小野朋宏くん死亡事件 (事例 S020507

意見陳述

 以下は、2003年12月9日(火)、民事裁判に先立って、横浜地裁の法廷で朋宏くんの母親・文恵さんが陳述した内容です。


平成15年(ワ)第3798号 損害賠償請求控訴事件

意見陳述書 

平成15年12月9日
小野 文恵
1. 平成14年5月7日以降、明るかった朋宏の笑い声が我が家から消え、私たち遺族の心の中には、大きな穴がボッカリと開いたままです。
あの日、グランドで倒れた時すぐに、あるいは保健室で養護教諭が、あるいは担任が「救急車を呼びましょう!!」とひとこと言ってくれてさえいたら、今頃、朋宏は高校2年生になり、他の同級生と同じ様に、きっと楽しい毎日を送っている事でしょう。大の大人が何人もいながら、「救急車」という事は考えられなかったと言います。これはとても異常な事だと思います。
母親にもっと早く連絡してくれていたら、せめて校医に電話をしてくれていたら・・助かる可能性があったのだとしたら、親としてはとても諦める事などできないのです。複数の素人の目で判断するよも、一人の医師の目で診てもらいたかったです。
学校に子供を預けているご父兄の方は、皆さん同じ気持ちではないかと思います。学校で何か事故が起こった時、「もしも自分の子供だったら・・」というふうに教師が皆考えてくれたなら、生徒が学校で亡くなるなどという信じられない事態は起こらなくなるのではないでしょうか。

2. 朋宏は、毎日自転車で希望に胸をふくらませて通った通学路と同じ道を、あの日、霊柩車で火葬場へと運ばれました。
最後には苦しんで、苦しんで・・・私の耳には、あの時のあの子のうめき声が今もはっきりと残っています。
自宅に送り帰された時も、真っ白な顔をしていました。あと一時間も生きいられない、ひどい状態でいました。それでも家に帰って来たかったのでしょう。必死で歩こうとしていました。実際には一人ではとても歩けませんでしたのに・・・
そんな状態でも担任は、病院ではなく自宅へ送り届けたのです。

3. 学校側は、答弁書では、すべて適切な判断だったと言っています。救急車を呼ばなかった事は適切であり、何も反省する事はないと言っています。これでは、これから先も朋宏の様な犠牲者がまだまだ出る事でしょう。何人生徒が亡くなればわかるのですか?
そして、又、亡くなった子供の親に、自分たちを守る為に、意味のないいい訳を繰り返すのでしょうか!
自分の学校の生徒が倒れても、ベストを尽くしては頂けないのですね。この学校と、この県は・・・
学校、県が非を認めて反省してくれる事を私たち遺族が望んでいる事はもちろんですが、誰より一番に望んでいるのは、あの時グランドにいた生徒さん達なのではないかと思っています。あの日、グランドで起きた事の一部始終を見ていて、すぐに駆け寄りもしてくれなかった体育教師に代わり、扇いだり、担架で保健室に運んでくれたりしてくれた生徒さん達には感謝の気持ちで一杯です。全校集会での校長の説明に納得できず、校長室まで再度説明を求めに何人かの生徒さんは行ってくれたそうです。これ程、学校のしてきた事は皆が納得出来ない事なのです。その事は、裁判の中で、是非、明らかにして頂きたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
                                                                               以上

  
以下は、2007年4月20日(金)、弁論の終結にあたって法廷でお母さんが読み上げた陳述書です。

陳 述 書
 
                                      小野 文恵


 この様な機会を頂き、有り難うございます。

 あの日、教師達が素人判断をする事なく、救急車を呼んでくれていたら、朋宏は今頃、元気に、大好きだった電車に関わる仕事に就いていた事でしょう。
 でも、その素人判断によって、朋宏は、夢も、希望も、そして未来も、何もかも絶たれてしまいました。

 私は、わが子にこんな事が起こるまで、学校は生徒に何かあった時、きっと躊躇う事無く、すぐに救急車を呼んでくれるはずだと思っていました。
 勝手に自分達で病名をつけて、医師の指示がなくてはできないはずの医療行為を行い、その結果、不幸にも生徒が命を落としてしまうと、今度は自分達を守るため、教師達はもちろん、その場にいなかった校長、教頭までもが醜いほどの言い訳を繰り返す。
 その態度からは、自分達の大切な生徒を亡くしてしまった痛み、遺族に対する思いやりなどは微塵も感じ取る事はできませんでした。

 はっきり言って学校がこんなに酷い事をするとは夢にも思っていませんでした。
 生徒の命を最優先に考えるのならば、救急車を呼ぶ事に何の躊躇いもないはずです。
 教師はお医者様ではないのですから。

 「大切な生徒を預かっている」という事を、もっと一人一人が自覚し、その大切な生徒を亡くしてしまった事実の反省をきちんとして頂かない限り、この様な不幸な出来事は、悲しい事ですが、まだまだ起こると思います。

 これからずっと続くはずだった朋宏の未来を絶ってしまった事の反省をして下さい。決して、朋宏の死を無駄にしないで下さい。
 「あの時、自分達には人間として、もっと他にするべき事があったのかもしれない」「救急車を呼んでいたら、状況は変わっていたかもしれない」と少しは感じて欲しいのです。

 最後に、私は養護教諭に、同じ、子供を持つ母親として、もし自分の子供が朋宏と同じ状態だったら、あの時と同じ判断ができるのか、同じ行為ができるのかという事を是非聞きたいです。そして、その結果、わが子が苦しみながら命を落としてしまっても、あきらめきれるのかという事も聞いてみたいです。

 有難うございました。

 
 
2005年3月11日(金)、朋宏くんの母親・文恵さんが提出した陳述内容は、陳述書2にあります。



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