基調講演 市民とNPOが築く成熟した市民社会とは |
村 田 「市民とNPOが築く成熟した市民社会とは」と題しまして、基調講演をNPO推進フォーラム代表の山岸秀雄さんに行っていただきます。山岸さん、お願いいたします。(拍手)
山 岸
皆さんこんにちは。山岸です。私は、埼玉県の三郷に住んでおります。三郷では、街づくりネットワークという活動をしています。一方で、「NPO推進フォーラム」という組織を、さまざまな市民活動や市民事業をサポートするために、93年に作りました。
私は、10年前から、日本にNPOを普及しようと活動してきましたが、今日は自分が住んでいる埼玉県の、このような大きな大会で話すことができることを非常にうれしく思っております。
「いまどういう動きの中で、このNPOというものがとりあげられているか」「NPO法──市民活動促進法とはいったいどういうものなのか」「なぜいま日本でNPOが注目されるようになっているか」について、少しお話ししたいと思います。
いまの社会の動きを見ますと、大蔵省、金融機関、大企業──さまざまなところで、日本の腐敗した状況が告発されたり、企業の倒産が続いています。こうした状況については「政府の失敗」「市場の失敗」という言い方をされています。これらの問題を解決するために、行政、政府をどう建て直していくかということが、政府にとっても、大きな課題となっています。もちろん、埼玉県をはじめとする自治体においても、大きな課題となっています。
「市場の失敗」という面では、バブル経済がはじけて、山一証券をはじめとする多数の企業が経営困難に陥っているという状況として現れています。いまの経済の崩壊状態は、まだまだ序の口で、山一証券の倒産のようなことは、これからまだまだ続くと私は考えています。
NPOという視点から考えますと、いままで政治も経済も、資本主義社会におけるルールが無視されたまま行われてきたのに対して、これをどう改革していくかを、NPOを媒介に考えていこうということであると思います。
これから高齢化社会に向かっていく中で、行政は、市民の本格的な参画なしには、政策そのものが実行できないという段階になっていると思います。福祉をはじめとする高齢化社会への対応は、NPOである市民団体なしに乗り切れることは、あり得ないわけです。環境問題についても、市民の本格的な参画があり、NPOという強固な組織があって、初めて乗り切れるということが、共通の認識になっています。
これまで社会の決定力として大きな力を持っていた行政や企業だけでなく、市民という領域をもっと大きくしていこう、そして市民、行政、企業という3つのセクターのバランスをとりながら、この社会を作っていこうというのが、これからの「成熟した市民社会」に向かう日本のあり方ではないかということです。言葉を換えれば、日本が経済一辺倒の非常に偏った社会を作ってきたのから転換をせまられている現時点で、NPOが注目され始めてきたということだと思います。
その3つめの市民セクター、市民の領域を大きくする道具がNPO法である。この法律を使って市民の領域を拡大していこうということです。
NPOが注目されてきた流れを説明します。私たちのグループは10年前からこうした活動をしてきましたが、大きな転換点は阪神・淡路大震災でした。
阪神・淡路大震災のときにボランティアがたくさん現地に赴きました。ボランティアというものがどういうものであるかが、このときに大きく国民の間に認識されたと思います。
これをきっかけに、国会では、ボランティアの活動を促進する法律を作ろうということになり、検討が始まったわけです。そのときに多くの市民団体が、「『ボランティア促進法』ではなくて、『ボランティア活動を含んださまざまな市民活動、市民事業を含んだNPO法』を作るんだ」というふうに主張したことで、NPO法という市民活動全体の促進を図る法律を議員立法で作ろうという流れになっていきました。おそらく阪神・淡路大震災がなかったならば、NPOがこれほどに注目されることはなかったと思います。
そもそもNPOというのはいったいどういうものを言うのかについて、お話ししたいと思います。
NPOというのは、アメリカの市民団体、市民活動をモデルにしてきたものです。NPOは、英語で言うとNon-Profit Organization──Non-Profitですから非営利、営利を目的としないOrganization、組織──「民間非営利組織」と言っていますが、「営利を目的としない団体」です。これは日本では、なじみにくい言葉であり、概念です。
