2014/3/27 | 群馬県桐生市いじめ自殺裁判、前橋地裁判決(2014年3月14日)について | |
2014年3月14日(火)、午前11時から、前橋地裁21号法廷で、平成22年(ワ)第988号2010年10月23日に群馬県桐生市の市立小学校に通う上村明子さん(小6・12)が自殺した事件の民事裁判の判決言い渡しがあった。 約40分前に傍聴券の抽選。46の傍聴席に53人の傍聴人。くじ運の悪い私だが、この日は当選。 裁判長は前回、傍聴したとき(me111108 me120129)から変わっており、原道子氏。裁判官は樋口隆明氏、安田裕子氏。原告の弁護団も変わって、代理人弁護士は池末登志博氏。 原告席には、代理人弁護士と、原告の父母。被告席には、6人もの弁護士バッチをつけた人と教育委員会の人間なのか3人がずらりと並んだ。 明子さんの写真は、風呂敷に包まれ、傍聴席の妹さんの膝の上。 法廷での約束事なのだろうが、今だに遺影を風呂敷に包まないと持ち込めないことにおかしさを感じる。 以前にほかの裁判で聞いた話では、被告側が傷つくからというのがその理由らしいが、被告席には当時の校長も、担任も、加害生徒の保護者もいるわけではない。犯罪被害者の権利と尊厳からして、そろそろ裁判所の対応も変えてほしい。 「主文 被告桐生市と群馬県は、原告母親に390万円、原告父に60万円を支払え。」 命の値段にしては少ない金額ではあるが、厳しいいじめ裁判のなかでは、大きな勝訴判決だった。 通常はここで終わるところを、原道子裁判長は判決理由をその場で述べた。 今までにないほど、長い内容だった。一部、声が震えて感じられたのは気のせいだろうか。判決内容に、裁判官の「思い」が感じられた。 前回傍聴したときの裁判官は、原告に対しても、亡き明子さんに対しても非常に冷たかった。それだけに、裁判官が変わって、この判決をもらえて本当によかったと感じた。 判決内容はとても画期的なものだった。 以下、判決文から抜粋させていただく。 【いじめの認定と安全配慮義務】 ●4年生と5年生時のいじめについて 「明子は、5年生時、同級生から悪口を言われるといういじめを受け、精神的苦痛を感じていたということができる。」 「明子の4年及び5年生時の時点で、校長にいじめ防止義務違反があったということはできない。」 4年生と5年生時のいじめの存在は認めつつも、いじめ防止義務違反になるほどのいじめだとは認められなかった。 ●6年生時のいじめについて 「明子は、X教諭(女性)に対し、男児Aに何か嫌なことを言われたと2、3回訴え、児童25等から悪口を言われると相談し、Xは、これを受けて、Aや児童25等に対し、そういうことは言うものではないと指導したが、Aや児童25等の保護者に連絡をしたことはなかった。 原告母は、明子に対し、『悪口を言われていることをXに言いなさい。』と言ったことがあったが、明子は、『先生もいじめられているから言えない。』、『先生はみんなにばかにされているから無駄』と答えた。」 「明子が一人で給食を食べた状況については合計9回であり、席替えを実施した9月28日以降、一人でなかったのは、再び席替えをした10月14日と児童11と食べた翌15日の2回だけである。 明子のほかに一人で給食を食べていた児童はおらず、本件クラスの児童は、明子が一人で食べているのを見て、あちこちで『よく一人で食べられるよね。』とひそひそ声で話していたことがあった。明子が一人で食べていること気付いても声をかけることができなかった児童や、明子は入れてといえない様子だったという児童がいる。 「明子は、継続的で頻繁な本件悪口(暴言)、給食時の仲間はずれ及び校外学習日における執拗な非難といういじめを受けていたということができる。」 などと、いじめを認定。 ●学校教師の安全配慮義務違反について 「明子は、主に6年生時、相当程度頻繁に本件悪口を言われるようになった上、児童のおしゃべりでうるさいために授業が成り立たない状況において、自分に話す相手がおらず、比較的静かな給食時に、他の者が好きな者同士で机を寄せて食べる中、明子だけが一人で食べる仲間はずれが続いて、日を追うにつれ、本件クラス内における孤立感を高めていったと思われる。 