米軍用地強制使用裁決申請事件
同 明渡裁決申請事件
意見書(三)
[目次]
第四 トリイ通信施設
一 安保条約の目的を逸脱した基地
1 トリイ通信施設は、米陸軍司令部が管理する総面積一九七万九〇〇〇平方メートル の基地で、情報の収集・分析を主な任務とする情報通信基地として使用されているとされる。
トリイ通信施設は、海軍通信保安群ハンザ基地司令部が管理使用する楚辺通信基地との間を約二・五キロメートルの地下ケーブルで接続され、楚辺通信基地で傍受された情報をトリイ通信施設内の施設にて解析する機能と役割を担うとともに、空軍諜報軍(AFIC)空軍第六九九〇電子保安中隊がトリイ通信施設内に設置された通信設備を利用して北朝鮮、中国の電波情報を収集する機能と役割を果している(一九八七年当時、那覇防衛施設局は、陸軍通信隊が通信施設を使用していると説明していたが、現在は同隊による使用はない。「情報公開法でとらえた沖縄の米軍」参照)。
しかし、同情報は専ら合衆国の軍事戦略・外交戦略として使用され、「日本国の安全」のために使用されることはない。その意味では、本来トリイ通信施設は、安保条約で合意された施設(基地)提供目的、すなわち、「日本国の安全」のために提供施設(基地)を米軍に使用させるという実質的な目的に違反するものである。
このように、「日本国の安全」と本質的に関わりのない基地機能のために米軍が提供施設(基地)を使用することについては、本来日米合同委員会において個別の施設(基地)を提供する際に、安保条約及び日米地位協定の目的・精神に沿って厳しくチエックされなければならないものである。しかし、残念ながら日本政府は国民の立場に立ってこのようなチエックを行わず、アメリカ合衆国の言うがままに要求された施設(基地)を米軍に提供している。
しかし、日米地位協定に基づく施設(基地)提供の現実が右のようなものであるとしても、米軍用地収用特措法三条の適用にあたっては、「駐留軍の用に供するため土地等を必要とする場合」という要件を安保条約及び日米地位協定の趣旨に従って厳しく解釈しなければならない。何故なら、同法は国民の財産権を侵害するものであり、法にもとづく公共の福祉と財産権の保障とが調和することが求められているからである。
2 右機能を有していたトリイ通信施設であるが、現在日米間のSACO最終報告により、楚辺通信基地が二〇〇〇年までにはキヤンプハンセンへ移設されることが合意され、また、トリイ通信施設内の通信アンテナ塔も破損した状況のまま放置され、現在使用されている様子がなく、現在においては、通信基地としての機能を有しなくなっている。
現在トリイ通信施設を使用しているのは、主にグリーンベレーと呼ばれる米陸軍特殊作戦部隊(第一特殊部隊群第一大隊、約三九二名)で、日本に駐留する米陸軍の中で唯一の陸軍戦闘部隊とされる部隊である。
米陸軍に特殊作戦部隊が誕生したのは、一九五二年四月一〇日、ノースカロナイナ州フォートブラッグ「心理作戦センター」においてである。一九五七年六月二四日には、第一特殊作戦部隊が沖縄に配置され、同年同部隊のチームがベトナムに派遣され南ベトナム陸軍兵士の訓練にあたり、六一年一一月には特殊部隊が南ベトナムに投入され、南ベトナム「民間不正規戦闘防衛隊」の募集訓練に当たっている。米陸軍特殊部隊は、六一〜六五年にかけて八〇以上のキヤンプを南ベトナムに設置してさまざまな任務と役割を果たした。その作戦行動はなぞに包まれていたが、元特殊部隊軍曹三島瑞穂氏の著書「グリーンベレーD四四六」において、ベトナム軍幹部を捕虜にする等の生々しい実戦体験に基づいたその活動の一端が報告されている。ベトナム侵略戦争当時、沖縄には五〇〇〇人を越えるグリーンベレー部隊がいたが、ベトナム侵略戦争の終結とともにグリーンベレー部隊はいったんは沖縄から撤退した。
ところが、一九八四年、レーガン政権の軍拡政策のもとで再び米陸軍特殊部隊の一個大隊がトリイ通信施設に配属されて現在に至っているものである。
3 トリイ通信施設に配属された第一特殊作戦部隊群第一大隊は、九一年の湾岸戦争の際、空中給油機、海兵隊と共に沖縄から出撃してイラク攻撃に参加し、九七年のプノンペン武力衝突の際には、米太平洋軍の特殊作戦司令部の指揮の下にタイのウタパオ基地に派遣され展開している(「星条旗」の報道)。
このように、米特殊作戦部隊は他国に進出して作戦を展開する部隊であり、「侵略部隊」としての本質を持つものである。
米国防報告は、「アメリカは、アメリカの利益を守ためにさまざまな緊急事態作戦に備えておかなければならない。それらの作戦には、とりわけ、比較的小規模の戦闘作戦、多国間平和活動、麻薬対策、テロ対策、制裁の執行、非戦闘員の救出、人道的支援と災害救援活動が含まれる。」とするが、これらの様々な任務に対応するのが米特殊作戦部隊の任務であり、同部隊は「国の最高レベルの統轄下におかれており、戦略的性格の任務を旨としている。」(ラング著「特殊部隊」)。
