(文学青年としての木村愛二)
『軌』13号47-68頁に掲載(12月会・1961.12.1発行)征矢野愛三
シーン 29~33
(これから始まる人生が私を縛っている)
29 オーバーラップして、大学の教室
経済の講義。北野の大写し。考え込んでいる。気がついてまた熱心にノートをとるが、すぐ放心する。
授業終って、学生達、吐き出される。
A「おい、つもるか。」
B「またマージャンか。たまにはデートもさせてくれよ。」
C「おっ、お前がデートか。そんな面でもあるまいに。へっ、赫くなりやがら。」
B「馬鹿野郎、それはお前のことだ。」
A「ごたごたいってねえで、やろうぜ。」
四人揃えて、ニギヤかに行く。
30 自治会室
北野、入って来る。井原がガリ版のビラを刷っている。
井原「やあ。」
北野「やあ、御苦労さん。」
意外な面持で井原を見る。井原、気付いて
井原「俺は相変らず馬鹿だよ。」
北野「忘れちゃえ、あんなこと。馬鹿馬鹿しい。」
井原「ああ。」
青木も来て、ポスターを画く。北野は原稿を書く。加代子、入って来る。
加代子「仕事、ありそうね。」
北野「うん。その原稿、頼むよ。」
加代子、ガリ版を切り始める。
31 同じく自治会室
青木、時計を見る。
青木「じゃ俺はバイトだ。失敬する。」
北野「御苦労さん。」
加代子「さようなら。」
青木「あばよ。」
二人だけになる。加代子のガリ版切りの音が規則的。北野、筆を止め、本をめくる。考え込む。加代子、一区切りつけて、手を振り、背伸びをする。
北野「疲れた?」
加代子「いいえ、まだ大丈夫。」
北野、また書き始める。ふと加代子を見る。
北野「(静かに)まだ返事を貰ってないね。」
加代子、苦しい表情。ガリ版の手を速める。
北野「君の気持は良く分っているつもりだ。」
加代子「分っているなら、何故そっとしといて下さらないの。私に返事を迫るのは無理というものよ。私には貴方の運命を左右する権利なんでないんですもの。」
北野「僕にだって君の人生に口を出す権利はないさ。しかし、そんなことをいえば誰にだって人を縛ることは出来ないんだ。ましてや十六年も前の放射能なんかに今の僕等を邪魔立てする力がある筈がない。」
加代子「貴方は自分がいつもいっていることと矛盾しているのに気付かないの。私を縛っているのは過去じゃないわ。これから始まる人生よ。貴方と私が歩まなければならない未来なのよ。貴方はいつも明日のために生きるといっているでしょ。私もそうしたいと思っている。私に出来るだけのことをして。でも私と貴方が一緒ではいけない。お互いに自分も相手をも裏切ることになるんだわ。」
北野「違う。君は大げさに考え過ぎる。白血球が少しぐらい普通人より多いからって君の人間的な価値に変りはあるもんか。自分をいじめるのも良い加減にしてくれよ。」
加代子「いいえ、そう思う人かいるかもしれないわ。事実、私と同じ様な身体で結婚もし、子供も作っている人がいてよ。でも(低く)普通の子供が出来て安心したと思うと、次の子には手の親指がなかった。そんな話が新聞の投書欄にあったわね。」
北野、ギクリとして横を向く。
加代子「貴方も私と同じ新聞を取っているわね。お読みになったんでしょ。」
北野「誰でもとは限らない。それに奇型児が生れるのは放射能のせいばかりじゃない。
加代子「ええ、そうよ。私にだって普通の子供が生れると思う時、あるわ。運が良ければね。でもその子供達の身体の中には放射能の影響が生き続けて生くのよ。その子供達は身に覚えのない汚れを背負って生きなければならない。もう私だけで沢山よ。こんな気持を味わうのは、私の血は私以外の人間に流れ込んではいけないものなのよ。」
北野「もうそのことを話すのは止めよう。何度もいうようだが、子供だけが全てじゃないんだ。君が生みたくなければ、なくてもいいし、淋しければ、養子をして育てれば良いことじゃないか。」
加代子「駄目よ。貴方には自分の子供が持てるというのに。」
北野「僕の子供でなくてもいいんだ。」
