「普通に戦争ができる国家」
をめざす国家改造について
中央省庁改革法案と地方分権一括法案への批判を中心に
メモについて
7月8日、中央省庁改革法と地方分権一括法が、参議院本会議で成立させられました。私は、一坪反戦地主の一人として、本年の5月以来、地方分権一括法案の意味を考えつづけ、すでにメモを公表しています。また同法案475件に含まれる米軍(駐留軍)用地特別措置法の再改悪については、それ以前にメモを公表して反対運動を呼びかけました。
しかし、地方分権一括法案は、中央省庁改革法案と一体のものとして国会に上程されたのですから、後者についても検討が必要であると思い、主として「内閣機能の強化」にしぼって考えをまとめました。それは、7月初めの長崎市・熊本市・八代市での講演の準備作業であり、なお不十分なものですが、すでに成立させられたとはいえ、重大な問題をはらんでいるとともに、今後施行される法ですから、さらに真剣な検討が必要であると思います。全国の仲間のみなさんが、このメモを契機に、より詳細でより正確な分析をされ、意見の交換がなされるならうれしく思います。
なお講演用のメモですので、私はこのメモに対応する資料を作りましたが、図表などを含みますので、ここでは割愛します。地方分権一括法については、先のメモを一部改訂しました。
井上澄夫(沖縄・一坪反戦地主会関東ブロックの一員) 99年7月9日
[私の問題意識]
5月24日、戦争法(新ガイドライン関連3法)が強引に成立させられた。それを前後して、明らかに重要な問題をはらむ法案が次々に成立させられ、その動きはなお止むことがない。
いま、いったい何が起きているのか。この国は、どのような方向に向けて、どのように改造されようとしているのか、それをともに考えたい。
私は、今回の戦争の成立は、ある大きな動きの、最もわかりやすい一部にすぎないと思う。その大きな動きとは、この国を「普通に戦争ができる国家」に根本的に改造することである。なぜそのようなことが必要なのか。
この国は80年代の後半、「経済大国」にのしあがった。日本資本はいまや、世界的な規模でフル回転している。だが、そのように世界中に広がった日本の権益、多国籍化した日本資本の活動は、米国の多国籍資本のように軍事力によって守られていない。つまり経済力に見合った、世界的な政治力も軍事力も持っていない。その点について、経済同友会幹事の牛尾治朗(ウシオ電気会長)は、こう語っている。
「国際秩序ということになると、米国の場合、海外進出企業が地域紛争に巻き込まれても、空母を派遣すれば安泰かもしれない。しかし、日本の場合、現状のままだと、個別企業が天に祈るしかない。」(読売新聞安保研究会編『日本は安全か』、97年刊)
このように、政府は財界にせっつかれ、その矛盾を早急に解決しようとしている。つまり「経済大国」に見合った「政治大国」化、「軍事大国」化をめざしているのである。日本政府が盛んに国連の常任理事国入りを果たそうとするのは、「政治大国」たらんと欲しているからである。
「普通に戦争ができる国家」とは、戦争を政治・外交の有力な手段とする国家である。そして戦争を政治・外交の有力な手段とするためには、戦後国家のありようを根本から変える必要がある。だから、現在進行している事態は、「普通に戦争ができる国家」の土台・骨格作り(中央省庁改革法案と地方分権一括法案)と、戦争遂行を妨げる勢力を抑え込む治安立法の動き(盗聴法など組織犯罪対策関連3法案、住民基本台帳法の改悪、外国人登録法や出入国管理及び難民認定法の改悪、破防法の改悪など)である。「日の丸・君が代」を法制化によって国旗・国歌にしようとしているのは、この国が天皇を「国民統合の象徴」とする国家であることを、常に強く「国民」に意識させるためである。
*「普通に戦争ができる国家」への動きのあらまし*
地方分権一括法案で自治体の抵抗を抑え込み、その土台の上で、中央省庁改革法案による中央権力機構の再編・強化
民衆の抵抗(反戦運動など)を弾圧する治安立法
新ガイドライン関連法。ただしこれだけでは、戦争遂行になお阻害要因があるから、最終的には人権・私権の侵害を合法化することを含む有事立法を準備している
