ヘリ基地反対名護市民投票裁判
平成一〇年(ワ)第八二号
準 備 書 面(一)
原 告 輿 石 正
外五〇三名
被 告 名 護 市
同 比 嘉 鉄 也
一九九八年六月一五日
那覇地方裁判所 御中
右原告ら訴訟代理人
弁護士 前 田 武 行
同 池 宮 城 紀 夫
同 永 吉 盛 元
同 三 宅 俊 司
記
平成一〇年四月一七日付け答弁書について、次の通り、認否反論する。
第一 本案前の申立の理由に対する反論
一 一 法律上の争訟、当事者適格ないし権利保護の資格などについて。
- 原告らが主張するのは、名護市民一般の思想信条の自由の侵害を原告らの損害として主張しているのではない。各原告ら毎に固有の権利として有する思想信条の自由、原告ら各自の平和に生きる権利を被侵害利益として主張しているものであって、抽象的一般的な名護市民の権利を被侵害権利と主張しているものではない。
その点において、被告の反論は誤解に基づくものである。
- 又、被告は、原告らの主張する被侵害権利は、抽象的権利であって司法判断になじまないとするが、憲法上保障される基本的人権が不法に侵害された時には当然不法行為となり、これに対する司法的救済を求めうる事は当然であって、被告が何をもって司法における事件性を欠くと主張しているのか明らかではない。
- 被告は、原告らの主張は名護市における政治的判断の当否を主張するものであると主張するが、原告の主張は、被告比嘉の行為によって、原告らの法的保護に値する権利が不法に侵害されたことに対する損害の賠償を求めるものであって、被告比嘉の行為そのものの政治的評価を求めるものではない。
被告は、戦争公害差し止め請求事件等を先例として引用しているが、本件事件とは、明らかに異なる。
平和的生存権、納税者基本権等の侵害等を主たる原因とする訴訟は、ペルシャ湾沖への自衛隊掃海艇派兵の差し止めを求める訴訟、自衛隊のカンボジア派兵の差し止めを求める訴訟、等多数存在し、現に継続中の事件も多数存在している。
広島地裁平成三年(ワ)第一四九号等事件、鹿児島地裁平成三年(ワ)第二五八号事件は、いずれも違憲確認請求の部分は却下しているが、納税者基本権および平和的生存権侵害にともなう損害賠償請求に関しては、判断は請求棄却となっているが、実質審理を行い、平成三年の提訴から六年の期間をかけて慎重審理のうえ判断がなされている。
右事件はPKOによる自衛隊の海外派遣という、極めて政治的行為であるが、政治的行為とされるのは、派兵行為そのものであって、仮に右行為が政治的行為であったとしても、右行為によって権利を侵害された者が、侵害の回復を司法に求めることは、裁判を受ける権利として当然保障されなければならない。
従って、行為そのものの政治性をもって、侵害行為の政治性、侵害救済行為の政治性を主張し、法律上の争訟にあたらないとするのは、不適当である。
- 被告は、裁判上主張しうる具体的権利内容についての権利侵害内容はないと主張し、縷々見解を主張するが、原告らの主張は、原告ら個々の市民投票における投票意思に対する侵害を権利侵害と主張するものではない。
侵害された権利は、個々の原告らの平和的生存権、思想信条の自由であり、投票結果に反して行われた被告比嘉の行為は、侵害された権利の問題であると共に、主要には、侵害行為の違法性として評価されるべき問題である。
二 二 その他、政治的行政的裁量などについて
- 被告の主張は、投票行為をしたものが、投票意思に反する行政行為が行われた場合の被侵害権利を投票意思に限定して論を進めているが、その論理の出発点において誤りである。
原告らの論拠は後述するが、平和的生存権、思想信条の自由等は、憲法上の権利として、条例及び住民投票以前から存する権利である。
右権利の実現形態として、住民の直接請求に基づいて住民投票条例が制定され、住民投票が実施され、投票の過半数を超える投票数をもって名護市に米軍基地建設をすることに反対する意思を確定した。