そして、明子は、本来、担任Xから強く指導を受けるべき児童の多くが放任されて自分勝手をしている中で、懸命に勉強に取り組む等して、努力をしていたにもかかわらず、報われないままバカにされ孤立する状況に置かれたことについて、自己肯定感を得られない理不尽さや絶望感を抱くようになっていったと考えられる。 これに加えて、担任であり、明子が本件クラス内で最も頼ることができるはずのXは、X自身が児童からのいじめの標的となる状態に追い込まれていた。 明子は、本件クラスにおいて、自己主張することがほとんどなく、Aらに同調せず、孤立していったのであるから、いじめの対象となるリスクが高い児童といえ、Xとしては、明子がいじめを受けることがないように留意すべき児童であった。 しかるに、Xは、明子が本件クラス内で孤立した理由を理解せず、本件ルール作り及びレクリエーションの採用という、教諭が担当するクラスの児童の機嫌をとるかのような、効果よりも弊害が多く、かえって、Xの統制を失わせ、指導を受けるべき児童を増長させる方策を採った。 さらに、Xは、明子だけが一人給食を食べることになった発端を作り、これを解消するための適切な対応をとることができなかったばかりか、明子に対し、『一人で頑張っているね。』などと声をかけ、明子だけが一人で給食を食べる状況が今後も続くことを前提とするかのような態度を取った。明子は、Xに対して明子の孤立感等を解消する措置をとることを期待することができないと失望し、自らこれを回避するために、学校を欠席する方法を選んだ。」 「明子は、校外学習日、Xだけでなく他の教諭も明子が泣きながら訴えても、明子の孤立感や絶望感を解消するために動いてはくれず、明子を追い詰める児童に対して指導すらしないで、明子の努力を評価せず、今後も自己肯定感を得ることができない無力さを感じ、そのような社会で生きていく意味を見いだすことができない状況に陥ったと考えられる。」 「明子がN小における学校生活に希望を持ちことが出来れば、首を吊ることはなかったと考えられる。」 「本件自死の主たる原因が明子の出自、家庭の状況あるいは対応であるということはできない。」 「N小の対応と本件自死との間には、事実的因果関係があり、しかも、本件自死の主たる原因であったということができる。」 学校が主張する、家庭原因説を否定し、いじめと自殺、学校の対応と自殺との事実的因果関係を認めた。 「明子は、主に6年生以降、他の児童の言動等学校における教育活動及びこれに密接に関連する生活関係における出来事により、大きな精神的苦痛を感じていたと考えられるから、Xや校長は、これを認識していたか、少なくとも認識可能であり、明子の精神的苦痛を取り除くための適切な措置を講じる義務があった。」 「校長は、遅くとも、Xが精神的に疲弊していることを認識した8月から9月の時点で、Xの負担を減らして協力なサポート体制を構築すると共にXに対して休養を取ることや医療機関等への相談や受診を勧め、それが可能な執務体制を構築するべきであったものであり、さらに、Xがもはや担任として児童に対する一次的措置を講じることができない状況に至り、これを認識可能であった10月4日には、Xを本件クラスの担任からはずす等して、Xの精神疾患の予防あるいは早期発見に努め、もって、本件クラスの児童に対する教育環境の改善を図るべきであった。 また、X自身も、遅くとも上記各時点で上記体制を構築することや、担任を変える等するよう求めるべきであった。 しかし、Xや校長は、以下のとおり、およそ上記具体的措置を講じず、その結果、本件悪口をやめさせ、給食時の明子の孤立状況を予防解消したり、校外学習日の非難及び悪口をさせないようにしたりすることができず、明子は、これにより精神的苦痛を蓄積していったと考えられることからすると、Xや校長が、上記各時点までに上記具体的措置を講じていたら、それにより明子の精神的苦痛は相当程度軽減されたものと認められる。したがって、校長及びXは、安全配慮義務を怠ったというべきである。」 ●自殺の予見可能性について 「相当因果関係があるというには、具体的予見可能性が必要である。」 「本件自死について検討するに、まず、@明子には、学校においても、家庭においても、自殺をほのめかす言動が一切なく、突然の態度の変化や、別れの準備をする行動、危険な行為の繰り返し、自傷行為に及ぶといった等の自殺の前兆行動は見受けられなかったこと、A上記認定の経緯からすると、明子は、本件自死直前に首吊りを決意したと認められ、突発的に本件自死を図ったものであること、B本件悪口、仲間はずれ及び校外学習日の非難といったいじめを受ければ自殺するということが一般的なことということは困難なことからすると、Xや校長は、本件自死を予見することはできなかったといわざるをえない。」 学校の自殺予見可能性については認めなかった。したがって損害賠償も、明子さんが自殺したことの損害賠償ではなく、精神的苦痛に対する損害賠償となった。 ●過失相殺について 「N小は、義務教育を行う公立の小学校であるから、いかなる生活環境におかれた児童に対しても、その教育を受ける権利に応えなければならず、学校における教育活動及びこれに密接に関連する生活関係における児童の安全の確保に配慮すべき義務があり、いじめの対象になってよい児童は存在しない。 明子に対する本件悪口や給食及び校外学習日の状況について、明子の側に過失相殺をすべき事由はない。」 原告側の過失相殺を否定。ゼロとした。 【調査報告義務違反】 ●学校の調査 「明子は、本件自死の2日前に、N小において『こんな学校もう行きたくない、大嫌いだ。』と大声で泣いて訴え、その翌日学校を欠席したのであるから、本件自死が学校生活上の問題に起因する疑いのあることは明らかであり、被告桐生市は、本件自死当日に、本件自死を知らされた時点で、必要かつ相当な範囲内で、速やかに事実関係の調査をし、保護者に対しその結果を報告する義務を負ったものである。」 「原告両名が本訴提起前に入手した資料は、校長報告書のみである。」 「(ア)N小は、本件自死後、学校生活アンケートを実施し、これを基に児童に対する聞き取りを行っている。 しかし、学校生活アンケートの質問事項は、本件自死を念頭において作成されたものではなく、6年生を対象に行った児童に対する聞き取りは、上記アンケートの結果をもとにして実施された上、聞き取り事項については実施する各教諭に委ねられたことから、明子が5年生時に臭いと言われたと訴えた際のうしろの席の児童に、その当時のことを聞いておらず、明子と一緒に給食を食べた児童に明子だけが一人で給食を食べ始めてから一度しか一緒に食べなかった理由を聞いていない等具体的に判明している事実について踏み込んだ聞き取りが行われていない。 そして、明子が本件悪口を言われたり、給食を一人で断経るようになったりした経緯、明子の交友関係の実情や明子に対する他の児童の感情等、問題の背景に踏み込んだ十分な聞き取りが行われたとは言い難いものであった。 (イ)本件自死に関し、原告両名に対する聞き取りはされていない。 (ウ)校長報告書は、市教委教育長宛の報告書であるのに、N小の教諭等の認識については、市教委が実施した警察から何を聞かれたかについての聞き取りといういわば組織防衛を目的としたものを基に作成されており、児童アンケートや児童からの聞き取りを基にした聞き取りもしていない、事案解明の聞き取りとしては、不十分なものであった。 (エ)本件クラスにおいては、本件自死の約1月前に、本件ルール作りのために、本件クラスについてどのように思っているか、どのような点を改善した方がよいと思うか、教諭に何を求めるかについて回答を求める振り返りアンケートを実施しているが、N小が、このアンケートの集計結果や明子を含む各児童の回答を、被告桐生市に報告すべき対象として調査した形跡はない。」 (オ)被告桐生市は、本訴において、振り返りアンケートの集計結果だけを提出し、本件クラスの児童の回答書自体を提出しないが、この回答書は、Xが、これを廃棄したとは証言していないことから、少なくともXが休職を開始した本件自死後の平成22年11月12日までは存在したと認められる。 