第3 審査請求に対する反論
1 土地の特定について
防衛施設局長は「国土調査法の成果としての認証が得られていない土地であっても、現地に即して特定される限り、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域ならびに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法(昭和27年法律第140号。以下「駐留軍用地特措法」という。)の手続きを執ることができる」と主張する。
しかし、すでに詳述したとおり、認証が得られていない土地でなければ、強制使用をしようとする土地を特定することができず、駐留軍用地特措法の手続きを執ることはできない。
防衛施設局長は、次の理由から事実上本件各土地は現地に即して特定されていると主張する。
(1)本件各土地を含む字等の区域とこれに隣接している字等の区域との境界は確定している。
(2)本件各土地を含む字等の区域において裁決申請の対象地とその隣接土地との境界を除き全ての土地の境界は関係土地所有者において確認済みである。
(3)裁決申請の対象地とその隣接土地との境界についても隣接土地所有者は全員確認済みである。
(4)土地所有者らは、所有権保存登記をしている。
(5)補償金を受領し、補償金に関して不服を申し立てない。
(6)押印を拒否した者も位置境界に異議があるから押印を拒否したのではない。
(7)位置境界について隣接所有者とは争っていない。
しかし、(1)(2)(3)についていえば、沖縄県については特別法位置境界明確化法を制定して、現地における調査・確認という手法ではなく、「土地所有者の集団合意」による手法によって地籍確定することとしたのであり、同法は、関係所有者全員の協議により各筆の土地の位置境界を確認すべきことを定めているのであるから、関係所有者の中に1人でも地図編さん図に同意しない者がいれば、その地図編さん図は何ら意味を持たないものとなる。土地の位置境界は、土地所有者の権利に関わるものであるから、他の者が土地の位置境界について全員合意していたとしても、それに合意しない者が1人でもいれば、その結論を強制することはできないのであり、関係所有者全員が合意しなければ法律的な意味を持たないのは当然のことである。
沖縄県収用委員会がいうように「いわゆる集団和解方式をとる以上、1人でも未押印者がいれば、これらの地籍確定作業は未完了であって、全ての土地所有者について現況照合図すら確定されたとはいえず、ましてや具体的個別の地籍は全く未確定のままでしかない」のである。
また、(4)登記は、それをしたからといってそれで権利関係が定まるものではない。所有権保存登記がされたとしても、真の権利関係については争う余地があることは当然であり、所有権保存登記がされていることは土地が特定されていることの理由にならない。
(5)補償金を受け取ったことについても、土地所有者らの所有地が強制使用されたことに間違いはないのであるから、補償金を受領するのは当然であり、補償金を受領したからといって位置境界について争わない趣旨ではない。補償金の受領は、せいぜい、受領者の所有する土地が国によって収用されたことを意味するのみであって、土地が特定されていることの理由になり得ない。
(6)土地所有者が位置境界の確認に関し押印をしないことの動機についてであるが、確かに、土地所有者が土地明確化作業に協力しない動機は、位置境界に異議があること以外にもあることは否定しない。しかし、位置境界について異議があることには間違いがない。
そもそも、動機がいかなるものであろうと未押印であることには変わりなく、押印しないことの動機は土地明確化作業が未了であることについて何ら影響しない。
(7)確かに所有者らは、位置境界につき隣接所有者と争っていない。しかしながら、所有者、隣接所有者いずれも現実にその所有地を使用していないのであるから、所有者が隣接者と争うことには実質的には全く意義がない。所有者らが位置境界につき異議があるにもかかわらず、訴訟等といった形で隣接所有者と争わないのは、そのためであり、隣接所有者との間で、位置境界について訴訟等の形で争っていないことは、土地が特定していることの理由たり得ない。
以上のとおりであるから、防衛施設局長があげる(1)ないし(7)の理由によっては土地は特定されたとはいえない。
2 過去の使用裁決について
防衛施設局長は、沖縄県収用委員会が過去2度にわたる裁決において土地が特定されていることを認めていることを指摘して、本件裁決申請においても土地は特定されていると主張する。
しかし、収用委員会は純粋な行政機関ではなく、準司法機関であり、裁決をなすにあたっては、そのときの構成員の法律判断に基づいてなすべきものであって、過去の収用委員会の判断に拘束されるものではない。
過去の収用委員会では、土地所有者らは、土地が特定していないことについて充分に主張立証する機会を与えられず、限られた資料の中でしか収用委員会は判断することができなかったのであるが、本件においては、土地所有者らは、過去の収用委員会に比較すれば、はるかに多くの主張立証をすることができたのであるから、過去における判断と異なり、本件において、土地は特定されていないとの判断がされたことも当然である。
