10月13日、死刑執行命令が出たあとの状況
1999年10月15日現在での状況をかんたんに整理しておきます。今井恭平
死刑執行命令の意味
10月13日、ペンシルヴァニア州知事、トム・リッジはムミア・アブ・ジャマールに対する死刑執行命令に署名した。これは、彼が1995年1月に知事に就任して以来、171回目の死刑執行命令にあたる。この数字は、彼以前の知事達が25年間の間に行った執行命令の5倍にあたるという。もちろん、この数字は実際に処刑された死刑囚の数を現してはいない。いま手元に正確な資料がないが、ペンシルヴァニア州での死刑執行は一年にふた桁には達していないはずだ。リッジ知事は、その死刑囚にまだ法的に死刑執行に対抗する手段が残っている段階でもどんどん執行命令を出している。したがって、執行命令と執行数には大きなへだたりが出ている。
- 98年10月、ペンシルヴァニア州最高裁が再審請求を却下したことで、ムミアの裁判は、州レベルでのプロセスをすべて終了している。
- したがって次は連邦裁判所に提訴することとなる。
- 通常は、連邦地裁、巡回控訴裁判所、連邦最高裁という順序で上訴していくこととなる。
- しかし、今回は弁護側が writ for certiorari(裁判移管命令) を求めていた。
- これは、その裁判に憲法上の大きな争点があると考えられるとき、連邦最高裁がその独自の判断にもとづき、通常のプロセスを飛び越え、裁判の管轄を下級審から最高裁に移して憲法判断を行うものである。
- これは、その裁判に憲法上の大きな争点があると考えられるとき、連邦最高裁がその独自の判断にもとづき、通常のプロセスを飛び越え、裁判の管轄を下級審から最高裁に移して憲法判断を行うものである。
- 1999年10月4日、連邦最高裁は、最高裁が直接ただちにムミアの裁判における憲法違反について判断するために、裁判移管命令を出せ、という弁護側請求を退けた。
- これによって、裁判は通常のプロセスに戻ることになる。すなわち、連邦地裁(この場合の担当はフィラデルフィア連邦地裁)に対して再審の申し立てをすることになる。
- このプロセスの最初は、弁護側が人身保護請求を提出することから始まる。
- 弁護団は10月15日、この人身保護請求を提出した。
- 人身保護請求は、純粋に法解釈のレベルの問題であり、州レベルのこれまでの裁判が法的に適切に行われたか否かを審議するものである。
- だが、実質的には、連邦地裁はムミアの再審請求を受け入れるかどうかをめぐり、人身保護請求の際に弁護側から提出された証拠を審査することとなる。
- 連邦最高裁が10月4日に弁護側の請求を却下したことにより、弁護側が連邦地裁に人身保護請求を出すことは自明のプロセスである。にもかかわらず、知事が執行命令を出したことはどのような問題であるかが問われる。
- 執行命令が出されても、人身保護請求が提出されれば、連邦地裁がこの請求についての結論を出すまでの間、死刑執行を行わないように、停止あるいは延期の命令を出すことはほぼ確実とみられる。
- そのことが分かった上であえて執行命令を出しているのはなぜか?
- ムミアは執行命令が出されると、フェイズ2におかれる。
- フェイズ2は、ムミアに不必要な苦痛を強いる肉体的・精神的拷問以外のなにものでもない。
- そしてまた、連邦地裁段階に入り、再審請求が決定的に重要な時期にさしかかっている時に、この状態はムミアの弁護活動をきわめて困難にするものである。
- リッジは1995年にもムミアが再審請求を起こすことを知った上で、そのわずか数日前に執行命令を出し、彼をフェイズ2におくことで、弁護活動を困難にさせている。
また、この時期に、刑務所当局はムミアと弁護団との間の親書を開封し、そのコピーを知事にわたす、という違法な裁判妨害を行っている。(この件については後にムミアが州矯正局を裁判妨害で提訴し、ピッツバーグ連邦地裁が96年末に矯正局の行為は憲法違反である、というムミア勝訴の判決を出している。また、98年8月には、連邦控訴裁判所もこの判決を支持する判決を下している)
- 裁判妨害、ムミアへの見せしめ的迫害のほかに、有名な死刑事件で執行に積極的な姿勢を示し、政治的な受けをねらったものとも見ることができる。
リッジは共和党の副大統領候補をねらっていると言われ、大統領選にむけた各候補、各党のパフォーマンスが活発化している中での彼の政治的野心が背景にあることは間違いない。 - 連邦地裁で、実質的な事実調べ、弁護側が提出している証拠の審議が行われるかどうかが、ムミアの再審請求全体を通じて、もっとも重大な局面を形成している。
- 連邦地裁は、事実調べが行われうる最後の段階である。
- もし連邦地裁が公判廷を開かず、証拠調べをせずに、州裁判所の裁判記録の審査だけでことをすましてしまえば、これ以降の連邦巡回控訴裁判所、連邦最高裁のレベルでは、事実調べは行われない。
- 96年に制定された「反テロおよび効率的死刑法」と呼ばれる連邦法は、連邦裁判所は基本的に事実調べを行わず、州裁判所の事実認定が正しいとみなした上で、法手続が適正であったかどうかの判断だけを行うことを奨励している。それによって死刑執行にいたるプロセスを簡略化しようというのがそのねらいである。
- 連邦地裁はこの効率的死刑法にしたがって事実調べを回避することができる。しかし同時に、自ら事実調べを行うという決定をする権利も有している。
- 州の裁判所が無視したあらゆるムミアに有利な証拠を連邦地裁で取り上げさせ、公正な審議を行った上で公正な再審を勝ち取ることが、ムミアの生命を救う唯一の合法的な道となる。
- 同時に、連邦地裁が死刑執行命令の停止、あるいは延期を命令したとしても、それは一時的なものであり、最終的な執行の権限を持つ州知事に執行をやめさせることがもっとも究極的な課題となる。