上記回答書は、(中略)本件自死の背景を調査するにあたって重要な資料であることは明らかである(したがって、仮に、N小において、これを廃棄したとすれば、それ自体、重大な調査報告義務違反にあたるというべきものである。)。 そして、振り返りアンケートの実施やこれに基づく本件ルール作りに関わった者及びそれらの報告を受けた校長は、本件自死を知らされた時点で、明子の振り返りアンケートの回答内容を確認すれば、容易にかつ迅速に、そして本件クラスの児童の心理に影響させずに、明子の心情等を知り得る可能性があることに気づいたものと推測される。しかるら、校長報告書には、本件ルール作りに関する記載はあるが、振り返りアンケートに関する記載は一切ない。」 (カ)校長報告書は、その半分以上を本件自死後における学校の対応について記載したものであり、本件クラスの状況や学校がとった対策、明子が他の児童から悪口を言われていたことや、給食時の様子及び校外学習日の様子を羅列しただけであって、校長の報告書における聞き取り調査の結果の分析は不十分なもので、問題の背景に踏み込んだ考察が記載されているとはいえないものである。(中略) すなわち、校長報告書は、事案解明に積極的に取り組み、その結果を記載したものとは言い難いものであった。」 「原告両名が、桐生市情報公開室を通じて、校長報告書を入手したとしても、被告桐生市が調査報告義務を果たしたということはできず、原告両名に対する上記義務不履行に基づく損害賠償債務を免れることはない。」 ●第三者調査委員会について 「桐生市は、12月、本件自死といじめとの因果関係について第三者の立場から公平かつ客観的に調査し、結果を報告することを目的として第三者調査委員会を設置した。 そして、第三者調査委員会として、上記目的にそう調査報告をするためには、被告桐生市から提出された資料を検討するだけではなく、あるべき資料がすべて提出されているか確認し、不足があればその提出を求め、N小が実施した教諭や児童に対する聞き取りが不十分である場合には、これを補足するための聞き取りを実施すること等が必要である。」 「被告桐生市は、第三者調査委員会に対し、本訴で提出した証拠のうち、X作成の学級の見立て、学級経営アセスメント研修の写真、振り返りアンケートの集計結果を当時所持していたにもかかわらず提供せず、また、振り返りアンケートの明子を含む児童の回答書については、当時所持していたか明らかではないものの、提供しなかった。」 「第三者委員会は、『平成22年度6年○組関係指導事項等まとめ』と題する書面の提供を受けて、振り返りアンケートが行われたことを認識できる状態にあり、少なくともその集計結果については、存在するにもかかわらず、被告桐生市から提供されなかったのであるから、これを提供するよう求めた上、本件自死の約1月前の明子の心情を踏まえた更なる調査をし、これを前提として調査結果を報告すべきであった。しかし、第三者調査委員会は、振り返りのアンケートの提供を求めていない。」 「第三者調査委員会においては、重要な資料を踏まえず、必要な補足調査も行われていないから、適正な調査報告がされたということはできない。 そして、新たな事実調査が行われず、その結果、第三者調査委員会が設置されたことにより新たに判明した事実は存しないまま、第三者調査委員会から、本件自死について、家庭環境等の他の要因も加わり、自死を決意して実行したと判断することが相当であるとの結論が示されたものであるから、被告桐生市が原告両名に対する調査報告義務を果たしたということはできず、原告両名に対する上記義務不履行に基づく損害賠償を免れることはない。」 「本件自死についてのN小独自の調査も、第三者委員会の調査も不十分であると言わざるをえず、そのため、本訴提起により原告両名に対して証拠として提供された資料も不十分なものであるため、調査報告義務違反による損害賠償債務が免ぜられることはない。」 