京大ユニセフクラブ1998年研究発表「こころの国境線〜ニューカマーと私」

3.結婚

担当:石川雄久


 1980年代後半のバブル期にアジア諸国をはじめとして第三世界の国々から多くの外国人が労働者として日本にやって来た。それからおよそ10年近くが経ち、彼ら外国人の置かれている状況も変化した。バブルが崩壊し職に就くことが困難になり、多くの人たちが祖国に帰ったが、なかには日本にとどまり、日本で生活を送っている人もかなりの人数に上る(もちろん、すべての外国人が労働者として来日しているわけではなく、勉学や観光を目的として来日する人もいる)。在日・滞日外国人の電話相談を行っている京都YWCA APTでも労使関係などの問題が主な相談内容であったのが、90年代半ばから日本人配偶者との問題や子どもの教育・国籍などの生活者としての問題に変化してきた。これはわたしたちの周りでより多くの外国人が生活するようになってきていることの現れであろう。

 ここでは日本人と結婚し、日本で生活を送ることにした外国人にスポットをあて、彼らの置かれた状況をレポートする。

1増加しつつある国際結婚

 1989年以降、日本では国際結婚が急増している。1970年代には平均6000件、83年には1万件を超え、特に急増する89年には2万件を突破する。そして96年には2万8372件と全体の婚姻に占める比率は1970年代には平均0.5%であったのに対し、96年には3.6%になり、約30組に1組は国際結婚であることを示している。組み合わせ別に見ると、夫日本国籍・妻外国籍は1993年で約75%、その妻の国籍の内訳はフィリピン国籍32%、韓国・朝鮮籍25%、中国国籍23%、タイ国籍10%である。夫外国籍・妻日本国籍の組み合わせは約25%で、内訳は韓国・朝鮮籍42%、アメリカ国籍21%、中国国籍12%である。この統計から、国際結婚の増加は近年の日本人男性と東南アジア出身女性との結婚の増加に起因することが分かる。

(平成8年厚生省人口動態統計より作成)

2日本人・日本社会

 国際結婚は異なる文化の人同士が一緒に生活するのであり、そこには通常の結婚の場合以上にお互いの理解が必要である。しかし、近年急増している日本人男性とアジア系の女性との結婚の場合、日本人男性側に女性側の文化に対する認識・理解が足りないということがよく言われる。ここで特に問題になってくる「文化」とは主に言語と宗教である。80年代以降その数を急速に増やしてきた日本に住む日本人男性とフィリピン人女性のケースを例にとり、他文化のもとで暮らしてきた人と一緒に生活する場合、どんなことに気をつけたらいいかを考えてみたい。

(1)言葉の問題

 まず、言葉に関してであるが、最も基本的なコミュニケーション手段であるためこれを欠かすことはできない。フィリピン人は公用語であるタガログ語の他、スペイン・アメリカの植民地時代を経験していた影響で、英語を話せることが多い。そのため、日本人も(フィリピン人男性と同じくらいに)英語を話せると思っている。しかし、実際には…という具合である。配偶者が英語を使えても、地域社会では英語が通じず、孤立してしまうというケースもある。そこでフィリピン人女性の方が日本語を習得することを求められるのだが、男性が協力的であるかというと決してそうではない。男性は自分のプライバシー(手紙や電話の内容)を秘密にしておきたいためにフィリピン人女性が日本語を学ぶことを嫌がるのだ。

(2)文化の問題

 次に宗教に関してであるが、フィリピンは国民の大部分がカトリックである。結婚に関して問題になってくるのはカトリックでは離婚を認めないということである。離婚なんて結婚するときには考えないため、後々に大きな問題となってくる。離婚をできる・できないは本来どちらかに有利・不利があるわけではないが、実際にはその主導権を男性側が握っているため、男性が浮気をしたときに離婚される可能性のある女性は強い態度に出られない。多くのフィリピン女性は自立できるような経済力を持っていない(持たされていない)し、また永住権をとれるわけでもないので、離婚したら日本に住めるとも限らないし、子どもがいる場合には、子どもと離れ離れになってしまう(父親の家族にとられしまう)のだ。離婚や死別により日本人との結婚が解消されると外国人配偶者は次回のビザ更新時に同じ在留資格は得られない。別な見方をすれば、この「配偶者」資格によって自由を奪われる、あるいは弱い立場に置かれていることもあるだろう。つまり、家庭内で虐待を受けたり、離婚したくても何らかの事情で本国へは帰国できない女性を、在留資格によって弱い立場に追いやっている可能性があるのである。また、それに対し、フィリピンの場合では、離婚できないため男性はいつかはその配偶者のもとに戻ってくる。もし戻ってこなくても離婚されることはない。離婚できないことがいいことだとは思わないし、むしろ離婚が両性にとって平等に行使できる状態であるのならばそちらの方が望ましい。しかし、離婚ができないという環境下で育ってきた人たちが離婚されるかもしれないことを知り、不利な立場に陥りショックを受けることを配偶者となる日本人男性は十分に認識するべきであろう。または、結婚する前に女性側がそのことをしっかりと理解できるような環境づくりが必要であるはずだ。

