「社会に対して
森林を育む運動を広めていくことを、『民』が、
『官』『学』より突出して行ってくれているわけで、それは本当に尊敬しています。でも、政府や国会議員など、
日本を動かしている人達に森林管理の大切さを正攻法で説得していく部分が、あまり進んでいないと思います。それは、
大学人である我々の課題でしょう」と太田猛彦さんは言う。この3月まで日本林学会長を務めた太田さんは、森林を対象とした
研究者のトップであると言える。
「現在、環境という言葉がつく世界でイニシアティブ(主導権)をとっているのは、国交省や通産省関係です。
本来ならば、森林サイドから環境保全の枠組みを語らなければならないのに、まだ力不足なんですね」
太田さんは、森林サイドが力をつけるための戦略を、林学会会長、学術会議員という立場を利用して講じてきた。
●
そのひとつは、日本技術者教育認定機構(JABEE)に働きかけ、農学分野では農学一般と農業工学しかなかった
ところに、『森林及び森林関連分野』を設けたことだ。JABEEとは、各国の認定機構が認定した学科は
グローバルスタンダードの教育を行っているとする国際協定に加入している機構である。
「これは、森林分野の技術者教育をグローバルスタンダードにしたかっただけでなく、日本の森林教育を
変えようという気持ちがあったのです。日本の大学は、就職が決まっていれば、単位をなんとかして卒業させてしまう
けれど、外国ではちゃんと勉強しないと卒業出来ません。JABEEは、そういう戦後の教育体系全体を変えようとして
始められた部分もあるのです」
教育改革を、農学分野の中では森林がリードしているのだ。
「これも、森林がイニシアティブを発揮すると言うことなんですよ」
● 一昨年、
農林水産省が農業と森林の多面的な機能の評価を日本学術会議に諮問した。その森林分野の座長を務めたのが太田さんである。
「農業にとって多面的機能問題は一課題でしかないけれど、森林の多面的機能といったら、森林問題のほとんどです。
昨年11月に発表された答申では、森林の多面的機能を語るには森林の根本を議論しないとダメだということで、森林の原理が
議論されています」
森林サイドがイニシアティブをとれなかったのは、その拠り所となる理論が貧弱だったからでもある。学術会議という
全分野の学者が揃っている場から出された森林原論は、どこに出しても説得力を持つものだ。
「これも、皆さんとは違うスタンスでの、社会への働きかけなんです」
● 森づくりを
運動としてイニシアティブをとるためには、私達も力をつけていかなければならない。そのためにも、ムードに流されない
で、科学に則った活動をして欲しいという。
「科学的に考えたら、森林には限界があることも学ばなければなりません。極論すれば、森林の水源かん養能力
なんて大したことないんです。でも、だから人工のダムをつくっていいとはなりません。森林は多面的機能を
持っているんですから。森林の機能では木材生産機能が大きいけれど、いままでは他の機能を無視して木材生産だけ
やってきたからダメだったんです。今後もCO2固定や水だけで森林を売り出したら失敗します。そういうことを
分かったうえで活動をすれば、強くなれるはずです」
文化機能など、科学的に解明しにくい部分も多い。それでも、より科学的な議論をすることが、運動を強くする
はずだという。
「森林はいまでも、太陽エネルギーだけに依存した世界です。人工のエネルギーを持ち込んだら、
森林は壊れてしまいます。だから、森と暮らすということは、生態系の一員のヒトとして暮らすということなんです。
そういう感覚を持った上で『森とともに暮らす社会』というものを論理づけていくことが大切ですね」
● 太田さんは
その立場から、森林問題に対して、理論的に、また教育を変えることによって対応してきた。 「でもやっぱり森林は現場ですよ。皆さんと一緒に運動を起こしていきたいという気持ちは大きいです」 立場は違えども、森林が好きということに変わりはないのだ。
(編集部)
TAKEHIKO
OTA
1941年東京都生まれ。東京農工大学農学部講師、同助教授を経て、1990年東大農学部教授、
現在に至る。森林水文学が専門。「林業学でも生態学でもない立場から森林を見てきました。そんな立場から駒場の教育学部では、
『森林と地球環境』という講義を開講しています。好評ですよ」 日本学術会議の答申「地球環境・人間生活に関わる農業及び森林の多面的な機能の評価について」の全文は、
インターネットで見ることができます。
http://www.scj.go.jp/info/data_18_4.html
森の列島に暮らす・目次 森の列島に暮らす・02年5月 森の列島に暮らす・02年3月
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