「原告両名は、本件訴訟を提起したことにより、N小の調査結果の一部及び被告桐生市が第三者委員会に対して公布した資料を入手することができたものであり、このことは、被告桐生市の訴訟代理人らが、自らの守秘義務と児童らのプライバシーに配慮しながらも、真実義務を可能な限り果たそうとした結果ということができる。」「損害賠償債務の減額事由にはなると考えられる。」 「第三者調査委員会の調査結果という、一見客観性が担保され信用があるように受け止められる報告において、何ら新たな事実の判明もないまま本件自死には家庭環境にも一因があるとの結論が出されることとなった。その一方で、本訴を提起することにより、N小独自の調査結果の一部を入手することができた。」 裁判所は、学校・教委の調査報告義務違反を認めながら、本件裁判に書類を提出したことについては評価。損害賠償額から減額している。 ※事実的因果関係と相当因果関係 不法行為として損害賠償が認められるためには、加害者の行為と損害発生との間に因果関係(事実的因果関係)が認められなければならい。しかし、この因果関係を単なる条件関係ととらえると、行為者は際限もない責任を負わされることになってしまうため、現在では、相当因果関係の範囲に限定している。相当因果関係とは、経験的知識に照らして、通常発生すべき結果に対して、すなわち、行為の時に認識していた、また認識可能であった結果にたいしてのみ法的因果関係ありとするもの。 「学校教育裁判と教育法」/市川須美子/2007年7月20日三省堂」参照 ******************* 被告桐生市と群馬県は、前橋地裁の判決を不服として控訴した。 判決文には、原告代理人弁護士は1名しか書いていないにもかかわらず、被告代理人は13名もの弁護士が名前を連ねる。 被告に、この時間と労力、熱心さと予算があるなら、明子さんが亡くなった直後の調査と再発防止にこそ、使ってほしかった。 なお、前橋地裁では、加害児童の保護者を訴えた裁判が、継続中。 |
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●武田私見 ●いじめの認定について 前裁判長であった西口元裁判長は、「事実関係は、悪口はウエゴリー、キモイ、こんな時だけ来るのかと言われた、この3点だけで、争いはない。一人で給食を食べたということも争いがない。4年生のときに転校してきて、男子生徒から「どけ」と荒っぽい言葉を言われた。」「こういう発言、悪口を言えば子どもは死ぬものなのか。」などと法廷で発言した。 新しい弁護士の力なのか、裁判官の違いなのか、判決文は100頁に及び、明子さんへの悪口や他のいじめについても、丁寧に描かれていた。それは明子さんの辛い気持ちが十分に伝わってくる内容だった。 また、明子さんへのいじめの中心となっていた男子児童が、他の児童や担任教師をもいじめていた様子が書かれていた。 学校は給食を一人で食べていたのは、まるで明子さんにその気がなかったり、溶け込もうとする努力がなかったからだというような主張をした。しかし、判決文を読むと、明子さんが勇気を振り絞って、同級生に声をかけていたこと、明子さんに同情するクラスメイトもいたが、いじめの中心になっていた児童に脅されて、明子さんをかばいたくてもかばうことができない状態にいたこと、さらに傷ついている明子さんを見て、「よく一人で食べられるね」などと心無い言葉を言う児童もいたことが書かれていた。 担任が明子さんと一緒に給食を食べてくれるように促しても、一人の女子児童が一度応じただけで、またすぐ元の状態に戻ってしまったこと、その状態の中での担任の「一人で頑張っているね」という発言だった。 過去のいじめ裁判において、どんなおざなりな対応で、それがかえって被害者を追いつめる結果になっていたとしても、学校や教師は一応、やれるだけの対応をしたと評価している。しかし、当裁判官の判断は、被害者の身になったとき、学校の対応はどういったものだったかを考えたうえで、担任の声かけはかえって明子さんを絶望させるものだったと認定している。この違いは大きい。 ●6年生時の学級の様子と担任の力量 判決では、6年生当時、学級崩壊状態で、担任教師も児童にいじめられていた状況だったと認定。