(文学青年としての木村愛二)
『軌』13号47-68頁に掲載(12月会・1961.12.1発行)征矢野愛三
3:シーン 13~28
(防衛大生は自決した少将の一人息子だが)
13 オーバーラップして、夜の京浜国道。
交錯するライトの群。鈍い機械音を強調。
14 カットインして車の中
奥月が運転し、美根子は後部にねている。
奥月「俺の血は乾きが早い。猟師の小悴の血だからな。山窩の血かも知れん。いくら少将閣下になっても下司の血は下司だからな。変わりゃしないよ。死んだ親父の悪口はいいたかないが、……やっぱりお前は高望みをしすぎたぜ。早く死んで良かったよ。何も知らずに恰好良く死んでな。」
奥月の顔を隅にして、カメラ、上を向く。
15 戦争直後の雰囲気、葬式の場
少年の奥月宏一、母親、姉、中年の紳士。
父親の写真のアップ。
16 寺の門を出る一行
紳士「(宏一の一肩に手を置いて)宏一君は偉いな。泣きべそ一つかかないんだから。さすがは奥月少将の一人息子だけのことはあるよ。」
宏一駈け出す。その背中。
17 前の背中にオーバーラップして高校生の奥月宏一
廊下を歩いている。曲り角に、ギクリとした表情の母親と紳士。宏一の顔をアップ。背を向けて走り出す宏一、玄関を手慌に開けて外に出る。
18 高等学校の運動場
ラグビーをやっている。球を持って走る宏一。タックルされて倒れる。膝を引きずって戦列に加わる。球を持った敵にタックルする。今度は胸を蹴られて起き上れず、唾を吐く宏一の顔をアップ。
宏一「畜生!」
フェイドアウト。
19 カメラ、元に戻り車の中
美根子、起き上る。窓の外を見る。
美根子「もう横須賀じゃないの。横浜で何か食べようかと思ってたのに。」
奥月「面倒臭い。」
美根子「いいわよ。……一寸、止めて。波上場を歩いてみたいわ。」
奥月「あんな汚ねえ所、一度歩きゃ沢山だ。」
美根子「ふん。今になってそんな口をきいてもいいのかしら。最初に、波上場の夜風はいいものだなんてキザなこと言ったのは誰でしようかね。」
奥月「あん時は魂胆があったからよ。」
美根子「(口惜しそうに)ぶちこわしね、あんたと話してると。」
奥月「それを承知でついて来たお前の方はどうなんだ。今更気取った口をきいてもはじまらねえだろう。」
美根子、唇を噛む。
美根子「卑怯よ。あんたは。女相手に凄んで何になるっていうの。」
奥月「何も凄んじゃいない。本当のことをいったまでさ。」
20 海岸のトンネルを抜けて、並木道に入る車
道は悪い。一揺れして止る。二人降りる。見つめ合う。敵意がこもっている。美根子は耐え切れず、泣き顔になりかける。奥月、それを鼻先で笑って、乱暴に引寄せる。接吻。つき放して、またみつめ合う。奥月、苦しい顔で背を向け、立ち去る。
21 足を引きずって坂になった小道を急ぐ奥月
痛みをこらえている表情。
奥月「派手にこすりやがる。ヤスリで骨をけずられているみてえだ。脳天に焼火箸を突っ込まれたような痛みは久し振りだな。精神的だろうと肉体的だろうと、これ位いの痛みを感じなくちゃ、生きてる甲斐がないといぅものさ。ハハハ。」
22 オーバーラップして、居間
高校生の宏一、新聞を読みながら食事している。
紳士「防衛大学を受けたそうだな。やはり血は争えないね。今の自衛隊が軍隊かどうかなんて議論は面倒臭い政治家に任せておけば良いことだ。ともかくああいう生活は若い者には悪かないだろうな。」
母親「ご自分では徴兵逃れに苦労なさったくせに、そんなこと仰って困りますわ。私は反対なんですよ。」
23 カットインして宏一の部屋
ベッドに寝ころんで雑誌を読んでいる。母親、入って来る。
母親「宏一、勉強しないのかい。他の大学はこれからだろ。受けておくれよ。」
宏一「うるさいな。僕がいない方が皆のためになるじゃないか。」
母親「またそんなことを言う。」
宏一「あの男は賛成なんだろ。それなら母さんがつべこべいうことないじゃないか。御義理に引止めるんなら余計馬鹿気てるぜ。」
母親「宏一。」
宏一「分ってるよ。母さんは軍人商売を軽蔑してたんだから。」
母親「お父さんだって……」
宏一「あの男のことですか。」
母親「……さっき仰ったのは本心ではないのよ。あなたを怒らせるのがいやだからああ仰るだけなのよ。普通の大学に入って、家にいるのが厭なら、下宿したっていいじゃありませんか。」
宏一「あんな男の世話になるのが厭なんだ。」
母親「宏一、なんてことを言うの。」
宏一「(ふてぶてしく)僕は父さん似で、下品に出来てますからね。姉さんみたいにお世辞を使うことは出来ないんだ。」
母親泣く。
宏一「(残酷な眼付で)姉さんはきっと出世しそうな男と結婚するでしょうね。そいつが僕の代りにあの男を、お父さんって呼べばいいんだ。姉さんは母さん似だから、間違いありませんよ。もう男が戦争で死ぬこともないでしょうから心配はいらないしね。」
母親の泣く姿をフェイドアウト。
24 カットインして防衛大学の構内
奥月がズボンに泥をこすりつけ、血をかくしている。
25 学生舎の廊下
榊原丈二がよってくる。
榊原「どうしたい。そのざまは。」
奥月「あの(と身振りで示す)道で転んだんだ。近道はするもんじゃねえや。」
26 同じ、帰校点呼
27 ベッドにもぐり込む奥月
28 朝、起床ラッパ
上半身裸体の学生達表に駈け出す。乾布摩擦。体操。