シナリオ「明日の罪を犯せ」 6

(文学青年としての木村愛二)

『軌』13号47-68頁に掲載(12月会・1961.12.1発行)征矢野愛三

6:シーン 39~47

(これは俺の誤ちだ。私達は未来の罪人ね。)

39 大学の構内

 井原と話している加代子にカメラ近づく。

井原「皆が行くなら良いよ。俺はやっぱり彼奴にあやまらなくちゃいけないからな。」

 加代子のすまなそうな顔。

40 同じ、カットイン。青木と加代子

青木「へっ、冗談じゃねえよ。あんな野郎に会ったって何の足しにもならねえし、ブルジョワ娘の気紛れにいちいち付合っていられるかよ。」

 無理に肩を怒らしている。

青木「山川や横地なら、話は別だろうぜ。彼等はあやふやな自由意志とやらで何とでも妥協しちゃうんだからな。」

加代子「井原さんは皆が行くならって。」

青木「馬鹿だよ。彼奴は。まだ、くよくよしてやがる。そんなことならやらなきゃいいんだよ。」

 青木の肩越しに加代子のしょげた顔。下って、黒い学生服の背中だけ。

41 フェイドインして、学生向の粗末な喫茶店の隅

 北野と加代子。北野の顔は不機嫌ともとれる程に深刻な表情を堪えている。

加代子「……理屈じゃないわ。私がその時に感じたのは、これは私の子供だという確信だったのよ。」

 加代子の限には涙が溢れかける。だが笑顔を作る。

加代子「青木さんは真赤になって怒るのよ。ブルジョワ娘の気紛れにお付合いなんか出来るかですって。」

北野「彼奴らしい台詞だな。俺にしたって、似たようなもんだがね。彼奴も俺も実は恥しいんだよ。目標のない喧嘩をおっぱじめたのは彼奴だし、俺もそれを止めようとしなかったんだからな。忘れたいものを無理矢理つきつけられた感じだね。」

加代子「でも付合って下さるわね。私のおせっかいに。」

北野「仕方ないよ。僕は青木のように現実を白か黒かでバッサリ片付けることは出来ないんだ。それであの防衛大生だって、馬鹿ではないし、それ程ひねくれてもいないようだ。岡目八目で他人の生き方を裁くのは楽な気持じゃないが、やってみる迄さ。」

 加代子の眼をアップ。二人の見つめ合う姿になってフェイドアウト。

42 カットインして青木の下宿

 本棚。散らかった机。新聞の束。

北野「君は実の所「怖いんだよ。ブルジョワ的な雰囲気の中に入っていくだけの勇気がないんだ。無理矢理に自分に課しているストイシズムが剥がされるように気がすんじゃないかい。」

青木「馬鹿な。俺がストイックだったとしても、それは付け焼刀じゃない。俺はもともと無駄が嫌いなんだ。遊び廻る気がしないだけなんだ。」

北野「そうかね。俺は遊び暮してみたいね。何の心配もなく笑っていたいよ。俺の親爺は工場労働者だ。貧しさしか知らなかった。俺は何事につけ節約するのに馴れている。それでも俺の中には、いつも、思いつ切り無駄使いがしてみたいというプチブル的な憧れがあるんだ。俺は君みたいにその欲望をむきになって否定しようとは思わないよ。俺の人生がそのために方向づけられるようなことがあってはならないけれども、誰しもが生活的に求めているのは、そんなプチブル的な幸福であることを忘れてはいけないんだ。我々は小市民的な家庭生活に埋没すべきではないよ。しかし俺達が目指しているのは、全ての人に安定した生活を確保するということなんじゃないか。それを忘れると革命家の一人よがりになってしまう。スターニズムはその典型的な悪例だよ。自分に対して厳しいのはいいだろうが、……。

青木「ああ、俺は一人よがりかもしれん。しかしそれがその仲直りパーティとやらにどういう関係があるんだ。俺は体質的にパーティなんてものが嫌いなんだぜ。」

北野「だから俺はいってるんだ。現実にブルジョワ階級が存在し、大衆がその生活に憧れを覚えているという事実を無視することは出来ないんだ。君はすぐに、プチブルの、資本家のだのというが、実体を掴んでなくては、石べいが大きいからといって、小便をひっかけてウップンをはらす酔っぱらいに過ぎないじゃないか。」

