2008/1/10 | 自閉症児Nくん転落事件の裁判。専門家の意見。 (障がいのある児童生徒の事件・事故 一覧) | ||||||||||||||||||||||
2008年1月10日(木)、東京地裁八王子支部401号法廷で開かれた自閉症児Nくん転落事件(平成18年(ワ)第2354号)の裁判で、自閉症教育に詳しい広島国際大学教授・伊藤英夫先生(元東京学芸大学)が証言台に立った。 伊藤先生は、知的障がいを中心として、自閉症の研究に長年携わってこられた。 言葉をしゃべれない、あるいは苦手とする自閉症のひとたちの代替コミュニケーションを研究されている。 特別支援学校・学級の教師への指導や助言もされている。 原告代理人の児玉勇二弁護士から主尋問が始まる。 Q:Nくんとのかかわりは? A:Nくんとは、Nくんのきょうだいを通して知り合い、平成10年7月にお母さんから相談を受けた。Nくんを観察した結果、視線があわない、言葉によるコミュニケーションができないなど、自閉症の特徴がみられたため、知的障がい児の通所施設・K学園を紹介。卒園までの3年間、様子を見てきた。卒業後は直接は会っていないが、母親から相談を受けるなど、様子を聞いていた。 Q:自閉症児の主な特徴は? A:自閉症は以前は親の育て方などと言われた時代もあったが、今は中枢神経の障がいであることがわかっている。 主に、1..対人障がい、2.コミュニケーション障がい、3.興味が狭い・パターン化しやすいなどの特徴がある。 対人とコミュニケーション障がいは表裏一体。対人障がいでは、相手の気持ちを察したり、相手の立場になって考えることができない。コミュニケーションについては、音声言語を聞き取って分析することに障がいがある。相手の言っていることがわからない。先の見通しが立たないと混乱する。泣いたり、騒いだりして、相手に伝える。 Q:パニックになったときはどうしたらいいのか? A:パニックにならないようにすることが大切。彼らがコミュニケーションしやすいやり方を心がける。サインや絵を使うと混乱がかなり減少する。 一旦パニックになると、何を言ってもわからない。そういうときは、クールダウンさせることが大切。 Q:自閉症全般の特徴はわかった。Nくんの特徴は? A:視線があわない。幼児期は多動だった。コミュニケーションは、聞いて理解することが難しい。言葉はK学園で伸びて、言葉での表現も可能だが、いざというときに、自分の思いを伝えられない。 Q:事件当日の指導についてはどう思うか? A体育館の倉庫にひとりにしておいたことは問題。Nくんがどういう状況になるか考えてみると、予測としては、 ドアが閉まった → そこから出たい、「ずっと入っていなさい」 → 困った、となる。 鉄製の扉には窓がない。安全管理上の問題がある。障がい児がパニックになったときにクールダウンさせる特別な部屋というのがあるが、必ず窓がある。そのようなやり方とは明らかに違う。 倉庫に入ってしまう児童に対しては、「入ってはいけない」ことを教えることと、「そこから出す指導」が必要。 例えば、知的能力の高い高機能自閉症のひとでも、おみやげを渡すときに、「つまらないものですが」と言われて、「つまらないものはいりません」と返したというエピソードがある。文字通りの意味以外のことを理解するのが苦手。 「入っていたければ、ずっと入っていなさい」と言われれば、「入っていなさい」という意味だと理解する。一人にされて、助けを求める相手もいない。パニックになる。 「入っていたければ、ずっと入っていなさい」という言葉を「早く出てきなさい」という意味で使うのは、自閉症の特徴を少しでも知っているひとなら、明らかに指導上のミス。 Q:パニックが起きたときの指導方法は? A:他のことをやらなければならない時間にNくんは倉庫に入ってしまった。このようなとき、指導者は、どうして行きたがるのか、何に興味があるのかを考えなければいけない。 今までは、児童が「うまく行動できない」「課題ができない」のは、障がいの重さの問題だと考えられてきた。しかし、指導の仕方が悪いからできないのだと考えを改め、指導計画を変更したり、指導法を改善すべき。 一人だけ離れるのは、授業が面白くないからかもしれない。もっと興味を示す指導を工夫するとか。入ったらいけないとろこに入らないためには、どういった指導をすればよいか配慮すればこういうことにはならない。 部屋の環境も大事。自閉症児がパニックに陥ったときに入るクールダウン部屋は頭をぶつけても大丈夫なようにスポンジが貼られている。窓があれば脱出の可能性がある。 