1998.6.3 入力
「核威嚇使用」で現在の侵略ラインを維持した第4次中東戦争
もう一つの問題は、イスラエルがすでに「核兵器」を「使った」という事実を、ほとんど誰も知らないという「痴呆」報道状況である。
私は、イスラエルの核を「疑惑」とか「潜在」とか記すこと自体が、報道操作であると断ずる。まずは、世界中の軍事・政治関係者が、イスラエルが確実に保有しているという前提で行動している。
さらに、ほとんどの報道関係者は不勉強で、イスラエルが第4次中東戦争で「核攻撃の威嚇」という実質的な「使用」をした事実を知らない。当然、報道していない。
ただし、大衆欺瞞を階級的任務とする大手商業メディアが報道しないだけのことで、探す気さえあれば活字情報は十分にある。
『サムソン・オプション』(日本語訳、文芸春秋)
『ユダヤ人に対する秘密の戦争/西側スパイはどのようにユダヤ人を裏切ったか』(日本語訳なし。拙著『アウシュヴィッツの争点で簡略に紹介)
その他の各種情報を総合すると、1973~1974年の第4次中東戦争の終盤で、イスラエルは決定的に不利な戦況にあった。この時、イスラエルは「核攻撃の威嚇」により、まさに回天の奇跡的逆転を実現したのである。
これに先立つ1967年の第3次中東戦争の占領地について、イスラエルは、度重なる連合国(国連の正しい訳)総会非難決議を受けたにもかかわらず、決して撤退しなかった。アメリカは安保理で拒否権を行使してイスラエルを擁護し続けた。
アラブ諸国は隠忍自重、極秘裏の準備を重ねた上で、1973年に決起し、砂漠の戦車戦で圧勝寸前となった。国際的には「石油武器論」によるイスラエル支援国への禁輸が効果を挙げていた。
この時、イスラエルは、当時はまだ3発しかなかった核弾頭をカイロなどに照準を合わせた上で、「アメリカ政府を威嚇」し、最新鋭のワイヤー付き、命中率97%の対戦車ミサイル4000発の獲得に成功、反撃に転じ、現在の侵略ラインを維持した。
これがなければ、イスラエルの屈服で、中東和平は実現していたのかもしれないのである。
「寄らば斬るぞ!」の刀を差していただけでも「武器の威嚇使用」である。イスラエルのやったことは、それ以上ではなかろうか。しかも、この事実を、相手のアラブ諸国はもとより、イスラム諸国の軍事、政治関係者は、当然、熟知し、必死で対抗しようと決意しているのである。
ひと昔前、「臭い匂いは源から絶たなきゃ駄目!」というトイレ・シャンプーのCMが流行った。
この際、大議論をして、元凶、アメリカ・イスラエルの正体を徹底的に暴くべきである。
以下でmail再録は終るが、署名編集部分は、わがHP大手門高札と同じなので省く。
ではなぜ、アメリカは、このようなイスラエルの「脅し」に弱いのであろうか。次の頁ではまず、もう一つの実例、38名死亡、171名負傷という第3次中東戦争における米軍艦リバティへのイスラエル空軍の攻撃が、13年間極秘扱いになっていた事実を紹介しよう。