[2]公害輸出


1.レア・アース −ARE事件−


「レア・アース」とは

 「レア・アース(希土類元素)」とは、上の元素の周期表の中で、ランタン族15元素にイットリウム(Y)とスカンジウム(Sc)を加えた17種類の元素の総称です。1986年にこれを使った高温超伝導体の発見で脚光を浴びるようになりましたが、現在ではライターの発火石、ブラウン管の発光体、蛍光灯の蛍光体、自動車の排気ガス用触媒、レンズの性能向上のための添加物、そして小型で強力な永久磁石の材料として、広く工業用に使用されています。原産国は偏在しており、中国、オーストラリア、アメリカなどが主な生産国です。そして、日本においては、中国・アメリカからの輸入が主でしたが、近年マレーシアからの輸入量が急増しています。

 1965〜74年は冶金用、75〜84年は石油分解用の触媒、そして85年以降は新素材原料として、ハイテク分野に欠かせない金属材料となっています。このため、日本向けの「レア・アース」の生産をする目的で、マレーシアで操業を始めたある工場で、1つの事件が発生しました。

事件の発端

 このレア・アースの製造工場は、マレーシア北西部・イポー市郊外の小村、ブキメラ村に建てられました。ここに住む一万人程の住民のほとんどは中国系です。この工場をもつARE(エイシアン・レア・アース)社は1980年に設立された合弁会社で、三菱化成が資本の35%を出資し、経営・技術をとりしきっています。マレーシア政府が積極的に誘致したもので、土地を提供し、当分の間税金なしという特別待遇を与えました。ここで同国やオーストラリア産のモナザイト鉱からイットリウムなど希土類金属を抽出するのですが、その工程で天然放射性物質のトリウムが7%〜14%に濃縮され、放射性廃棄物として出てきます。トリウムは、ウランやプルトニウムと同じように核原料・核燃料物質として厳重に扱わねばならない危険なものです。しかし、トリウム用の貯蔵所が完成しないままに1982年、操業を開始しました。83年になって同社が貯蔵所建設工事を始めようとすると、住民は危険だとして反対運動を展開し、工事は中断、その動きの中でそれまでに出した放射性廃棄物が工場裏に野ざらしに投棄されていたことが判明したのです。

住民への被害

 その投棄場のまわりには囲いも注意書きもなかったので、住民は毎日放射性廃棄物の間近を往来し、子供の遊び場にさえなっていました。さらにすぐ横には川が流れていて、周辺は農地や牛鶏の放し飼い地がありました。84年の市川定夫埼玉大学教授(放射線遺伝学)の現地調査では自然放射線量の平均値に対して投棄場外周で50倍近い測定結果が出ました。このような放射性廃棄物のずさんな管理による村民への健康被害は深刻です。

流産・新生児死亡の増加− 200人妊娠中15例(同国平均の3倍)
血中鉛濃度の増加− 放射性物質の取込を示唆
白血球数の減少/白血病の子供− 3人
ダウン症− 11人 / 脳腫瘍の子供− 1人
先天性障害児(原因不明)− 2人

 さらに数名の白血病の患者が発見されるなど、早急に調査と対策が必要です。

訴訟へ − 住民の闘い

1985年2月 住民、イポー高裁へ提訴->
「操業停止と廃棄物の除去」を命ずる仮処分
1987年2月 ARE「マレーシア原子力委員会より仮操業許可を得た」として操業開始
同9月 住民、イポー高裁へ「操業停止と廃棄物除去」を求める訴訟開始
1992年7月11日 高裁「ARE社の操業は住民の生活、健康を侵害しており、操業は違法」とした上で操業停止、有害放射性廃棄物の除去を命ずる
同7月23日 ARE社、最高裁へ上告
同8月 3日 最高裁、AREの操業再開を認める

(注)現在操業は停止したままですが、12月以降に最高裁判決が出る予定


公害輸出の構図

 三菱化成を含む業界団体、新金属協会の本「レアアース」には『モナザイトは...トリウムおよびウランを含有し...公害問題の対策を十分に考慮せねばならないので、従来年間300〜400トンをマレーシアなどから輸入していたが...昭和47年以降は輸入されていない』『“国際分業”的な考えで中間製品の輸入利用をどしどし採用することが公害防止、資源の有効利用の面から見て望ましい』とあります。(要するに公害発生過程を海外に移転して製品だけを頂こうということです)実際1968年に原子炉等規制法改正により、モナザイト -> レアアース抽出工程は規制対象となり日本での操業は困難になりました。そして1973年、三菱化成はマレーシア進出を企図したのです。しかも住民1万人もの住宅地での操業にあたって、なんらの環境アセスメントも行いませんでした。

日本でも似た例が...

