Political Criminology - Autopoiesis and Law

II 自己言及：論理学の立場

　自己言及性は、まず論理学および数学の証明論の分野で問題となった。そこでは論理パラドックスをめぐって、公理系の存在証明が争われた。

ラッセルのパラドックスと悪循環原理

　ラッセルはフレーゲの数学基礎論を検討する中で、自己言及のパラドックスの問題を取り上げ、これを一般的に禁止したといわれる。これには①述語論理バージョンと②集合論バージョンとがある。ラッセルは両者を同種のものとみなしていた。ともに否定的自己言及が含まれているからである。

(1)　ωを「それ自身について述語づけられない述語である」という述語であるとします。そのとき、ωはそれ自身について述語づけられるでしょうか。いずれの答えからもその反対が帰結します。それゆえ、ωは述語ではないと結論せざるを得ません。

(2)　同様に、自分自身を要素としてもたないような集合を考えるならば、そのような集合の（総体としての）集合もまた、存在いたしません。このことから私は、定義可能な集合が、ある場合には一つの総体を形成しないと結論いたします。
（ラッセルからフレーゲへの手紙：1902）

　ωという述語は自分自身については述べることができない。にもかかわらず「ωは自分自身について述べることができない」という言い方はω自身について述べている。よってωは述語としては存在し得ない。この立論は、古くから「嘘つきのパラドックス」と呼ばれてきたもので、真偽の確定は証明できない。これを意味論的パラドックスと呼んで数学的証明から排除する見解がある。このパラドックスでは真理が問題になっているからである。

　一方、集合論バージョンは次のように説明できる。人間の集合は「集合」であって「人間」でないから自分自身を要素として持っていない。だが、「人間でないものの集合」は、「人間でない」から「人間でないものの集合」の要素となる「自分自身を要素とする集合」である。では「自分自身を要素としてもたない集合」の集合（総体集合）はどうか。この総体集合が、もし「自分自身を要素としてもたない集合」であるとすると、「自分自身を要素としてもたない集合」としてその要素となってしまう。一方、もし「自分自身を要素とする集合」であるとすると、集合の構成要素とならないから「自分自身を要素としない集合」となってしまう。集合論バージョンは、その後、特に証明論の分野で多くの議論を引き起こした。

　集合は、常にその要素に対応している。一見パラドックスかと感じられる「6でありかつ6でないものの集合」も、「空」という要素が対応する空集合であり、やはり集合であることにかわりはない。だがラッセルの集合論パラドックスは、対応する要素自体に関連するパラドックスであり、証明不能である。述語論理バージョンが自己言及する述語の真理の問題であったのに対して、集合論バージョンは集合の要素の自己言及によって、その集合の証明可能性が崩れ、集合の存在自体が否定されてしまう。これは数学の公理系にとって、重大な危機である。

　ラッセルは上記両パラドックスを回避するために、「悪循環原理」を発表し、「いかなる全体も、その全体自身によってのみ定義可能な要素を含むことはできない」（セインズベリ1988の編集にもとづく：原意はプリンキピア・マテマティカより）と規定した。また階型理論と呼ばれるヒエラルキー論を展開し、述語論理バージョンに登場する「ωはωである」の二つのωを、それぞれ階の異なる概念として区別した。ラッセルのパラドックスは回避されたように思われたが、この悪循環原理そのものが疑い得る原理であることや、これによって数学論での公理系の根拠づけが解決したわけではないことなどから、次のゲーデルの登場を待つことになる。

ゲーデルの不完全性定理

　ゲーデルは、まず1930年に述語論理中の無矛盾性と完全性（全ての正しい定理が証明可能であること）を定理として証明し、次いで翌年「不完全性定理」を「プリンキピア・マテマティカやその関連体系での形式的に決定不可能な命題について」（1931）において発表した。

ゲーデルの第1不完全性定理
公理系Pが無矛盾ならば、Aも¬Aも公理系Pにおいては証明できないようなPの閉じた式Aが存在する。（野矢：1994の解説より）

ゲーデルの第2不完全性定理
定理XI　公理系Pの無矛盾性はPが無矛盾であるかぎりPでは証明可能でない。

　この不完全性定理の登場によって、証明論は完全にその根拠を失うにいたった。数学の公理系にかぎらず、無矛盾性をもつ体系は、自己の内部での証明による根拠づけが不可能なのである。この不完全性定理を反対解釈すれば「矛盾をもつ体系は自己自身の中で証明可能である」ということになるが、矛盾をもつ体系の存在を許すことは、体系そのものの意味を失わせる（すべての論理式が定理となってしまう）。

　ゲーデルの定理が与えた影響は、数学、論理学の分野にとどまらなかった。体系を相手にするあらゆる学問は、この定理の発表によって自己を証明する根拠を失ったのである。自己の体系内での無矛盾性の追求を放棄し、自己の体系を他の上位体系の部分とすることでこの解決を図ることもできるが、すぐに明らかになるように、上位体系もまた自己の内部における存在証明をすることができないため、体系化という作業そのものがストップしてしまうことになる。システム論も、要素間の関係性に着目してホメオスタシスによる平衡系を追求するかぎりは、この不完全性定理の影響によって瓦解せざるをえない。

戻る | 次へ

Home | Profile | Mail | PGP

「オートポイエーシス論」の法学分野への応用

書評：エドワード・サイード「オリエンタリズム」