「運動場にも、桜がきれいに咲いています。暖かくなったので、生活するのは楽になりました。でも、ひとつ残念なお知らせがあります」。
先月、朝の始業前の工場で、自分の席から少し離れた席の知り合いに、「おはよう」とつい声をかけたところ、それが「不正挨拶」にあたるとして、「無事故」の腕章を取られてしまった。「懲罰」まではいかず、単なる「注意」だったが、これが査定にひびき、今月から「4類」に格下げされてしまったのだそうです。
「4月から9月までは、面会が月2回しかできなくなりました。みなさん、ごめんなさい。次からは、なるべく1回に2〜3人ずつ来るようにしてください。私は大丈夫ですから」
新しく来た工場部長がとてもやさしい人で、「ゴビンダが真面目にやっているのはわかっている。10月からまた3類に戻れるよ」と励ましてくれているそうです。「ランクをおとされたのは、私1人じゃなくて、あっちでもこっちでも、『あ〜、4類から5類になっちゃった〜』とかワイワイやってます」
それにしても、一般の社会では、挨拶しないで怒られることはあっても、「挨拶した」のが規則違反で、しかもそのていどのことで格下げされるとは。
「とにかく、いろんなこまかい規則が、いっぱいあって。とくに私は外国人だから、とっても覚えられない。だから、いつもピリピリしてなきゃならないんです。それがつらくって」
前回の面会で頼まれていた「腰用のコルセット」を差し入れました。小さい丸椅子に座ったまま、脇見も許されない姿勢で作業をしているため、最近、腰痛がひどくなったと言うのです。しかし、今日、差し入れたコルセットも、医者の診断を受けて許可を得ないといけないので、実際に使えるようになるまでには、まだ暫く時間がかかるそうで、まったく不自由なことです。
帰り道、「塀の向こうに見える丘が、(満開の桜で)真っ白になっているのが運動場からよく見えますよ」とゴビンダさんが言っていたのを思い出し、彼は、「塀の向こう」をどんな気持ちで眺めているのかなと、ちょっと悲しい気分になりました。
客野美喜子