米軍用地強制使用裁決申請事件
同 明渡裁決申請事件
意見書(一)
[目次]
第二 収用委員会の審理権限について 一 はじめに 1 収用委員会は、米軍用地特措法及びそれが準用する土地収用法に基づき、強制 使用の裁決申請を受けた各土地に関して、起業者たる那覇防衛施設局長に対して強制 使用を認めるか否かにつき、審査し、それに基づき最終的に裁決する権限を有する (特措法一四条、土地収用法四七条以下)。 ところが、これまで、収用委員会は、使用期間と補償金額を定める権限を有するの みで、裁決申請の基になる使用認定の適否を含む特措法三条の要件(「必要性」、 「適正かつ合理的」の要件。以下単に「適正かつ合理的等の要件」ともいう。)該当 性に関して審理し判断する権限は有しなかいのごとき立論が一部でなされている(沖 縄県収用委員会のこれまでの裁決書も、そのように判断している。ただし、条文を引 用するだけで根拠は何ら示されていない。例えば昭和六二年二月二四日嘉手納飛行場 (I)についての裁決書第一一頁裁決書集一三〇頁)。 しかし、以下詳述するように、収用委員会は、本件裁決申請の基となる各使用認定 が特措法の定める要件を十分に満たしているか否かの審査権限を有し、これに瑕疵あ る時は裁決申請を却下する権限と職責がある。 2 また、右使用認定の瑕疵の内容として、憲法違反の有無について判断すること ができ、更に、そもそも使用認定及び本件裁決申請の根拠法令が憲法に反するか否か についても、判断する権限と職責がある。 更に、強制使用手続きに違法がある場合にも、当然、却下する権限がある。 また、仮に権利取得裁決をする場合にも、使用期間と補償金額を定めるのみでなく、 「使用の区域」と、「使用の方法」を具体的に特定して定める権限とその職責がある (土地収用法四八条)。 これらについて、以下述べる。但し、本稿では、収用委員会がこれらの事項につい て審理・判断権限があること、すなわち、その枠組みについて論述するものとし、右 事項ごとに、具体的にいかなる理由で却下されなければならないかは、第三以下で詳 述する。 なお、収用委員会の審理権限に関しては、浜川清教授(法政大学)及び見上崇洋教 授(龍谷大学)連名の「鑑定意見書」が貴収用委員会に提出済である。これについて は、以下単に「鑑定意見書」と述べて引用する。 二 強制使用手続きにおける収用委員会の役割と責務 1 収用委員会の審理権限を検討する上では、まず、強制使用手続における収用委 員会の役割と責務を、憲法との関係で、考察することが重要である。 日本国憲法二九条一項は、国民の財産権を保障し、同条三項において、「私有財産 は、正当な補償の下にこれを公共のために用いることができる」としている。そして、 土地収用法(その米軍用地に関する特別法である「米軍用地特措法」も同じ。)は、 財産権の侵害と公共の必要性との調整を目的とするものであって、そのためのプロセ スを大きく「認定」(「事業認定」。特措法の場合は「使用認定」)と「裁決」の二 段階に分け、慎重かつ公正・公平に判断するために、それぞれを異なる機関に行わせ ることとしている。そして、特に、最終段階で裁決に当たる機関をいわゆる「独立行 政委員会」たる収用委員会としている。 このようにしたのは、認定の段階で事業の必要性にかかわる公益判断を認定庁が行 うことにより、不必要な財産権侵害の可能性を可能な限り狭め、続いて、収用委員会 において認定による公益判断を前提としつつも、個々の土地ごとにより具体的な吟味 を行おうとしていると解される(鑑定意見書二〜三頁、四頁)。このように解しなけ れば、土地収用法が、わざわざ、「認定」と「裁決」の二段階に分けて、それを別々 の行政機関に行わしめ、かつ、裁決については、独立性が高く、合議制の準司法機関 たる収用委員会にその権限を与えた意味が説明できない。このような慎重な法的手続 きは、土地の権利を奪われあるいは制限される権利者の立場からみたとき、憲法三一 条の適正手続きを保障するという憲法上の意義がある。 