それを解消しようと校長も一緒になって対策を立てたものの、学校や担任が行ったといういじめ防止措置も、むしろ弊害が大きかったとしている。 他のいじめ事件、いじめ自殺でも、学級が荒れていたり、崩壊状態であることはよくある。問題行動を繰り返していた子どもがいじめをしており、学校や家庭が放置した結果、何人もがいじめられて不登校になったり、転校したりしていたということはよくある。しかし、裁判となると、学校はそれを認めようとしない。 1986年2月1日、「このままじゃ生きジゴクになっちゃうよ」と遺書を残して自殺した東京都中野区立富士見中学校の鹿川裕史(ひろふみ)くん(中2・13)の事件(860201)に似ている。 裕史くんの担任教師も、生徒からもいじめられており、目の前でいじめを見ても注意もできなかった。 裕史くんが自殺につながる家出をする直前、担任教師は、トイレに投げ捨てられていた裕史くんの汚れたスニーカーを洗ってやりながら、「ぼくにできるのはこれだけだ」と言った。 明子さんにかけた担任の一言、「頑張っているね」の言葉も、明子さんがいじめられているのを知りつつ、自分には励ますことしかできないと言っているのと同じだ。 なお、裁判所は、昨年9月、休職中の元担任教諭Xが入院している病院で、原告、被告両代理人弁護士を伴て、証人尋問を行ったと聞いている(伝聞なので不確か)。 前裁判官は「証人尋問の必要はない」と言っていたが、原道子裁判長は、学校や教委が隠したがっていた担任に尋問を行っている。その成果は大きかったと推測される。 通常、学校が隠したがる証人というのは、嘘をつくのが下手で、いろいろ質問されると辻褄があわなくなったり、ポロリと本当のことや本音を言ってしまう人物が多い。とくに、心が弱っている状態の人間は、追求されるといろいろとしゃべってしまいやすい。とくに担任は亡くなった児童との関係が深いので、罪悪感から、事実を話してしまいやすい。 自殺があった学校では、担任や部活動顧問はできるだけ遺族と合わせないようにし、合わせるときには必ず管理職が同行して、言動を抑制する。 子どもが教師にいじめを相談しないのは、ちくったとして報復が怖いということもあるが、教師に相談しても無駄だと思うと相談できない。また、保護者や本人が何度も訴えたと話していても、事件後は一切聞いていない、他のことを話したと否定される。何か書いたものや、録音したものがないと、立証が難しい。 なお、判決では、担任教師の指導力の問題だけでなく、すでに精神的にも追いつめられていた状態の担任をサポートしたり、学級正常化のために担任を変えるなどの対策をするべきだったなどと、校長のすべき対応についても書いている。 これはあくまで想像でしかないが、女性担任の時に多く問題行動が発生し、他の教師に変わると収まったというのは、愛着障がいが疑われる。 愛着障がいは、5歳未満に母と子の間に「愛着の絆」が形成されなかったことによる人間関係の障がいで、愛着障がいになると、「自分のイライラや不満を抑える自制能力」が奪われる。また、「人間関係が築けない」ことから、様々な問題が起きる。他人の気持ちに無関心で、否定的になったり、親密な関係が結べない。他人を支配したり、コントロールしようとする。怒りの感情をぶつけようとする。 多くのいじめ事件で、被害者になったり、あるいは被害感情が強く、いじめを行ったり、他人を攻撃したりしている子どもの中に、成育歴に問題があるのではないかと思われる子どもは多い。 このような子どもが一人いると、その言動に引きずられて、学級が崩壊することがある。 愛着障がいでは、とくに、相手によって態度を大きく変えることがある。自分にやさしくする、理解しようとする相手に強く反発し、男性の先生の時にはあまり目立たなかった問題行動が、女性の先生の時には噴出して、周囲からも教師の指導力不足と思われやすく、理解が得られないために、教師自身が鬱状態になったり、時には自殺にまで追い込まれることがある。 ●自殺の予見可能性について 判決では、残念ながら、自殺の予見可能性は認められなかった。 しかし、明子さんの自殺は2010年。