米軍用地強制使用裁決申請事件
同 明渡裁決申請事件
意見書(一)
[目次]
第一 はじめに 一 土地取り上げ、強制使用の概要 沖縄の米軍基地は、一九四五年四月一日から始まった地上戦及びそれに続く占領に おいて、米軍が沖縄県民の土地を囲い込む形で形成された。戦争終了後、占領地の一 部が県民に返還されたが、朝鮮戦争の前後からその一部が再接収され、軍事基地は拡 張強化された。米軍は、講和条約の発効前まではヘーグ陸戦法規を土地使用権の根拠 とし、講和条約の発効後は布令九一号(契約権)、布令一〇九号(土地収用令)、布 令一六四号(米合衆国土地収用令)、布令二〇号(賃借権の取得について)等の各種 の布令・布告を発布して合法性を装った。しかし、右いずれの法令も、沖縄県民の土 地を強制使用しうる正当な根拠となるものではなかった。 沖縄の復帰前における米軍による県民の土地の強奪は、国際法規や慣例にも違反す るものであり、日本国憲法の精神にも悖るもので違法なものであった。復帰の際に施 行された公用地法(沖縄における公用地等の暫定使用に関する法律)は、復帰前にお ける米軍の違法な土地接収を免罪し、その上で地権者には有無を言わせずに、一方的 な手続だけで米軍用地の使用権を設定するもので、わが国の土地法の体系からもはみ 出た違憲なものであった。 沖縄のすべての米軍用地を含む「公用地」に対しこの「公用地法」は適用されたが、 これによって復帰前に違法接収された土地は、地権者に一旦返還されることなく、違 法な状態のままで復帰後もそのまま米軍用地として強制使用され、暫定使用の名で一 〇年間も長期にわたり使用され続けられた。その間、国により、賃貸借契約締結のた めの交渉が大規模且つ執拗に行われたが、反戦地主会に結集する地権者を中心とする 多くの地主らは、この契約を拒否した。 これら契約拒否地主の所有する土地について、国は、沖縄県民の土地について初め て米軍用地特措法を適用した。 二 過去の公開審理の実情 米軍用地特措法に基づく沖縄県収用委員会における第一回目の強制使用事件は、一 九八一年三月二〇日付の申請でもって始まった。その後、数多くの米軍用地強制使用 事件が同委員会に繰り返し申請され、係属するようになった。 米軍用地特措法に基づく強制使用の手続は、強制使用の基本法である土地収用法に 比し、地権者らの権利保護手続に関していまだ不十分なものではある。これらの強制 使用事件において、地権者らは不十分ながらも同法によって地主に認められた権限を 行使し、裁決申請の却下を求めて闘った。具体的には、「意見書」でもって、「使用 認定の違法性」、「適正かつ合理的要件の不存在」、「違法状態のままでの裁決申請 の違法性」、「対象土地の不特定=地籍不明地問題」、「違法な土地調書・物件調書」 、「使用期間が不当に長い」等々、多くの問題点を指摘し、裁決申請の却下を求めた。 そして、公開審理の場においては、意見書に書かれた主張を補足しこれを立証する ために、多くの地権者が意見陳述、現地立入調査等の申立をした。しかし、過去の強 制使用事件の場合、地権者らの意見陳述権、証拠申立権を行使する機会は、殆ど保障 されなかった。 例えば、一九八一年八月四日から公開審理が開始された第一次強制使用事件におい ては、六回の公開審理がもたれたが、意見陳述の申し出をした地主九八名に対し、公 開審理で現実に意見陳述が認められたのはわずか八名であり、残り九〇名の地主には 公開審理での意見陳述が認められず、合計六回の公開審理のうち、地主の具体的意見 陳述が行われたのは最終回の第六回公開審理だけであった。その意見陳述の中で、二 人の地主から、裁決申請書で使用の対象とされている土地の位置・地目等が実際のも のと相違するとの具体的指摘がなされ、事実を確認するため現地調査の要求がなされ た。しかし、収用委員会は、合理的理由も示さないままこの申し出を却下し、審理ら しい審理を全く遂げないまま、途中で審理を打ち切った。 また、一九八五年二月二六日から審理が開始された第二次強制使用事件については、 合計一一回の公開審理がもたれたが、数千人の地主及び代理人のうち、公開審理での 意見陳述が認められたのはわずか三〇名にすぎず、「損失の補償に関する事項」につ いてまでも、意見陳述が行われないまま審理が打ち切られた。土地調書・物件調書に 異議の付された土地や地籍不明地についての現地立入調査の申立についても、収用委 員会は、これまた合理的理由もなく却下した。その上で、収用委員会は地権者から提 起された数々の問題点(例えば、地籍不明地域における対象土地の不特定、土地・物 件調書の違法性等)については、争点整理や証拠調べも尽くさないまま、地権者の主 張をことごとく退け、起業者の主張を安易に認容し、使用裁決をなした。 