(文学青年としての木村愛二)
『軌』13号47-68頁に掲載(12月会・1961.12.1発行)征矢野愛三
2:シーン 3~12
(将棋倒しのデモ隊。こんな筈はない、おかしい。)
3 テニスコートで
山川、自動車の近づく音に身を起す。急ブレーキの音。自動車見える。
山川「派手なのが来やがったぜ。」
横地「涼しくもなったし、そろそろ行くか。」
二人、土手の上を歩く。テニスコートに差し掛る。周囲は草叢で高くなっている。奥月と北野達、入って来る。山川、横地立止る。奥月の顔、アップ。相変らず無表情だが熱している。美根子に帽子と上衣を渡す。
奥月「二人一緒に掛ってこいよ。」
井原「俺一人で沢山だ!」
奥月、ニコリとする。
井原「この野郎!」
簡単に跳ね飛ばされる。青木も掛って行くが手が届かない内に投げられる。
山川「防衛大生と自治委員か。」
横地「妙なことなってるな。」
山川「青木だよ。あれは。相変らず相手を間ちがえて近視眼的な力み方をしてやがる。第四機動隊の次は自衛隊か。世話ぁ見切れねえ感じだな。」
横地「さすがは北野委員長殿、手を出さねえで高みの見物とおいでなすったね。」
二人、土手を降りて、ゆっくりテニスコートに入る。井原と青木は二人掛けで闘っているが相手にならない。
奥月「(皮肉に)これがウェブスターにものろうという全学連の戦闘力か、ハハハ。」
北野「(不快そうに)俺もやるぞ。」
驚いている加代子に上衣を渡し、掛って行く。跳ね飛ばされ、尻餅をつく。
山川の顔、怒りを発している。手にしていたバットを投げ捨て、スポーツシャツを横地に渡し、掛って行く。二、三度殴り合うが、腰車で投げられる。起き上ると奥月の足にタックルし、倒す。二人、転げながら殴り合っている。奥月が先に立ち上り、山川の立つ所を殴り飛ばす。山川が倒れた所にバットがある。皆の目がそこに集まる。山川も見るが、そのまま起き直って、掛って行く。奥月も手強な相手と見て真剣な顔。山川、体当たりで倒そうとするが、又、はねとばされる。
井原、その間にバットを握り、奥月の足に強打を加える。
奥月、ガックリと前に倒れる。眉根を寄せる。苦しそうというより、考えこんでいる表情。両手を前につき、起きようとするが、また膝から倒れる。眼を上げて、井原の硬直した顔を見ると、いかにも嬉しそうに微笑む。山川、横地は茫然としている。美根子、ゆっくり近づき、思い切り気取ったポーズ。
美根子「やっぱり下司ね。相手になるだけ野暮だったのよ。」
奥月「黙ってろ。余計な口出しはするな。(山川と横地に)すまないが、車まで肩を貸してくれないか。」
二人、奥月を抱き起す。
横地「大丈夫か。」
奥月「大したことはないよ。それより(山川を見て)やりたいね。もう一度。」
山川「……。」
奥月「君とゆっくり一匹どっこいでさ。」
山川「(安心したように)よし、覚えとくぜ。」
奥月「ハハハ、じゃまたな。」
美根子、無視されたことで傷つくが、皮肉な微笑を浮べることで余裕を見せて、さっさと前に立ち、車には先に乗る。奥月が助けられて後部に乗るとすぐ発車。ガスと砂煙。山川、横地のふに落ちぬ表情。顔を見合わす。北野達はうちのめされている。一番うしろに井原、唇を噛み、泣き出さんばかり。
4 車の中 カットイン
美根子「馬鹿ね。銀世界にテーブルを用意させといたのに。」
奥月「ふん。俺が行かなきやテーブルがなくなる訳でもあるまい。」
美根子「着替えはそこのスーツケースに入ってるけど、今日は踊れもしないでしょ。」
奥月「行かねえよ、今日は。」
美根子「医者に見てもらう。」
奥月「馬鹿野郎、医者の世話になるか。」
美根子「ふん。歩けもしないで、威勢ばかり良いのね。」
奥月「今日は帰る。」
美根子「そう。」
5 京浜国道 オーバーラップ
美根子の車、しばらく走り、急に横に折れる。空地に乗り込み、止る。
6 車の中
奥月「どうしようってんだ。」
美根子「意地張ってないで傷を見といたらどうなの。」
奥月「見なくったって分ってる。皮が一枚むけただけの話だ。」
美根子「(奥月の表情をうかがって)まだ痛んでるくせに。……それじゃ私に見せてよ。」
奥月「血が見たけりゃボクシングにでも行って来いよ。」
奥月の白ズボンの向う膝には土と混ざって、血が滲み出ている。美根子のアップ。熱っぽい表情。運転台を降り、後部に廻る。
奥月「しつこい奴だな、お前は。」
7 車の外から、カットインして近づく
美根子が奥月におおいかぶさっている。二人、もつれる。
8 奥月の自ズポンの血をアップ
美根子の、フレアスカート。美根子の足に血がつく。二人の息使いは荒くなっている。
奥月「うっ。馬鹿野郎。助平だなお前は。」
9 車の窓から夕焼け空と遠景
街道の車の往来。しびれる音楽。
10 場未のバー
山川、横地、北野、青木、カウンターに並んで、もうかなり飲んでいる。
山川「だから君等は敗けるんだ。分裂するのも当然だよ。綺麗ごとのスローガンはいつまでも続くもんじゃない。君等は混乱した状況を前にして慌てふためく。現実に対決するだけの理論も決意もないからだ。とどのつまりが、我を忘れてバットを振りまわす。今日の勝負の軍配がどちらに上るか良く考えてみろよ。」
