自衛隊イラク派遣違憲判決(名古屋高裁)が確定========
憲法9条の意義を改めて確認し、平和的生存権を具体的に認めた画期的判決
政府は、航空自衛隊を今すぐイラクから撤退させよ!
[1]自衛隊派遣憲法違反、イラク特措法違反判決が確定
(1)名古屋高裁が4月17日、自衛隊イラク派遣差し止め集団訴訟において下した違憲判決は、憲法記念日の前日5月2日に確定した。判決は、現在航空自衛隊が首都バグダッドに武装米兵などを空輸していることについて、イラク特措法の逸脱とし、「憲法9条1項に違反する」との判断を示した。はじめて自衛隊のイラク派遣を明確に憲法違反とした画期的判決である。
※イラク自衛隊派遣は違憲の画期的判決(署名事務局)
2006年6月の陸上自衛隊のサマワからの撤退以来、航空自衛隊によるクウェートからバグダッドへの武装米兵の輸送は、日本のイラク戦争協力の主要な内容となった。アフガニスタンでの給油活動と併せて、日本の海外派兵・米戦争加担の2本柱である。福田首相をはじめ政府閣僚は、この判決趣意を「傍論」などと苦し紛れの反論をし、その意義をなるべく小さく見せようとしている。しかし、判決は傍論どころか、現在のイラク派兵の核心部分を憲法違反、イラク特措法違反と判断したのである。
確かに、自衛隊のイラク派遣そのものが原告らの生命・自由を侵害したり被害や恐怖を与えたということが認められないという理由によって、差し止め請求および損害賠償そのものは棄却された。だが後でも述べるように、判決は「平和的生存権」を具体的権利として認め、憲法違反である戦争や戦争準備によって平和的生存権が侵害された場合には、差し止めや賠償請求は可能であることを認めた。この意味でも判決は画期的である。
政府は日本国憲法を遵守すべきである。この判決の確定を受け、今すぐイラクから自衛隊を撤退させるべきである。
※判決文全文
http://www.haheisashidome.jp/shiryou/07hanketubun.pdf
※要旨
http://www.haheisashidome.jp/hanketsu_kouso/riyuuYoushi.pdf
(2)判決は、@バグダッドは「戦闘地域」であり、従って航空自衛隊の空輸活動は活動範囲を「非戦闘地域」に限定したイラク特措法違反であること、A武装米兵の輸送は武力行使であり、武力の行使や威嚇を禁じた憲法9条に違反していることを認定した。イラク特措法そのものの違憲性は問題にしていない。
久間防衛庁長官らが再三語った「ロケット砲が来る危険性と裏腹にある」「実は結構危険で工夫して飛んでいる」などの発言を検証した。C130輸送機が、ミサイルをおとりの熱源に誘導するフレア装置をつけていることは、いつ攻撃されてもおかしくない現地の緊迫した状況への対処であることを認めた。「国際的な武力紛争の一環として人を殺傷し破壊する行為がおこなわれている」など政府の言う「戦闘地域」の基準に照らして、「非戦闘地域」ではなく「戦闘地域」、つまりイラク・バグダッドが戦場であることを明確にしたものである。
※イラク空自違憲の判断 政府の理屈の矛盾突く
http://www2.asahi.com/special/iraq/TKY200804180001.html
判決文は違憲判断を導き出すに当たって、イラク戦争の全体像と日本の対イラク戦争協力の基本政策に言及した。イラク戦争が大量破壊兵器を根拠とした戦争であることを確認した上で、大量破壊兵器が見つからなかったこと、最初から存在していなかったことを結論づけた。すなわち戦争の大義そのものを検証し、大義がないことを事実上確認している。日本政府がいまだに、大量破壊兵器がなかったことや開戦の大義が誤りであったことを公式に認めていないことを考えれば、判例として開戦根拠が批判された意味は大きい。判決は、ファルージャ、バグダッド、ラマディ、モスルなどでの米と多国籍軍の具体的戦闘行為、掃討作戦を挙げ、一般市民の殺戮行為、民家への爆撃、家宅捜索・襲撃等々を具体的な日にちや規模を挙げて検証した。イラクボディカウントやランセット論文で出された数万から65万人というイラク人犠牲者数、400万人の難民、3000人の米兵の犠牲者、ベトナム戦争を上回る戦費等々。
(3)判決は、自衛隊の空輸活動を、2006年8月までに輸送回数352回、輸送物資の総量479.4トンなどと認定し、輸送対象のほとんど、約9割が多国籍軍の兵員であることを明確にしている。そして、「輸送等の補給活動もまた戦闘行為の重要な要素であるといえることを考慮すれば、多国籍軍の戦闘行為にとって必要不可欠な軍事上の後方支援を行っている」として、これら後方支援を直接の戦闘行為と一体のものとした。つまり、判決は、近代の戦争における後方支援の意義を正確に捉え、後方支援そのものを武力行使と認定し、自衛隊が「自らも武力の行使を行った」と判断している。