2 このように、憲法二九条の財産権の保障の観点及び憲法三一条の適正手続保障 の観点から、強制的な収用・使用を認める場合にこれを慎重に行うこととした法の趣 旨からすれば、特措法三条の「適正かつ合理的」等の要件該当性について、使用認定 手続きのみならず、収用委員会の審理の場においても、十分吟味することは、憲法及 びそれに基づく土地収用法やその特別法たる特措法からも要請されているとみるべき である。 これを、特措法三条の「適正かつ合理的」等の要件は、特措法五条に基づき総理大 臣が使用認定手続きをするときだけの要件で、強制使用の最終判断を行う収用委員会 には審理・判断権限がないとするのは、収用委員会の権限をいたずらに限定するもの であって、正しくない。 そして、結論から言えば、収用委員会は、各使用認定が憲法を含む法令の要件(そ れには当然特措法三条の定める「適正かつ合理的」等の要件も含む)を満たすか否か について審理・判断することができ、それに重大な違法があって無効と判断される場 合及び、それのみならず、使用認定が特措法三条の要件を満たさない違法がある場合 にも、特措法一四条によって適用(準用)される土地収用法四七条本文によって、右 使用認定に基づく本件裁決申請を却下をすることができるし、却下しなければならな いのである(鑑定意見書八頁)。 このような審理・判断権限があることを根拠付ける法理について、以下述べる。 三 使用認定に重大な瑕疵があって無効な場合の審理・却下権限 1 「無効な行政行為」の理論 (一) 収用委員会が特措法三条の要件該当性を審理判断する権限があることを根拠 付ける第一の法理は、「無効な行政行為たる使用認定には、収用委員会は拘束されな い」と言う法理である。 総理大臣の行った使用認定の違法性について、収用委員会が審理できないと主張す る立場は、行政機関は、一般に、先行する他の行政機関が行った行政行為の違法性に ついての判断権限を有しないとする立場である。しかし、例えば、「重大かつ明白な 瑕疵」ある時は、右行政行為は無効であり、無効である行政行為に後行為者が拘束さ れないのは理の当然である。このことは、判例並びに通説の確定的に認めるところで ある。 (二) 小澤道一『土地収用法』もこの法理に基づく、収用委員会の審理権限を認め ている(同書の上巻五三四頁以下)。 すなわち、「通説及び判例上は、重大かつ明白な瑕疵がある行政処分は無効である とされているから、事業認定にこのような無効原因たる瑕疵がある時には、他の行政 機関といえども、事業認定の拘束力を否定することができ、少なくとも、このような 瑕疵が存在するか否かについては収用委員会は審査権を有していると考えられる。」 としている。 同書において引用する東京地裁判決(昭和三八・三・二八)も「他の行政機関の権 限に属する行為についての当該機関の判断の尊重といえども絶対的なものではなく、 それが当該行為を当然無効ならしめる程度に重大かつ明白な誤りを含んでいる場合に は、他の行政機関が自己の権限を行使するに当たってかかる行為の有効な存在を否定 し、かかる判断に基づいて自己の職務権限に属する行為をなすべきや否やを決定しう るし、決定すべきものと考えられ、この限度においては、行政機関は他の行政機関の 行為の適否を審査し得るものと解するのが妥当である」と判示して、先行する行政行 為の適否を審査する「権限」があるのみならず、それを審査することが後行為の行政 機関の「責務」(義務)であることを明確に指摘しているのである。 沖縄県知事に対する職務執行命令訴訟の最高裁判決(平成八年八月二八日大法廷判 決)もこの点は、明確に認めている。すなわち、「本件各土地につき有効な使用認定 がされていることは、被上告人が上告人に対して署名等代行事務の執行を命ずるため の適法要件をなすものであって、使用認定にこれを当然に無効とするような瑕疵があ る場合には、本件職務執行命令も違法というべきことになる。」としている。 (三) 使用認定がこのような瑕疵を持ち「無効」と評価すべき場合には、有効な使 用認定が存在しないのであるから、使用認定された事業がないにも関わらず、裁決申 請がなされた場合として、裁決申請が「この法律に反する場合」(土地収用法四七条) にあたり、却下されなければならない。 2 「無効」の判断基準(一般) (一) それでは、いかなる場合に、使用認定は無効な場合と判断すべきか(鑑定意 見書九頁〜)。 