[ベネズエラ憲法改正国民投票]
「敗北」を糧に
――反革命策謀を阻止し新たな前進へ―― |
12月2日に行われたベネズエラ憲法改正国民投票は、大方の予測に反して僅差でチャベス派の敗北に終わり、ほとんど誰もが予想しなかった展開を見せている。反チャベス派は、できるだけ差を縮めた形での敗北を前提に、それを認めず騒乱状態をつくり出すというシナリオを描いていたが、それが崩れて「勝利」をもてあましている。他方、チャベス派にとって大きな打撃となるはずの「敗北」が、かえって革命過程を強化するための糧に転化するという状況が現れつつある。ボリーバル革命のさまざまな弱点、不十分点の見直しや、傲慢、拙速等々の反省が精力的に議論されはじめている。
また、敗北を率直に認めたチャベスに対して、ラテンアメリカ中の多くの方面から賞賛の声が上がり、「チャベスを国際的に孤立させる」という米国や反チャベス派の策謀も失敗した。
日本においても世界においても、ブルジョア・マスメディアの悪意に満ちた報道は、事柄のごく一部のみを極めて偏った観点からしか報じなかった。チャベスが提起した改憲案の詳しい内容は全く報じられなかった。米国の全面的な支援を受けた反対派のあくどいデマ宣伝や策謀、反対派学生を中心とする組織的な暴動挑発活動、さらにはCIAと密通した反革命計画が暴露されたことなどは、一切報じられなかった。その上で、それらに対するチャベスの激しい反撃の言葉だけが、全体の脈絡から切り離されてセンセーショナルに報じられた。事実(その一部のみ)を報じながら虚偽報道を行うというマス・メディアの常套手段を駆使することによって、「常軌を逸した言動をしているチャベス」をきわだたせようとする報道が横行した。それは、まさに暴露されたCIAメモの中に明記されていた「チャベスを国際的に孤立させる」策動の一環であった。
実際に何がどうなっているのか、またそれがどう展開しようとしているのか、「ベネズエラ・アナリシス・コムhttp://www.venezuelanalysis.com/」を中心にフォローした内容を以下に報告する。
なお、全国選挙管理委員会(CNE)が発表した投票結果は次の通りである。チャベス提案の条項(Aブロック)は、賛成約438万票(49.29%)、反対約450万票(50.70%)。議会が付け加えた条項(Bブロック)は、賛成約434万票(48.94%)、反対約452万票(51.05%)。棄権は44%。
民主主義を徹底させ人民権力を強化しようとした改憲案
チャベスが現憲法350ヶ条のうち33ヶ条について改訂を提起したのは、今年の8月15日であった。現憲法は、オリガーキーの支配の下での新自由主義によって国民経済が崩壊状態に陥り大半の国民が貧困にあえぐ状況の中で、1998年の大統領選挙でチャベスが勝利し、圧倒的な国民の支持を得て1999年に制定されたものである。しかしこの段階では、先進諸国の憲法をはるかに上回る内容を多くもちながらも、社会主義的なものではなく、あくまで資本主義を前提としたものであり、その限度内で最大限、人民の諸権利の平等と民主主義の徹底を追求したものであった。
今回のチャベスが提起した改訂の主要な内容は、8年にわたるボリーバル革命の苦闘と前進によって達成されたことを踏まえて、既に達成された諸点を確認し、いっそう前進するために必要な内容を盛り込もうとするものであった。そこには、チャベス自身が繰り返し言明したように、「21世紀の社会主義」へ前進していくための内容が盛り込まれていた。それらは、4つの方面にまとめることができる。
1)新たな人民権力の創出の闘いを憲法に明記し、参加型民主主義をいっそう発展させること。具体的には、地域住民で構成される「地域住民評議会Consejos
Comunales(Communal Councils)」に財政的保証を伴う権力(事柄の決定と実行の権限)の移管を大々的に推し進めることである。これは、官僚制を解体していく闘いの最も重要なものである。
2)人民の諸権利をいっそう拡大し、その平等をさらに徹底させること。単に政治的諸権利だけにとどまらず、生活に直結する経済的諸権利を手厚く保障すること。たとえば、すべての国民への十分な住居の権利の保障、制裁その他で住居を取り上げることの禁止、インフォーマルセクター労働者の社会保障の強化、週労働時間の44時間から36時間への短縮など。また、特にこれまで社会の周縁部分に位置して最も差別され抑圧されてきた人々の諸権利をはっきりと憲法に明記すること。選挙権の18歳以上から16歳以上への引き下げ。
3)国民経済を統制する国家の権限を強化すること、それによって社会主義へ向かって前進する諸条件を確保すること。その主たる内容は、中央銀行の「独立」を廃して国家統制すること、天然資源の国有と国家統制を強化・徹底すること、大土地所有(ラティフンディア)を解体し貧農に土地を分配するのをいっそう容易にする諸条件を整えることである。中央銀行の国家統制は、オリガーキーによる国民経済の支配に終止符を打つ闘いにおいて最重要なものであり、天然資源の国家統制は、主として米国を中心とする多国籍独占体との闘いでの最重要ポイントである。
4)以上の内容を実現していくために、大統領任期を1年延長し再選制限を撤廃すること。
