第3回口頭弁論(1999年12月8日) 

準 備 書 面

 【目次】


第四章 米軍用地収用特措法の違憲性

第一 問題の所在

一 米軍用地収用特措法は、第1条において「この法律は、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本における合州国の地位に関する協定を実施するため」に制定されるものであることを明記する。

 従って、米軍用地収用特措法は、日米安保条約及び日米地位協定が違憲・無効の場合には、その性格上当然に無効となる。

二 問題は、日米安保条約及び日米地位協定が違憲・無効とは言えない場合に、米軍用地収用特措法が合憲と言えるか否かである。

 職務執行命令訴訟最高裁大法廷判決(1996年8月28日)は、条約上の義務を履行するために必要な土地等を任意の契約により取得できない場合には、「当該土地等を駐留軍の用に供することが適切かつ合理的であることを用件として(駐留軍用地特措法3条)、これを強制的に使用し、又は収用することは、条約上の義務を履行するために必要であり、かつ、その合理性も認められるのであって、私有財産を公共のために用いることにほかならないものというべきである。」と判示して、米軍用地収用特措法を合憲と判断している。

 右最高裁判決は、「当該土地等を駐留軍の用に供することが適切かつ合理的であること」が米軍用地収用特措法を合憲とする不可欠の要件であることを明言した点で注目される。

 しかし、米軍用地収用特措法が合憲とされるためには、右実体的要件を備えるとともに、同法の手続きが憲法第31条の保障する「適正保障手続」に沿うものでなければならない。

 前記最高裁判決は、「(右第31条で)保障される手続の内容は、行政処分により制限を受ける権利の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきものである。」と判示した上、「これを駐留軍用地特措法の定める土地等の使用又は収用の手続についてみると、同法の定める手続の下に土地等の使用又は収用を行うことが、土地等の所有者又は関係人の権利保護に欠けると解することはできないし、また、国が主体となって行う駐留軍用地特措法に基づく土地等の使用又は収用につき、国の機関である被上告人がその認定を行うこととされているからといって、適切な判断を期待することができないともいえない。」として、米軍用地収用特措法は憲法第31条に違反せず合憲とした。

三 しかし、右判断には、問題が存する。

 第一は、米軍用地収用法が所有者等の利害関係人が使用・収用認定に対する意見を述べる前提となる使用・収用認定申請情報の開示制度を欠如させている点である。

 第二は、1998年の改正により収用委員会の判断を経ないで一定の要件の下に防衛施設局長に対し「暫定使用権」を付与している点である。
憲法第29条で保障される財産権を制限・収奪(使用・収用)するためには、所有者等の利害関係人の意見を述べる機会が十分に保障されなければならない。又、その判断は中立的な第三者機関によりなされなければならない。これこそ憲法第31条が「適正手続」として保障する具体的内容である。ところが、米軍用地収用法は、前記二点においてこの手続を十分に保障しておらず憲法に違反するものとなっている。

 以下、詳述する。

第二 使用認定申請書等の不開示

一 土地収用法第17条は、国が起業者となって申請する使用・収用認定について、建設大臣を使用・収用認定権者とし、米軍用地収用法第5条は、防衛施設局長が申請する使用・収用認定について、使用・収用認定権者を総理大臣とする。両法律は、実質的に事業認定申請者(起業者)と事業認定権者とを同一主体とする点で、同じ構造を有している。このような場合に、認定権者に適正な判断を行わせるためには、所有者等利害関係人に起業者の申請情報を適切に開示し、所有者等利害関係人に適切な意見を述べさせることは極めて重要である。土地収用法では、建設大臣に対し「事業認定書及びその添付書類」の開示(公告)を義務づけ、所有者等の利害関係人はこれを閲覧の上、意見を述べることが保障されている(同法第24条、第25条)。

二 しかし、米軍用地収用法は、防衛施設局長に対し「使用・収用認定申請書及びその添付書類」の開示を義務づけていない。同法第4条は、防衛施設局長に対し所有者等利害関係人の意見書を添付することを義務づけているものの、防衛施設局長に対しが意見を述べる前に右情報を開示することを義務づけていない(米軍用地収用法は、第14条で土地収用法を適用する旨定めるが、同条は土地収用法第24条(事業認定申請書の送付及び閲覧)ないし第25条(利害関係人の意見書の提出)の適用を除外している。)。