アメリカの社会はボランティア社会であると言われます。さまざまなボランティア活動、成人1人あたり1週間に4時間のボランティア活動とかが各層で行われているわけです。
実は、ボランティア活動というのは、核になっている組織があって、初めて活性化できるという面があります。NPOという組織体──市民活動の経営体みたいなものがあって、初めて継続的なボランティア活動ができるわけです。阪神・淡路大震災のときに、ボランティア活動に駆けつけた人びとが多かったにもかかわらず、うまく機能できなかったのは、そうした市民団体が日本にはまだ少なかったというだと思います。
アメリカでは、どういうジャンルの、どういう範囲の活動をNPOと言うのかといえば、保健、医療、福祉、社会教育、子どもの育成、文化、芸術、人権、平和──さまざまな領域の非常に広範な市民活動、市民団体を指す概念です。
アメリカのNPOの団体は100万団体を超えると言われています。ここで働いている有給の職員だけで900万人を超えると言われます。公務員の数より多い人間がNPOで働いて、市民運動、市民活動、非営利事業に従事しているわけです。全米の労働者の約6.8%がNPOで働いているということになります。
ですから、先回りして申しあげますと、NPO組織ができてNPOで働く人がふえますと、雇用の拡大につながっていくという大きな社会的、経済的な効果もあるわけです。
ハイテクについて興味ある方はご存じだと思うんですが、シリコンバレーというところでスマートバレー公社という「民間市民事業」がありますが、これはNPOなんですね。情報産業を支える活動をしていますが、アメリカの世界一の情報産業を育てたのはNPOです。アメリカの情報産業はNPO抜きにあり得ないのです。そういうふうに経済セクターにまで大きな力を持っているのがアメリカのNPOです。
では、NPOはどういう法制度のもとに作られているかというと、「法人格を持っている」ということと、「税制優遇がされている」ということです。寄付金とか遺産とかが市民団体に寄附されたときに、税制の優遇がされるということです。ですから法律は法人格取得と税制優遇の二本柱で成り立っています。いま日本で審議されているNPO法は、法人格を取るだけの法律です。まずこれが第一段階で、これからなるべく早急に税制優遇までいくべきだというふうに考えています。
アメリカのNPOの特徴は、自分たちでかせいで、自立して市民活動を運営していくということだと思います。いわゆる事業収入が、全体の活動費の約51%──半分以上は自らかせぐというのが平均的です。寄付金が18%、政府の助成金が31%です。
NPOの定義というと少し堅苦しいですが、私たちNPO推進フォーラムは、「市民のボランティアや個人、企業の寄附、助成財団の助成金、行政の補助金などの資金を広く活用しながら、組織として活動し、公益的なサービスを提供する独立・非営利の民間事業体」と定義しています。
「公益的なサービスを提供する非営利の民間事業体」ですので、「事業体」として動いていくということが基本になったうえに、運動とか活動という要素を大きく抱えながら動いていくのがNPOのかたちになるんではないかと思います。
なかなかイメージがはっきりしないかもしれませんが、アメリカでは、エイズの問題とかセクシャルハラスメントの問題とか銀行の少数民族の人たちへの融資が問題になるときには、告発したり、運営したり、提言したり、世論を誘導していく組織がだいたいその背景にあります。これからアメリカのニュースを見るときに、テレビで「ボランティア団体」という表現があったら、これはNPO組織だと考えていいと思います。
NPOの特徴的なことの一つは「公共サービスを提供すること」と考えられています。いままで「公共」という概念は、行政がすべてやっていくということになっていましたけれども、これを市民自身も担っていくということです。これは、大きな転換になると思います。「行財政改革」「地方分権」というときに、この要の仕事をNPOが分担していく、責任ももっていく──つまり公共サービスをやっていくということになるわけです。
「事業性」という面では、自己実現を図りながら、新しい働き方の場を作っていくことが可能になっていきます。
多様性に対応できるということも重要な要素です。いままでの日本の政府や行政のあり方では、少数意見、弱い立場の人を守るという立場に立つことが、なかなかできにくいというところがあります。アメリカでも同じことがありますが、「弱者」と言われる人や、マイノリティの人たちを支えていく実際上の受け皿がNPOということになっています。