判決は、久間防衛大臣らが航空自衛隊の輸送内容を明らかにできないと答弁したこと、原告の請求によって開示された情報がことこどとく黒塗りであったことを指弾している。町村官房長官は判決に対して、「裁判官はどこまで実態が分かっているのか」などと語ったが、実態を云々するのであれば、政府が持つすべての情報を開示するべきではないのか。判決は、まともな情報開示をせず、派遣してしまえばこちらのものと言わんばかりに、「復興支援」の名の下に武装米兵を送り続けている航空自衛隊の活動に対して厳しい判決を加えたのだ。
[2]平和的生存権を具体的権利として認定したことの画期的意義
(1)もう一つのこの判決の意義は、憲法前文で述べられた「平和のうちに生存する権利」が抽象的権利ではなく、具体的権利として、すなわち選挙権や言論の自由などと同じように具体的で侵すべからざる権利として認められたことである。
判決文は、「憲法9条が国の行為の側から客観的制度として戦争放棄や戦力不保持を規定し、さらに、人格権を規定する憲法13条をはじめ、憲法第3章が個別的な基本的人権を規定していることからすれば、平和的生存権は、憲法上の法的な権利として認められるべきである」とした上で、この平和的生存権が侵された場合には、違憲行為の差し止めや損害賠償請求が可能であることを明確にしている。すこし長いが以下に引用する。
「この平和的生存権は、局面に応じて自由権的、社会権的又は参政権的な態様をもって表れる複合的な権利ということができ、裁判所に対してその保護・救済を求め法的強制措置の発動を請求しうるという意味における具体的権利性が肯定される場合があるということができる。例えば、憲法9条に違反する国の行為、すなわち戦争の遂行、武力の行使等や戦争の準備行為等によって、個人の生命、自由が侵害され又は侵害の危機にさらされ、あるいは、現実的な戦争等による被害や恐怖にさらされるような場合、また、憲法9条に違反する戦争の遂行等への加担・協力を強制されるような場合には、平和的生存権の主として自由権的な態様の表れとして、裁判所に対し当該違憲行為の差止請求や損害賠償請求等の方法により救済を求めることができる場合があると解することができ、その限りでは平和的生存権に具体的権利性がある。」(判決文)
その具体性とは、「戦争と軍備および戦争準備によって破壊されたり侵害ないし抑制されない」権利、「恐怖と欠乏を免れて平和のうちに生存する」権利、「平和な国と世界を作り出していく」権利、「戦争や軍隊によって他者の生命を奪うことに加担させられない」権利、「他国の民衆への軍事的手段による加害行為と関わることなく、自らの平和的確信に基づいて平和のうちに生きる権利」等々、「極めて多様で幅の広い権利」としての平和的生存権として認めている。ここまで具体的に平和的生存権の意義について踏み込んだ判決は、今回が初めてである。
(2)もし、今回の判決の論理に従って判断すれば、国民が戦争や戦争準備によって権利が踏みにじられた場合、違憲行為として、差し止めや損害賠償の対象になる。それは、「戦争そのもの」だけでなく「戦争準備」も含まれる広範な権利侵害が問題にされていることに注目しなければならない。
たとえば、国民保護法で有事訓練への放送企業や病院など、アナウンサーや医師・看護士・職員らの協力が要請された場合に拒否する権利、戦争や戦争準備に一切協力しない権利、戦争準備と戦時下で戦争反対の立場を貫く権利として解釈することができる。
また、都道府県、市町村で多額の血税を使って国民保護基本計画なるものの策定が義務づけられ、末端レベルでは町内会や自治会などを動員した「国民保護訓練」が行われ始めている。このような戦争を想定した訓練、戦争時に家屋の強制収容や国家の戦争政策への協力を義務づけるような行為は、「憲法9条に違反する戦争の遂行等への加担・協力を強制されるような場合」であり、それを拒否する権利を有するのである。
[3]改めて日本国憲法と9条の意義を確認
(1)平和的生存権を巡っては、とりわけ前文にある「全世界の国民が、恐怖と欠乏から免れて平和のうちに生存する権利を有することを確認する」を巡っては、条文に定められたものではないことから、具体的権利規定ではなく、単なる平和主義の理想や精神を述べたものに過ぎないという一部学説が存在している。
判決文はこの点について論争的に触れ、平和的生存権否定論を論破する。曰く「平和が抽象的な概念であることや平和の到達点および達成する手段・方法も多岐多様であることを根拠に、平和的生存権の権利性や、具体的権利性の可能性を否定する見解があるが、・・・自由や平等ですらその達成手段や方法は多岐多様であることから、平和的生存権だけが、その抽象性によって」否定されることはない。