原告らの享受する憲法上の基本権としての、平和的生存権、思想信条の自由は、住民投票の結果、市政の基地政策の基本となり、より実効性のあるものとして享受しうるはずであった。
ところが、被告比嘉は、住民投票の結果に反して、不法に基地受け入れを表明したため、住民投票の結果、より強く実現され、享受しえた平和的生存権、思想信条の自由が侵害されたものである。
第二 被侵害権利(利益)
一 原告らが主張する、侵害された原告らの権利、利益は、個々の投票行動において示した投票意思を問題にするものではない。
原告らは、ヘリポート基地との共生に反対し、ヘリポート基地のない平和な名護市において生活をおくるという思想に基づいて活動を行ってきたものである。
原告らが個々に有する、基地被害のない、安全な生活をおくる権利、生存権、平和的生存権および、条例の結果具体的に実現されたヘリポート基地建設に反対し、ヘリポート基地との共生を拒否するとの思想信条が被告比嘉の条例に違反する行為によって不当に侵害されたとの主張を行うものである。
二 ヘリポート基地に反対する住民の意思及びその経過
- 本件ヘリポート基地建設計画の経緯
一九九六年四月一五日普天間基地の移設条件付き返還がSACO中間報告として発表されるとともに、移設先を、名護東海岸(シュワープ沖)とする案が示された。
一九九七年一月一六日には、梶山官房長官が「日米両政府はシュワープ沖で基本合意」と発表した。
- これに対して一九九六年六月二八日、名護市市議会は、全会一致をもって「代替ヘリポート移設に反対する決議」を行いヘリポート基地建設反対を明確にした。
同年七月一〇日には、被告名護市長(当時)比嘉鉄也を実行委員長として「名護市域への代替ヘリポート建設反対市民総決起大会」を開催し、「シュワープ水域への移設に反対する決議」を採択した。
一九九七年一月二〇日には、建設予定地である久志一三区長が、基地反対意見書を提出し、同年一月二七日には、「ヘリポート建設阻止協議会」が結成された。
- ところが、比嘉市長(当時)は、ヘリポート建設のための事前調査受け入れを認め、那覇防衛施設局は、同年五月九日から現地事前調査を強行した。
- 当時内閣総理大臣橋本は、地元の頭越しに建設を強行しないと明言しており、民主主義の基本として、地元住民意思を明確示し、ヘリポート基地建設に対する名護市民の意思を決するため、住民投票条例の制定を求めるものとし、地方自治法七四条に基づき、直接請求の方式をもって「名護市における米軍のヘリポート基地建設の是非を問う市民投票に関する条例」の制定をめざして「ヘリポート基地建設の是非を問う名護市民投票推進協議会」が結成され、原告らも右条例制定のために積極的に行動した。
住民による条例制定の直接請求には、有権者の五〇分の一以上の連署をもって請求しなければならないが、一九九七年八月一三日には、署名総数一九、七三四名(有権者の五二、一パーセント)の署名を得、告示後の有効署名数は一七、五三九名であった。
右署名に基づいて、同年九月一六日名護市議会に対して、条例制定請求が行われた。
原告らは、民主主義の基本である民意に基づく行政の実現手段としての住民投票条例の制定のために積極的活動をおこない、署名集めに奔走した。
- 一九九七年一〇月二日、名護市議会により、一部修正の上「名護市における米軍のヘリポート基地建設の是非を問う市民投票に関する条例」は可決成立し、同年一〇月六日に交付された。
- 住民投票は一九九七年一二月二一日に実施されたが、地元の意向を尊重し、地元の頭越しにヘリポート建設を強行しないとする政府は、地方自治の最とも民主的手段である住民投票に対して露骨な介入と、利益誘導を行った。
大量の防衛施設局職員を名護市内に投入し、各家庭を個別訪問させ建設賛成派のための集票活動を行わせた。