 従って、所有者等利害関係人は、「使用・収用認定申請書及びその添付書類」を閲覧できないままマスコミ情報だけをたよりに意見を述べることになる。しかし、使用・収用手続における所有者等利害関係人の意見陳述権の保障は、形式的に意見を述べる機会を保障することを目的としているものではない。その目的は、起業者の使用・収用申請に対して所有者等利害関係人が適切な意見を陳述する機会を保障し、それを通して事業認定権者(使用・収用認定権者)が誤りのない適正な判断を行うようにさせるところにある。

 従って、所有者等利害関係人の意見陳述権が保障されたというためには、起業者の事業認定申請書等が所有者等利害関係人の意見陳述前に公開されることが必要である。しかし、前述のとおり、米軍用地収用特措法は右意見陳述権を保障しておらず憲法第31条に違反するものとなっている。

第三 収用委員会の判断を経ない「暫定使用権」の付与

一 土地収用法の基本構造

 我が国の収用手続は、大別すると「事業認定手続」と「収用採決手続」の二つから構成されている。「事業認定手続」は、「認定権者の認定判断」により起業者に対し「収用申請権」又は「収用申請を行う法的地位」を付与する手続であり、「収用裁決手続」は、「収用委員会の裁決判断」により起業者に対し「損失補償金等の支払い」を条件にして「使用権・所有権等の財産権」を付与するものである。

 財産権を制限・収奪する手続をどのようなものとするかは、それぞれの国の実情、憲法を反映してそれぞれ異なる。

 日本国憲法は、第29条1項において「財産権は、これを侵してはならない。」と規定して財産権の保障を宣言し、同条3項において「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用いることができる。」と定めて、「公共のために用いる」ことと、「正当な補償」が行われることの二つの要件を充足することが不可欠である旨明記している。

 土地収用法は、この憲法の規定を受けて第2条で「公共の利益となる事業の用に供するため土地等を必要とする場合において、その土地を当該事業の用に供することが土地の利用上適正且つ合理的であるときは、この法律の定めるところにより、これを収用し、又は使用することができる」と定め、同法第3章において収用手続を「事業認定手続」と「収用裁決手続」との二つに分け、「公共のために用いる」ものであるか否かの判断を「事業認定手続」に、「正当な補償」の具体的内容を「収用裁決手続」に任せた。従って、財産権を収用するためには「事業認定手続」と「収用裁決手続」が行われること、すなわち、「使用・収用認定」と「使用・収用裁決」が必要であり、これは憲法上の要請である。

二 米軍用地収用特措法における「提供の必要性」、「提供の適正且つ合理性」要件の位置

 米軍用地収用特措法第3条は、「駐留軍の用に供するため土地等を必要とする場合において、その土地等を駐留軍の用に供することが適正且つ合理的であるときは、この法律の定めるところにより、これを使用し、又は収用することができる。」と規定する。

 この規定は、前記土地収用法第2条に対応するものである。「駐留軍の用に供するため土地等を必要とする場合」とは、「公共の利益となる事業の用に供するため土地等を必要とする場合」に、「土地等を駐留軍の用に供することが適正且つ合理的であるとき」とは、「土地を当該事業の用に供することが土地の利用上適正且つ合理的であるとき」に対応するものである。米軍用地収用特措法は、第5条で内閣総理大臣が「第3条に規定する要件に該当する」か否かを判断し、該当する場合には「土地等の使用、又は収用の認定をしなければならない」と定め、同法第14条において土地収用法の裁決手続規定を適用することを規定する。従って、米軍用地収用特措法も土地収用法と同じように「使用・収用認定」と「使用・収用裁決」が行われて初めて土地等の使用・収用をなし得るものであり、この点では両法律に差異はない。

三 収用委員会の判断を経ない暫定使用権の発生

 1997年の米軍用地収用特措法改正によりの3条が追加された。これらの条項は、米軍用地等を引き続き米軍に提供しようとする場合に、第5条による使用認定がなされた土地等について使用期間の満了前に裁決申請及び明渡申請がなされれば、「損失の補償のための担保」の提供を条件に防衛施設局長に対し暫定使用権を与えるものである。

 改正法附則2は、改正前に第5条による使用認定がなされていた土地等について、使用期間満了前に裁決申請及び明渡申請がなされている場合には、改正後の第15条ないし17条を適用すると定め、担保を供した日の翌日から暫定使用権を付与する。

