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今井恭平の文章
ニューヨーク取材日誌

死の影の谷間から
<死の影の谷間から>
ムミア・アブ=ジャマール/著
今井恭平/訳
現代人文社/刊
今井恭平の文章

人種差別と政治的偏見による死刑執行とのたたかい
 最終局面を迎えたムミア・アブ・ジャマル裁判



初出:「年報・死刑廃止'97」インパクト出版会


再審却下、死刑執行への動き

 この原稿を書いている一九九七年三月始めの時点で、ムミア・アブ・ジャマルに関する最新のニュースは、最悪のニュースに近いものである。
 三月三日、ペンシルヴァニア州最高裁は、ムミア側から出されていた口頭弁論の要求を却下した。
 今年に入ってから、同州矯正局は、ムミアへの検閲、日常的な行動の規制・いやがらせを強化してきた。また、州知事は、死刑執行命令に署名する用意がある、と漏らしたと伝えられ、これらの動きを総合して、再審却下、死刑執行へのシナリオができあがりつつあるのではないか、という危惧が強まっている。
 ムミアが、著名な人権派弁護士レナード・ワイングラスを団長とする新たな弁護団を結成し、再審請求をおこしたのが、一九九五年六月。その直前に、州知事トム・リッジが死刑執行命令書に署名し、執行日を八月十七日と決定するという緊迫した状況下で、再審請求を巡る公開審問が、フィラデルフィアにおいて開始された。

裁判を貫く政治的・人種的偏向

 この審問を担当した判事は、アルバート・セイボ、彼は一九八二年の第一審で、ムミアに死刑判決を下した本人である。再審請求の事案を、一審と同じ判事が裁く、つまり、自分の下した判決に対して、その再審請求を自分で担当するのだから、はじめから結論は出ているようなものだ、と誰しも思った。そして、結果は、大方の予想を裏切らなかった。
 同年九月十五日、セイボ判事は、再審請求却下の決定を下した。最終弁論日の九月十一日から、わずか中三日で、一五〇ページにものぼる棄却決定書を書き上げたとすれば、どんな売れっ子作家も顔負けの速筆と言わなければならない。
 この時の審問では、一審で召喚されなかった目撃証人が何人か尋問され、いくつかの注目すべき新証言が行われた。ことに、これまでのどの証人よりも、事件現場を詳細に再現した黒人ビジネスマンのウイリアム・シングレタリー氏の証言は、ムミア以外の男が被害者の警官を撃つのを目撃した、という決定的なものであり、しかも彼が一審で弁護側に有利な証言をすることができなかったのは、警察からの執拗ないやがらせを受け、身の危険を感じて州外に逃げ出さなければならなかったためだ、と事件当初からの警察による証人脅迫、証拠のねつ造の事実を示唆するものだった。セイボ判事は、こうした新証拠をあっさりと否定した。  彼は、全米の判事のうちで、もっとも多くの死刑判決を下しており、ハンギング・ジャッジという「名誉」ある称号で呼ばれている。また、白人警官の人種主義的組織、警察友愛会の終身会員でもある。彼の訴訟指揮が、一貫して人種差別的で、政治的な偏見に満ちたものであることは、あらゆる場面で立証されている。

声無き者の声 ムミア・アブ・ジャマル

 こうした人種主義者、政治的保守主義者たちから目の敵にされているムミア・アブ・ジャマルとは、いったい何者なのか。
 彼は、七十年代から活躍してきたラジオ・ジャーナリストであり、政治的・経済的な不公正や大資本の横暴、警察の暴力などを告発し続ける報道姿勢から、ボイス・オブ・ザ・ボイスレス(声無き者の声)と呼ばれてきた。また、十六歳の時にブラック・パンサー党フィラデルフィア支部設立に関与し、同党のスポークスマンをつとめた。政府・警察・人種差別主義者たちから好かれるとは到底考えにくい経歴の持ち主だ。
 彼が逮捕されたのは、一九八一年十二月九日、自分のホームグラウンドであるフィラデルフィアの繁華街で、早朝四時少し前のこと。資本におもねらないかぎり、フリーのジャーナリストとしての収入だけでは食っていけないのはアメリカも同じこと。タクシー・ドライバーとして夜勤に就いていた彼は、白人警察官が撃ち殺される現場に行き会わせてしまった。彼自身も銃弾を受けて瀕死の重傷を負ったが、現場に駆けつけた警官隊は、血だまりにうずくまる彼を、最初から犯人と決めつけて、殴る蹴るの暴行を加えた。彼がその場で命を落とさなかったのは、奇跡に近い。
 裁判の経過と、そこでのさまざまな疑惑について、ここで詳しく触れるだけの誌面の余裕を許されていないので、簡単に要点だけを列挙する。