戦争に反対し、アジア太平洋諸国をはじめ全世界の民衆と平和に共存することを希求する私たちは、立法など政府の政策については、たとえ一見前向きにみえる動きであっても、それらを注意深く批判的に検討する必要がある。その例を一つ挙げる。
5月7日に成立した「情報公開法」(行政機関の保有する情報の公開に関する法律)には、私たちが活用できる面が確かにあるが、たとえば次の点で「情報非公開法」である。
第5条 行政文書の開示義務 非公開・「不開示」情報の6タイプ
第3
公にすることで、国の安全が害されるおそれ、他国や国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ、または他国や国際機関との交渉上不利益を被るおそれがあるもの。
◎三つの「おそれ」に該当するかどうかは、外務省や防衛庁が判断する。
第4
公にすることで、犯罪の予防、鎮圧または捜査、公訴の維持、刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあるもの。
◎警察庁などの恣意的な判断によって「公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼす」とされれば、すべて不開示。密殺としての死刑の正当化。
◆「軍事・治安・外交は国の専権事項」という勝手な言い分の典型。国家の秘密主義を合法化した。(同法は政府の「説明責任」を明記したが、「知る権利」ははずした。「不開示」があるだけではなく、文書があるかないかさえ答えない「存否応答拒否」もある。)
佐藤泰三参院議員(自民)「この法案は、国民が直接、行政を監督するという誤解を招きかねない。国民一人一人が情報公開を求めたら国は滅びる。」
さてここでは、「普通に戦争ができる国家」の骨格づくりである、中央省庁改革法案と地方分権一括法案を問題にしよう。ただし前者については、「内閣機能の強化」なるものが意味するものに限定する。
情報公開法が成立し、同法は2年以内に施行される。官僚たちは、いま必死に、自分たちにとって具合の悪い情報・資料を隠したり処分したりしているであろう。私たちが最も知りたい情報は、もともとなかったり、原因不明のまま紛失したりしていることにされてしまう危険性がある。中央省庁が再編・統合されることは、いよいよその危険性を強めるだろう。新省庁に統合される際、各省庁の資料がすべてそのまま移管・保存されるとは思えない。「適宜整理された」ことになるのではないか。
中央省庁改革法案の目玉とされる「内閣機能の強化」の意味
中央省庁改革法案・略史
96年11月 |
橋本内閣が行政改革会議を設置、首相が会長に就任(中央省庁の半減や内閣機能の強化を掲げる) |
97年 7月 |
行政改革会議の中間報告 |
12月 |
同会議の最終報告 |
98年 6月 |
中央省庁等改革基本法成立(2001年1月からの新たな行政機構の枠組みを定める) |
99年 4月27日 |
中央省庁等改革(関連)法案を閣議決定(内閣法改正案、内閣府設置法案など新省庁の設置法案、独立行政法人通則法案などを含む17の法案。現在の1府22省庁を1府12省庁に再編する。) |
4月28日 |
国会に上程 |
6月11日 |
衆議院を通過 |
7月8日 |
参議院で可決・成立 |
〈要注意! 一括法案形式とは?〉
中曽根内閣が濫用して以来、政府が用いている国会対策の手法。個々の法案について修正案を提出することはできるが、一つでも反対せざるをえない法案があれば、全体として反対するしかない。しかも一括審議がなされるから、個々の法案を十分審議する時間はない。要するに、十分な審議を行わせないための形式である。
中央省庁等改革基本法・第1条
行政改革会議の最終報告の趣旨にのっとって行われる内閣機能の強化、国の行政機関の再編成並びに国の行政組織並びに事務及び事業の減量、効率化等の改革について、その基本的な理念及び方針その他の基本となる事項を定めるとともに、中央省庁等改革推進本部を設置すること等により、これを推進することを目的とする。
同上基本法・第2条
中央省庁等改革は、内外の社会経済情勢の変化を踏まえ、国が本来果たすべき役割を重点的に担い、かつ、有効に遂行するにふさわしく、国の行政組織並びに事務及び事業の運営を簡素かつ効率的なものとするとともに、その総合性、機動性及び透明性の向上を図り、これにより戦後の我が国の社会経済構造の転換を促し、(以下略)。
