木に登ると、森も人も変わる。老若男女、障害の有無は問題なし。みんなで木に登って、自然を愛する心を育てよう。今回は、そんな活動を続けるツリークライミングジャパン代表のジョン・ギャスライトさんにご登場いただいた。
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まだ小さい頃、ボクはいじめられっ子だったんです。両親が離婚して1年間施設に入れられていたので、字が書けなかったり、どもる癖があったりしましたから。
ある日、学校から逃げ帰ってきたボクを見たお爺ちゃんが、「そういうときは木登りだ」って言うんです。なんでなのか分からないまま、近くの大きなシーダーの木のてっぺんまで一緒に登りました。すると町から海まで全部見えて、学校も小さく見える。そしてお爺ちゃんは「問題があるときは違う視点で見ないと。ほら、世界は広いよ。全てが学校じゃないよ」って言ってくれたんです。
また、「友達が欲しいのならば、面白いことをやらなくちゃ」って言われて、ツリーハウスもつくり始めました。そうしたら、ボクに意地悪をしていた子たちがやってきて「一緒につくっていい?」って。それで仲良くなってみたら、よく話が合う子でした。その子も家で寂しい思いをしていたんです。
木や森は、人を差別しません。誰もが木に登ることで、助け合うことや優しさ、“give(自分から何かをすること)”で自分も元気になることなどを、学ぶことができるのです。
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日本で残念なのは、小中学生は世界の全てが学校だから、学校で上手くいかないとなかなか自信が生まれないことです。他の国だと学校と遊びは全然違う世界ですけれど、日本はその境界線がハッキリしていないですよね。
子供って、ドングリみたいなものです。殻の中には大きな木になるパワーがつまっているけど、木になれる環境に落ちてくるものは少ないですね。でも、学校でいじめられたり褒められなかったりしてドングリになっている子供も、ツリークライミングで褒めたりチャレンジさせたりしていると、その殻にひびが入ってパワーが湧いてくるんです。日本の子供は元気がないって言われますけれど、ちゃんと環境をつくってあげれば、どこの子供にも負けませんよ。
ツリークライミングをやっていて一番楽しいのはボクかもしれません。子供たちが殻を割って大きな木になっていくのを、目の前で見られるんですから。
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ある時、ボクのつくったツリーハウスに重度身体障害者の彦坂利子さんが遊びに来て言いました。「私も木に登りたいな。昔はよく登っていたのよ。でも今は…」って。その時ボクは、子供の頃にお爺ちゃんが「人の夢を応援していたら、自分の夢も叶うよ。夢を運んでくれる人は人生の財産だよ」と言ってくれたのを思い出しました。彦坂さんの夢を応援したいと考えたことが、今のハーネスとロープを使った、誰でもできるツリークライミングのきっかけです。
自分で木に登れるようになった彦坂さんは、ドンドン元気になりました。そして2001年、その彦坂さんがアメリカで80mの木に登って一泊したのですが、そのことをいろんな人が見てくれて「日本から障害という壁を乗り越え、巨木に登る夢を運んで来てくれた」と評判になり、多くの人に感動を与えました。それまで海外では、スポーツとしてのツリークライミングが主だったのですが、そのことがあってから、世界中でこのようなプログラムが行われるようになっています。
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もともと人間は、森と一緒に暮らしていました。いつしか森の素晴らしさを忘れて街で暮らすようになったけれど、森はボクたちを待っているし、人間も戻ろうとしていると思います。今は“森とともに暮らす社会”へ向かう過渡期ですね。そこにはいろんな問題があるけれど、それをどうやって解決しようかっていう、エキサイティングな時代です。でも、そのきっかけがないと、なかなか戻れませんよね。ですから、ツリークライミングも、その役割を果たせれば嬉しいなと思っています。
今のボクの夢は、フォレストホスピタルをつくりたいということ。それで大学に戻って、ツリークライミングをして実際にどう人が変わってくるのかを、心理面・精神面での地上と樹上の違いや、脳波などの具体的データを取って研究しているところです。
(編集部)
JOHN GATHRIGHT
1962年アメリカオレゴン州生まれのカナダ育ち。1985年に初来日、1993年には日本の大学を卒業、以後愛知県瀬戸市を拠点としてコラムニスト、エコロジスト、ツリークライマーとして活躍中。「日本に興味を持ったきっかけは、カナダの海岸に流れ着いていた下駄なんです」
*8月にはジョンさんの本“ツリークライミング
樹上の世界へようこそ”(全国林業改良普及協会)が刊行されます。
森の列島に暮らす・目次
森の列島に暮らす・03年9月
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