アメリカでは、多数の民族、人種が混在して住んでいますから、行政が一辺倒の政策をしていくよりも、NPOに補助金とか助成金を出して支えていくほうが、社会問題の解決につながりますし、小さな政府に向かっていく面でも効率がいいということがはっきりしています。
社会問題を解決しようというときの選択としては、一つは税金を払って政府、行政にゆだねるという方法がある。もう一つは、NPOに直接寄附をする、あるいは自分たちが役員となって入っていく、あるいは労力を提供するというようなかたちがあるということです。そういうもう一つの解決の道を自分たちが持っているということが、アメリカの社会が活性化している原因じゃないかと思います。
日本の企業や行政の方は、市民団体が訪ねていくと「皆さんのような市民団体の方は」というふうに、自分たちとは違う人たちというような言い方をすることが多いですね。アメリカでは高級官僚とか大企業の社長とか会長という人も、NPOの理事を2つか3つはやっています。必ずボランティアもやっています。ですから、市民団体の人といっても、それは自分たちの仲間の延長なわけです。
社会的な活動をする市民層というのが、膨大な数で現れてこないと、社会全体はなかなか変わらないと思いますが、市民団体だけが変わるのではなくて、行政にいる人も企業にいる人も、大きく自己変革をとげる必要があるという自覚をもって、お互いが手を結び合いながら、これからの社会の問題を解決していくということじゃないかと思います。
いままで、「行政と市民」「企業と市民」はいろいろなところで対立してきました。これからも大事なところでは対立ということもありますし、糾弾するということもあると思います、しかし一方で、共通の価値観とか目標が合意できるところでは協力関係を結んでいく、あるいは互いに違いを越えて手を結ぶ──どういうふうに協力関係を作っていったらいいかという知恵を出しあうことが、これからの行き方になっていくんじゃないかと思います。
NPOの活動の特徴としては、「アドボカシー」という言葉がありますが、市民の運動が「提言型」に変化していく必要があると思います。行政に具体的な提言書を提出する。一方で、その提言を市民に呼びかけて世論を形成していくことで全体を変えていく──アメリカではそういう機能をもっていくのがNPOの活動の一つのかたちです。
こうして、アメリカの市民運動は大きく転換をとげてきたわけですが、いま日本の社会でも、基本的なところで、180度の転換が行われなければならないと思います。いままで行政は、市民団体とか市民運動とか市民事業に対して理解がなく、「いかがわしい団体だ」という認識があったと思いますが、これからは、「いっしょに責任をもって社会を作っていくセクター」というふうに認識を変えてもらわなくてはならない。「社会が育てる市民運動、市民活動、NPO」という認識がこれから必要なのではないかと思います。
また、単に理念的なだけでなくて、具体的な道具として法律を作ったり、NPOを支援する、みんなでNPOを支えるシステムを作ったりということが、いまちょうどテーマとしてあがってきた段階だと思います。
市民セクター自身も、この10年で大きく変化してきたと思います。
ネットワーキングという言葉がはやりだしたのは約10年前です。これは、縦型社会を横型にしていこう、横型に連帯して社会を変えていこうということで、この言葉は市民運動、市民活動を超えて行政や企業の中でも日本語として定着していると思います。もともとは、アメリカのNPOの中で、「いかにしてお互いに協力関係を結ぶか」という論議の中で出てきた言葉です。今後、組織と組織が、違いを越えてどういうふうに手を結ぶかということが大きな課題になっていくと思います。
もう一つは、いままで要求獲得型だとか批判一辺倒でやってきた市民の活動が、提言型の運動になってきたということです。これは、静かだけれど大きな変化だと思います。提言能力をもっていくということは、個人でも団体でも大きな成長と言えるでしょうが、日本の市民の活動もたいへんな試練を乗り越えながら、次第に提言型になってきたということが言えると思います。
もう一つ、自ら事業をやっていく、非営利の市民事業が各地でいま発展しています。私は6年前に「市民が作る地域福祉」という本を出して、関東全域で調査しました。そのとき、市民の手による「福祉NPO」がだいたい30ぐらいだったと思いますが、いまは300か400くらいは優にあると思います。「サービス料」「提供料」を取りながらやっていくという、自立型の福祉NPOというものが出てきたということが、この10年間の大きな変化じゃないかと思います。