九一年度会計における特殊部隊報告によると、「第一の主要な任務は、外国内部防衛であり、第二の任務は特殊偵察であった。また、直接行動を遂行する能力を維持しなければならなかった。」とのことである。
これらの米特殊作戦部隊の性格・任務からして、同部隊は安保条約及び日米地位協定の定める目的を逸脱するものであることは、明らかと言える。
米陸軍特殊作戦部隊がアメリカの利益と軍事戦略のために行動する軍隊であり、日本の平和と安全のために活動する軍隊でないことは、その活動実態から明らかであるが、このことは作戦指揮系統からも裏付けられるものである。
すなわち、トリイ通信施設の米陸軍第一特殊部隊第一大隊は、統合特殊作戦軍(フロリダ州マクデイル空軍基地)−太平洋特殊作戦軍(ハワイ州キャンプスミス)−第一特殊部隊第一大隊(トリイ通信施設)という指揮系統で指揮をうけ、在日米軍の作戦指揮を受けていない。また、作戦統制以外の兵たん行政上の指揮は、第四特殊作戦支援軍(ハワイ州フォートエイファー)から受け、会計処理の指示は「原隊」の陸軍第一特殊作戦軍(ノースカロライナ州フォートブラッグ)−第一特殊部隊(ワシントン州フォートルイス)から受ける。
いずれも、在日米軍司令部の指揮を受けないものであり、その地位・性格は安保条約及び日米地位協定の目的を逸脱した特殊なものである。
以上のように、トリイ通信施設の機能・役割は、いずれも安保条約及び日米地位協定の目的を逸脱するものであり、このような基地維持のために国民の財産権を強制的に使用することは到底許されないものである。
二 本件土地の強制使用は、「適正かつ合理的」な土地利用とは到底言いえない。
1 トリイ通信施設は、米軍施設が所在する地域とアンテナが所在する黙認耕作地域とに大別されるが、池原昌繁氏の土地(二〇一番)と池原安夫氏の土地(一六番)はいずれも黙認耕作地域に所在する土地である。この黙認耕作地域は、もっぱらアンテナを設置するための用地として使用され、直接アンテナ塔が設置されない土地については電磁障害除去地として使用されてきた地域である。
ところが、前述したとおり、現在では黙認耕作地内の通信塔が使用されておらず、右池原氏の土地を電磁障害除去地として使用する必要性は存しなくなったものである。
SACO最終報告において、二〇〇〇年の返還が予定されている瀬名波通信基地を右黙認耕作地域に移設する予定で、不要となった右黙認耕作地が基地として維持されているのではないかとの噂がなされている。しかし、那覇防衛施設局長の申請した本件強制使用の理由は、あくまで「電磁障害除去地」としての土地使用であり、同使用理由は根拠のないものであるから、本件強制使用裁決申請は却下されるべきものである(収用委員会は、黙認耕作地内のアンテナ塔が実際に使用されているか否かを那覇防衛施設局長に立証させ、場合によってはそれを確認するため職権で調査すべきである)。
2 また、仮に黙認耕作地域のアンテナ塔が使用されているとしても、本件土地を強制使用することは、本件土地の「適正かつ合理的」使用とは到底言えないものである。すなわち、両池原氏の本件土地が所在する黙認耕作地域は、県道六号線の南西に位置し、楚辺、大木、大湾、古堅、渡具知の各部落に取り囲まれた地域で市街地域としての開発が強く望まれる箇所である。
このような黙認耕作地域に所在する両池原氏の本件土地の「適正かつ合理的」を土地使用方法は、軍用地としての使用を中止して土地を返還し、民間地域として再開発することであり、決して軍用地として使用することではない。
よって、本件土地については、米軍用地特措法三条の「適正かつ合理的」要件が存しないものであり、本件強制使用裁決申請はすみやかに却下されるべきものである。
三 損失補償について
両池原氏の本件土地が所在する楚辺は、琉球音楽の元祖といわれる「赤犬子」を生んだ部落として有名な部落があった地域で、米軍が沖縄本島に最初に上陸した場所である。上陸後、米軍は楚辺の民家を野戦病院として使用しながら進軍を進めた。
戦後の一九四七年四月、避難先から部落民が焼け野原になった部落跡に帰り、部落の復興に励んだが、それも束の間、一九五一年五月には再び米軍に強制接収され、トリイ通信施設が建設されるに至った。
池原昌繁氏の二〇一番の土地は、戦前宅地として使用されていた土地であり、米軍の土地取り上げた当時にも「宅地」であった土地である。従って、日本政府は本件強制使用裁決時には「宅地」の原状に回復する義務を負担していた土地であり、損失補償の算定に当たっては、最有効用途(種別)を宅地として算定すべきものである。
池原安夫氏の一六番の土地は、米軍の土地取り上げた当時「畑」であった土地であるが、当時右土地は楚辺部落の周辺に所在した土地であり、米軍による土地取り上げがなければ、この五〇年余の年月の経過の中で宅地地域と化していたと確実に予測できる箇所に所在した土地である。
従って、本件強制使用裁決時の一六番の土地の最有効用途(種別)は「宅地」として損失補償の算定を行うべきものである。
出典:反戦地主弁護団、テキスト化は仲田。