京大ユニセフクラブ1998年研究発表「こころの国境線〜ニューカマーと私」
担当:原田 勇輝
我々は特に何ということも考えず病院に行き、病状を説明し、診断を受け、診断の結果を聞き、医療費を払い、帰ってくる。しかし我々が医療を受けるのと違って、外国人の方が日本で医療を受けるのには様々な問題が立ちはだかっている。現在、彼らがどういう問題に出くわしているのかということについて、以下に項目別にしてまとめてみた。
まず必然的に、言語の問題が出てくる。ほとんどの場合、患者は片言でも英語か日本語のどちらかを話せることが多いようである。また、身振りや手振りなどでカバーしたりもしたりする。医者は苦慮しながら病状を患者に伝えているが、患者が正確に病状を把握するのは難しいようだ。
近年ではボランティアの通訳組織も発達しはじめており、彼らに協力を求めてかなり正確に病状を説明できるようになってきている。しかし、通訳を挟むことにより、患者のプライバシーの問題も出てくる。例えば、患者がHIV等に感染していた場合、通訳と知り合いであった等ということが無いように、人選にも気を遣わなくてはならない。一方で医者の側では本当に患者が理解しているのかということを、いつも不安に感じていることが多いようである。まず医者は通訳の方に正確に理解してもらい、通訳の人は患者の方に正確に伝えなければならない。特に医療の専門用語は難しく、誤訳するという危険性もある。最近では日本でも、インフォームドコンセントが重視されるようになってきており、医者側の努力が求められている。しかし日本人に対してでさえ難しい現状であるのに、外国人の
患者にかみ砕いた表現で説明するのは、時間面と言語面で至難の技である。
文化の問題で一番始めに挙げられるのは、やはり宗教の問題である。とくにムスリム(イスラム教徒)が患者の場合は、男性の医者が女性の患者さんを診断するのは非常に難しい。同様に東南アジアの上座部仏教徒の方も、恥ずかしがってなかなか肌を見せてくれない。医者はこの事を考慮して、服の上から聴診器を当てたりするという対策を取らねばならない。あるカンボジアの女性は、医者に診られるのは仕方ないとしても、同性である看護婦や通訳の方に見られるのは堪えられないといいう。カンボジアではそれが一般的考えであり、医者はいつも文化の違いを認識しながら行動しなくてはならないのである。
次に食生活についての問題を取り上げよう。例えば食事療法などでも習慣上の違いから、指導してもなかなかそれができないという問題が存在する。乳幼児の離乳食というのもその例である。外国人の中には、乳幼児にも大人と同じものを食べさせるという人もいて、離乳食の考えがなかなか浸透しない。というのも、なぜ日本のように離乳食を用いた方がいいのかということを説明できたとしても、そして患者が頭の中で納得したとしても、長年の経験上それを受け入れるにはある種の勇気が必要であり、なかなか受け入れられないということになるからだ。
どちらにしても、日本の考え、やり方を押しつけず、できるだけ相手の文化を尊重しながら進めていくことが重要だと思う。
医療の制度上の違いからも問題は起きてきている。その顕著な例としては、予防接種が挙げられる。日本はほとんどの国で採用されている、WHOやユニセフの推薦する方法を取っておらず、世界の中でも特殊な状況にあるといえる。麻疹の予防接種などでも、副作用の問題などから日本では生後12〜15ヶ月後に接種するのを推薦しているのに対し、途上国では麻疹そのもので亡くなってしまう可能性が大きいため、WHOやユニセフでは生後9ヶ月から予防接種を行っている。ここでどのような対応をするのかが問題となってくる。
他にも輸入感染症の問題もある。日本ではめったに目にしない病気などでは、医者にその病気の基礎的な知識がかけていると、誤診する可能性が非常に高くなるという問題をはらんでいる。
以上の三項目は多くのニューカマーに当てはまることですが、以下の3項目はその中でもとりわけ、資格外就労者もしくは超過滞在者(いわゆる「不法」滞在者)に密接に関わってくる問題である。
入管法の正式名称は「出入国管理および難民認定法」という。1992年の入管法の改定以降、62条第二項で「国または地方自治体の職員は、職務を遂行するに当たって前項の外国人(退去強制事由に該当すると思料される外国人)を知ったときは、その旨を通報しなければならない」と定められた。そのため「不法」滞在者たちは、医療機関が入管局に連絡を取り自分が強制送還させられるという心配をしなくてはならないようになった。しかし、1989年の入管法改正論議のなかで、法務省人権擁護局長は、「行政機関はそれぞれ固有の行政目的の遂行に当たっているものであるから………告発を行なうことが………その行政目的の達成に極めて重大な支障を生じ、そのためにもたらされる不利益が、告発しないで当該犯罪が訴追されないことによってもたらされる不利益よりも大であると認められる場合には、当該官公吏の属する行政機関の判断によって、告発しないとしても、この規定に反しないと解するのが相当である。」という見解を発表している。そのため、すべてのケースが告発・通知の対象となるのではない。現在でも通報しない自治体、公務員が多く、病院側が入管局に通報することもめったに無い。ただ実際に通報した例もあり、「不法」滞在者たちはできるだけ医療機関に関わろうとせず、行くとしても国立、公立の医療機関は避けて、民間の医療機関に行くようにするらしい。