こうしたNPOが、社会でどういうふうに支えられるか、支えるべきかという面でも、社会の動きが変わってきています。一つは制度の問題、もう一つは社会的な支援システムの問題。さらにもう一つは、市民自身が作る支援システムのことです。
一つめの制度的なNPOを支えるシステムというのはNPO法です。日本の法律の中では市民という概念がなかったので、市民とはいったい何かという、その定義の問題からずいぶん国会内で討論がありました。市民ということで、もう壁にぶつかるわけですから、市民活動とはいったい何を指すのか、どういうことをいうのかということが大きな壁になってきた。
それから、NPO法では、法人格の認可を「認証」と言いますが、これを各都道府県知事がやることになっています。そして、2つ以上の都道府県に事務所を置くところは経済企画庁長官がやることになっています。
これは、NPOの法人を取りたいという申請書を出して、いろいろな手続きを経て、「4か月以内に認証するか、不認証するかということを県知事は答えなければならない」ということになっています。4か月以内で認証、不認証が出ない場合には当然訴訟ということになる。いままでだと、書類を置いたままにしたり、書類が不備だからとかいうことで延々と延ばされることもありましたが、4か月以内にやるということが法律の大きな特徴です。
社会的な支援システムについては、ずいぶん急な動きがあります。神奈川県では、「かながわ県民活動サポートセンター」というのを、2年前に横浜の駅から3分くらいのところに作っています。ビルの6つのフロアが、NPOをサポートするセンターとなっています。延べ面積だけで1000坪になります。東京都では、1998年にできるということになっております。埼玉県では、私も委員になっているんですが、いまの研究討議を経て99年に作るということになっています。もちろんサポートセンターという箱を作るだけでなくて、「どのようにして市民活動を支援するか」ということが同時に討議されていくわけです。
行政も、いままでどちらかというといかがわしいとしてきた市民団体の概念を変えて、対等につき合って、しかも社会的有用性に対して税金を使ってまで支援するというところまで変わろうとしています。
われわれも大きな時代の変化に応じながら、われわれ自身の活動を活発化していくということが、いま緊急の課題になっています。
全国の100大学を超えるところで、市民活動、NPO、ボランティアについての授業が始まっています。このためのシステムをいま開発しておりますが、100大学以上で始まっております。そういうところでも人材育成が実現されていくと思います。
市民自身のサポートシステムはどういうふうにできているかといいますと、たとえば私の場合には、NPO推進フォーラムが呼びかけて、全国にサポートセンターを作っています。いま各都道府県には15ほどあります。全国で、北海道から九州に至るまでサポートセンターが続々とできております。たぶん98年中には、全国の半分ぐらいの地域にサポートセンターができあがっていくと思います。
さらに、そのサポートセンターの機能を強化していく。行政や企業のセクターとも対等に話し合っていけるような場を作っていく。人材育成もここでやる、相談事業もやっていくというようなことになろうかと思います。
大事なことは、行政や企業からのサポートを受けようとするときには、行政や企業に情報公開を迫るだけではなくて、市民団体も自ら自分たちの情報も公開していく、開示していく、説明していく、透明に見せていくということです。これがあって、初めて社会的なサポートをしよう、支援しようということになるわけで、これがなくて市民団体がサポートされるわけがないし、またすべきでもないと思います。
市民団体もさまざまなことが問われてきます。その意味では、3つのセクターそれぞれが試練に立たされていくということです。こうしたことを経て、自分たちが抱えているさまざまな地域の問題を解決していく。それが、いまの社会のシステム全体を変えていくことにつながっていくのだと思います。
今日は、ほんとうに多くの人びとにお集まりいただいて、私もとても感激しております。こういう熱気と力を結集しながら、市民セクターはNPOを作り、NPOサポートセンターの担い手になっていく。行政や企業とも、新しい社会を作っていくために、ともにネットワークと、協力関係を作っていくようにしていきたいと思っています。
午後の討論の中でもそうしたことが話されることを期待して私の話を終わります。どうもありがとうございました。