このように、米軍基地に提供する土地の強制使用事件に関する沖縄県収用委員会の 過去の審理の実態は、地主らに与えられた意見陳述権や証拠申立権を剥奪する違法な ものであって、憲法二九条及び三一条の規定の上からも、とうてい認められるもので はなかった。過去の強制使用の手続においては、「実質審理」の原則は全く機能しな かったと言える。 三 本件審理について 一九九七年二月二一日より開始された本件強制使用事件の公開審理の冒頭において、 兼城賢二・前収用委員会会長は、「収用委員会は独立した準司法的な行政委員会であ る」、「公正、中立な立場で実質審理を行う」と発言し、審理に際しての基本姿勢を 明らかにした。 言うまでもなく、強制使用事件の審理は、土地所有者・起業者及び関係人に参加の 機会を与え、公開して行われる(土地収用法六二条)。公開審理の場は、意見陳述、 反論、求釈明、釈明、証拠申立、証拠調べが現に行われる場である。公開審理をこの ようにとらえ、審理を尽くすことが、いわゆる「実質審理」の立場である。 本件の公開審理を振り返って見た場合、収用委員会が「実質審理」を尽くす立場を 貫こうとしたことは、一一回にわたって開かれた各公開審理において、当事者の意見 陳述権を十分に保障する立場で審理指揮がなされたことや、地権者同行による現地立 入調査を二回にわたり実施決定したことからも明らかである。 しかし、審理の各場面における起業者の非協力のため審理が停滞し、結果的には実 質審理が尽くされぬまま審理は終了した。 起業者の非協力の第一点は、強制使用権を設定する根拠及びその要件の存否につい ての争点=主として申請理由書の記載事項についての求釈明、釈明に関するものであ る。この争点に関する起業者からの陳述(説明)は、文字どおり型どおりのものであ った。「審理になじまない」として、審理の上で立証を尽くし争点を明らかにすべき 事項についてすら、最後まで応答しない起業者の釈明回避戦術のため、解明されずに 残った争点も少なくない。かかる不誠実な対応に終始した起業者に、しかるべきペナ ルティを加えるのは当然である。 起業者の非協力の第二点目は、現地立入調査に関するものである。収用委員会は、 先に二度にわたり、対象土地のうち八二筆の土地について、地権者立会による現地立 入調査を行うことを決定し、米軍に基地立入要請をした。しかし、いずれの立入要請 についても、米軍は地権者らの立入を認めず、地権者ら同行での現地立入調査は遂に 実現できなかった。このため、地権者らは、現地における対象土地の位置・境界等に 関する指示説明を行う機会を完全に奪われた。そして、境界不明地の位置・境界や土 地物件調書の記載事項の確認等、審理における重要な争点の解明がなされないままと なった。地権者立会での現地立入調査が不可能になったことによる一切の責任は、立 入要請を拒否した米軍と、米軍の理不尽な対応を諌め説得をすべき立場にありながら 逆にこれに追従し、審理には協力しようとしない起業者が負うべきことは、当然であ る。 本年一月六日・七日・九日に、収用委員会は、地権者ら抜きで現地調査を行ったが、 当事者の一方を欠いたままでの片面調査でもって得た資料は、違法に収集された証拠 であり、これを裁決のための証拠として使用することは、公平性を欠くことからも認 められない。 四 公正な(却下)裁決を求めて 地権者らは、一一回にわたり開かれた公開審理において、米軍基地が如何に都市計 画の障害となり、県民生活を破壊しているかを明らかにしてきた。一方、沖縄の基地 が、単に「極東における国際の平和及び安全の維持」のためだけのものでなく、遠く インド洋・中東諸国への出撃も可能な米軍の自由使用基地であり、日米安全保障条約 にも違反することも明らかにした。 一方、地権者らは、本件強制使用の裁決申請が、適正かつ合理的要件も存しないま ま、違法に地権者の権利を奪う以外のなにものでもないことを指摘してきた。具体的 には、日米安全保障条約及び米軍用地特措法が憲法に違反すること、本件使用認定及 び申請手続が特措法や土地収用法の規定に反する違法なものであること、地籍不明地 についてはその申請の手続自体に違法が存すること、本件裁決申請が過去における強 制使用の違法性を承継しクリーンハンドの原則に反すること、そしてこのような違法 な裁決申請については、収用委員会は却下しうる権限を有すること等について主張し、 更に各施設・各土地ごとに、強制使用の要件が存しないことについて具体的に明らか にしてきた。 本意見書は、これまで一一回の公開審理でなされた地権者の主張・意見を整理補充 し、あるいはこれを更に正確にするためにまとめたものである。本件裁決申請につい て、後世の批判に耐えうるような公正な裁決、なかんずく強制使用要件の具備しない 土地については却下の裁決がなされることを、強く求める。
出典:反戦地主弁護団、テキスト化は仲田。