また、地域振興策は、ヘリポート基地建設を容認することが条件であるとして、露骨な利益誘導を行い、建設賛成派の業界団体は、各企業に投票のとりまとめを行わせ、さらにこれに止まらず、不在者投票を積極的に行わせ、不在者投票の数までノルマ化して、利益誘導と業界団体の異常なしめつ、地方自治に対する政府の露骨な介入の中で投票行為は行われた。
異常な投票は、投票状況にも現れ、有権者の二割(七、六三三名)が不在者投票を行うという異常事態となった。
- 原告らは、右の通りの異常な選挙状況の中で地方自治を守り、ヘリポート基地建設を受け入れない、爆音による被害のない、平和な生活維持するために、広く市民に対して基地被害を訴え、基地受け入れを拒否するよう積極的に活動した。
- 投票の結果、訴状記載の通り、投票総数の五四パーセントの市民は、ヘリポート基地建設受け入れ反対を明確に示したのである。
三 原告らの被侵害権利(利益)
- 原告らは、地方自治の本旨に従い、地方に生ずる問題は地方住民自らの意思で決すべきであるとの思想に基づいて、住民投票条例の制定に奔走した。
その成果として、住民の直接請求による、「名護市における米軍のヘリポート基地建設の是非を問う市民投票に関する条例」を制定させた。
- 住民投票において、原告らは、積極的に基地受け入れ拒否を貫くべく活動し、過半数の市民の意思をもって、基地受け入れ拒否の結果を得たのである。
- 投票の結果、原告らは、名護市に在住する者として、異常な騒音被害を巻き起こし、市街地への墜落事故との隣り合わせの生活を強いられる事を拒否し、平和で静謐な生活を継続的に送ることのできる権利を保有したのである。
当時の内閣総理大臣橋本は、地元の意思に反してヘリポート基地を押しつけないと明言してたが、防衛施設局職員を大量に動員し、振興策をちらつかせて投票結果に不当な圧力を加えたのは、地元意思に反する基地押しつけが困難であり、住民投票に圧力を加え基地建設反対の意思表示を少数に押しとどめようとしたものである。
- 投票結果は基地建設反対が投票総数の過半数をこえ、名護市および名護市民の意思としてヘリポート受け入れを拒否する意思が明確となり、原告らが推進したヘリポート基地建設反対の思想、ヘリポート基地を受け入れない平穏で平和な生活を実現するという、生存権、平和的生存権が確保されたのである。
- 原告らの有する、ヘリポート基地を受け入れず平穏で平和な市民生活を確保するという思想信条、平穏で平和な生活を保障されるという、生存権、平和的生存権は、市民投票の結果、単なる内心の自由、憲法上の権利に止まらず、投票の結果、具体的に享受しうる権利として具体化していたのである。
四 地方自治体における、基本的人権の実現と保障。
- 憲法九四条は、地方自治体に自治立法権を認めており、条例制定権は、自治権の一内容をなすものとして、憲法上保障を受けるものである。
- 地方自治体は憲法の保障する人権を地方自治の場にそくして、実現するためにも自治立法権を行使して、条例を制定することができる。
人間として、生きるため憲法の保障する基本的人権を具体的地域生活において実現するための諸条件の整備を、市民の直接の生活の場である地方公共団体が、自らの自治立法権を行使して行うのである。
- 憲法上の基本的人権の保障と地方自治体の自治立法による具体化は、平和のうちに生存する権利、平和的生存権についても同様のことが言える。
平和主義の明確化を条例において実現する例は、すでに様々な地方公共団体で実現されている。
例えば、非核都市宣言は、当該都市への核兵器の貯蔵、配備の拒否等により、憲法の保障する平和的生存権を地方自治体レベルで保障しようとするもので、
さらに、神戸市の「核兵器積載艦船の神戸港拒否に関する決議」に基づく措置は、港湾法に基づく神戸市港湾施設条例により提出を求める書類に非核証明を求めている。(山下健次、小林武共著自治体憲法 学陽書房参照)
