できる下地をつくったことはまちがいない。今後活発化するであろう改憲論議が現在の憲法調査会の審議のレベルのままであるとすれば、われわれとしては深刻に憂慮せざるをえない事態である。
(注:2001年5月9日付『しんぶん赤旗』に掲載されたものに、若干の加筆訂正を加えた)

2001年5月21日
木下 智史

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