加えて言えば、判決は、日本国憲法が平和的生存権を、単に戦争がない状態ではなく、「恐怖と欠乏から免れて平和のうちに生存する権利」という、貧困や飢え、失業や将来に対する不安などから免れる本質的に基本的人権を含んでいることを指摘している。第9条の戦争放棄と戦力の不保持だけでなく、13条や25条をはじめ第10条から第40条までの第3章全体を含む包括的な枠組みの中で捉えている。これらの権利の大前提として「平和」が存在していること、第9条と他の人権諸規定との不可分一体性を明確にしている。
平和的生存権は、「基本的人権が平和の基盤なしには存立しえないことからして、すべての基本的人権の基礎にあって、その享有を可能ならしめる規定的権利である。」(判決文)
それは、交戦権と戦力の保持を放棄しているという日本国憲法がもつ特異な構造とも絡む。日本国憲法は、国家の行為から軍隊と戦争を排除していることから、多くの国々の憲法に含まれるような規定をもっていない。すなわち、国民の国防義務規定と徴兵制、したがってそれを拒否したことによる罰則や労役義務がない。非常事態令や戒厳令、戦時における秩序維持の方策が規定されていない。国会と内閣に宣戦布告や講話の権限が与えられていない。軍隊の秩序維持を基準とする軍事裁判所の設置が認められていない、等々。
私たちは、判決が言及した9条の条文解釈のみならず、9条を軸として日本国憲法全体を規定している平和主義の意義をあらためて検討し確認しなければならない。
※第13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
第25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
(2)今回の自衛隊違憲判決は、73年に長沼ナイキ訴訟において札幌地裁で違憲判決がなされて以来のことである。それ以降司法の現場では、自衛隊の存在と活動については高度な政治的判断を有するといういわゆる「統治行為論」なる論理によって、憲法判断が避けられてきた。実に35年ぶりの憲法判断である。
それは、自衛隊の変貌と日米軍事同盟の強化が、首の皮一枚でつながっていた9条の制約を最後的に突破しようという危険な段階にまで達したことと無縁ではないだろう。実態面ではイラク、アフガンの戦争に後方支援名目で加担し、自衛隊が戦場にまで重武装で派兵された段階、直接住民殺戮を行う米軍への協力にまで進んだ段階であり、法整備面では国家権力による戦争と戦争準備で基本的人権の侵害が公然と行われる有事法が作成された段階、これまでタブーとされてきた集団的自衛権の行使解禁が公然と検討され始めた段階、海外派兵恒久法が日程に上り始めた段階、そして改憲にむけた国民投票法が成立してしまった段階である。
(3)だが憲法記念日を前に行われた改憲についての各種世論調査では、軒並み改憲賛成が大きく後退した。朝日新聞では、憲法9条を「変えない方がよい」との回答が66%にのぼり、「変える方がよい」の23%を大きく上回った。改憲が「必要」とする人の中でも、9条改憲に対する反対は強い。読売新聞は、15年ぶりに改憲反対が改憲賛成を上回った。日経新聞は、依然改憲支持が多数だが、前回の2007年4月の調査と比べて改憲支持は3ポイント低下し、護憲支持は8ポイント上昇した。改憲賛成にしても、“プライバシー権や環境権などを入れるべき”といった基本的人権の枠の中にはいるものが、「憲法は時代遅れ」という宣伝によって憲法は変えた方が良いのではと思いこまされているに過ぎない。安倍政権下で急速に進んだ明文改憲の動きが、ねじれ国会と福田政権の支持率急落下で足踏み状態にある。憲法審査会開催のメドすらたっていない。
※9条改正反対66%に増、賛成23%に減 本社調査
http://www.asahi.com/national/update/0502/TKY200805020272.html
※「改憲に賛成」48%、「現在のまま」43%・日経世論調査
http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20080503AT3S3000Z02052008.html
※憲法改正「反対」43%、「賛成」を上回る…読売世論調査
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20080408-OYT1T00041.htm
[4]判決の蹂躙はゆるされない。自衛隊をイラクからいますぐ撤退させよ!