争いがないのは、前述の「重大かつ明白な瑕疵ある場合」である。行政行為の無効 の理論は、伝統的に、「重大かつ明白な瑕疵ある場合」を無効の要件と解してきた。 これを「重大明白説」と呼ぶ。 (二) しかし、鑑定意見書一〇〜一二頁に詳しく引用されているように、重大明白 な瑕疵の存在というのは、行政行為が無効とされる典型的な場合を言うものであって、 必ずしもそれに限られないとするのが今日の通説の立場である。かつ最高裁判例にも この立場に立つと解されているものがある。 すなわち、違法性が重大であれば、それが誰の目にも一見明白であるとは言えない までも、権限ある機関が調査する中でそれが看取できれば、その行政行為は無効とし てよいというのである。行政行為を無効とした場合と有効とした場合、それぞれの公 益、権利侵害の程度影響などを利益衡量して判断すべきとする。 この場合、重大明白説の要件のうち、明白性の要件は、絶対的な要件ではない。 すなわち、今日の通説は、
(1) 違法性が重大かつ明白であれば当然無効となるが、 (2) 明白性の要件を欠く場合でも権限ある行政機関が判断する場合は無効とでき、 (3) それ以外でも侵害の程度によっては無効と判断されることがある(無効とするこ とによって守られる法益・権利と、無効とすることによって害される法益と比較考慮 して、前者が後者より勝る場合には、無効と判断することになる)
としているのである。 (三) このような、(2)、(3)の考えは、「明白性補充要件説」、あるいは「具体的 価値衡量説」と言われる。このような考えは、その調査・審理を行う行政機関の機能 に着目して「調査義務説」とも言われる。すなわち、権限ある機関が注意して調べれ ば看取できる瑕疵の明白性があれば良いとするものである。 そして、収用委員会の強制使用の最終判断機関としての位置及び、その裁決のため、 独立の準司法機関として、公開審理を開催し、種々の調査権限を法によって与えられ ていることを考えれば、まさしく収用委員会は、この無効の瑕疵の存在を審理によっ て認知し得る「典型的な機関」である(鑑定意見書一二頁)。 (四) このように、収用委員会は使用認定の適否について、立ち入って審理判断す ることができ、かつ、そうすることが収用委員会の責務である。そして、その判断基 準は、申請を受けた当初の段階から誰が見ても明らかな程度に、重大かつ明白な瑕疵 がある場合に限らず、収用委員会において、公開審理を通じて、起業者と権利者双方 の意見や、収用委員会独自の調査を行なったときはそれも踏まえて、
(1) 右瑕疵の程度(特措法三条の「適正かつ合理的」等の要件に反する程度)、 (2) 無効とすることによって守られる法益(土地所有者の権利)と (3) 無効とすることによって害される法益(一般的な米軍基地の公益性の有無・程 度のみならず、当該個々の土地が米軍基地として提供されないことによって、具体的 にいかなる公益上の損失があるのか)
を総合的に判断して、(1)の違法性が大きく、(2)が(3)よりも勝っている場合には、 重大な瑕疵があるので使用認定は無効でるあると判断する権限があり、そうしなけれ ばならないのである。 この場合、結論として「重大かつ明白な瑕疵があるから無効」とするのか、「重大 な瑕疵があるから無効」とするのかは、本質的な問題と言うよりは、表現の問題とも 言える。重要なのは、使用認定があるからと言って、それを絶対的なものと見るので はなく、収用委員会に与えられた任務(公益性の高い事業の遂行と、権利者の憲法上 の権利との公正な調整を果たす役割)を、適正かつ厳正に行使すべきであると言うこ ととである。 無効とすべき場合を、最初から、極めて例外的な場合に限定する基準でもって判断 するのではなく、審理にあらわれた全ての事実、事情をもとに、これを適正かつ厳正 に、どちらの立場にも偏することなく公正に判断して、前記(1)の違法性が大きく、 (2)が(3)よりも勝っている場合には、「本件使用認定には重大な瑕疵がある」もしく は「本件使用認定には重大かつ明白な瑕疵がある」として、これを無効であると「決 定し得るし、また決定すべき」(前記東京地裁判決)なのである。 