横地、皮肉な笑いで山川を見ている。
マダム「何か分らないけど、そんなに言わなくたっていいでしょうに。あのひとしょげて帰っちゃったじゃないの。」
青木「井原は気にすることないよ。あいつはおめでたく出来てるんだ。家に帰ってジャズでも聴いてりゃ気分が直るさ。」
マダム「そぅお。どうせあんた達はいつでもおっかない顔して議論ばかりしてるんだから、その分には心配することはないんだけど。」
山川「(一杯呷って)所詮君等は弱虫なんだ。殴り合いで強いかどうかを言ってるんじゃない。精神的にも君等はぐらついている。その場かぎりのアジ演説しか出来やしない。安保デモでどうにか人が集ったのは何も君等の下手糞なアジビラを読んだからじゃないよ。」
青木「君はそれじゃ何をしていたんだ。その場限りの行動をした君は俺達を批判する立場にあるのかい。」
山川「すぐそれだ。何かをしていたから発言する権利があるってもんじゃないよ。俺はたしかに野次馬にしかすぎなかったろうさ。だが岡目八目でも意見を持つに越したことはないだろう。要は君等の意志力の問題だ。共産党の統制を嫌った学生運動家が共産主義者同盟とやらを作る。いささか現状分析を変えてみる。目新しいような気もするが結局は学生さんと、調子の良いインテリ商売人の集りに止っている。俺は深くは知らんが、これは確かに気分的な分派行動だよ。意志の弱い奴はいつでも永続きはしないね。力そのものである意志、これだ。」
山川は相当に酔っている。顔のアップ。
北野「俺達の悪口を言う分には気にしないが、ニーチェまがいのことを言うのは止めてくれよ。」
山川「ニーチェ、必ずしもナチズムとは限らんよ。一応、その哲学的な認識として言ったまでだ。」
北野「君はそのつもりかもしれん。しかし、現実に、君が行動に現すと、あの安保デモに於ける右翼挑発者と選ぶ所はないんだ。君等は思う存分暴れまわった。」
横地「(笑って)俺は違うよ。凄みはしたがね。」
北野「そして今では口をゆがめて傍観している。安保は面白かったが、政防法は興味がないとでもいうんだろ。君等は他人の責任でバットを振りまわしただけじゃないか。」
山川「そうさ。しかし俺は理論をこねまわしたりしなかった。組織作りもしない。陣屋を借りてウップンをはらしただけさ。俺の行動に矛盾を見つけ出そうとする方が可笑しい。」
北野「俺達を弱虫という君は、卑怯だよ。君は勇敢で、正々堂々と闘うように見えて実はいつも責任逃れを考えている。俺達は敗北を重ねても、間違いを犯しても、日常的な活動を忘れたことはないんだ。君は安保デモに於いて行動的に誤ったと思わないだろう。しかし君はあのようなピークの行動にしか参加しないという態度なんだ。君は時間的な現実から遊離しているよ。歴史を作るのは著名な事件じゃないんだ。そこに注がれるエネルギーの方が重要なんだよ。」
横地「時間的な現実かどうかしらんけど、俺は自分の肉体という現実から離れることは出来なかったね。警官隊と衝突する度に命が惜しいと思った。逃げ足の方が早かったね。」
山川、不機嫌な表情で横地を見る。
山川「俺だって命は惜しかったさ。」
11 四人の正面から
背後が暗くなる。デモの騒音。顔だけに光が当る。山川のアップ。悲鳴がはじまる。山川の眼、下を向いている。アップしてから、カメラ旋回して彼の足下。暗い中にワイシャツの背中。血が静かに滲んでいる。音、低くなり、山川の声がかぶる。
山川「命が惜しいとは思わなかったようだ。そんな暇もなかった。俺が考えたのは進むべきか否かだった。まわりを見廻した。」
彼の背後、背中を血にそめて、将棋倒しのデモ隊。皆、頭を抱え込んでうごめいているばかり。負け犬の虚脱感しかない。
山川「前を向いているのは俺の他に、わずか二、三人。それもじわじわ退っていた。俺はこんな筈はない。おかしいと考えていた。俺の頭から流れる血は眼に入り、警棒で殴られた肘の関節から無力感が全身に拡がっていった。俺は闘いたかった。しかし夢の中の喧嘩のように、俺の僅かな力は、空気を動かすのもやっとだった。全てが俺の予想と違っていた。別に恨みを抱く筋合もない警官隊に殴られ、蹴飛ばされ、押し潰されることに意味を見出すことは出来なかった。敵は俺達の手の届かない所で葉巻を咥えて不細工に笑っているのだと思うと、虚脱感に襲われた。」
怒号と悲鳴、呻き声が、耳を聾するばかり。議事堂にカメラを上げて、フェイドアウト。
12 オーバーラップして山川の顔
バーになる。まわりは少しずつ明るくなる。
北野「(強く)闘争本能には段階がある。動物的な、方向のないものを、我々は否定しなきゃいかん。山川は勇敢だよ。しかし、時と所を間違えれば、あの防衛大生と五十歩百歩のものになる危険性がある。(山川に向って)君は自分でもそれを知っているんだろ。闘いたい、という気持の方が先に立っている。君は大義名分さえ立てば、軍刀をかざして、真先に突進するんだ。祖国防衛の為に、とかいってね。」
山川、むっつりして、杯を重ねる。
青木「(気詰りを破って)あの男は、祖国防衛なんて頭から信じちゃいないっていってたぜ。」
横地「彼奴は何者だね。」
山川の不機嫌な考え込む表情をアップ。フェイドアウト。