加代子「いいえ、それは嘘よ。たとえ今はそう思っていても、それは貴方の本心じゃないんだわ。私だって結婚すれば貴方の子棋が生みたいんですもの。貴方が自分の子供を欲しくなった時、私は貴方を縛ることになる。さもなければ私が自分を裏切り、未来を裏切って、子供を生む気に……恐ろしいことだわ。」
北野「僕の愛情は君を苦しめるだけなんだろうか。」
加代子「いいえ、私、あなたに愛されているという確信を見失ったら、生きていけないような気がするわ。(窓辺に立つ)きっと私の方が貴方を苦しめているのね。私だって貴方を愛している。貴方が結婚を唯一のものであるかのようにいいさえしなければ、このままで私は幸福なのよ。」
北野「僕は、僕等の愛情にはっきりした誓いを求めているんだ。その場限りのものがだらだら続いているようではいけない。」
加代子「貴方はやはり形式を求めて自分を縛ってらっしゃるのね。世の中に通用する形式なんて必要ないことよ。どうしてあの時のように素直に私を抱いて下さらないのかしら。」
北野「あの時は酔っていた。疲れてもいたんだ。」
加代子「私はあれで幸福だったのよ。あなたは酔って自分をごまかしていたのかもしれない。でもそのごまかさなければならなかった貴方の一部は私には必要のないものだったのよ。」
北野「このままじゃいけない。僕は……。」
加代子「貴方はまさか、責任を取ろうっていう気なんじゃないでしようね。」
北野「馬鹿な。」
加代子「ごめんなさい。」
二人、見合う。加代子の頬に涙が伝っている。北野、優しく微笑んで、その涙を指で払ってやる。接吻する。
一瞬の静止の後、加代子、身を翻す。顔をおおって背を向ける。
加代子「いけないわ。私はこうして貴方を破滅させてしまうんだわ。」
北野「何をいうんだ。僕は君がいなければ破滅してしまうと思っているのに。」
加代子「いいえ、違うわ。私はきっと悪い女なんだわ。貴方が私を愛するように仕向けて来たんですもの。そうしておいて、私は貴方の願いを拒まなければならないことを知っていたんですもの。そうなのよ。」
机の上を片付け、足早に外に出る。
北野「矢島君!」
追わない。机の前に坐り、頭を抱えこむ。
32 大学の構内
背をかがめて急ぐ矢島加代子。陽気な学生達が三々五々、群れている。運動場の男女学生のショット。
33 街中 オーバーラップ
藤沢美根子の車。信号で止る。横を見る。歩きだす群集の中に矢島加代子がいる。美根子、それに気付く。矢島の淋しい顔のアップ。美根子の退屈気な顔に興味が動く。しばらく跡をつける。加代子が人通りの少ない横道に折れた所で追い越し、身体を窓から乗り出して待つ。
美根子「こんちわ。……この間はどうも。」
加代子、びっくりする。かすかに微笑む。
美根子「ねえ、乗らない。私、退屈しているのよ。送ってくわ。」
加代子、ためらいを見せるが、どうでも良いという表情になり、乗る。美根子、安心して元気付く。笑う。
美根子「妙な関係ね、私達って。」
加代子「(仕方なく)ええ。」
美根子「男の子って、馬鹿で、世話見切れない感じでしょ。……責女の方の男の子達、その後如何。相変らず喧嘩腰で喚いてんのかしら。」
加代子「喧嘩腰? そうね。いつも喧嘩腰だわ。誰にでも突っかかって行く。」
美根子「(笑う)私、男の子が喧嘩するの好きよ。真剣でコッケイで、憎み合っているのが、じゃれているのか分らない所が面白いでしょ。」
加代子「……(アッケに取られている)面白いっていうのかしら。」
美根子「貴女は男の子が議論しでいるのを見て楽しそうだったわ。」
加代子「あの時、私を見てらしたの。」
美根子「ええ、気付かれないようにね。……手っ取り早く言えば、貴女は男の子が口喧嘩をするのが好きなのよ。」
加代子「まあ。」
美根子「私は難しいことが分らないから、そのものズバリ、殴り合いを見るのが好き。強い男が好きなのよ。」
美根子の皮肉な微笑をアップ。車は街を抜ける。
美根子「貴女の行く先、きかなかったわね。」
加代子「私……。」
美根子「(少し強圧的に)少し位い遅くなってもいいでしょ。外苑をドライブしたいの。」
加代子「ええ、いいわ。」
車、外苑に入る。遠景。