[シリーズ日本の軍需産業(上)]
財界の司令塔=日本経団連が「意見書」を提出
財界の総意として軍需産業の復活=『武器輸出三原則』の放棄を迫る
−−いよいよ動き出した日本の軍需産業−−


(1)新しい軍国主義台頭の焦点に浮上−−軍事戦略の転換に軍需産業の復活=武器輸出三原則の撤廃を盛り込むよう要求。
 日本経団連が、7月20日付で「今後の防衛力整備のあり方について−−防衛生産・技術基盤の強化に向けて−−」という政府への意見書を公表しました。
 いよいよ日本の“死の商人”、日本の軍需産業が復活へ向けて動き出したという感じです。ブッシュ政権は石油メジャーとともに巨大軍産複合体が内外政策を牛耳る政権です。日本がすぐに同じ様な事態になるとは思えませんが、これまでのように政府与党の議員=防衛族や防衛庁・自衛隊の制服組や背広組だけではなく、財界の中枢が、憲法改悪と併せて軍需産業の復活を露骨に要求し始めたことは初めてのことです。日本の将来にとっても非常に危険なことです。警鐘を乱打しなければなりません。
※全文はhttp://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2004/063.html 参照。


経団連が公表した「意見書」
 この意見書は、今年末に予定されている新「防衛計画大綱」策定、つまり日本の政府支配層が狙っている軍事戦略の転換へ向けた動きの一環です。「防衛計画大綱」の見直し・改定のために、今年4月に、首相の諮問機関「安全保障と防衛力に関する懇談会」が設置されました。この意見書は、その「防衛懇」での議論に財界の主張を反映させるためのものです。

 意見書は、「はじめに」でこう述べています。
 「世界の安全保障環境が大きく変化するなか、政府は、昨年末、ミサイル防衛の導入決定とともに、本年中に、現在の防衛計画の大綱(以下、「防衛大綱」)、中期防衛力整備計画(2001〜2005年度;以下「中期防」)を見直すことを閣議決定した。本年4月には、総理大臣の諮問機関として、『安全保障と防衛力に関する懇談会』が設置され、検討が進められている。」「今回の防衛大綱、中期防の見直しでは、新たな脅威・危機から、国民の安心・安全を守り、また適切な国際貢献を果たすため、防衛力の質的な変化が求められている。それは同時に対応する防衛装備、その開発・生産を担う防衛産業に対しても抜本的な変化を求めることに繋がる。」「そこで、本提言では、『安全保障と防衛力に関する懇談会』における議論など、わが国安全保障政策の検討に際して、防衛産業の視点から基本的な考え方を示すこととしたい。」と。
 次いで、「1.わが国の安全保障を取り巻く環境の変化」を概観し、「2.今後の安全保障基盤の強化に向けた基本的考え方」を提示した後、「3.新時代に対応した安全保障基盤の確立に向けた具体的課題」として、「武器輸出三原則」をはじめとする日本国憲法第9条の平和主義と不可分に結びついた従来の国是を抜本的に見直すことを要求しています。

 そして、この日本経団連の意見書が発表された一週間後、7月27日の「防衛懇」第7回会合では、「武器輸出三原則の見直しを含めた報告を9月中にもとりまとめる方針を決めた」と報じられました。政府はそれを、「防衛計画大綱」改定の指針とするとされているのです。
※日本経済新聞「武器輸出3原則/防衛懇、見直しで一致/9月にも報告/政府、大綱改定の指針に」(2004.7.28)。朝日新聞「新防衛計画大綱、懇談会が『たたき台』/海外派遣の推進盛る/武器輸出3原則見直し」(2004.7.28)。
※なお、新「防衛計画大綱」については、2004年版「防衛白書」が、その内容を先取りしたものになっています。「2004年版『防衛白書』を批判する−−『専守防衛』の軍隊から米軍指揮下で世界中に海外派兵・軍事介入する軍隊へ」(署名事務局) を参照して下さい。