自閉症児がかんしゃくをおこしたり、パニックを起こしたときには、いちばん身近な教員がなだめる。静まるまで見守る。教師の目のとどかないところにおくのは、いちばんやってはいけないこと。 壁がコンクリートだったり、床が固かったり、窓があれば危険を伴う。ホテルの屋根伝いに逃げ出した子どもが転落した事故もあった。 自閉症児のための安全管理や条件整備が必要。パニックになると、窓ガラスを割ったり、ものを投げたり、自傷行為をすることがある。 Q:この事故を教訓にすると? A:特別支援学校では、それなりの対応と努力が充実している。特別支援学級の場合、なかには熱心なところもあるが、普通学級から移動した知識も経験もないひとが、突然、障がい児を指導しなければならないことがある。指導の専門性に問題がある。もう少し適切に、自閉症に対する理解があれば、事故は起こらなかったと思う。 事故のあとに急遽、研修を行ったのは、十分な知識がないまま指導に当たっていた証拠。最初から、十分な教育、勉強をしてもらわないといたましい事故が起きる。 専門性の向上、研修、教師の適正な配置が大切。 Q:校長は自転車で遊んでいて落ちた可能性を言っているが? A:ひとりで閉じ込められ、教師の叱責をうけ、パニックになっているはず。なかで遊ぶことは全く考えられない。 扉の前には先生がいる。別の場所から逃れたいというのが通常のパターン。 ********** ここから反対尋問。 Q:K学園を出たあとの子どもたちの進路は? A:特別支援学校(旧・養護学校)に行く子もいれば、普通学校の障がい児学級に入る子どももいる。 Q:Nくんは自閉症のどの程度か? A:中度。自分の身辺のことができる。 Q:障がい児学級に進んだことは妥当か? A:就学に関して、何が妥当か我々が判断できない。一般的に軽度の子が普通学校に、重度の子が養護学校に行くことが多いが、軽くても、きめこまかな指導が受けられる、いじめが心配などで、養護学校に行くこともある。 保護者がどういう教育を望むか、最終的には親の判断。私たちは、ここがいいとは勧めない。 Q:パニックになったNくんが高いところに乗っているのを目撃したことは? A:机や棚の上に乗っているのを見たことはある。ほとんどの子どもがやっている。しかし、パニックになっている時に遊んだりしない。 子どもたちが高いところに上るのは、楽しいから。パニックになったら、泣くか、寝転ぶか、自傷行為をしたり、逃げ出す。 Q:窓から出たというのは誰から聞いたのか? A:警察からそう聞いた。一輪車にのぼって、窓から出たと。 Q:窓からの出方だが、警察は後ろ向きになって、窓のへりにぶら下がって降りたと言っている。そのような、ぷらさがるように降り方は冷静だった証拠ではないか? A:いろんな場合が想定される。相当高い場所で、着地点が遠ければ、そういう降り方をしたという可能性はある。 Q:走って転んだ可能性についてはどう思うか? A:転んだ程度の傷ではないという医師の意見書を読んだので、それはないと思った。 Q:一人ひとりの子どものニーズに合わせて、複数の児童を教師一人が指導するのは目が届かないこともあるし、指導が十分できない。きめの細かい配慮というが、実際に場面、場面で、大勢の子を前に個々の子どもに目を配るのは難しいと思わないか? A:やり方しだいだと思う。 Q:保護者と教師との連絡帳は、原告側が現物を提出しないので、一部しかみられないのだが、外に遊びに言ったときに、急に雪が降ってきたので、電車からバスに変更になって、Nくんが泣いた。親は伝え方の問題だと連絡帳に書いているが、担任は全体の子の対応に大わらわだった。どう思うか? A:自閉症の子は耳で聞いて理解することが難しい。目で見て理解する。また、突然、スケジュールが変わると混乱しやすい。絵や写真で、書いて、理解させる。 Q:バスの中はぎゅうぎゅうづめで、担任はNくんに近づくことさえできなかった。 A:バスに乗る前に指導すべきだ。 Q:急な変更で、担任教師も大わらわでやられなければならないことがいっぱいあり、伝える暇がなかった。 A:Nくんにとって、それが非常に重要なことであるという認識が欠けていた。大わらわでやらなければならないことの一つに加えるべきだった。やらなくていい、後回し、という認識では困る。 Q:一般論として、パニックの原因は、けがをして強い痛みがある場合なのでは? A:多くの場合は、そうではない。 Q:Nくんが、倉庫の中のもの、もしくは、倉庫に入る行為に固執していた可能性は? A:あると思う。 