2005年に北海道滝川市の松木友音さん(小6)が自殺をはかり、2006年1月に亡くなり、9月頃には市教委の隠蔽が大きく報じられた。その後、いじめ自殺が相次ぎ、いじめによる自殺の予告も相次いだ。 当時の伊吹文科大臣が子どもたちに呼びかけを行ったり、文科省からいじめ関連の通知が出されたり、2007年1月19日には、文科省の児童等の問題行動調査を行う際のいじめ定義が、「@自分より弱いものに対して一方的に、A身体的・心理的攻撃を継続的に加え、B相手が深刻な苦痛を感じているもの。」から、「当該児童が、一定の人間関係のある者から、心理的・物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの」に改めた。 松木友音さんの自殺は、修学旅行で仲間はずれにされたことが自殺の直接の引き金となったと大きく報道された。仲間はずれが自殺の引き金になる可能性は十分に予見できたし、学校はするべきだった。 明子さんが亡くなった2010年の8月17日には、大阪府高槻市の小学校の女子児童(小3・8)が、自室ベランダで首吊り自殺。女子児童は1月25日に転入。2月1日と15日に、道具箱や教科書、ドリル計12冊に「しね」という落書きがあったが、誰が書いたか特定できなかったことが、大きく報道されていた。 また、小学生はちょっとしたことが引き金となって、短絡的に自殺に走ることがあることは、2006年3月16日福岡県北九州市若松区の市立小学校の永井匠(たくみ)くん(小5・11)が担任の女性教師に強くしっ責されたあと、帰宅直後に自宅で首吊り自殺した事件が大きく報じられていたはずだ。 校外学習で大泣きした事件のあと、担任は明子さんをフォローしていないが、帰宅途中で自殺するおそれさえあったと言える。 1994年9月9日、兵庫県龍野市の内海平くん(小6・11)が担任教師の体罰のあと、帰宅直後に自殺した事件では、2000年1月31日、神戸地裁姫路支部の原告勝訴判決のなかで、「生徒の受けた肉体的・精神的衝撃がどの程度のものかを自ら確かめ、生徒に謝罪するなどの適切な処置をとって精神的衝撃を緩和する努力をしていれば、自殺を防止できたがい然性が高い」として、教師の安全配慮義務違反と自殺との因果関係を認めている。 なお、2007年の改正で、文科省に上げる児童等の自殺の原因について、それまでは一つしか丸を付けられなかった「自殺した児童生徒が置かれていた状況」の原因を、2006年度調査から、「複数回答を可とする。自殺の理由に関係なく、学校が事実として把握しているもの以外でも、保護者や他の児童生徒等の情報があれば該当する項目すべてを選択する」と変更されたが、桐生の事件では当初から遺族は「いじめが原因の自殺」と訴えており、学校も自殺の原因かどうかは別にしてもいじめが存在していたことを認めながら、2010年の文科省統計では小学生の自殺は1で、いじめ自殺は0になっている。20140327jisatu (上記小3女児の自殺も2010年。同年の警察庁統計では小学生の自殺は男3、女4の計7人) ●学校の調査報告義務違反について この判決では、今までどんないい加減な調査報告であっても、学校・教委の裁量権の範囲内とされ、義務は果たしたとされていたものが、学校生活アンケートの質問事項は、本件自死を念頭において作成されたものではないとし、聴き取り調査も具体的に判明している事実について踏み込んだ聞き取りが行われていない、両親から聞き取りをしていないことなどから、義務を果たしていないとした。 また、校長の学校事故報告書に関しては、いわば組織防衛を目的としたものを基に作成されたとまで書いている。 今まで多くの学校裁判で、原告側が学校や教委の隠蔽を訴えても、ほとんど裁判所は取り上げてこなかったのをきちんと取り上げている。しかも、振り返りアンケートの回答書については、「回答書は、(中略)本件自死の背景を調査するにあたって重要な資料であることは明らかである(したがって、仮に、N小において、これを廃棄したとすれば、それ自体、重大な調査報告義務違反にあたるというべきものである。)。」とまで言っており、今後の事件後の学校の調査や証拠物の扱いに一石を投じるものとなっている。 