(2)「安全保障基盤」=軍国主義の物的基礎を再構築−−個々の軍需産業の要求ではなく財界全体、支配層全体の要求。
 意見書には、「今後の防衛力整備のあり方について・概要」という“まとめ”が添付されており、その狙いを以下のように述べています。
今後の安全保障基盤の強化に向けた基本的考え方
1.多面的・総合的な国家の安全保障基本方針と、これを担う産業政策の確立
2.防衛・民生の垣根を越え、広く「安心・安全」に関する技術開発を推進し、競争力強化、技術優位性を確保
3.防衛産業も自らの体質強化を図り、国際競争力を高め、防衛力の基礎を強化
 つまり、新しい軍国主義、新しい軍事戦略を進めるに当たっての「安全保障基盤」=物的基礎として、自国の軍需産業の復活を位置付けているのです。これは単に個々の軍需産業の要求や狙いではなく、財界全体、支配層全体の狙いでもあるのです。
※「今後の防衛力整備のあり方について・概要」
http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2004/063gaiyo.pdf


(3)財界と軍需産業が異常な危機感を表明。軍事技術の民生技術への転換、民生技術の軍事技術への転換。−−軍需産業の復活をテコに日本経済の活性化を提言。

「意見書 − 参考資料」p.6より

「意見書 − 参考資料」p.7より
 意見書は、まず「安全保障環境の質的な変化」として、「冷戦の終焉に伴い、世界の安全保障環境は、東西国家間の対立から、地域紛争、テロの発生、ミサイル・大量破壊兵器の拡散等、多様な形へと変化している。」という情勢認識を提示しています。そして、そのような「安全保障環境の変化に伴い、自衛隊の任務も専守防衛に基づく活動に加え、国際協力業務、災害派遣、感染症対策など、多様化している。」「経済大国として国力に応じた国際貢献が求められている。」と述べています。

 ここでの要点は、「冷戦の終焉」に伴い、ソ連・社会主義諸国を仮想敵とした時代が終わった、別の「仮想敵」、つまり「地域紛争、テロの発生、ミサイル・大量破壊兵器の拡散等、多様な形」の「脅威」が現れた、これら全部の「脅威」に対処しなければならない、そのためには膨大な軍事力が必要であり海外派兵が必要だ、そう言っているのです。
 しかしこの特異な情勢認識は、ブッシュ政権の情勢認識の口移しです。石油資源のある国や地域、米国の言いなりにならない「ならず者国家」にいつでも侵略=軍事介入できるよう考案された情勢認識なのです。途上国への軍事介入を中心とした「地域紛争」を過大にクローズアップして、何か得体の知れない「脅威」をでっち上げているだけなのです。

 さらに、「防衛関連科学技術は飛躍的な進歩を遂げている」こと、「特に、宇宙の活用による通信・測位・情報収集等を含めた、防衛システムの高度ネットワーク化、システムインテグレーション化が急速に進んでいる」こと、「高度な民生技術を安全保障分野において活用する傾向が強まっている」ことを指摘し、日本が防衛分野で世界から取り残される危機感を表明しています。

 そこでネックになっているのは主として2つです。1つは予算からくる制約です。しかし、「厳しい財政状況」のもとで「選択と集中」が求められると言いながらも、結局は、防衛予算の「適正な確保」、つまり軍事費の増額を主張しているのです。本来なら軍縮と軍事費の削減が必要なところ、露骨な軍拡要求と言っていいでしょう。
※「意見書」の「参考資料」には、「90年代後半以降、諸外国は防衛予算拡充の方向にある。我が国の防衛予算は横這いの状況」(6p)また「諸外国と比較して、わが国の防衛関連の研究予算は圧倒的に低い水準」(7p)として、軍事費拡充、特に軍事研究費の増額を要求している。
http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2004/063shiryo.pdf

