わたしの雑記帳

2001/9/25 津久井の控訴審に「和解勧告」


津久井の平野洋くんの裁判の控訴審(1審で原告=平野さん勝訴、これを不服として被告側控訴)で、双方の書類がほぼ出揃った段階で、裁判長から和解勧告が出た。
事実関係は1審でほぼ出揃ったので、今さら争うことはないだろう、あとは双方で歩み寄れるところは歩み寄って、裁判を終わらせてはどうかというのが、裁判所の意向。

弁護士の先生いわく、ひとつの典型的パターンということ。とりあえず、双方、和解のテーブルにつくということが決まった。和解に向けての具体的な話し合いは、10月30日(水)。一般の傍聴はできない。
和解の話し合いは1回でつくとは限らないとのこと。まして、相手が行政の場合、慰謝料を払うにしても、いくら以上は議会の承認がいるなど、即決できない問題があるという。

もし、和解になった場合、その条件をどうするか?
前田さんの「学校の調査報告義務を問う」裁判の場合、現行法で踏み込める領域には限界があるということで、1.自殺劇や嘘偽の報告をしたことに対して深謝 2.報告義務違反の事実を認める 3.町田市らは遺族の将来の事実調査に真摯に対応する 4.今後、重大事件においては、親と誠意をもって情報交換し、問題解決のための最大限の努力をする という約束を入れることで、8年目にしてようやく和解が成立した。
一方で、行政側は慰謝料支払いを一切、求めないことを条件として出し、民事訴訟ではやむをえないこととはいえ、娘の命を金に換算することに対して元々強い抵抗を感じていた遺族はこれを了承した。

遺族にとって何を一番に望むか。譲れないことは何か。和解の条件に何を盛り込むかの答えは遺族に委ねられる。
息子を亡くしたことの心労や裁判での心労も大きかったのだろう、現在、洋くんのお父さんは胃潰瘍で入院中という。退院まで1カ月はかかりそうとのこと。子どもを失った親は、自分自身の命をも削られる思いで日々を過ごしているのだろう。

傍聴支援にきているひとの間から、ぜひ、いじめの再発防止策を講じることを盛り込んでほしいとの意見があがった。しかし、言葉ではやさしく、現実には具体的に何をどうしたらよいのか。
洋くんのことを忘れないように学校内に「碑」を建ててもらったらどうかという案も出た。しかし、今の子どもたちはそういったものを大切にはしない。まして、教師側にこの事件を風化させずに語りついでいこうという信念がなければ、なおさら。かえって、「碑」にまでイタズラ書きをされたりすれば、死者を冒涜する行為にもつながりかねないという話になった。

現実に、いじめ自殺で亡くなった鹿川裕史くん大河内清輝くんの名前が、いじめに使われるという世の中の状況だ。二度といじめで亡くなるひとがいませんように、そう願った彼らの名前が、「お前も自殺しろよ」といじめに使われる皮肉さ。

裁判とはなんだろうと、時々わからなくなる。東京都や町田市が前田さんに約束したことがらが守られたとは思えない。「陳謝」「深謝」「謝罪」。大人たちの使うこれらの言葉はあまりにも空々しく、そこに一片の心さえ感じられない。事務員がワープロ打ちしたそれをもらうことにどれだけの価値があるのだろうか。
裁判が終わってしまえば、払う約束をした慰謝料さえ払わないものもいるという。それに対して裁判所は何もしてくれないという。

すがりついたものの実効性のなさ、頼りなさに、あんなにまでして争ってきたものはなんだったのだろうかと思う。
一方で、その紙切れ一枚の判決、「勝訴」が、いかに得難いものであるか、データを集めてみて実感している。死んでなお、踏みつけにされる子どもたちの人権。
そんななかで、津久井の一審勝訴は一条の光明だった。多くの先人たちがいて、苦しい裁判を闘ってきて、そこで勝つことはできなかったにしても、たしかに道を築いてきた。それらが、ようやく結実して、「いじめ自殺」で「元同級生らによる行為が自殺の原因」とし、また、学校が適切な指導をしなかったことの過失を認めたのだと思う。
この画期的な判決を引きずり下ろすような結果にだけは、絶対になって欲しくないと思う。

話し合いの結果、和解が成立するかどうかはわからない。しかし、いずれにしても、結審は近いのではないかというが、弁護士の先生の見方のようだ。


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