有事法制:討論と報告
有事法制の危険性とデタラメ
(第6号 2002/05/20)
[医療から見た有事法制]
平時から戦時医療訓練が常態化する危険
有事法制は真っ先に医療従事者を動員する


                           阪南中央病院労働組合 書記長 三宅伸一


 有事法制が出来れば、「平時」から有事に備えた病院づくり、有事に備えた医療体制づくりが至る所で進み始めることは確実です。政府や自衛隊にとっては、医療という分野自体が「有事」=戦争体制の重要な柱の一つであり、医療従事者は真っ先に戦争体制づくりに駆り出されることになります。ここ数年、防災訓練や災害医療訓練の名の下に、有事法制を先取りするような、あるいはその素地を準備するような危険な動きが各地で強まっています。有事法制は、戦時医療を想定した医療訓練や体制づくりを加速化させ、医療従事者が日頃から有事=戦争に備えることを強要される危険性を高めます。

ビッグレスキューでのトリアージ訓練


有事法制を先取りして戦時医療訓練の準備が始まっている

 有事法制の先取りとして、また医療における戦争体制づくりという点で画期をなしているのは、2000年、2001年と東京で行われたビッグレスキューでした。そこで何が行われたのか、どのような訓練が行われたのかを知ることは、医療現場から有事法制を考えるとき決定的に重要な意味を持っています。ビッグレスキューが防災訓練を名目にした治安軍事訓練であったことは周知の事実ですが、同時に自衛隊が主導する戦時医療訓練の準備としての性格を持つものものであったことを指摘しないわけにはいきません。都内各地区の医師会、歯科医師会、薬剤師会をはじめ、都病院協会やいくつかの大学病院、さらに各地域の自主防災組織、消防団、救援ボランティア団体などが全面的に参加・協力し、多数の医師、看護婦、医療関係者が訓練に動員されました。都看護学生も患者役として駆り出されました。そこでは自衛隊の指揮下で患者搬送訓練や「トリアージ」という患者選別訓練がはじめて本格的に行われました。


患者の命を選別するトリアージ

ビッグレスキューでのトリアージ訓練  ビッグレスキューで陸海空3軍がはじめて統合的に加わったこと、そしてその自衛隊が主導してトリアージ訓練が行われたということは、極めて重要な意味を持っています。
 トリアージとは、フランス語で「選別」を意味する「trier」に語源を発し、ナポレオン戦争の時に傷病兵をその重傷度に応じて選別したことから始まったと言われています。その後のすべての近代戦争において、最前線の軍事医療活動の不可欠の手法として広がりました。その最大の目的は、戦闘に戻れる者を素早く決定し前線に送り返すことにあります。つまり戦闘に復帰できる者だけを治療し、それ以外の助かりそうもない負傷兵には何もせず見殺しにする、まさに「命の選別」をするのがトリアージに他ならないのです。
 ビッグレスキューでは、自衛隊員の医師(トリアージドクター)が負傷者を「軽傷(緑)」「中等症(黄)」「重症(赤)」「死亡(黒)」に色分けして選別し、患者搬送を指示するといった訓練を行ったと言います。「死亡」と判定されれば、すなわち本当に死亡したかどうかでなく、もはや助かる見込みがないと判定されたなら、その患者は放置されることになります。そこでは、動員された医師や看護婦ではなく、自衛隊員が直接トリアージを行い、その指揮管理下で医師、看護婦、医療関係者が動かされました。それは、文字通り戦時医療訓練に直結するものであったと言って過言ではないと思います。このようなトリアージは、傷病者の最大多数に最高の治療を行う本来の医療のあり方とは根本的に対立し、ヒューマニズムにも真っ向から敵対します。このようなトリアージが、災害医療や救急医療の現場における一般的手法として広がりはじめていることには警告を発せずにはおれません。しかもそこに自衛隊が参加し指揮することは危険きわまりないことであり、「命の選別」の思想を医療に持ち込み、医療のあり方そのものを根底から歪めてしまう危険性が高まります。脳死臓器移植における救命治療の切り捨て、老人や社会的弱者の医療からの排除など、じわじわと進みはじめている「命の選別」にさらに拍車をかけることは明らかで、少し考えただけでも恐ろしくなります。


戦時医療訓練の素地はすでに作られている

 わが国では阪神淡路大震災以降、自治体や災害拠点病院などにおける防災訓練、災害医療訓練で、トリアージが目的意識的に取り入れられ、災害救急医療の重要な手法として広範に行われるようになっています。そして東京都だけではなく、他の自治体でも災害訓練、防災訓練を口実に自衛隊が参加した医療訓練が行われています。直接自衛隊が参加しない場合でも、自衛隊部隊の参加を想定した訓練(たとえば自衛隊ヘリに患者搬送を依頼する訓練など)も行われています。さらに災害医療訓練やトリアージ訓練は、国公立病院や大学病院、災害拠点病院など救急医療を担う医療機関で頻繁かつ広範に行われています。無神経にも、自衛隊の参加・協力を前提にしたり、それに依存するような訓練もかなり実施されています。このような訓練すべてが戦時医療訓練に直結するのではないかも知れませんが、警戒しなければならないのは、自衛隊という軍事組織の参加に対して医療機関や医療従事者の側があまりに無批判、無自覚なことです。いくつかの医学界の一部には、自衛隊の災害医療に果たす役割に期待し、真剣に検討しようという動きさえ出てきています。ある医学雑誌では、野戦病院におけるトリアージの特集が組まれたりしています。今の医学界、医療界は、有事法制ができて自衛隊主導の救急医療訓練が持ち出されても、簡単に受け入れてしまいかねない危険な状況にあります。そうなれば、自衛隊が公然と、大手を振って戦時医療訓練を指揮することになるでしょう。災害医療と戦時医療の境界が取り払われ、多くの医療従事者と医療機関が深く戦争体制に組み込まれることになりかねません。