Q:自閉症は言葉の意味をそのままとるというのは、高機能でもみられるのか? A:知的障がいの程度ではなく、自閉症という特徴をもっている人にはそういう傾向がある。 Q:Nくんが「そこにいなさい」と言われて、そこにずっといたことは? A:自分がやりたいことがあって、指導員の言葉をきかないこともある。 ******** 原告代理人から補足質問 Q:倉庫へのこだわりに対する指導り仕方が悪いとパニックになるのでは。閉じ込められたことで火に油をそそいだことになったのでは? A:子どもの頃、悪いことをすると押入れに閉じ込めるという罰をしたことに似ている。障がいをもった子を押入れに閉じ込めても、なぜ閉じ込められたかわからない。どこが悪かったか、何が悪いことなのか理解できず、意味のない形。 昔ふうのおしおきふう。苦痛を与えるだけで、教育効果がない。 パニックになったり、多動だったり、自傷行為をする可能性がある。パニックにならなくても、窓から出て落ちてしまうことはある。安全意識が欠如している。 最近、京都で、障がい児が職員の対応がまずくて自傷行為をしてしまったとして、訴えた裁判の判決があった。 自閉症のひとはうまくコミュニケーションがとれない。対応が悪いとパニックになる。自閉症の特徴、多動性への安全配慮を無視して、教育的効果のない閉じこめをした。 子どもの人権の見直しがされている。障がい児に対する人権は、指導上と区別つきにくく、軽くされてきた長い歴史がある。つつしまなければならない。 人権という点では、障がい児も、健常児と全く同じ扱いをしなければならない。自閉症は「いやだ」と思っても、それを相手に伝えることが苦手。彼らの立場にたって配慮すべき。特性を理解し、慎重に。相手によかれと思ったことでも、自閉症のひとにとって、不利、不都合になることがある。 ******* 被告代理人から補足質問 Q:倉庫のなかで、パニックになるか、冷静かの二者択一しかないように言われるが、もっと中間もあるのではないか? A:教師に叱責され、ドアが閉まる。自閉症児にとって、不安に少しでも思ったことはかなり気になること。楽しむこととは相容れないこと。 ***** 裁判官から Q:G教師は3年生まで持ち上がりだった。自閉症の子に、先生に対する愛着はあるのか? A:愛着は強くない。自分の要求を満たしてくれるかどうかの利害関係で、自分のいうことをきいてくれるひとにはついて行く。共感性が育つのは難しい。しかし、「よい先生」という判断はつくし、そういう人の言うことをきく。 Q:G教師が、「強く指導すると、自分に寄ってくることがあった」と供述しているが、こういうこともあるのか? A:通常は考えにくい。虐待を受けている子が、虐待者にくっつくということがある。強い指導を受けたくないからするのかもしれない。なるべく、くっついていて、叱られないようにしたいというのは考えられる。 ********** 今回、自閉症児指導の専門家の方の証言で、より問題点が明らかになったと思う。 すなわち、 ・言葉によるコミュニケーションを苦手とする自閉症児に対して、言葉で指導しようした間違い。 ・教師の目の届かない場所におくというのは、、多動性があり、パニックになりやすく、自傷行為をすることのある自閉症児には極めて危険であるということ。 ・パニックに陥った自閉症児を個室に入れて、クールダウンさせるやり方があるが、覗き窓があって中が見える、壁などに頭をぶつけるなどの自傷行為をしても大丈夫なようにスポンジが貼られている。危険なものが置いてあり、転落する可能性のある窓がある倉庫に入れるのとはまるで異なること。 ・自閉症児を罰として閉じ込めても、なぜ叱られているか意味がわからず、何の教育的効果がないこと。 ・自閉症の特性について、基本的な理解さえなされていれば、今回の事故は起こらなかった。 ・専門的な知識も経験もない人間が、障がい児学級を受け持つことの問題。 など。 いずれにしても、素人の私にもわかることは、治療目的以外で、子どもに強い恐怖や苦痛を与えるものは、たとえ指導という名目があったとしても、虐待であるということだ。 単に、障がい特性についての理解に乏しかったというだけでなく、子どもに対して、障がい者に対して、傲慢な教師の気持ちがこのような事故を招いたのだと思う。 障がいに対する無理解から、体罰をしたり、けがをさせてしまった事例はいくつもあるが、同事件を含めて関連性のありそうなものをいくつかピックアップする。
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