さらに、裁判で被告側が資料を提出したことを評価し、損害賠償額から減額している。今後、このような裁判で、学校や教育委員会が積極的に情報開示することを期待したい。 ●第三者調査委員会について 桐生の第三者委員会については委員名が秘匿されるなど、当初から遺族は不信感を抱いていた。しかも、委員には行政の顧問弁護士が入っていた。すでに裁判が始まっている中で、どこまでを遺族に開示するかは、市の判断に委ねられたという。その内容はA4用紙で28頁だったが、市の代理人弁護士が要約したA4版2枚の概要だけを公表し、遺族が依頼した弁護士にも同じものを渡した。 http://www.jca.apc.org/praca/takeda/pdf/2010chousaiinkai.pdf 判決では、「第三者調査委員会においては、重要な資料を踏まえず、必要な補足調査も行われていないから、適正な調査報告がされたということはできない。」「新たな事実調査が行われず」「新たに判明した事実は存しないまま、第三者調査委員会から、本件自死について、家庭環境等の他の要因も加わり、自死を決意して実行したと判断することが相当であるとの結論が示された」「第三者調査委員会の調査結果という、一見客観性が担保され信用があるように受け止められる報告において、何ら新たな事実の判明もないののまま本件自死には家庭環境にも一因があるとの結論が出されることとなった。」などと、現在各地で乱立する第三者委員会の調査のあり方や、結果を盲信することの危険性に警鐘を鳴らしている。 ●いじめ自殺裁判の流れ 私が現在把握しているいじめが原因ではないかと報じられた子どもの自殺は、2013年までで、小学生16人、中学生186人、高校生69人の計271人(大学生・学校卒業後の無職及び個人的に聞いているものを除く)。 (20140327jisatu 参照) このうち、2012年度までに文科省に統計があがっている子どものいじめ自殺(2005年までは公立学校のみ)は、小学生3人、中学生53人、高校生14人の計70人。 子どもの自殺の背景に、いじめがあるのではないかと思っても、学校や教育委員会がきちんと調査し、情報を遺族に開示しない限り、遺族が立証することは難しい。 上記271人のうち、私が把握している範囲で、遺族が民事裁判を起こしたものは、係争中(本年4月に提訴予定を含む)を含め43遺族。16パーセントしかない。(20140327ijimejisatusaiban 参照) 43遺族の内、訴訟を複数提起している場合が5件あるので、訴訟数は48件。内5件は一審判決も出ていない係争中。 現時点で、上告中も含めて、一部認容(勝訴)は15件(一部認められたものの内容的には敗訴のものを含む)。 子どもたちの行為に、激しい有形暴力があったものは比較的認められやすいが、有形暴力を伴わないものは極めて難しい。一部勝訴が確定したものは私が知る限り、2006年8月18日に名古屋経済大学市邨(いちむら)中学校時代のいじめの後遺症で自殺し、学校法人相手に訴訟した橋美桜子さんの民事裁判くらいしかない。それも、名古屋地裁では、いじめの後遺症と自殺との因果関係を認め、自殺の予見可能性までも認めていたが、高裁では自殺との因果関係は認められなかった。 48件中、和解が成立したのは、13件。中には、一切の金銭的な要求をあきらめたものもある。 判決では勝てないと思われることから、納得しなくとも、和解せざるを得なかった。 48件中、上告中を含め現時点で敗訴しているものは15件で、一部勝訴したものと同数。 桐生の判決が確定するなら、いじめ自殺裁判の大きな転換期になるだろうと期待したが、一審被告側は上告した。 控訴審では、ぜひ、自殺の予見可能性を含めて、さらに画期的な判決が出ることを期待したい。 裁判で、行政が負けることは、学校の適切ないじめ対応を促すうえで、大きな力になる。 271人もの子どもの命の無念を晴らし、いじめ自殺再発防止のために。 |
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