 そしてもう1つのネックが、ここへきてメディアで取り上げられるようになった「武器輸出三原則」です。意見書はこう述べています。
 「装備・技術の高度化、高コスト化、多国間の共同運用の増加等に伴い、90年代以降、欧米を中心に、開発・生産、運用の両面における多国間連携が進展している。」「わが国では、武器輸出三原則等により、防衛生産分野において他国と連携することが制約されている。すでに、わが国は先進国間の共同開発プロジェクトの流れから取り残されており、将来の防衛装備に係る技術開発面、コスト面、ひいては、わが国の安全保障全般に対する影響が懸念される。」と。

 ここでは、「武器輸出三原則」が日本の軍事大国化(これを推し進めようとしている政治家たちの表現では「日本を普通の国家」にすること)にとって最大のネックの一つになっていることが、明瞭に語られています。90年代を通じて、軍事技術の高度ハイテク化と大規模化が進展しました。そのために、新たな軍事技術の開発を一国ですべて行うには負担が大きすぎるという状況が生じました。そのような事態の中で、軍需産業の大再編・統合が行われて、なおかつ新たな軍事技術については国際的な共同開発が主流をしめるようになりました。しかし、「武器輸出三原則」を堅持する日本には、お呼びもかからないという状況が生まれたのです。


「意見書 − 参考資料」p.9より
 そこで意見書は、「安全保障基本方針と防衛産業政策の明確化」を求めています。そこで言わんとしていることは、軍需産業の維持・育成を“国策”として推進せよ、ということです。そしてそのことが、「わが国産業の競争力強化、経済の活性化にもつながる」と主張しています。いわく、「昨今、ITを中心として、高度化する民生技術が防衛技術として活用される事例が増えており、わが国が優位性を持つ民生技術を国民の安心・安全に積極的に利活用していくことが重要である。」「長年の蓄積により国際的に優位性を持つ防衛技術の維持・強化を図ると同時に、科学技術立国を目指すわが国としては、防衛・民生の垣根を越えて、広く「安心・安全」に関する技術開発の推進を図り、国際競争力の強化、技術優位性の確保を図ることが重要である。」と。−−これらは全て財界と軍需産業の危機感の表れに他なりません。巨大化した欧米の軍需産業から取り残される、脱落する、世界的潮流に乗り遅れるといった焦燥感です。

 ここでははっきりと、「失われた10年」と言われたバブル崩壊後の日本経済の再活性化を、軍需産業の活性化を通じて行おうという意図が語られているのです。かつては公共事業をテコに経済の活性化を行ってきたとすれば、それが首尾よく機能しなくなった現在、軍需産業を公共事業にとって代わる経済活性化のテコにしようとしているのです。どこまで本気か、どこまで実現可能か分かりませんが、低迷と不振にあえぐ軍需産業の骨格を形成する重機械・重電機産業、通信産業、航空宇宙産業などの復活・再生をかけて、政府を動かし始めたことは確かです。
※「意見書」の「参考資料」の9pの中で、日本の軍需産業の撤退、統合・再編といった窮状を訴え、復活の必要性を強く求めている。http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2004/063shiryo.pdf


(4)MD推進と武器輸出三原則の撤廃。「宇宙の平和利用原則」まで骨抜きにするよう要求。
 現在日本の軍需産業の再建・復活の中心環に浮上しているのは、昨年末の閣議で導入が決定されたMD(ミサイル防衛)です。経団連が武器輸出三原則の「見直し」を今回は何が何でも実現しようとしているのは、これを事実上撤廃しなければMD導入決定が絵空事になってしまうからです。現在日本が全面協力して配備されようとしているのは、イージス艦搭載ミサイル防衛システムと陸上発射ミサイル防衛システムですが、当面配備される予定のものは米国が開発・生産したものを購入するので、その限りでは武器輸出三原則には抵触しません。