3 特措法における収用委員会の特別な役割からみた「無効」の判断基準 (一) はじめに 以上は、「無効な行政行為」という、その意味では、どのような行政機関の行為に もあてはまる一般法理からみても、収用委員会には、使用認定の適否に立ち入って審 理・判断できるということである。 しかし、本件米軍用地の強制使用裁決申請において、貴収用委員会には、通常の行 政機関以上に、さらには、通常の土地収用法に基づく一般公共事業の場合の収用委員 会の権限に比しても、事業認定(本件では、使用認定)の適否について立ち入って審 査し、裁決する権限と責務がある(鑑定意見書八頁〜)。 その理由は、以下の通りである。 (二) 憲法二九条、三一条の要請 米軍用地特措法及びこれに適用される土地収用法は、所有者の意に反して強制使用 する手続きを、総理大臣による使用認定手続きと収用委員会の裁決手続きの二段階に 分けて、慎重な手続きをとることとした。これは、冒頭(第二の二「強制使用手続に おける収用委員会の役割と責務」)で述べた様に、憲法二九条、三一条の要請に従う ものである。 使用認定が違法であるのに、これを後の収用員会が問題にしないということは、こ の二段階の慎重な手続きを定めた憲法並びに法の趣旨に反する。 (三) 「上下のライン」にはないこと いわゆる「上下のライン」に属する行政機関相互では、後行為の行政機関の権限行 使に当たって、後行為の行政機関に先行行為が違法か否かの判断を委ねると法の秩序 は維持されず、行政遂行上問題であるとされる。 しかし、ここで問題なるのはあくまで、「執行機関」としての行政機関相互の問題 である。上下のラインにある行政機関というのはこの意味である。 ところが、収用委員会は、広い意味での行政機関であることは間違いないが、執行 機関というものではなく、あくまで独立した合議制の準司法機関であり、審査機関と しての性格を持つ「独立行政委員会」である。一般の行政機関とは性格が大きく異な り、任命を受けた県知事はもとより、使用認定を行った総理大臣からも独立した機関 であり、決して「ラインの上下」に位置付けられる関係にない。 従って、一般の行政機関相互の権限尊重の要請は、収用委員会には、あてはまらな いのである。 (四) 特措法に基づく強制使用の特殊性(その一) (1) 強制使用認定には、通常の事業認定と比べて、使用認定段階でどのように認 定要件の吟味がなされるか、という点で、次の様な特殊性(問題点)がある。 (1) 事業計画書の不存在(規定上の問題) イ 米軍用地特措法上の使用認定には、その申請の際、通常の公共事業の場合の事 業認定申請書に添付することが義務付られている「事業計画書」がない。 すなわち、土地収用法においては、起業者が事業認定申請書を提出する際の添付書 類として「事業計画書」の添付を義務付けている(土地収用法一八条)。 そして、この「事業計画書」には、
・「事業計画の概要」 ・「事業の開始及び完成の時期」 ・「事業に要する経費及びその財源」
という事項のほかに、
・「事業の施行を必要とする公益上の理由」 ・「収用または使用の別を明らかにした事業に必要な土地等の面積、数量等 の概数並びに、これらを必要とする理由」 ・「起業地等を当該事業に用いることが相当であり、または土地等の適正か つ合理的な利用に寄与することになる理由」
を記載することとなっている(土地収用法施行規則三条一号)。 そのうち、例えば、「事業の施行を必要とする公益上の理由」の項目では「当該工 事の社会的または経済的な不利益及び当該工事を施行した場合の社会的または経済的 な利益という消極、積極の両面が考えられるが、この両面より考察すること」とされ ている(小澤『土地収用法』上二五〇・二五一頁)。 また、「起業地等を当該事業に用いることが相当であり、または土地等の適正かつ 合理的な利用に寄与することになる理由」の項目に関しては、「当該土地(起業地) がその事業の用に供されることによって得られるべき公共の利益」と、「当該土地が その事業の用に供されることによって失われる私的ないし公共の利益」とを比較衡量 し、前者が後者に優越すると認められることを意味するものであること、「起業地の 範囲は必要最小限でなければならず(行判大八・一〇・一)事業のために不可欠でな く、あった方がよいといった程度の土地は、起業地に入れることは出来ない」こと、 「代替案についても検討すべきこと」とされている(小澤同書二五二頁で参照すべき とされている同書二七〇頁〜二八四頁。