青木「(笑う)妙なこじつけ方をしやがったな。しつこい奴だ。負けたよ。」

 青木の照れかくしの表情。新聞を取り上げて、ラジオ番組欄を見る。むきだしのラジオセット。クラシック。

43 カットインして美根子の部屋。ジャズ

女1「ねえ、踊ってよ。私が教えてあげるから。」

 青木が困っている。

女2「(美根子に)あんたが全学連の幹部を紹介するなんて電話を寄越すから、期待していたのに、この人達ったら、男同志で話してばかりじゃないの。」

奥月「うるせえ奴等だな。今、俺が踊ってやるから静かにしてろ。」

女2「誰もあんたに踊ってくれなんて頼んでやしないわよ。」

男1「こりや癪だったね。」

北野「じゃ、僕が教えて貰うかな。青木、お前もやってみろよ。」

加代子「奥月さん、私と踊って下さる。勿論、下手ですけど。」

 奥月、少し驚く。美根子の顔、アップ。

奥月「ええ、お願いします。」

 加代子、美根子と目配せする。

加代子「(踊りながら)私、嬉しいわ。皆が仲直りできて。」

 奥月、苦笑する。山川と横地が見ている。彼等は女の子達に冗談を言って笑わせている。遊び馴れた様子の男二人がいるが山川と横地には一目置いた感じで、一緒になって笑っている。パーティらしい情景のカット。

44 庭、カットイン

奥月「(不審気に)何です。話ってのは。」

 加代子の眼、一瞬、部屋の方を見る。美根子が榊原丈二と踊っている。此方を気にしている美根子。

加代子「素直に聞いて下さるわね。」

奥月「何を素直にきけというんです。僕は君等の女の子らしい企みに素直に従ったじゃありませんか。仲直りもしたことだし。」

加代子「クーデターだ、革命だって、物騒な冗談ばかりいって、不思議な仲直りよ。男の子同志で話していると貴方もひねくれた所がなくなる時もあるのね。」

奥月「仲々厳しいね。君は妙な人だよ。僕に何を言おうとしてんです。」

加代子「そう急がないで下さいな。先ず最初に貴方に約束して貰わなくちゃいけないことがあるんですもの。」

奥月「約束?」

加代子「そう。貴方が自分自身と仲直りすること。」

奥月「何ですって。」

加代子「天邪鬼な態度を改めることよ。貴方自身に対しても、美根子さんに対しても。」

奥月「(淋しく笑って)僕だって好き好んでひねくれている訳じゃない。美根子が貴女みたいな性格だったら……」

加代子「まあ、本当にそう思ってらっしゃるの。じゃ貴方はやはり美根子さんを……」

奥月「愛しているかどうかは分らない。しかし僕はどうしてもあいつから離れられないんだ。僕には自分の理想像がないと同様に、女性の理想像も描き得ない。美根子はだから僕にとっては憎しみの対象なのかもしれない。そしてその憎しみは僕の中にある愛情への絶望感から生れているんだ。僕は自分の中に希望を育てることが出来ない。そのくせ、美根子が僕の憎しみをかき立てるといっては自分をごまかしているんだ。全てが悪循環を繰り返している。」

加代子「(決然と)その悪循環を断ち切らなくてはいけないのよ。奥月さん。美根子さんは妊娠しているのよ。貴方は、貴方自身と美根子さんと、貴方達二人の子供、その三人の未来という責任を背負わなければいけないんだわ。貴方の今の状態がいけないとすれば、やはり直すのよ。防衛大学なんてお止めなさい。貴方は自分の信じていないことをやるのは止めなくてはいけないわ。クーデターなんて冗談でしかないんですもの。そんな冗談であの人達と一時逃れに仲直りすることは貴方の自己欺瞞でしかないのよ。希望なんて、黙っていても生れてくるもんじゃありませんわ。自分の行動で生み出さなくちゃいけないものなのよ。」