(1)防衛省の田母神俊雄航空幕僚長は4月18日の定例会見で、この判決について「純真な隊員には心を傷つけられた人もいるかもしれないが、私が心境を代弁すれば大多数は『そんなの関係ねえ』という状況だ」という暴言を吐いた。制服組による裁判と日本国憲法に対する蹂躙である。福田首相や町村官房長官は判決を「傍論」などと繰り返し、この発言を擁護している。絶対に許されない。
彼らは、具体的な形で反論していない。違憲判断に対して異議を唱えるのであれば、イラク戦争と占領支配の実態について、イラク戦争の大義と大量破壊兵器の存在について、「非戦闘地域」の根拠について、自衛隊が輸送した米軍がいかなる任務を遂行したのかについて、航空自衛隊の輸送業務全体について、政府はすべての情報を開示した上で、はっきりと反論すべきである。
(2)彼らが判決をなるだけおとしめようとするのは、この憲法判断が、政府が行おうとしている恒久法や集団的自衛権の行使解禁にとって重大な制約となるからだ。また、国民保護法や国民保護訓練にとっての重大な制約となるからだ。
とりわけ、後方支援と前線の分離という詭弁は、イラク特措法のみならず、戦時規定を日本国内から領域外に始めて拡大した1997年の「周辺事態法」以来、政府支配層が海外派兵の正当化のために新たに持ち出してきた概念であった。兵站や補給といった活動は後方支援であり、直接の戦闘行為、戦闘地域とは切り離されているから「交戦権」の行使や武力の行使にはあたらないという詭弁である。安倍政権下で有識者によってまとめられた集団的自衛権の行使については、@米艦船への攻撃に対する反撃、A弾道ミサイルの迎撃、B米軍への攻撃に対する警護、C米軍の後方支援の4類型について検討を加えている。また現在検討されている恒久法は、住民弾圧・治安活動と掃討作戦、インド洋やペルシャ湾で行っている臨検活動−−米の侵略戦争と占領支配そのものに自衛隊が直接武装部隊として前線で関与できるような体制を作り出していこうという極めて危険な法律である。後方支援は、海外派兵と集団的自衛権行使を正当化する重要な概念である。このような危険な動きに対して、武装米兵を輸送したことを憲法違反であるとした判決は、政府の論理の根底をゆるがすことになるのである。
※領域外での武力行使=交戦権行使の最後の制約を取り払う自衛隊海外派兵恒久法の危険
※日米同盟のグローバル侵略同盟化に向けた条件整備集団的自衛権行使「個別研究」をやめよ!
(3)日本社会全体の右傾化・反動化の流れの中での司法反動のもとで、政治裁判は激しいせめぎ合いの中にある。福岡靖国訴訟違憲判決(福岡地裁 2004年4月7日)、小泉靖国参拝違憲判決(大阪高裁 2005年9月30日)、日の丸・君が代強制違憲判決(東京地裁 2006年9月21日)、大江・岩波「集団自決」裁判全面勝訴判決(大阪地裁 2008年3月28日)、そして今回のイラク自衛隊派兵違憲判決(名古屋高裁 2008年4月17日)と、歴史に残るような画期的判決が下されている。今回の名古屋高裁判決は、一連のイラク派兵違憲訴訟が次々と棄却されていくなかでの実質勝利判決である。イラク反戦運動だけでなく、全ての民主的諸運動に関わるこの判決の意義を確認し、知らせていくことが必要である。
2008年5月3日
アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局