なお、これらの判断基準は、後に、本件強制 使用対象土地について特措法三条の「適正かつ合理的の要件」等を満たしているかど うかを判断する場合にも、重要な基準となる)。 事業の認定機関は、この事業計画書に記載された事項をもとに、その「公益上の理 由」や、個々の土地ごとに「必要性」「適正かつ合理的」要件を満たすか否かについ て審理し、それが認められて初めて事業認定をすることになっている。 ロ ところが、米軍用地特措法では、認定申請は、このような「事業計画書」の添 付がないままなされ、総理大臣の使用認定もこれがないまま行われている。 即ち、特措法四条一項で使用認定申請書に添付される書類は、
・「土地所有者または関係人の意見書」 の他は、これを政令でさだめることにしているところ、その添付書類は、 ・「使用等する土地等の調書及び図面」 ・「使用等する土地が既に別の事業のように供している場合の管理者の意見書」 ・「使用等する土地等について法令の規定による制限があるときの権限を有する 行政機関の意見書」
が要求されているだけである(特措法施行令一条)。 「事業計画書」あるいはそれに類するもので、前記通常の事業認定申請の場合に添 付を要求される「公益上の理由」や個々の土地ごとに「必要性」「適正かつ合理的」 要件があることを検討してその理由を記述した書類は何ら添付されるようにはなって いないのである。 ハ それでは、申請書の本体自体に右各事項が書かれるようになっているかを見て も、申請書には「使用の認定を申請する理由」を書くと抽象的に定められているだけ (特措法施行規則一条の様式一号)である。申請書本体に、前記事業認定申請書添付 の事業計画書に書くべき事項を書くべきとは定められていない。 (2) 実際の使用認定手続の運用(運用上の問題その一) 規定上、事業計画書又はそれに類するものが添付あるいは申請書本体に記述される ようになっていないし、実際の運用上も、それが添付あるいは記述されるようにはな っていない。 実際、本件の各使用認定申請書の申請する理由書をみても、
・当該土地を駐留軍が、これまで、利用してきた、 ・当該土地は施設全体と有機的一体性がある ・今後も使用を継続する必要性がある。
という起業者の主張(極めて、抽象的、一般的な主張)が記載されているだけである (例えば、平成七年四月一七日、キャンプシールズに関する使用認定申請書他)。右 理由書のなかには、「本件土地は、わが国の安全に寄与し並びに極東における国際の 平和及び安全の維持に寄与するため不可欠な駐留軍のための施設及び区域として提供 されてきており」と書かれているが、これは、在日米軍の用に供するという事業の公 益性を抽象的に述べているだけである。それだけでは、何故、所有者の意思に反して 強制的に土地を取りあげることを根拠付ける理由としてはいかにも不足している。少 なくとも、個々の土地ごとに、特措法三条の「必要性」や「適正かつ合理的」である ことを具体的に検討するようには決してなっていない。 (3) 使用認定を検討する部局の不存在(運用上の問題その二) イ 確かに、条文上は、総理大臣は、特措法三条に規定する要件に該当すると認め るとき使用認定するとなっている。しかし、使用認定がなされたといっても、総理大 臣において、本当に当該土地ごとに、特措法三条の要件に該当するか否かが検討され ているのであろうか。 ロ 総理大臣の責任で使用認定されるといっても、現実に、総理大臣本人が申請書 を見て、添付の図面等を検討して、特措法三条の要件があるか否かを検討したのでな いことは言うまでもない。そんなことを考える人は誰もいないであろう。 本件各土地の使用認定は、平成七年四月一七日に申請書が出され、同年五月九日付 で認定されている。当時の総理大臣は村山富市氏であった。本件のごとき多数の土地 について、三週間足らずの短い期間に村山総理が図面を見ながらひとつひとつ検討し たなどとは誰も考えないであろう。