また、「不法」滞在者たちを雇っている雇用主も、1990年の入管法改定によって罰則規定が加わったことで、発覚することを恐れるあまり「不法」滞在者たちと医療機関を含めた地域社会との接触を許さないという問題もある。
基本的に「不法」滞在者たちの職場は、安全について教育や指導が不十分な、零細な企業が多いのは事実である。またその中でも、「不法」滞在者たちが着ける部門はいわゆる3Kといわれる部門になりやすく、言葉が通じないという事も手伝い、大きな事故につながることが多い。さらに入管法が1992年以降改定されたことにより、大量の日系人が流入し、「不法」滞在者たちは日系人労働者達に少しでもましな職場を奪われていきました。というのも、日系人労働者達は様々な面において彼ら、よりも恵まれた政策が適用されるからである。そのため、「不法」滞在者たちはますます危険性の高い職場に追いやられた。
「不法」滞在者たちにとって最も重要になってくるのがこの問題である。まず現在の日本の医療保険制度では、彼らを守ってくれるような状態にはなっていない。それでは項目別にしてまとめてみる。
国民健康保険は、自営業者などに対して各市町村が主体になって行なっているもの。外国人が加入するためには、1年以上日本に滞在し、外国人登録証を持っていなければならない。外国人登録をするには自治体まで出ていかねばならず、先ほど述べた入管法の関係から自治体に申請するわけにもいかず、「不法」滞在者たちはほとんどの場合加入できない。例外として、つい最近になって在留資格がなくても国民健康保険を取得させるという判決が東京地裁で出された。(→資料1)
健康保険は企業に勤める人に対し、雇用している側が主体となって行なうもの。 健康保険も、合法的に就労していることが前提であり、常用雇用でなくてはならないため、「不法」滞在者たちが加入することは難しい。
また企業側も、零細な企業であることが多いため保険を進めて行こうということにならない場合が多い。さらに、「不法」滞在者たちも出費をおさえてできるだけ多くのお金を母国に、送金しようと考えているのであるから、掛け捨てになる可能性の大きい積立金を払う気にはなりにくい。
現行の生活保護には明示的に日本国籍者に適用を限定する旨の規定はない。第一条の目的規定などで「国民」という用語が用いられているだけである。戦後、最低保障として生活保護を要求する在日韓国・朝鮮人が多く、1954年に通知が出され行政措置として生活保護を外国人に準用するという行政運用が行なわれた。また、「急迫な状況にあって放置することができない場合」に外国人登録証の提示ができなくても生活保護の適用はやむを得ないと記されている。しかし1990年に厚生省は全国の自治体に対し口頭で、非定住外国人に生活保護の適用は適当でないと指示した。この際、文書による変更通知がなければならないにもかかわらず、現在でもそうした文書は出されていない。そして今ほとんどの自治体では、この指示に従っている。この結果、「不法」滞在者たちのほとんどは生活保護が受けられない状況にある。
具体例を挙げておこう。兵庫県神戸市に在住するスリランカ人留学生の、くも膜下出血による入院・治療について神戸市は1990年生活保護を適用したが、厚生省は不当支出として保護決定の取り消しを求め、国の負担割合である4分の3の支払いを拒否した。神戸市もこれを請求していない。現在、神戸市の市民団体によって、神戸市が国庫の負担金の請求をしないことは地方自治体法242条の「違法若しくは不当に」「公金の賦課若しくは徴収若しくは財産の管理に怠る事実」に当たるとして、国庫負担金の請求を求める訴訟が起きている。厚生省は埼玉県三郷市にも同様の適用取り消しを指示した。これに対して、十二政令指定都市は厚生省に「緊急に治療を必要とする外国人への生活保護の適用について」という要望書を提出し「短期滞在者・在留期間切れなどの不法滞在者を含めて、急迫状態で他に救助の方法がない時は、生活保護に準じた取り扱いができるように」要望している。
保険を持ってない外国人労働者達は、保険がきかないのであるから、自費診療でまかなわなくてはならない。自費診療においては、病院側から医療にかかった料金の10割はもちろん15割、20割を請求されても違法ではないのである。そのため、ちょっとした診察でも高額の料金を請求されることから、「不法」滞在者たちはできることなら医者にはかからず、我慢したり、薬局で薬を買って一時しのぎをしたりするのである。その場合説明書が読めず、必要以上の薬を使用したり、あるいは多種類の薬を併用したりすることもあり得る。そして我慢しきれなくなった場合になって初めて、彼らは病院に訪れるのである。このため、基本的に彼らが病院に来るときは救急患者となって来ることがほとんどである。従ってただでさえ働けなくて困っている状況なのに、保険がきかなくて一度にまとまったお金を請求されるのであるから、とてもではないが医療費が払えないということになる。ここで、1990年より前では生活保護により対処することができたのであるが、それ以降は適用されないのであるから、医療費の未払いという事が表立ってくる。良心的な病院では、医療費の分割などで対処してくれたりするが、それでもなかなか、払う意志があっても払えないという状態になる事が多いようである。そしてこの医療費の未払いというのは確実に増えており、表立ってではないけれども外国人労働者の受け入れを拒む病院があるようだ。このため外国人労働者が病院の受け入れ拒否で「たらい回し」にされる例もある。本当は医師法第19条で「診療に従事する医師は診療治療の求めがあった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」のであるが、お金が絡んでくるとことはそう良心的には進まないようだ。だからといって、医療機関を責めるのは酷だとも思う。