政府が「有事」とみなせば病院を管理下に
医師・看護婦は真っ先に強制的に動員される

 有事法制では、政府が「有事」とみなすような事態となった場合、病院など医療機関は真っ先に政府の管理下におかれ、医師、看護婦など医療従事者は戦争動員を強いられます。
 第一に、病院と医療関係機関が政府および首相の管轄下に置かれることになります。有事法制では戦争協力機関として「指定公共機関」が掲げられました。災害対策基本法で60の指定公共機関が示されており、医療関係では日赤が挙げられています。しかし有事法制では具体的には「政令」で定めるとされ、国公立病院、大学病院、さらには災害拠点病院や急性期病院など、その対象は限りなく拡大される危険性があります。「武力攻撃が予測される段階」から指定公共機関には首相が直接指示を出し、負傷者の手当や訓練、戦時医療体制の準備が強要されることになります。この「指示」には強制力が与えられていて強制執行も認められています。病院自体が米軍優先、自衛隊優先ということになり、一般の患者が病院から追い出されるようなことになりかねません。
 第二に、医師、看護婦をはじめ医療従事者が真っ先に動員されます。自衛隊法にある業務従事命令です。その103条では、「医療、土木建築工事、輸送」などに従事する人に「業務従事命令」を出して徴用するといい、具体的には災害救助施行令と同じだと言っています。「災害救助法施行令」では、その第10条で第一に「医師、歯科医師又は薬剤師」が、続いて「保健婦、助産婦又は看護婦」が対象としてあげられているのです。しかも、ここでもその対象は具体的には「政令」で定めるとされており、対象範囲は医療従事者全体に拡大されるおそれがあります。今回の法案では、業務従事命令に違反した場合の罰則は見送られましたが、与党の中には罰則を主張する声も多く、将来復活する可能性が高いと言わざるを得ません。
 第三に、「物資保管命令」の危険性です。同じく自衛隊法103条で、自衛隊が物資の保管命令や収容ができるとうたわれていて、その中には医薬品も含まれます。「実際に保管令を出すのは卸業者」(防衛庁幹部)と言われており、医薬品が軍事優先で徴用されると、必要な医薬品が病院で手に入らないという事態にもなりかねません。この命令には罰則が設けられ、拒否すると刑務所行きと言うことになります。


過去の過ちを繰り返すな!
医療従事者は戦争協力を拒否する!

 わが国の医学者、医療関係者はかつて、731部隊等での人体実験に代表されるように、日本帝国主義の侵略戦争に全面的に協力・加担し、アジア人民の虐殺に手を貸した血塗られた歴史があります。医学者、研究者だけでなく、数多くの看護婦が戦場に駆り出され、医療従事者の多くが戦争遂行マシーンの不可欠の要素として組み込まれました。また戦後も、1950年の朝鮮戦争の際、北九州地区の日赤看護婦に「召集令状」が出され、米軍キャンプで傷病兵の看護をさせられました。まさにアメリカの戦争への加担、協力を強要されたのです。
 しかも戦後の医学界、医療界の中にはかつての侵略戦争への加担、協力に対する自己批判も反省もほとんど全くといってよいほどありません。否、むしろ侵略戦争に手を貸した医学者、軍属たちは戦後の医学界の要職を占めてきたという事実さえあります。私たちは過去の過ちを絶対に繰り返してはなりません。
 「有事に備えた医療体制づくり」が現実のものとなる危険性がかつてなく高まっている今こそ、すべての医療従事者は、二度と戦争に加担しない、軍事動員には協力しない決意を固めなければなりません。病院の戦争協力、医療従事者の戦争協力を許してはなりません。防災訓練に名を借りた戦時医療訓練を断固として拒否しましょう。災害医療、救急医療など医療現場、医療訓練への自衛隊のいかなる参加、関与にも反対しましょう。有事法制の成立を断固として阻止しましょう。



有事法制:討論と報告


(第5号 2002/05/18)
    教育現場と有事法制の危険−−加速する教育反動と教員統制
    私たち教職員は再び子どもたちを戦争に駆り立てるのか?
    −−法律成立後学校現場で直ぐに始まる、「平時」からの「国防教育」・「有事向け教育」・「有事訓練」の強要−−

(第4号 2002/05/15)
    既に「原発防災訓練」には自衛隊が多数参加
    警察庁はサブマシンガンで重装備の「原発警備隊」を新設
        (美浜・大飯・高浜原発に反対する大阪の会)

(第3号 2002/05/12)
    許してならない現代版「隣組」=「民間防衛団体」
    有事法制が通ればすぐに始まる「軍事訓練」の強要。参加を嫌がれば「非国民」扱いになる危険。

(第2号 2002/05/09)
    5月7日衆院有事法制特別委員会での論戦で浮き彫りになった有事法制の危険性

(第1号 2002/05/08; 05/09 加筆訂正)
    有事法制の危険性とデタラメ
    インド洋に居座る自衛艦、対イラク戦争への支援・関与を画策
    文民統制を無視した自衛隊「制服組」の暴走