同上基本法・第51条(地方分権等)
政府は、中央省庁等改革が地方分権の推進並びに地方公共団体における行政及び財政の改革と密接に関連するものであることにかんがみ、次に掲げる措置を講ずるものとする。
一 地方公共団体に対し、自主的かつ主体的にその行政及び財政の改革を引き続き推進するよう要請するとともに、必要な助言等の協力を行うこと。
二 地方分権の推進について、地方分権推進委員会の勧告を尊重して着実にこれを実施し、及び地方行財政制度の改革について更に本格的な検討を進めること。
※ 中央省庁改革と地方分権推進は一体であるという位置づけ
《基礎知識》
内閣
首相を除いて20名以内の国務大臣で構成される(現行内閣法)
12省の長と総理府の8外局(総務庁・北海道開発庁・経済企画庁・科学技術庁・環境庁・沖縄開発庁・国土庁・防衛庁)の長(国務大臣)
内閣の権能(内閣は行政権の主体)
衆議院の解散権、法律案・予算案の国会への提出権(法律案の提出権は国会議員にもあるが、予算作成権限は内閣のみにある)、条約の締結権(国会の承認が必要)、政令(法律の具体的執行基準、内閣への委任立法で国会の承認を必要としない)の制定権
※実質的な政治運営において、内閣は国会に優位しているといわれる。
新体制 内閣府・総務省体制(今村都南雄・中央大学教授の命名)へ
これまでの総理府は、各行政機関の施策・事務の総合調整を行う行政機関(首相が長)であったが、新体制は、これまでの官僚依存型行政を政治主導型に転換することをめざしている。
総理府に経済企画庁・沖縄開発庁を統合して強化した内閣府と、総務庁に自治省・郵政省を統合して強化した総務省が、内閣を補佐し、防衛庁と国家公安委員会を新設の内閣府の外局(直轄機関)とするのだから、「内閣機能の強化」が体制化される。
内閣法の改正
第1条 内閣は、国民主権の理念にのっとり日本国憲法第73条その他日本国憲法に定める職権を行う。
赤字部を挿入。なぜこんな文言が必要か。このような表現は、内閣が国民主権を直接的に代表するようなニュアンスを持つ。しかし「国民」は、議会制(間接)民主主義を通じて政府に行政を委ねていて、共和制下の大統領のように、首相を直接選んでいるわけではない。また現行の選挙制度は、国民主権を実現するものとはとうてい言えない。
日本国憲法第9条は「国権の発動たる戦争」を永久に放棄し、「国の交戦権」を否認している。このような言葉遣い(「国民主権の理念にのっとり」)によって政府が狙うものは、戦争の発動(交戦権の発動、武力の行使)も国民の意思に基づくと強弁することであり、戦争の発動について、内閣(首相)にフリーハンドを与えようとするものである。換言すれば、戦争を政治・外交の手段とするために、集権的・排他的中央行政機構を確立する宣言である。
第4条第2項への付加条文(赤字部) 閣議は内閣総理大臣がこれを主宰する。
この場合において、内閣総理大臣は、内閣の重要政策に関する基本的な方針その他の案件を発議することができる。
閣議はもともと合議制であり、閣議での決定は全員一致が原則である。このようにあえて首相の発議権を規定することは、何を意味するのか。首相は国務大臣の任免権を持ち、指揮権さえ持っている(東京高裁判決)のだから、現実の政治過程において強力な権限を握っている。その現状からすれば、これ以上の権限の強化は必要ないように見える。
しかしここでも緊急時・有事(戦時)が想定されているのである。もともと強力な首相の権限をさらに強化することは、戦争の発動について、場合によっては独裁的な、そこまで行かなくても極めて強力なリーダーシップを発揮できるようにすることである。
「中央省庁等改革関連法律案の概要」は、これについて「内閣総理大臣の指導性の明確化」としているが、そこに戦争遂行にかかわる指導性(戦争指導)が含まれていることに強く注目すべきである。
◆第1条、第4条の改訂は、内閣の独走を保障するものとして警戒すべきである。
その他
内閣官房副長官を置き、その任免は天皇が認証する。/内閣官房副長官補を3人置く。/官房に広報官、情報官を置く。/総理大臣補佐官を3人以内から5人に増やす、など