 一般に『夫婦の関係が比較的平等で、配偶者の家族の他文化が理解されているという特徴を持つ「現地出会い型」(日本人男性が海外赴任中あるいは旅行中に出会い、結婚したタイプ)では、日本人の夫の家族とも、本国の家族とも問題は少ない』(「外国人労働者から市民へ」より引用)と言われているが、それでも以上に見てきたような問題があがっている。それ以外の「仲介型」と呼ばれる、行政の仲介によって見合いし結婚した者や「日本人花嫁」としてブローカーによって斡旋され結婚した者などは、さらに多くの問題を抱えているといえる。たとえば農村花嫁としてやってきた彼女たちを迎え入れる家庭は、若い日本人女性が敬遠する傾向にある「家」制度に則った習慣や価値観を持つ傾向がある。日本にやってくるフィリピン人女性が、キリスト教という宗教上の理由から、あるいは比較的高学歴という理由から、結婚における夫婦の愛情重視と個人主義という価値観を持ち合わせている場合が多い。ここに配偶定住者と日本人男性の結婚における認識のずれがあり、ストレスの重要な原因がある。

 また、フィリピン女性の場合、母国の家族へ仕送りをしている場合が多く、なかには夫や夫の家族に内緒で送金している場合もある。しかし、妻が外で働くことを「世間体が悪い」という理由で認めない夫も多く、このためフィリピン女性は本国の家族との間で苦しい立場に立たされている。旧来の慣習や制度を維持するという発想を脱却し、今日の家庭事情や結婚事情にあった地域社会づくりと意識の改革が求められている。これは、山村に住み、農家を営む大家族といったような「典型的な日本の」家族だけがこのような旧来の慣習や制度にとらわれていると言うのではない。郊外に住み、近代的な生活をしている核家族などでも、このようなことはたくさんある。女性を家庭に押し込めようとすることなどはその最たるものであろう。このような慣習・制度はそれ自体悪いものでなくても、それがほかの人を傷つけるものになったとき、またはその可能性があると分かったときには改善するように努力しなければならないだろう。決して、自分とは無縁のことではないはずだ。

3国際結婚での入管の存在

 日本人と外国人との結婚は「国際結婚」と言われ特別視されており、本来「両性の合意のみに基づいて成立」(憲法第24条)するはずの結婚も様々な手続きを要求される。特にオーバーステイ(超過滞在)の外国人との結婚は結婚の事実があり、実際の夫婦関係もあるにもかかわらず、帰国を強制され、仲を引き裂かれることが多い。バングラディシュからやって来たサーム・シャヘドさんもそのような危険にあった中の一人である。ここでは、国際結婚に関する一つの事例を通じて、日本の入国管理の制度的な問題点を考えてみたい。

 シャヘドさんはバングラディシュ空軍幹部候補生を辞め、大学で理学を学び、卒業後はドイツとの合弁薬品会社、ネッスルのバングラディシュ法人で勤務し、1988年1月に来日した。シャヘドさんはアルバイトもせず、日本語学校に通っていたが、学校が要求してきた根拠のないお金(50万円)を拒否したため、在留資格更新のための必要書類に不利で悪質な記載をされ、ビザ更新ができなくなった。(日本語学校にとっては、入学金による収入があるため、新規学生を多く入学させた方が儲かるという事情がある)ちょうどそのころ、取材でやって来たジャーナリストの関口千恵さんと知り合う。

 超過滞在の状態でも結婚ができると知った二人は婚姻届を提出した後、入管(法務省入国管理局。出入国管理や外国人の在留、難民認定に関する事務を行う)へ出頭した。そこで入国警備官による違反調査を受けたのだが、そこでの調査はまさに人権蹂躙としか言いようがない。始めから「強制送還だ。とにかく一回帰れ」の一点張りで外国人にどのような選択肢があるのかも知らせない。確かにオーバースティした者でも祖国に帰れば一年後には再入国に必要なビザが取得できるような仕組みになっているが、実際には何年もビザを取得できず、泣き別れて暮らした例もある。入管のいい加減で屈辱的な態度はそれだけでない。シャヘドさんは違反調査の後、収容令が出され仮放免の手続きをするのであるが、その仮放免申請も収容後でないとできないといういい加減で悪質な説明をされるし、違反調査の最中に配偶者ビザの申請用紙を目の前で破り捨てられたのだ。これら一連の調査の中でも外国人は十分な通訳を与えられることなく、日本語で調書をとられる。自分の理解できない言語で調査され、身柄の行方が決定されるということがどれだけ不安感を募らせ、いらだたしさ・無力感を生むか。手続きそのものが外国人に弁護の余地を与えずに強制送還させようとしている。シャヘドさんは日本人女性と結婚しておりそこでの生活は十分に保障されるべきものであるはずだ。「夫婦別姓にすれば家庭が崩壊する」などといっている日本という国が外国人に対しては一緒の国で暮らすことも認めない。そんなことはおかしいではないか。