当然、総理大臣の下には使用認定申請があったと き、その特措法三条の要件該当性を検討して総理大臣に具申する部局があると誰でも 考えるであろう。 しかし、そのような部局は、実は存在しないのである。 ハ では誰が、個々の土地ごとに「適正かつ合理的」等の要件を検討したのであろ うか。それは防衛施設局しかないのである。しかし、防衛施設局は起業者である。起 業者とは別の公正な立場から、使用認定申請が特措法三条の要件を満たしているかど うかを検討して認定するかどうか決めなければならないのに、それを実際に担当する 部局は、防衛施設局以外にはないのである。 結局、村山総理大臣は、防衛施設局の使用認定に対して、それそのまま認めただけ なのである。率直に言えば「盲判(めくら判)」を押しただけなのである。 これが、極めて残念ながら、沖縄における土地強制使用手続の実態なのである。こ れをそのまま許して言いかどうかが、今、貴収用委員会に問われているのである。 ニ 通常の公共事業なら当然になされる、当該土地が強制使用してまで本当に必要 な土地なのか(『必要最小限』の基準に反して、「事業のために不可欠でなくあった 方がよいといった程度の土地」でないのか否か−小澤土地収用法上二七五頁参照)、 どうしてもこの土地でなければならない必然性はどの程度あり、本当に代替地はない か、なども含めての検討がなされないまま申請され、したがって、それを厳正に検討 して総理大臣が使用認定すると言うことは、規定上も実際の運用上も全く担保されな い制度になっているのである。 (2) しかし、軍事的使用だからといって憲法二九条及び三一条の要請は同じであ る。そうでなければ強制使用全体が違憲性を常に帯びることになる。 そうであるならば憲法に適合する様に法の解釈及び運用をすることを義務付られて いると解すべき収用委員会としては、通常の収用手続きの場合以上に、使用認定の適 否(特措法三条の「適正かつ合理的」等の要件該当性)に立ち入って、その要件該当 性の有無程度を審理・判断しなければならない。このことを憲法及び、特措法それ自 体が要請していると解すべきである。 憲法上の要請、及び、前記一般の収用事例と比較した特措法の制度上の特殊性から 来る要請からして、一般の収用事例の場合に事業認定の適否について「無効の行政行 為」の法理で審理判断する程度と比較して、本件審理にあたる貴収用委員会の使用認 定の適否について審理判断する審理権限は強いと解される。通常以上に、より使用認 定の問題に踏みいって審理し、裁決することが憲法および法律上要請されているので あるから、無効な使用認定と判断するか否かの基準自体も、通常の場合の如き「極め て例外的な場合」と解することは、憲法及び法律の要請に反することになって、誤っ ている。 (3) そもそも、通常の事業認定の場合には「必要性」「適正かつ合理的」の要件 の該当性は、認定申請書に添付された事業計画書に基づき、事業認定段階で認定機関 によって十分審理されている、したがって、収用委員会は、その要件充当性について はこれを尊重すべきであり、従って、例外的な場合にのみ、極めて厳格な要件でもっ て無効と判断すべきと言う主張にもそれなりの理由があるかも知れない。 しかし、これまで詳しく検討してきたように、特措法に基づく本件使用認定の場合 はその前提を欠くのである。 特措法五条の条文上は、確かに総理大臣は、三条の要件に該当する場合に使用認定 するとなっている。しかし、実際には、その要件該当性について十分審理する様な手 続きには、その添付書類から見ても、申請をそのまま認めるだけの現実の運用からみ ても、全くなっていないのである。 よって、貴収用委員会は、通常の収用手続きの審理以上に、使用認定が特措法三条 の要件を満たしているかどうかを十二分に審理・判断すべきである。そして、通常の 「無効な行政行為」か否かの判断をする場合よりも、特段に強い権限でもってその判 断に立ち入るべきである。それこそが、憲法及び特措法が貴収用委員会に要請してい るのである。 (五) 特措法に基づく強制使用の特殊性(その二) (1) 公聴会規定の排除 土地収用法二三条は、認定機関は、必要があると認める時は、公聴会を開いて一般 の意見を求めなければならないと規定している。これは、権利者、及び関係者のみな らず、事業認定の公益性や土地収用の必要性、適正かつ合理性を客観的に検証するた めの重要な手続きである。 ところが、特措法は、この規定を排除している。 (2) 権利者及び周辺住民見の意見を聞く制度の不完全性 また、土地収用法二四条、二五条によって、強制収用の「認定申請の後」、認定の 前に、公衆の縦覧に供し、利害関係人は認定機関に意見書を提出することができる制 度になっている。この利害関係人には土地所有者のみならず、起業地周辺の住民で、 事業により環境面で影響を受けるものも含まれる(小澤土地収用法上三〇〇頁)。 ところが、特措法は四条一項で、認定申請の前に、土地等の所有者及び関係人の意 見書をとって、それを添付して申請することになっている。そのため、認定申請書を 先に見た上で、それをもとに具体的な批判意見を出したり、あるいは、意見の聴取を 起業者からされない周辺住民(米軍基地によって生活、環境面で重大な被害を受けて いる。)が使用認定前にその意見を述べることができるようには、制度上なっていな い。 このように、本件特措法による強制使用の認定は、権利者初め関係者、及び一般人 による、認定の公益性、特措法三条の要件該当性に対するチエックが制度上も実際の 運用上も極めて弱い。 しかし、前述したのと同様に、軍事的使用だからといって憲法二九条及び三一条の 要請は同じだから、使用認定の違法性の有無程度について、通常の収用の場合以上に、 収用委員会の審理権限は強いと解すべきである。そう解しないと、憲法の要請を満た さない収用となってしまい違憲となるからである。 本件収用委員会の裁決においては、そうならないために、通常の場合以上に、より 使用認定の適否に立ち入って審理し、判断(裁決)すべきである。 実際に見ても、沖縄の場合は、軍事力による違法な強奪があり、その米軍基地の存 在を所与の前提として、憲法と法が本来予定している使用認定の要件該当性の吟味 (チェック)もなされず、漫然と認定が繰り返されてきたというのが実態なのである。 今回、収用委員会は憲法と法によって付与された審査権限を十二分に行使すべきで あり、それが収用委員会の責務である。 (六) 「違法性の承継」の法理 収用委員会で、使用認定の違法性を看過したまま裁決すると、「違法性の承継」の 法理により、裁決自体が、違法となってしまう。その結果裁決取り消し訴訟において 取り消されることとなる。その様な瑕疵があることが収用委員会の審理の段階でわか っているのに、みすみす違法な裁決をすべきでない。後に取り消される様な重大な瑕 疵があるのに、収用委員会がそれについて審理できないとすると土地所有者の権利が 裁決の時点で侵害されるのであり、これは後に訴訟で取り消されれば済むと言うもの ではない。この矛盾は、通常の収用の場合以上に、使用認定の段階で、認定要件該当 性が規定上も実際の運用上も、ほとんど吟味されてない本件収用認定の場合は、より 深刻である。 (七) 独立した合議制の準司法機関 収用委員会は、独立した、合議制の準司法機関である。このような使用認定の違法 性に関する審理・判断をするだけの機関としての性格を有している。強制使用を認め る最終の機関としての性格を特措法上も与えられている。 この点に関連して、沖縄県知事に対する職務執行命令事件の最高裁判決は、前記の 様に、先行行為たる使用認定に重大かつ明白な瑕疵がある時は、代行事務の執行を命 令することは許されないとしている。これは、強制使用裁決についての判断権限が何 ら土地収用法及び特措法上も規定されていない県知事においてさえそのような判断権 限があることを認めたものと評価できる。そうであるならば、準司法機関として、土 地収用法に基づきさまざまな調査権限と裁決権限を与えられている収用委員会におい ては、知事以上に立ち入って、使用認定の瑕疵(違法性)の有無程度について独自に 判断し出来るのが当然である。それが、強制使用の最終機関としての裁決権限を付与 された収用委員会の責務でもある。
出典:反戦地主弁護団、テキスト化は仲田。