●銃弾の不一致
 殺された警官の体内からは、四四口径の銃弾しか発見されていない。ムミアは合法的に拳銃を所持しており、現場で押収されたが、それは三八口径である。いうまでもなく、三八口径の拳銃で四四口径の銃弾を発射することは不可能だ。しかも、警察は、押収した銃が、その夜発射されたかどうかの初歩的な検査をなぜか行っていない。ムミアが撃ったとすれば、当然彼の衣服から硝煙反応が見いだされるはずだが、このごく簡単なテストも、なぜか「行われていない」これは、犯罪捜査の常識からは、考えにくい失態である。
●目撃証人の疑惑
 ムミア以外の黒人の二人組が現場を逃走するのを見た、という複数の目撃証人が、一人を除いて裁判に召喚されなかった。
 ムミアを犯人だと特定した検察側証人は、いずれも自身が放火や売春などの容疑で、警察に逮捕あるいは起訴される恐れがあり、警察との取引に応じた可能性がきわめて強い。ことに、検察のとっておきの証人は、じつは現場にいなかったという複数の証言がある。
●人種的偏りと政治的偏見
 裁判はわずか半年余りで結審し、十二人のうち十人を白人が占める陪審団は、彼に第一級殺人罪を適用した。量刑決定の段階で、検察はムミアが十代のパンサー党員であった頃の発言を引用し、彼が暴力的な革命思想の持ち主である、と印象づけようとした。事件と何の関係もない思想的な背景をもって、陪審を極刑の裁定に誘導したことは明らかである。

裁判妨害に対し、民事訴訟でたたかう

 九五年の再審棄却の後、ムミアと弁護団は州最高裁への上訴を行うと同時に、連邦地裁に対して民事訴訟を起こした。
 再審請求を見計らうように州知事が執行命令書を発行し、その年の五月に彼が獄中から著書Live from death rowを出版したことを理由にして、通信・面会の著しい制限、足かせをはめるなどの懲罰を加え、さらに弁護士から彼へあてた手紙が開封されたばかりか、州知事にコピーが回送されていたことなどにより、彼の再審請求の裁判が妨害されたことに対する、憲法違反の申し立てである。
 九五年秋から昨年末まで、この連邦地裁での民事訴訟と州最高裁への上訴が平行してたたかわれた。

●露骨な証人脅迫
 再審請求の上訴は、昨年五月から十月に、大きな山場を迎えた。一審でムミアに不利な証言をした証人のヴェロニカ・ジョーンズさんが、その証言は、警察に強要された偽証であった、という新たな宣誓供述を行い、弁護団と共に記者会見にのぞんだ。席上、ジョーンズさんは、十四年ぶりに真実を語る決心をしたことについて、当時小さな子供がおり、自分が重罪で服役すると、その子供たちに会えなくなるという重圧に負けた。しかし、成長し、私を信頼してくれている子供たちのためにも、真実を述べるべきだと思った、と語った。
 彼女は十月一日に法廷に立ち、検察からの二時間半にわたる執拗な反対尋問と、彼女の私生活や過去のプライバシーをあばく尋問に耐え、ムミア以外の男性二人が現場から逃走するのを見たこと、ムミアを犯人だと証言した通称ラッキーという女性は現場にいなかったこと、当時、売春で逮捕されていたラッキーは、ムミアに不利な証言をすれば自分の商売に手心を加える、という警察からの取引をもちかけられており、自分にも同様の申し出が警察からあったこと、自分が強盗罪などで逮捕された後、警官が監房にいる彼女を訪ねてきて、ムミア以外の人間を現場で見たという証言を撤回しさえすれば、自分の事件については何も心配することはない、と申し出られたことなどの証言を堅持した。
 この後、傍聴席だけでなく、世界中を唖然とさせるような事件が起きた。検察が、いきなりジョーンズ証人を別件で逮捕すると宣言したのだ。それも、他州(ニュージャージー)での、四年も前の「事件」で、二〇〇ドルほどの買い物をした際に使用した小切手が不渡りだったことを理由とするものだった。
 弁護団の激しい抗議に耳をかそうともせず、この露骨な証人脅迫に手を貸し、自分の法廷から証人を逮捕させたのは、またしてもアルバート・セイボ判事であった。
●連邦地裁での画期的な勝利
 一方、ピッツバーグで行われていた連邦地裁での民事訴訟は、昨年末十二月四日に判決が下った。その内容は、
 刑務所当局が不正にムミアと弁護人との間の通信を妨害し、検閲し、さらに州知事に回覧させていたこと、州知事の法律スタッフで、知事が死刑執行命令に署名する際にアドバイスする立場にある者が、ムミアと弁護人との間の、再審請求に関する内密の文書(ワイングラス主任弁護士によれば、弁護側の微妙な戦略に関する記述もあった)を読んでいたことなどを認定し、これは憲法によって擁護されているムミアの基本的権利の侵害であり、一般法(the common law)および憲法修正六条、修正十四条で認められている、公正な裁判を受ける権利、弁護人との秘密交通権の侵害であると判示した。
 ムミアは、この判決を理由として、昨年の再審却下決定が、申立人の正当な権利行使ができない下での不公正な裁判によるものであり、その決定を取り消して、再審を認めるように、という新たな提訴を行った。