「大統領任期の制限撤廃」は明らかに戦術ミスだった。それ以外の内容は「ボリーバル革命」の前進にとって必要不可欠のものだ。このミスが憲法改正の本来の革命的・進歩的内容をかき消すことにつながり、敵に付け入る隙を与えてしまった。
国民議会で審議されて36箇所の改訂案が付け加えられたが、その最も重要なものとして、「非常時」における「国民の諸権利」の制限がある。これは、反革命活動との闘いの法的根拠・手段を強化することを目的としたもので、特に、現憲法では非常時も含めて報道の自由が無制限に保障されていることが問題となっている。このことによって、2002年4月のクーデターに全面的に加担したテレビ局などが、全く処罰されなかったのである。それらのメディアは、その後も反革命の重要な拠点・手段であり続けている。そういう事態に終止符を打つことを目的として、「非常時」の政府権限を憲法に明記しようとしたのである。だが、この点についても、それが多くの国民と国際的にどう受けとめられるかということについて読み誤ったために、反革命勢力の集中攻撃と攻勢を許す大きな要因となった。
※ 改憲案の詳しい内容については、在米ベネズエラ大使館が作成したチラシがかなりよくまとまっている。「ベネズエラにおける憲法改訂CNSTITUTIONAL
REFORMS IN VENEZUELA」http://venezuelanalysis.com/analysis/2764
※「ベネズエラ・アナリシス・コム」を主催しているグレゴリー・ウイルペルトがインタヴューに応じた映像(英文付き)も大いに参考になる。「The
Real News Network」http://www.therealnews.com/web/index.php?thisepisode=83
「チャベス独裁・終身大統領制」キャンペーンと反チャベス派学生による暴動挑発
米国と結託した反チャベス派は、上記の内容の
4)の点と議会提案の「非常時の権利制限」に焦点を絞り、悪辣なデマ宣伝を含む一大キャンペーンを張った。国際的には、日本でも大々的に報じられたとおり、「常軌を逸したチャベス」が独裁体制を固めようとしているというキャンペーンである。これに対してチャベス派は、いくつもの先進諸国を含む世界の多くの国で再選制限がないことや、毎回選挙の洗礼を受けねばならないこと、大統領罷免国民投票の制度があり、それは2004年に実際に機能したことなどの事実を挙げて反論したが、米国の全面的な支援の下での反対派の圧倒的な情報戦の前にかき消され、「チャベス独裁」のイメージが全世界的に一人歩きした。
ベネズエラ国内では、独裁キャンペーンと並んで、オリガーキーが支配するテレビ局で、私有財産がある日突然没収されるという恐怖を煽る映像が流され続けた。ある商店に突然政府の役人がやってきて、「今日からお前の店は政府のものだ。」と一方的に告げる映像である。しかし、私有財産に関する条項(第115条)は、何ら変更されず、私的所有ではない公的所有財産の明確な分類が付加されただけである。現憲法第115条は、私有財産の権利の保障を明確に述べた上で、重大な公共の利益という公正な理由がある場合に、適切十分な補償を伴って、私有財産が政府によって接収されうると規定している。オリガーキーをはじめとする反革命勢力にとっては、現憲法のこの規定そのものが我慢ならないのであろう。今回の改憲提案を契機に、現憲法の内容をも押し戻そうと意図したのは明らかである。
さらに、子どもが公共のものとして親から無理やり引き離されて連れて行かれるという、かつての反社会主義デマ宣伝を髣髴とさせるようなデマまで流布された。
マスメディアを総動員した「反独裁」キャンペーンやデマ宣伝が精力的に行われた一方で、暴力的な実力行使による不安定化の活動、特に上層階級出身の学生を中心とする反政府デモと暴動が組織的に行われた。チャベス政権になってから高等教育に進むことができるようになった下層出身の学生たちは、チャベス支持のデモや集会で反撃し、大学が激しい闘いの場のひとつとなった。
暴露されたCIAの「Tenaza作戦」機密メモ
――チャベスを国際的に孤立させ、不正選挙キャンペーンと街頭破壊活動により騒乱状態をつくり出し、米国が軍事介入する――
ベネズエラ政府は、11月20日付けのCIA機密メモを入手したと、11月26日に発表し、その内容を公表した。この機密メモは、在ベネズエラ米国大使館員の資格でカラカスに駐在しているCIA要員マイケル・ミドルトン・スティーアから、ワシントンのCIA長官マイケル・ヘイデンに宛てたもので、「Tenaza作戦」の「最終段階の推進」について言及されていた。(Tenazaとは、ペンチやプライヤーを意味するスペイン語で、軍事作戦としての挟撃作戦の意味もある。)
そこには、賛成57%ぐらいでチャベス派が勝利する予想のもとに、2方向の妨害作戦戦略が記されていた。一方で「ノー」の投票を呼びかけながら、他方で投票結果は認めないというものである。にせの世論調査を流す、選挙管理員への攻撃を行うことで選挙妨害や混乱を引き起こす、不正選挙キャンペーンを展開する、等々。その行き着く先は軍事クーデターである。その詳細は、次のようなものである。