自治体によっては、非定住ということで行旅法(行旅病人及び行旅死亡人取扱法)を適用することで、外国人たちを救済する政策を取っているところもある。また、結核予防法、児童福祉法、入院助産制度、母子保健法、養育医療制度など、彼らでも受けられる医療保障などもある。どちらにしても、これらは補助的な部分であり保険制度や生活保護が最も大切であるのに変わりはない。さらにこういった対処は、地域差がかなり大きく、その点も問題である。(→資料2)
これからの外国人医療に対する目標として、まず我々の意識改革からはじめなければならない。日本で病気になった人々がどのよう状況にあるか……。今の医療制度では、病気である外国人ですら強制送還させられるのである。たとえそれが、自国に戻ってしまっては治療仕様のない病気であっても……。これは、自分の国で死んでくれなければ、目に見える範囲で死んでくれなければそれでいいと言っているのと同じでないだろうか?彼らが法を犯しているから守ってあげる必要がないえるだろうか?そんなことを考えてみると、非常に複雑な気持ちにならないだろうか?すべては、多くの人がこの現状を知ることから始まると私は思う。
その次は地方自治体である。地方自治体は国よりももっと自由に行動でき、外国人に対して独自の対策を取ることができる。以下に先進的な例を挙げてみたい。
群馬県は1993年から外国人による未払い医療費を抱える医療機関に対して、その一部を補填する制度をスタートさせた。全国初のこの制度は、「外国人未払医療費緊急対策事業」と名づけられ、全国自治体の注目を集めている。群馬県医師会が1992年9月に実施した調査では、県内の外国人労働者の未払い医療費は、37病院で累計1200万円。この制度は外国人医療を無料化するものではない。一部を、医療機関に補填するものである。つまり、当該外国人と医療機関との債権債務関係は消えることはない。資金は寄付金と補助金でまかなわれる。適用条件の主なものは、外国人登録証の有無や在留資格は問わない。また、県内に居住・就労若しくは県境に居住・就労しているなど、県内での医療機関で受診することにやむを得ない事情のある外国人であること(県内に外国人が殺到するのではないかという問題から)などである。
次に1975年に外国人障害者の無年金者救済のために、高知市が全国に先駆けて障害福祉年金の支給を開始した。その後大阪府高槻市も1984年から支給を開始した。同様に神戸市も「障害年金の国籍条項を撤廃させる会」からの継続的な要請を受けて、外国人障害者の無年金者に年金支給の方針を打ち出した。そして神戸市は、1991年から年額18万円を支給することを決定した。しかしながら支給額は障害基礎年金の約4分の1と少ない。
また静岡市では1990年に、在日韓国・朝鮮人により提出された「在日韓国・朝鮮人高齢者への福祉手当支給」の陳情を市議会本会議で採択した。しかしながら、こちらも支給額は日本人よりも少ない。
さらに医療情報のガイドブックを作るのも有益なことである。大阪府では「メディカル・パスポート」という、医療機関の紹介、医療保険制度や医療システムの説明、を英語、中国語、ハングルでまとめている。このような制度はかなり多くの自治体で行われているようである。
このような例を見ると、自治体のほうが国よりもはるかに自由に動けるという事が分かる。今後地方分権が進んでいくなかで、このような自治体が増えることが期待される。
その次は、国である。医療制度にも国の立場が微妙に関わってくる。現在の入管法の是非はともかくとして、まず生活保護を再開させることが最重要である。口頭通知のみで「不法」滞在者たちの保障を取りやめるということがあってはならない。
会社側も安定的な保険システムを導入する必要がある。こうすることで「不法」滞在者たちが、病院において受け入れ拒否という事にあわず、安心して医療を受けることができるようになる。そして安全性の教育にも力を入れて欲しい。
最後に医療現場の方も変わらなくてはならない。もっと、患者の文化を理解し尊重するような方向に進まねばならない。例えば、患者の医療費の支払能力に合わせて医療費のかからないような治療を行うといったことである。さらに、相手の文化をもっと理解しようとする姿勢も大切である。また、医療を専門にした通訳も必要であり、その育成にも力を入れなくてはならない。
さまざまな例を挙げてみたが、そこには国の予算や医者の時間などの問題が様々に絡んでくるであろう。しかし、決して目を背けることなくみんなで解決に努力することが大切である。
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/ryo-y/kagakusyakaigi.htm
http://www.so-net.or.jp/medipro/igak/news/n1998dir/n2275dir/n2275_07.htm
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