四 改正法の違憲性

 改正により追加された条項は、いずれも継続して使用しようとする土地等について、収用委員会の判断を何ら経ないで、期間満了前の使用認定及び裁決申請及び明渡申請の存在を要件に、防衛施設局長に対し暫定使用権を与えるものである。

 これは、前述のとおり、土地収用法が憲法第29条の規定を受けて、収用手続を「使用・収用認定手続」と「裁決手続」との二つに分け、財産権を強制使用・収用するためには両手続が終了することが必要であるとした基本原理に反するものであると同時に、憲法第29条に違反し無効なものである。

 収用手続において「裁決手続」が必要とされる理由が、憲法第29条にあることを忘れてはならない。土地収用法及び米軍用地収用特措法における「使用・収用認定手続」は、申請された事業計画が憲法第29条3項のものであるか否かを判断する手続であり、それ以上のものではない。「当該土地等が具体的に当該事業のために必要であるか否か」、「使用期間はどの程度が適切か」、「正当な補償額はいくらか」等は、全て「裁決手続」において判断されるものである。そして、これらの判断は、いずれも憲法第29条3項の「正当な補償の下に、公共のために用いる」という憲法上の要件の内容をなすものであり、この意味において「裁決手続」は憲法上不可欠な手続として要請されているものである。又、忘れてはならないのは、強制収用手続においては、収用委員会という準司法的・中立的機関が強制収用・使用の是非を判断する仕組みが保障されることが憲法第31条の「適正手続の保障」として要請されていることである。改正条項は、暫定使用権の発生要件として「裁決手続」を不用とする点で明らかに憲法第29条及び第31条に違反するものであり、無効なものである。

 又、附則2は、「経過措置」の名目の下に、改正法施行前に使用認定を受けていた土地等について、使用期間満了前に裁決申請及び明渡申請がなされている場合には改正法を適用し、担保を提供した日の翌日から防衛施設局長に対し暫定使用権を付与する旨定める。附則2は、その規定内容から明らかなように、改正前の法により法的効果を受けていた者、又は法的効果を受けることを期待していた者を保護するものではない。むしろ逆に、改正前の法により法的効果を受けていた者、又は法的効果を受けることを期待していた者に対して不利益を与えるものである。附則2は、防衛施設局長に対し暫定使用権を付与する形態をとっており、被使用者の従前の権利には何ら不利益を与えないかのような体裁を取っている。しかし、被使用者は、改正前の米軍用地収用特措法第14条、土地収用法第105条1項により防衛施設局長に対し土地等の返還請求権を有しており、改正法による暫定使用権の付与は、この土地等の返還請求権を消滅させ、且つ新たに財産権を制約するという不利益を被使用者に課すものである。従って、同規定は、改正前の法的状態を保護したり、又は改正法の適用により生ずる事態に対処することを目的とする「経過措置」ではなく、「経過措置」の名の下に、従前の被使用者の権利を剥奪し、且つ新たに財産権を制約することを目的として創設された新規立法そのものである。そして、この新規立法は、すでに使用期間満了により土地等の返還請求権を取得していた本件原告らを含む特定の被使用者を対象としている点で、狙い撃ち立法そのものである。

 いうまでもなく、附則2は、改正前に米軍用地収用特措法で保障されていた被使用者の土地等の返還請求権を剥奪する点において、手続的正義に著しく反し、憲法第31条の保障する「適正手続の保障」に違反し無効である。又特定の者を狙い撃ちして立法している点でも憲法第14条の平等原則に違反し無効である。

五 本件裁決の無効性

 前述のとおり、改正法は違憲・無効であるから、防衛施設局長は米軍用地収用特措法に基づき本件土地等を被使用者にすみやかに返還する法的義務を負っていた。ところが、防衛施設局長は、同義務を履行しないまま本件裁決申請手続を推し進め、収用委員会は、改正法が有効なものとして裁決手続をすすめ、本件裁決を行っている。しかし、防衛施設局長が自らの違法行為、とりわけ強制使用手続において重要な期間満了による土地等の返還義務違反状態を是正しないまま、裁決申請手続をすすめることは法的正義に著しく反し、憲法第31条の「適正手続の保障」違反として無効なものといわなければならない。よって、本件裁決は無効である。


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資料提供:違憲共闘会議


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沖縄・一坪反戦地主会 関東ブロック