囚人とメディアの接触を断つムミア・ルール

 一方でのこうした判決と裏腹に、州矯正局は、囚人に対する締め付けを、ことさらに強めている。昨年十一月に、一片の通達によって施行された規則によって、マスメディアと囚人との接触が、極端に制限されることになった。
 マスコミによる 囚人へのインタビューには、従来は一般面会者とは異なる特別の配慮がなされていた。しかし、これ以降、メディアは一般面会者と同様の手続きをふまなければ一切の面会を許されず、またカメラとテープレコーダーの使用が禁じられた。さらに、あらかじめ取材者の名前を囚人の面会リストに登録しておかなければならず、この手続きには、お役所仕事特有のめんどうと時間がかかる。電話インタビューを受ける場合は、その分、家族との電話の回数が減らされる。懲罰処遇を受けている囚人は、実際上あらゆるメディアとの接触を不可能にされる。こうした処遇を永続的に受けている囚人もたくさんおり、彼らは事実上、メディアとの接触を断たれたに等しい。
 このルールは、俗にムミア・ルールと呼ばれるようになった。これが、ことにムミアをターゲットにしたものであることは、「報酬」という項目を見るとよく分かる。そこには、次のように書かれている。
「当局の監督下にある収容者は、いかなるビジネスにも職業にもたずさわってはならない。したがって、訪問や電話インタビューによって、メディアから報酬を受け取るこ とは規則違反となる。これに違反した場合、収容者への懲罰、および違反マスコミの訪問の停止措置がとられることがある」
 これは、最近、二冊目の著書Death Blossomsを出版し、また獄中でのラジオ番組制作に取り組んだ、彼と彼を支援する勇敢なジャーナリストたちへの報復にほかならないと見られている。

新たな弾圧

 今年に入ってからは、さらに露骨で執拗ないやがらせが始まっている。ムミアは、ドレッドロックス(ヘアスタイル)の髪を切れ、と命令されている。八五年にも、同様の命令を拒んだために、じつに九二年まで七年間も「穴ぐら」と呼ばれる特殊な独居房に入れられたことがある。ムミアのドレッドロックスは、彼の宗教的な信念にもとづくものであり、それを犯すことは、憲法で認められた宗教上の権利の侵害にほかならない。
 また、彼の前述の民事訴訟を担当した弁護士のクラコフ氏や、支援者は、理由なく彼との面会を拒絶されている。
 最近、ワイングラス弁護士からの手紙の封が破られていただけでなく、封筒に、何者かによって「警官殺し」と書かれていた。

死刑復活・推進に執念を燃やす州知事

 トム・リッジ知事は、九五年の一月に当選したが、選挙戦では死刑復活を公約の一つとして打ち出し、テレビ広告でも、そのことを強調した。当選すると、ただちに公約を実行に移し、ペンシルヴァニア州では、じつに三二年ぶりに死刑執行を行った。就任以来すでに二十名以上に執行命令を出している(ただし、実際の執行はそれよりかなり少ない)。
 全米に三千名以上いるといわれる死刑囚の中で、ムミアがもっとも名前を知られているのは、彼がジャーナリストであるからだけでなく、獄中においてもジャーナリストでありつづけているからにほかならない。彼は、直前に放送禁止処分となったラジオ番組を獄中で制作しているし、その禁止された放送原稿をもとにして出版したのが、前述のLive from death rowである。今年になっても、ムミア・ルールに抗して、テレビ・クルーのインタビューに応え、新著も刊行している。
 彼が死刑とたたかっているのは、彼自身のためであると同時に、死刑制度によってしか守られない社会の告発であり、死刑制度のもつ本質的な差別とのたたかいとして、彼のボイス・オブ・ザ・ボイスレスとしてのジャーナリスト活動の必然的な延長線上にある。
 そうした彼を死刑にすることに、保守派がことさらに執念を燃やすことの意味は理解にむずかしくはない。
 州最高裁が再審請求を棄却し、知事が執行命令にサインすると、ムミアはフェイズ2と呼ばれる執行前体制に組み込まれ、メディア等との接触を断たれることになる。残されるのは連邦裁判所への人身保護令状請求だけとなり、これが棄却されれば知事の恩赦がないかぎり執行されることになる。就任当初からムミアの執行に執念を燃やしてきたリッジ知事の恩赦にではなく、世界中からの世論の力だけが、彼の死刑執行を阻止しうると信じる。

事件の詳細な情報は、インターネットの以下のホームページに掲載しています。
ムミアの死刑執行停止を求める市民の会
http://www.jca.ax.apc.org/~pebble/mumia/
今井恭平 pebble@jca.ax.apc.org

◎参考文献

RACE FOR JUSTICE
Mumia Abu-Jamal's Fight Against the Death Penalty :by Leonard Weinglass/ Common Courage Press/1995
IN DEFENSE OF MUMIA
:edited by S.E. Anderson and Tony Medina/ Writers and Readers Publishing, Inc./1996
Live From Death Row
:by Mumia Abu-Jamal/Addison-Wesley/1995
DEATH BLOSSOMS
Reflections from a Prisoner of Conscience:by Mumia Abu-Jamal/Plough Publishing House/1997
CD-ROM
first person:Mumia Abu-Jamal
VOYAGER
(ボイジャー社によるこのCD-ROMには、放送禁止になった彼の獄中放送の録音がおさめられており、日本でも比較的入手しやすい)