1.1.6 平和戦略
1.1.6.1 いくつかの定義
「戦略」とか「戦術」というような用語は、軍事的専門用語だが、一般的用語ばかりでなく、非暴力に関する思想家にまでまき散らされて来た。 これらの用語には、いろいろな、時には矛盾する使われ方があるので、それが何を意味しているのかを定義する必要がある。私は、バロウズ(1996)の例にしたがって、クラウゼビッツとリデル・ハート(1967)によって展開されたように、まず軍事用語に戻りたい。リデル・ハートは、戦略を「方針の究極目的を成就するために、軍事的手段を配備して、機能させる技術」と定義した。ここに方針とは「戦争の相手を支配する」ことである。 また、軍事的手段は、戦術(戦略の枠組みの中で採られる行動)と呼ぶこともができる。ジーン・シャープは、その軍事的な語源には言及せずに、大戦略、戦略、戦術と定義している。
「大戦略とは、紛争目標の獲得を目指す闘争グループが持つ資源すべてを統合し、支配するために役立つより幅広い概念である。さらに狭い用語である戦略は、闘争全体に対する幅広い行動計画であり、有利な状況を創り出すこと、いつ闘うかの決定、および全般的な紛争の中の各種の特殊行動を利用するための広範な行動計画を含んでいる。 戦術は、選択された戦略計画の範囲内での、さらに限定された紛争に対する計画にあてはまる。」
ジーン・マリー・ミュラーはもっと簡単に「戦略とは、ある一つの介入に関するいろいろな活動を調整し統合する構想と実行にかかわることである。戦術とは、これらの活動のそれぞれの構想と実行にかかわることである。」と定めている。
この報告書では、「戦略」と「戦術」という用語を、シャープとミュラーが定義したように用いる。
1.1.6.2 紛争介入の戦略
国連事務総長のブートロス・ブートロス・ガリが「平和のためのアジェンダ」を刊行して以来、平和維持(peacekeeping)、平和創造(peacemaking)、平和構築(peacebuilding)という用語は良く知られるようになった。 しかし、これらの用語を創作したのは、ブートロス・ガリではなかったし、もともとはブートロス・ガリが使ったように厳密な一連の順序の中で機能することも意味してもいなかった。ブートロス・ガリよりも20年も前に、それらを「平和へのアプローチ」と呼んだヨハン・ガルトゥングが、この三つの平和戦略を最初に記述している。それ以来これらの用語は、社会人類学者のステファン・ライアン(1995)のような他の著者たちによって詳細に論じられて来た。 この報告書の中に言及する時、これらの用語は民間側の広範な流儀で用いられており、国連によって使われている流儀ではない。これらの三つの戦略(というよりはむしろ「大戦略」)は、平和を持続させる全般的理論を形づくる、すなわち「対抗勢力を引き離しておいて、政治的解決を話しあいながら、最終的に敵対者同士が、平和なシステムと呼ぶことができそうな状態になるように努力すること」である。
ヨハン・ガルトゥングは、平和維持を「少なくとも関係者たちが、物を破壊し、他人と自分自身を傷つけることを止めるように抑制すること」と定義している。
平和創造は「関係者間の利害に関する認知されている紛争について交渉による解決のための探求に関係している」。 もしその活動が、グループあるいは個人を、可能性のある紛争解決についての対話に合意させたならば、それは平和創造活動と呼ばれるべきである。 ライアンの意見とは逆に、これは外交レベルにおいて、あるいはその紛争に巻き込まれている一般市民の間に起こすことができる。
平和構築は「暴力を伴う破壊的過程を方向転換させるように試みる最も直接的な戦略である」
これらの戦略は、ある種の活動と混同してはならない。 たとえば「対話」は、紛争の解決策を見つけるためと、紛争中の二つのグループ間の相互理解を育むための両方で使用されるかも知れない。前者の用法は平和創造の領域であり、後者は平和構築の領域である。 これは多くの活動が、たとえ三つのすべてではないにしても、少なくとも二つの戦略の見方を含んでいる、ということを示している。それにもかかわらず私は、それらを区別することが道理にかなっていると確信している。何故ならば、それらはいろいろな機能と問題を目立たせてくれるからである。
この三つの戦略は、同時に適用することが必要である。平和創造と平和構築とを伴わない平和維持は非常に難しいであろう。何故ならば、暴力がその過程を打ち壊すかもしれないし、平和の第一歩を妨害することを望んでいるグループは、武力衝突を挑発することが容易であることに気づくであろう。もし平和構築が有効でなければ、意志決定者はコミュニティの支持を失うかもしれない。また、平和創造が有効でなければ、その紛争を引き起こした意見の不一致は解決されずに残されるであろうし、暴力がすぐ再び始まるだろうという見込みが高くなる。
三つの戦略は、必ずしも非暴力で行われるとは限らない。前述したように、そこには力を用いた調停あるいは軍事的平和維持のような、強制が含まれることがある。 しかしその一方で、すべての非暴力的戦術/手段は、その戦略の一つ、あるいは、時には二つ以上、と容易に結びつけることができる。
通常この平和戦略は、紛争が暴力に激化した後で用いられるべき戦略として提示されている。ライアンとガルトゥングは、ブートロス・ガリと同じように、これをとり上げたように思われるが、最初の二人はこれらの戦略適用に順番がある、とする考え方を拒否した。
ここで、同じ戦略が、暴力が発生する前にも用いられている、と主張されるべきだろう。それは通常予防という言葉で表現されているが、どのような活動(戦術)が予防という言葉に該当するのかを綿密に観察すると、それらは広い意味で同じであることが明らかである。したがって予防は、どのような紛争を観察する時も重要な概念であるが、たとえ紛争が暴力以前であろうと、暴力以後であろうと、用いられている平和の戦略は同じである。ただし、用いられている戦術(手段)のいくつかだけは違っているかも知れない。相違点は三つの平和戦略が暴力紛争と紛争変換ならびに社会の変革を扱っているのに対して、予防が紛争の成り立ちを扱っている点である。予防には、地元の関係者たちによる外交と平和創造の努力のような、他では平和創造と呼ばれていることを含んでいる。そこには 予防的な平和維持(たとえば、マケドニアの国連平和維持派遣団)があった。もっとも持続可能な予防戦術は、社会経済的な変革および良好な統治などによってなされるべきである。
戦略 | 問題 | 機能 | 特徴 | 政府の目標 グループ | 代表的活動 | NGOの目標 グループ | 代表的活動 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
平和維持 | 暴力的行動 | 暴力の抑制、防止、減少 | 第一次引離し第二次結合 | 軍隊戦闘員 | 平和維持軍,市民または軍隊による監視団 | 暴力に関わりやすいグループと個人(例:暗殺団,軍隊,警察) | 監視、介在、存在を維持 |
平和創造 | 相容れない利害関係 | 紛争中の利害関係と立場を扱う | 結合 | 政府、政治的指導者 | 調停,あらゆる形式の調停 | 政治家の陰の第二階層の人々,中流階層,地方行政機関NGO,市民 | 「紛争解決ワークショップ」,対話集会 |
平和構築 | 消極的態度 | 態度に影響を及ぼす | 結合 | すべての市民 | 教育計画(例:民主主義について) | 通常は特定のグループ/コミュニティが対象 | 紛争変換の訓練,トラウマ癒し,教育活動,女性と共に,他 |
経済社会構造 | 紛争の構造的原因について取り組む | 根本的原因に取り組む | すべての市民,福利システム,ビジネス | 経済援助計画,構造的援助(例:民主的制度の設立,警備隊の改造) | 通常は地域的に限定された特定の目標グループ | 発展への協力 |