 90年7月岡山県邑久(おく)町で産業廃棄物処分場から高い放射線が検出されました。イルメナイト鉱石(マレーシアやオーストラリア産)から酸化チタンを抽出した後のトリウムを含む放射性廃棄物が処理場に捨てられていたのです。汚泥からは通常の20〜30倍もの放射線が検出されました。現在甘い規制があるのですが、それすらも守られていなかったのです。周辺の住民の被爆が心配され、処分場自体の崩壊や地下水汚染も予想されます。国や県の行政当局は「安全」と主張していますが、今後規制の強化と厳格な適用を急ぐ必要があります。自分にとって都合のよい成分だけを抽出し、それ以外をゴミとして他へ押しつける、という構造がここでも見受けられます。

 

<ストップ! 三菱化成の公害輸出>キャンペーン

 1992年11月、マレーシアよりブキメラ被害住民の診療をおこなってきた医師・看護婦らが招かれ、東京・大阪・名古屋で報告会や集会、マスコミの報道など一連のキャンペーンが展開されました。医師らは住民の健康被害を報告し、ARE社、三菱化成に原状回復・被害補償といった責任をとらせる運動への支援を要請し、それまでの間、医療基金が不可欠であることを訴えました。同キャンペーンは国会議員や労働組合にも働きかけており、日本人である私たちも医療基金への支援とともに、出資企業・三菱化成の責任を追及していくことが必要です。マレーシアからの撤退後も他国へ進出する可能性もあり、監視を強めていかねばならないでしょう。

 

 では次に、古くから日本で、そして最近は海外で引き起こされている公害を、銅を例にして考えてみましょう。

 

2. パサール銅製錬所 −フィリピン・レイテ島−

レイテ島工業団地が成立する背景

 フィリピンは世界有数の銅の産地です。そのフィリピンのレイテ島・イサベル町に1983年、近代的な銅製錬所PASAR (The Philippine Associated Smelting and Refining Corporation) が建設され、操業を開始しました。

 これは日本とフィリピンの合弁企業であり、日本側からは丸紅、住友商事、伊藤忠商事がそれぞれ16%、9.6%、6.4%の出資をし、フィリピン側からは、フィリピン国家開発公社および11の鉱業関連企業団が残りを出資して建設されました。現在パサールは年間13万8、000トンの銅地金を生産していますが、この内の76%の販売権は日本の3商社が所有しています。

 このような近代的な工場の操業のためには、発電所、港湾施設、道路などが不可欠です。パサールでは、これらの建設のために、日本からのODA(政府開発援助)の資金が注ぎ込まれました(トンゴナン地熱発電所に188億円、レイテ工業団地港湾計画に75.6億円、西レイテ道路整備計画に65億円)。しかし現金収入が乏しく、小さなボートしか持たず、車も持たない地元住民にとっては、高過ぎる電気料金や大型タンカー用の港湾施設、舗装道路などは何の意味もありません。この円借款(注1)総額の328.6億円はパサールのために投入されたといっても良いでしょう。

 さらに工業団地の用地は地元住民から詐欺に近い形で収用されています。当時のイサベル町長は、電気を供給するためと言われて白紙にサインさせられ、それを土地収用の承諾として用いられたのです。結局1m2あたり3円という値で強制的に取り上げられ、反対運動に対しては軍が差し向けられ、力で封じ込まれました。

 このパサール建設で、出資した日本企業と、その日本企業(特に丸紅)と強く結びついたマルコス前大統領が莫大な利益をあげ、フィリピンは今なお円借款のための利子を払い続けています。債務が増えたことによってフィリピンの貧困層への政府予算はさらに削られ、貧しい人々はより苦しい生活を強いられました。そして、さらに追い打ちをかけるように地元の人々を苦しめたのが、パサールからの排水による海水汚染および排煙による大気汚染という大規模な公害だったのです。

(注1)一般にODAによる援助の形態には、「贈与」と「円借款」とがある。「贈与」とは無償資金協力および技術協力のことであり、「円借款」とは有償資金協力、すなわち低利で長期間資金を貸し付ける形の援助を指す。

公害の発生

 イサベル地区は豊かな自然に恵まれ、住民たちは海に出て漁をすると同時に、ココナツ、バナナ、米などをとるというゆったりとした生活をしていました。
 ところが現在、周辺のヤシの木は茶色く変色し、マングローブも枯れ果て、海も工場の排水口周辺から赤く濁り煙を上げています。イサベル湾で捕れた魚を食べた住民の間に腹痛、吐き気などの症状が出、皮膚病を訴える人もいます。漁獲量も大幅に減り、奇形の魚が発見されています。

 各工場からは24時間煙が排出されており、植物被害の大きい地域で簡易測定を行った結果、0.04ppm程度の亜硫酸ガスが検出されました。これは四日市公害で喘息の公害病認定患者が出始める頃に相当します。

 また、工場からの排水口周辺の海でPHを測定すると、最小でPH2.8、すなわち酢と同じくらいの強い酸性を示しました。さらに海底に蓄積した汚泥からは、銅、亜鉛、鉛、砒素、カドミウムなどの重金属が高濃度で検出されています。

ずさんな公害防止対策

 さて、ではなぜこのような事態になったのでしょうか。ひとつには、事前に環境アセスメントを全く行わなかったこと、もうひとつは最初から企業が現地の甘い環境基準を採用し、知らぬふりをして公害を垂れ流したことが考えられます。さらに、二倍にもなった円の高騰でパサールが借りた借金の返済額は膨れ上がり、また同じような開発を世界各地の途上国が行ったために供給過剰になり、銅の価格が大幅に下がってしまったことで工場の収支がかなり悪化したので、パサールは地元住民の健康や周辺の環境を犠牲にしてまで、コスト削減をおこなったのです。

 ブキメラ村で放射性廃棄物による公害を起こしたARE社、およびレイテ島で大気汚染・海水汚染を引き起こしたパサールは、ともに日本企業が出資をして多くの権利を握っており、日本の多国籍企業の一種であるといえます。ではこうした多国籍企業がなぜ、海外に広く進出することができ、なおかつ利益をあげることができるのでしょうか。次の章では多国籍企業の進出の背景について、考えてみます。

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1992年11月祭研究発表 「公害輸出と多国籍企業の進出」のページへ