3 判例について
また、防衛施設局長は、<1>最高裁平成8年8月28日判決、<2>福岡高裁那覇支部平成8年3月25日判決、<3>福岡高裁那覇支部昭和55年9月2日判決を理由として、本件各土地は特定されており、却下裁決は違法不当だと主張する。
しかし、<1><2>は、沖縄県知事に対する職務執行命令において、土地調書、物件調書、実測平面図等の作成手続が適法であるかどうかに関して判断を示したものである。
<1>は、「本件調書の記載事項の調査方法や土地調書に添付すべき実測平面図の作成方法に違法の点はなく、これらはいずれも適正に作成されたものということができる。」というのみであり、<2>も「土地・物件調書となるべき図書及びこれに添付すべき実測平面図を作成したことには1応の合理性が認められる。」というのみであって、これらの判例を引いて「土地は事実上特定されている旨の判断を行っている。」という那覇防衛施設局長の主張はあまりにも論理が飛躍しすぎている。
しかも<1>は、土地収用法36条1項が土地調書及び物件調書の作成を義務づけ同条2項が、土地調書等を作成する場合に土地所有者及び関係人の立会及び土地調書等への署名押印を要求について「収用委員会の審理における事実の調査確認の煩雑さを避け、その能率化を図るために、使用又は収用する土地及びその土地上にある物件に関する事実及び権利の状態並びに当事者の主張を記載して、これを予め整理しておくことを目的とするものと解される。」とし、「土地所有者及び関係人は、同条3項に基づき、異議を付記して署名押印をすることができ、そうすることによって、調書の記載が真実に合致するとの推定を排除することができるのである。その場合には、那覇防衛施設局長が収用委員会の審理手続の中で土地調書及び物件調書の記載内容が真実に合致することを立証しなければならないことになるのであるから、本件各土地の所有者及び関係人に現地における立会いの機会を与えなくても、その権利を不当に侵害するものとはいえない。」とし、このことを理由として、土地所有者及び関係人の立会の機会を与えないでした署名代行の申請を「違法とすることはできない。」というのである。
つまり、本件判例は、収用委員会において審理をすること及び、その際、土地調書等に異議が付されている場合には、土地調書等の内容が真実に合致することを那覇防衛施設局長が立証することを前提として、土地調書等についての「一応の合理性」を認めたに過ぎない。
よって、これらの判決をもって、本件各土地は特定されているとする那覇防衛施設局長の主張は明らかに誤っている。
また、<3>は、軍用地内の土地について時効取得が争われた事件で、時効取得の基礎である占有の認否なかんずく占有の明確性について判断された事例であり、これを本件にあてはめることはできない。
この事案は、米軍基地内の土地につき自己のものと誤信して所有権保存登記をし、長年賃料を受け取り、固定資産税を支払ってきたという事案であって、当該判決においても「売買、担保権の設定等の取引行為にあっては、その対象土地の厳密な具体的特定性を問うことなく一般的に行われているとの・・事実を考え合わせれば」として時効取得を認めたものである。
事実上占有していたものを保護しようとする取得時効制度において要求される「占有の明確性」の程度と公権力が強制的に土地を収用(使用)しようとする場合に適正手続の保障の要請、すなわち国民の防御の機会を確保する前提として要求される土地の特定の程度とでは、明らかに違いがあり、当然、後者の方が一層厳密な特定が要求される。
そのため、時効取得の場合の占有の明確性の判断の基準を、土地の強制収用の場合の土地の特定の基準とすることはできない。
したがって、<3>の判例を引いて「本件各土地が特定されている」とする起業者の主張は誤りである。
4 土地の表示と実測平面図との整合性について
防衛施設局長は、沖縄収用委員会が「本件裁決申請対象土地は、未認証の土地なので、使用認定を受けた土地表示と本件裁決申請に係る土地調書添付の実測平面図との整合性がない。」としていることについて、「使用認定申請の土地等の調書における土地の所在、地番、数量と裁決申請の土地調書における土地の所在、地番、地籍とは、土地の場所を示す表現としては同一であり、しかも同一内容の実測平面図を添付していることから、使用認定を受けた土地と裁決申請対象土地が異なることはあり得ない。」と主張する。
しかし、この主張は失当である。
沖縄収用委員会は、未認証の土地であるが故に、土地の表示と実測平面図によって現地において再現される土地との結びつきが証明できないということをいっているのであって、使用認定申請の土地等の調書と裁決申請の土地調書とは同じであるから収用委員会の判断が誤りとする防衛施設局長の主張は全く意味がない。
5 まとめ
結局、使用裁決申請は土地の特定を欠いており、本件却下裁決は相当である。