ぐうぜんにも、7月10日付の手紙(以下)を受け取った翌日の面会となりました。
Dear きゃくのさん、ナマステ!
まいにちあついひがつづいていますが、おげんきですか?きのどくなゴビンダです (-_-) ながいあいだ、てがみをかかなくてすみません。でもいつもきゃくのさん、おもいだします。
ラダさん、ミティラちゃん、エリサちゃんとあえて、とてもよかったのに、とつぜん おとうさまがなくなったというしらせで、ほんとうにびっくりしました。日本のさいばんが、ただしくおこなわれていれば、私はおとうさまのそばにいることができたのに、ざんねんでなりません。
いま、ラダさんたちはなにをしているのか。てがみをかいてくれないからしんぱいです。からだのこと、いえのことなどでんわできいてくだされば、ありがたいことです。
いつもたくさんのおもいやり、こころからかんしゃします。
めんかい、たのしみにまっています。
God bless you always, love, Yours "innocent" ゴビンダ
ほとんど平仮名ではあるものの、筆跡も文章も以前よりずっと上達しています。今日の面会で最初にそうほめると、照れくさそうに笑っていました。
家族の近況について、蓮見さんが何度か電話して聞いてくださったこと(帰国して数日後に、お父さんが亡くなったので、お葬式などのためイラムに行き、そのまま1ヶ月以上滞在していたが、現在はもうカトマンズの自宅で平常の生活に戻っているから心配いらない)と伝えました。
和田さんは、2004年6月の「特別面会」以来、3年ぶりなので、お互いに懐かしがって、今日の再会を喜び合っていました。
「娘さんたちに会いましたよ。とってもキレイな子たちで、ボクは、すっかりファンになりました」と和田さんが言うと、「娘たちがプレゼントもらったと喜んでいました。いろいろ助けていただいて、ありがとうございます。いつか無罪になったら、賠償金で、みなさんの名前を付けた学校と病院をイラムに建てます!」。
ゴビンダさんはけっこうマジで言ってるつもりですが、和田さんは「そしたらボクの銅像もね!」などとジョークで返していました(笑)。
「運動の時間はどうしてるの?」とか「誰か話をする友だちはいる?」などと、和田さんはゴビンダさんの日常の様子をいろいろ質問していました。それに対して、「今日も3時から運動の時間だけど、あまり走れない。お腹が出てるからすぐハアハアいっちゃう。でも、この頃は少し体重が減りましたよ」とか「友だちというほど親しい人はいない。でも最初は無実だと言ったためにいじめられたりしたけど、だんだんわかってくれる人が増えてきた。とくに佐野さんの本や支える会のブックレットを読んでくれた人たちは、ほんとうに無実なのに、こんなことになって気の毒だと言ってくれてます」などと答えていました。
終始笑顔で歓談していたゴビンダさんでしたが、面会時間終了を告げられると、急にあらたまった調子で、「今日は暑い中、遠いところ足を運んでくださって本当にありがとうございました。こんど手紙を書きますから、また来てください」と挨拶し、名残惜しそうに手を振りながら去っていきました。
面会所を出た和田さんは、「ゴビンダさん、まるでお坊さんみたいな、清らかなかんじがした。こういう人柄が裁判で無罪証拠にならないっていうのはほんとに悔しいよなあ」と、梅雨空を仰いで、しみじみと呟いていました。
客野美喜子