- 本条例は、ヘリポート基地を受け入れるか否か。憲法上保障される平和で平穏に生活する権利を如何なる形態で実現するのかを市民自らの投票行動によって示された意思に基づいて実現しようとするものであり、平和的生存権の保障の具体化である。
又、地方自治体の意思形成の手法として、市民の直接投票によって形成された意思に従うというものであり、地方自治の基本である住民自治の具体化である。
- 原告らは、地方自治体の自治立法権に基づいて制定された条例に基づいて行われた住民投票の結果、抽象的平和的生存権に止まらず、ヘリポート基地建設を拒否し平和に且つ平穏に生活するという、より具体的権利として保障されたのである。
五 原告らの侵害された権利
- 原告らは、ヘリポート基地建設に反対し、平和で平穏な生活を実現し、新たな基地被害を拒否するとの思想信条に基づき、名護市の意思形成を民主的手法で実現するための手段として、「名護市における米軍のヘリポート基地建設の是非を問う市民投票に関する条例」を住民の直接請求で実現するため、条例制定活動を積極的に行い、市民投票においても、基地建設反対の民意の形成のため積極的に行動した。
その結果として、原告らの思想信条は、市民投票の過半数をこえ、名護市の意思として形成された。
- また、ヘリポート基地を拒否するとの意思形成により、基地被害を受忍せず、平和で平穏な生活を確保する具体的権利を享受したのである。
- ところが被告比嘉は、民意に反して基地受け入れを表明したため、投票行動の結果として具体的に保障された右権利が不当に侵害されたものである。
第三 住民投票の結果の拘束力と被告比嘉の行為の違法性。
一 市長は、地方公共団体の執行機関であり、立法機関である議会の制定した条例に拘束されるのは、当然である。
二 仮に、投票結果に関する拘束力について、議論があるとしても、名護市におけるヘリポート建設の是非を問う市民投票に関する条例(以下「本条例」と言う。)は、第三条の二において、次の通り規定している。
2 市長は、ヘリポート基地の建設予定地内外の市有地の売却使用、賃貸その他ヘリポート基地の建設に関係する事務の執行に当たり、地方自治の本旨に基づき市民投票における有効投票の賛否いずれか過半数の意思を尊重するものとする。
としている。
同条項は、ヘリポート基地建設に関する具体的行為に関して投票結果の意思を尊重する事を市長に義務づけている。
三 投票結果形成された意思を尊重するとは、これに反する行為を行わない事を意味することは、文理解釈としても当然である。条文は、建設に向けての主要な具体的行為を示しているが、これらの行為は、限定列挙ではなく、例示列挙であり、ヘリポート建設に関連する行為を例示的に示したものであると解する。
四 被告比嘉の行為は、ヘリポート基地建設を受入表明したもので、今後行われる可能性のあるヘリポート基地建設に伴う事務処理を全て受け入れるとの表明であって、右条項に反することは明らかである。
五 住民投票の結果が行政機関の判断を拘束するか否かについて議論はあるとしても、執行機関である市長は、条例の規定に拘束されるのであって、本条例に明記された通り、本条例の実施に伴う投票の結果についても拘束されるのは当然である。
市長の基地受け入れ発言は、単なる政治的発言に止まらず、ヘリポート基地建設を受け入れ、その後必要とされる地方公共団体レベルにおいて行うべき行為あるいは、行うことになるであろう行為に関して、包括的にその容認を表明したものであって、単なる政治的意見に止まらず、行政機関としての行為と評価されるべき行為である。
六 従って被告比嘉の市長としての発言行為は、本票条例三条の2の規定に明らかに反する行為として違法であるというべきである。
出典:三宅俊司法律事務所
第2回口頭弁論は、6月30日(火)午前11時30分、那覇地裁
[海上ヘリ基地建設計画][沖縄・一坪反戦地主会 関東ブロック]