−−投票日までに逆転することはできない情勢だが、ここ数ヶ月で800万ドル以上の資金を投入したプロパガンダが成功している。投票日へ向けての最終段階の活動として、街頭での暴力的抗議行動を行い国民の間での分裂を煽る。統治不能状態をいたるところで現出する。国民の重要な部分で全般的な蜂起を引き起こす。反対派投票者に、投票をしてそのまま投票所にとどまり、煽動活動を行なって投票所を「内破する」よう促す。投票日の午後の早い時間から「ノー」が上回っているという情報を流し始める(選挙法の規定にはっきり違反している行為だが)。ラベル&グロボビジョンと国際報道機関がこれに協力する。「ノー」が確かに勝利したという世論をつくり出す。そのためにCIAと契約している調査会社を利用する。全国選挙管理委員会(CNE)を批判し信用をおとしめる。不正選挙というセンセーションを巻き起こす。元軍高官とクーデター要員が、カラカスの米国大使館に駐在する軍人と協働する。チャベスを国際社会から孤立させる。反対派の動員と煽動活動を支援するための軍事行動を実施する。クラカオとコロンビアの米軍基地の作戦準備を完了させる。国家警備隊その他の内部からの反乱を促進する。等々。
※ 暴露されたCIAメモについては、「CIAの機密作戦(プライアー作戦)が暴露された」(http://www.venezuelanalysis.com/analysis/2914)、及び「CIAがスポンサーになったクーデターがまたひとつ」(http://www.globalresearch.ca/index.php?context=va&aid=7470)参照。
「敗北」を糧にいっそう前進しようとしているボリーバル革命
チャベス派のリーダーたちの間で、敗因についての議論が即刻開始されている。そこにおける主要な観点は、反対派のあくどいウソと中傷にもとづくデマ宣伝もさることながら、主たる敗因をそれに求めるのではなく、自分たちの活動の不十分さ、未熟さ、等々に見出し、それを改善していくことによって、この敗北を勝利に転化させようというものである。今回の闘いの中で、「21世紀の社会主義」へ向かって進むことに恐れをなした「穏健派チャビスタ」が反対派に寝返った。社会民主主義政党のPODEMOSと、前国防相のバドゥエル元将軍である。しかし、主たる敗因をそれらの裏切りに求めるということもしていない。もちろん、否定的な評価ばかりが前に出ているわけではない。50%に近い人々、430万人もの人々が、チャベスの提唱する「21世紀の社会主義」へ向かって進むことに賛成したことを、画期的なこととして高く評価している。
主たる敗因が、何といっても約300万人のチャベス支持者の棄権にあるというのは、大方の一致した意見である。では、その棄権の原因は何か。それは、反対派のプロパガンダによって多くの人々に恐怖心と猜疑心がうえつけられたことに対して、首尾よく反撃し説得と納得を達成することができなかったことにある。新たに結成された「ベネズエラ社会主義統一党PSUV」の再組織の必要も議論されている。約600万人が党員として登録されたのに430万票しか賛成票がなかったということが深刻に受けとめられ、拙速な結党過程への反省が生じている。また、本当に革命に献身しようとする人々を政府諸機関の部署につけているかどうかを再点検する必要が語られている。これまでにも、いわば“勝ち馬に乗る”形で革命勢力の隊列内に加わってきた人々が多くいるということが一部で議論されてきたが(「赤シャツを着た反革命」)、それがひとつの大きな論点として議論されているのである。さらに、チャベスという一個人に過度に依存しているという現状をどう克服していくかということも議論されている。
「21世紀の社会主義」の内容についての討論が不十分だったという反省もなされている。社会主義国家とは何か、社会主義経済とは何か、社会主義的民主主義とは何か、20世紀の社会主義とはどう違うのか、等々。これらは、にわかには解答が与えられない問題である。そこには、ソ連社会主義の失敗と崩壊という歴史的現実の深刻な影響が作用していることが痛切に感じられる。
今回の敗北をめぐる議論は、まだ開始されたばかりである。これまでにも既に「ボリーバル革命」の弱点、不十分点、欠陥等についての議論は行なわれてきたが、今回の「敗北」を契機として、それがよりいっそう真剣なものとして全体の議論になろうとしている。合言葉は、「敗北」を糧に、「敗北」を勝利に、である。
※「レファレンダム後のベネズエラ」http://www.venezuelanalysis.com/analysis/2952
※「チャベス派リーダーたちがレファレンダムの敗北要因を検証する」
http://www.venezuelanalysis.com/news/2969
※「敗北を勝利に:ベネズエラにとって次に必要なものは何か」
http://www.venezuelanalysis.com/analysis/2989
2007年12月22日
アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局
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