 奥月、頭を抱えて考え込む。

奥月「やり直す。やり直すなんで俺に出来ることなんだろうか。」

加代子「出来ますとも。まだ私達は若いんですもの。何度失敗したって、その度に立ち上らなくては……」

奥月「ひとりにしておいて下さい。」

 加代子、その奥月を、じっと見ている。部屋の方の騒ぎ、派手になって来ている。

45 オーバーラップ 庭からポーチ

 庭からポーチを通って近より、美根子の遊び友達の男女を中心にした酔態。

 男1は特にひどく、奇声を発する。

46 カットイン 門前

 車に乗り込んでいる。美根子の傍に北野、青木、加代子。

 一台は男1が運転台。北野はそれを見て心配そうである。

 もう一台は男2のもの。山川、横地が乗っている。

横地「彼奴、大丈夫かね。」

男2「平気さ。いつも酔っ払って運転してるんだ。アルコール抜きだと事故を起すってんだからな。」

 山川笑う。

 男1の足。左足はクラッチを離しかけ右足は拍子をとって、今にもアクセルを踏み込みそうである。クラクション。

男1「何をぐずぐずしてやがるんだ。」

女2「早く!」

 美根子と女1、急いで来る。女1、男1の車に、どしんと乗り込む。

女1「おい、少し位い待たせたからって、うるせえぞ。」

 男1の肩をこづく。美根子、それを見る。

男1「何だ、この野郎。」

 うしろを向く拍子に、クラッチを離しアクセルを踏み込む。ダッシュする。美根子、ひかれる。女1、2の悲鳴。

男1「馬鹿野郎」

 急ブレーキをかけ、肩をゆする。

 奥月、走り寄って美根子を抱き起す。美根子の口から血が筋を引いて溢れ出る。皆も駈け寄る。急テンポのドラムのソロ。

 奥月の顔のアップ。すっと立上る。男1の車に歩み寄る。座席に角ビン。

男1「おい、俺は、誰かをひきでもしたのか。」

奥月「違う。お前はまだ飲み足りないよ。」

 角ビンを取り上げ、男1の口につける。男1、驚くがニヤリと強がりの徴笑を見せ、それを受ける。奥月、男1の途中で止めようとするのを押しのけ、底迄開けさす。男1、むせる。それをドアを開けて引っ張り出し、眉間にストレートを喰わす。皆、息をのんで見ている。奥月は冷静である。

奥月「(榊原丈二に)こいつを連れてって寝かしとけ、朝になりゃ何も覚えちゃいないだろう。……いいか、美根子をひいたのは俺だぞ。警察に電話を掛けて来るようにいってくれ。」

北野「君は……」

奥月「いいんだ。俺は血迷っているんじゃないよ。……これは俺の誤ちだ。分ってくれ。」

 再び美根子の傍に膝まずく。ハンカチで血をふき取る。加代子も膝まずいている。加代子の驚愕の表情をアップ。カメラ廻る。

山川「(横地に向って低く)彼奴は恐らく今迄にない程平静だよ。彼奴は本当に生き始めるんだ。今度ばかりは天邪鬼でノラクラ息子の肩代りをするんじゃないぜ。彼奴は自分の罪を知ったんだ。それは自分の本当の姿を見つめることなんだ。俺も人を殺したと思っているよ。俺は人を殺したと思うことによって自分が生きるっていう事実の恐ろしさを感じているんだ。」

 横地、山川の顔を喰い入るように見ている。

山川「これだけは君に話してなかった。あまりに大げさに思えたからだ。だけど僕の実感は本物なんだ。俺は昨年のデモで、しきりに国会突入をアジった。死者が出た。俺はあの混乱の中で、死者が出るに違いないと感じたんだ。俺はうしろで将棋倒しになっているデモ隊の姿を見て責任を感じた。まだ分らない死者に対して怖れを覚えた。俺は指揮者らしい警官の胸倉をつかんで叫んだ。」

 デモの騒音、悲鳴、呻き声、山川の顔アップ。

山川「圧死者が出るにきまっている。退ってくれ。退ってくれ。圧死者が出るのが分らないのか。誰かが死んだら君等の責任だぞ。」

 音、静まる。

山川「俺は、あの日、あの南通用門の警備に当っていた小隊長が自殺したという週刊誌の記事を読んだ時、これは俺が死なせたのだと感じた。理由はない。理由はないが、俺は間違いなくそう感じたんだ。俺は何等かの形でこれ等の死者に対する責任を果さなければいけないと思った。俺はこの罪を背負って生きる覚悟をきめたんだ。だが俺には分らない。何をしたらいいか分らないんだ。この一年と何か月かを俺は逃げ廻っていたといっていい。自分の意志で行動するのが怖かったんだ。」

横地「俺もやはり逃げていたよ。責任逃れにもっともらしい理由をつけるのに夢中だった。しかし俺達も分らないなりに何かをしなきゃいけない。手探りであがきながらな。」

 山川、横地のアップから、一同の遠景に引いて、フェイドアウト。

47 自治会室

 昼休み。黒板に「本日五時半より委員会」「核実験再開抗議デモ」「政防法阻止闘争」「統一行動参加」等と書いてある。雑談している学生達。

 北野と加代子、窓際で話している。

青木「さあ、授業だ。始まる前にアジって来るか。終ってからだと逃げ出す奴が多くていけねえからな。」

 ガヤガヤと出て行く。

加代子「(外を見て)きれいな秋空ね。核実験なんか何処であったのか誰にも感じさせないわ。それでも死の灰は降っている。何億の人間の上に降りかかっているのね。私もその一人。汚されても汚されても生き続けて行かなければならないんだわ。」

 北野、厳しい目付きで加代子を見守っている。

加代子「(微笑んで)私達は未来の罪人ね。」

 北野、問いかける表情。加代子のアップ。

加代子「(低く、ほとんど独り言で)私は貴方と結婚して、子供を生むわ。私はその子供達に一生、罪を負わなければならないでしょうけど。誰かが私達に犯した罪を、私達も犯さなくてはならないの。でもそれは、罪の発覚を怖れて、生命の流れを否定してしまうことよりも勇気がいることだと思うのよ。」

 加代子の眼のアップ。音楽入る。

 オーバーラップして、時計塔の上の青空。

 千切れ雲がかすかに浮いている。

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