*内閣官房副長官、内閣総理大臣補佐官、内閣危機管理監らは、首相が直接選任
現在の内閣における危機管理・防衛担当体制
《安全保障会議》 国防会議を廃止し、1986年7月内閣に設置
首相が会議に諮ることを義務づけられている事項
構成
議長=首相 議員=外務大臣、大蔵大臣、内閣官房長官、国家公安委員会委員長、防衛庁長官、経済企画庁長官
事務担当
内閣安全保障・危機管理室(内閣安全保障室が1998年4月に改められた。緊急事態への対処を受け持つ。)
99年3月24日の「海上警備行動」発令に当たっては、同日午前零時45分頃、持ち回りの安全保障会議と閣議で承認、同50分頃、野呂田防衛庁長官が艦隊司令官らに命令したと報道されている。
この安全保障会議は、今回の「内閣機能の強化」の方針と周辺事態法の成立によって、さらに強化されるのではないか。大蔵省は財務省になるから、議員中の大蔵大臣は財務大臣になるだろう。経済企画庁は内閣府に吸収されるから、議員はどうなるか。いずれにせよ、メンバーの調整だけでなく、首相権限の強化や「内閣府・総務省」体制に見合った再編・強化が図られるのではないか。
安全保障会議設置法では、「防衛出動の可否」は、首相による同会議への諮問事項とされているが、そこに治安出動や海上警備行動、領域警備行動などの可否が明記されることにならないか。あるいは緊急時においては、一切の武力行使が首相の専権事項とされる恐れはないか。
周辺事態発生の際なされる対応の手続き
何らかの事態の発生
→ 安全保障会議で基本方針の策定について協議事態が「我が国の平和と安全に重要な影響を与える」かどうかを判断し、必要な措置をとることを決める
→ 基本計画の策定(閣議決定)
→ 防衛庁長官による実施区域の指定など
(内閣総理大臣が承認=戦争開始の発令)→ 自衛隊が後方地域支援、後方地域捜索救助活動などをはじめる
(戦争開始)
〔米国との関係〕
日米協議の大枠(「包括的メカニズム」、中核は日米両軍の制服組)
↓
周辺事態の際の日米間の調整=「調整メカニズム」
*この調整(双務的調整)メカニズムが司令部となる。
●「周辺事態への対応」においては、米軍が始める戦争に自衛隊が自動的に参加することになる。周辺事態法は、日本のどの国家機関が、どのような手続きで周辺事態を認定するのかという肝心の点に触れていない。周辺事態の認定の基準も、閣議決定される基本計画も、実質的には、新ガイドラインに言う「包括的メカニズム」と「調整メカニズム」に委ねられているからである。
両メカニズムは、平時・戦時を問わない常設機関であり、「包括的メカニズム」の中核は、純粋の軍事機関である「共同計画検討委員会」である。それを構成するのは、在日米軍・米太平洋軍司令部(ハワイ)と自衛隊の統合幕僚監部・各幕僚監部である。とすれば、周辺事態(戦争)にあたって、日本政府に主体的判断の余地はなく、「内閣機能の強化」にどのような意味があるかという問題が生じる。
しかし今後引き起こされる戦争は、今回の戦争法(新ガイドライン関連法)を根拠とする日米共同戦争だけではないことに留意すべきである。戦争体制の構築は始まったばかりであり、周辺事態法の成立は、今後登場する有事立法群のさきがけにすぎない。
「周辺事態への対応」としての参戦についても、周辺事態法はなお不完全なものであり、その弱点は、同法第9条(自治体・民間への協力「要請・依頼」)に端的に露呈している。それゆえにこそ、以下にのべる地方分権一括法案による補完的法整備が必要なのである。
今後は「日本有事」を想定した有事立法が進められる。有事法制の検討は、すでに20年前に開始されており、大部分の法案がいつでも国会に提出できるようになっているとみておくほうがいい。また「日本有事」ではない「周辺事態への対応」についても、新ガイドライン関連3法を補完する有事立法が出てくることがありうる。
さらには、日本独自の戦争発動、本格的な海外派兵さえありうる。「内閣機能の強化」は、そのような長期的な見通しに基づいている。「普通に戦争ができる国家」づくりは、日本国家、日本の支配層が、21世紀の世界に強国として生き残るための長期戦略(サバイバル・ストラテジー)であるととらえるべきである。
地方分権一括法案」は、「周辺事態法」とリンクした
「普通に戦争ができる国家づくり」の一環である