 シャヘドさんは仮放免の後、在留特別許可を申請し、法務大臣の裁決により、配偶者ビザを取得できたのだが、これにはシャヘドさんと彼のパートナーである関口さんの並々ならぬ努力と強い意志があったからだ。彼らも言っているように、多くのカップルが入管の理不尽な態度と方針により別離、または離日を余儀なくされたであろう。

4考察

(1)犯罪?

 この事例をふりかえって、オーバーステイとそれを侵した者の権利について考えてみよう。超過滞在や資格外就労は本来的には犯罪でないといえよう。殺人や窃盗のように倫理的に侵してはならないものでもないし、他人に危害を加えるものでもない。ただ、最初に約束した在留資格以外の活動を日本で行ったり、最初に約束した在留期間より長く日本にいることにすぎない。敢ていうならば、この約束を破ったことだけが「悪い」ことなのだ。しかし、入管法(出入国管理及び難民認定法)という法律によって、超過滞在・資格外就労が禁止されていることによってこれらは犯罪とされている。しかもその犯罪と烙印を押されたことにより、その人たちの置かれる状況は、まるで凶悪犯罪を侵した人のようになる。入管で彼らの人権が無残なまでに踏みにじられているのは見てきた通りである。日本という国以外で育った人が日本にやってくることのどこがいけないことなのだろうか。彼らが日本に労働者としてやってくることによって、日本人の雇用が奪われるからだろうか。しかし、それならば日本製品の海外進出によって現地企業の育成を阻んでいることも犯罪になるであろう。外国人はすぐに犯罪を侵すからだろうか。まるで外国人をすべて犯罪者のように考えるこの考え方自体すごく偏見をはらんだものであるし、実際日本人だって多くの犯罪を侵しているではないか。確かに日本での外国人の犯罪は多いが、その多くが入管法違反、つまり本来的には犯罪でない犯罪である。また、多くの外国人は言葉の通じないなかで生活しており、そのストレスや、日本社会の不十分な理解から生じる犯罪もあるだろう。このことは外国人を心理的に排斥する我々がもっと寛容で柔軟に彼らを受け入れれば減らしていくことは可能なのではないか。外国人を犯罪者であると見るのは間違っている。日本が外国人を拒む理由などないのではないか。そして、超過滞在や資格外就労がそれほど大きな犯罪でないことは明らかである。ましてや結婚した男女を引き離すだけの理由などそこにはない。結婚という基本的人権・幸福の追求はそれによって妨げられるものでもない。

(2)「不法」と呼ぶこと

 超過滞在者・資格外就労者はしばしばマスコミなどにより「不法滞在者」「不法労働者」と呼ばれる。そして、我々はそれを当然のことだと思っている。この「不法」という言葉に込められた意味をもう一度考えてみようではないか。一つにはかれらを「不法」と呼ぶことによって彼らを排斥しようとする自分の心理を正当化しているのではないか。何となく異質なものである彼らをうけいれ難い、一緒の町に住むことに抵抗感を感じる、言葉が通じないのでは、そんな気持ちが、彼ら外国人が法を犯していると知ったときにまるで鬼の首でも取ったみたいに「不法」「不法」と呼び、簡単に追い返せなどと言ってしまうのだ。どれだけ、彼らが日本にやってくることが金銭的・時間的な面で大変なことなのかを考えもせずに。もう一つは「不法滞在者」「不法労働者」と言ったときに、想像されるのがアジア系外国人であったり日系南米人であったりすることだ。それが現在では逆にアジア系外国人や日系南米人を見ると、その人たちを「不法滞在者」「不法労働者」と見てしまうという傾向にある。そして、彼らは法を犯しているのだから、法を犯すことをなんとも思わず、いつどんな凶悪犯罪を犯すかも分からない、治安を維持するためには彼らはいてはいけないのだ、という悪循環に陥ってしまっている。この悪循環をどこかで断ち切らなくてはならない。そのためには外国人を理解すること。決して想像から推察するのではなく、実際に知ることが必要だ。そのためには外国人を受け入れることからすべては始まるのだろう。

 

《参考文献》

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