 しかし、次世代のMDの開発研究に日本は技術協力しています。これが研究段階から進んで開発・生産される段階で武器輸出三原則に抵触します。もしこのまま武器輸出三原則を維持すれば、開発・生産の段階に進めないわけです。政府支配層は、開発・生産できずに日米同盟が軋むことを最も恐れているのです。日米同盟維持・強化の最大の焦点として、この武器輸出三原則が浮上してきているのです。これは、日本国憲法第9条の平和主義と不可分に結びついた国是とされてきました。それだけに、経団連は1995年から三原則の見直しを主張してきたのですが、改憲と同様になかなかくつがえすことができずにきたのです。

 意見書は、武器輸出三原則の「見直し」の必要性をこう説明しています。
 「すでに述べたとおり、装備・技術の国際共同開発の傾向が強まるなか、わが国ではこのような機会への参加や海外企業との技術対話も制限され、最先端技術へのアクセスができない。すでに、日本の防衛産業は世界の装備・技術開発の動向から取り残され、世界の安全保障の動きからも孤立しつつあり、諸外国の国際共同開発の成果のみを導入するといった手法には懸念が生じている。」と。

 ここでは、最も重要なMDについては何故か述べられていません。世界的にみてまだ疑問や異論の多いMD、しかし「武器輸出三原則」の撤廃を強行突破するしかない主たる理由であるMDを、説明の柱には据えていないのです。それは、昨年末のMD導入の閣議決定の後、今年1月に石破防衛庁長官が「三原則」の見直しを公言したときに猛反発があって引っ込めざるをえなかったことにも示されているように、憲法第9条の平和主義と不可分に結びついたものとして、日米同盟の質的転換と日本の新たな軍国主義化を推進しようとする政府、財界にとっての一つの大きなハードルとなっているのです。
※武器輸出三原則とは何か。それは、1967年、佐藤内閣のもとで、1)共産圏諸国向け、2)国連決議により武器等の輸出が禁止されている国向け、3)国際紛争の当事国又はそのおそれのある国向けの武器輸出は行わない、と政府が決定したことを指す(衆院決算委における答弁で表明)。1976年、三木内閣のもとで、三原則対象地域以外の地域についても、武器輸出および武器製造関連施設の輸出を自粛すると決定(衆院予算委における答弁で政府統一見解として表明)。1983年、中曽根内閣のもとで、米国とのみ武器技術協力を認めるとして、一部風穴を開けた。

 この日本経団連の意見書は、「武器輸出三原則」だけでなく、1969年に国会決議された「宇宙の平和利用原則」まで骨抜きにすることを提唱しています。「防衛目的」での利用も禁止されているわが国での「平和利用」の解釈を、「防衛目的」での利用は許されるという国際的な解釈に合わせることを主張しているのです。

 日本経団連は、財界の司令塔ともいうべき組織です。その会長は、自動車産業で米GMに次ぐ世界第2位に浮上したグローバル多国籍企業トヨタの会長、奥田碩。そして副会長(兼防衛生産委員長)は、日本のトップ財閥三菱グループの中心企業で日本の軍需産業のトップでもある三菱重工業の会長、西岡喬。この最強コンビが小泉政権とスクラムを組んで、日本を「普通の国」=帝国主義的軍事大国にしようとしています。
 日本経団連が「武器輸出三原則」の見直しを主張しはじめたのは、1995年にさかのぼります。その背景には、90年代を通じて米欧で軍需産業の大再編が行われ、軍事技術・装備が高度ハイテク化し、冷戦型から地域紛争対処型への転換が行われていったという事情があります。日本がそのような世界的な流れから取り残されていくという危機感があるのです。このような歴史的経過などは、稿を新めて明らかにしたいと思います。


[参考]
※「自衛隊の多国籍軍参加と日本の新しい軍国主義−「主権委譲」後のイラク情勢と米軍の世界的再編の下で−」(署名事務局)
※「7/25学習討論集会報告−−日本の軍国主義はどこまで来たのか、どこへ行こうとしているのか?−−日本の新しい軍国主義について熱心な討論−−」(署名事務局)


2004年8月2日
アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局

(一部訂正2005年1月26日)