米軍用地強制使用裁決申請事件

同  明渡裁決申請事件

  意見書(二)


 [目次


五 一括前払いにより生ずる重課税の問題

1 阿波根夫妻の例

 (一)阿波根夫妻は、一九八七年の第二回強制使用裁決において、一〇年の強制使用裁決を受けた。阿波根夫妻は、同裁決に基づき一億一七四九万九四一四円の損失補償金の支払いを受けたが、この金額自体、差別なものであり、不公正なものであった。

 これは、一つは一〇年間の賃料の上昇が考慮されていないこと、もう一つは中間利息の控除により生じたものであった。

 末尾添付の表8は、阿波根夫妻が仮に契約に応じた場合の賃料を計算したものである(表3は、一〇年間の契約地主の賃料単価を調べたもの。同単価に基づいて各年の阿波根夫妻の土地の賃料を算定)。この表をみて明らかなように、阿波根夫妻は、契約を拒否したことにより、契約した場合に比べて六九四〇万二七七三円もの低い損失補償算定をうけたことが分かる。それは、本来の損失補償額の三三・五%の不利益算定となっている。

 また、中間利息の控除により、契約に応じた場合に比べて二〇二四万五七九〇円も低い損失補償額算定を受けたことが分かる(九・八%の不利益算定)。

 これらの不利益算定が理由がないことは、すでに述べたとおりである。

 (二)ここで問題として指摘するのは、右の不利益扱いとは別に、課税上においても契約拒否地主が大きな不利益をうけ、結果として差別されている事実である。阿波根夫妻は、前述のように不利益扱いを受けて一億一七四九万九四一四円の損失補償金の支払いを受けたが、この金額についても、三三九五万七五〇〇円の課税処分を受け、実際の税引き後の可処分所得は八三五四万一九一四円となっている。この結果、阿波根夫妻は、契約に応じた場合に比べると表1記載のとおり、その可処分所得はその四八・八%と極端に低い額となっている。この事実は今まで余り知られていなかったものであり、損失補償金の差別的実態を考察する上で極めて重要なものである。

 2 累進課税のもたらす差別的結果

 阿波根夫妻が契約に応じていれば、右の支払いを受けた損失補償金の金額一億一七四九万四一四円の収入に対して、阿波根夫妻は一三八五万七九〇〇円の所得税を支払えば済むものであったが、実際には契約を拒否した結果、三三九五万七五〇〇円の課税をされ、二〇〇九万九六〇〇円の余分な所得税を支払うこととなっている。

 この重課税は、損失補償金が一〇年分一括前払いされることから、一〇年分の損失補償金に対し累進課税されるため生じたものである。従って、この不公平は、直接的には累進税制をとる税制に起因するものであり、収用委員会の損失補償裁決に起因するものではない。

 3 不公平さの是正方法

 (一)しかし、損失補償裁決は、既存の累進税制の存在を前提として、損失補償を算定するものであるから、収用委員会は、右差別的結果については無関係だとして責任を税制に転嫁することは許されない。

 何故なら、収用委員会は、地主の損失を補償するために損失補償額の算定をなし裁決するものであるが、そこでいう「損失」とは形式的なものではなく、実質的な損失を意味するものと解されるからである。契約拒否地主に支払われる損失補償(土地使用の対価)は、本来毎年支払われるものであり、それを一年毎に支払うのか、 一括して支払うのかは専ら政策的理由から選択されてきたものである。一九六七年の米軍用地特措法の一部改正までは、損失補償は一年毎に算定し支払うものとされていた。同改正により、現在の損失補償金の一括前払い制度が導入されたのは、地主に負担を負わせる目的で採用されたのではなく、逆に地主の補償金請求権をより厚く保障するためであった。

 従って、現在の課税制度の下で、前述のような重課税現象が生ずるとしたら、収用委員会は発生するであろうその矛盾・不公平を考慮にいれて、契約地主に比較して契約拒否地主が不利益を被らないように損失補償額を算定し裁決をなしうると解するのが、損失補償制度の趣旨に合致し、かつ法的正義に合致する。

 (二)また、累進課税の税制は、所得の多いところに多くの税を課することが社会的な公平を確立する上で必要であるとの思想に基いて採用されているものであるが、本件における損失補償金は、使用期間の全期間に対するものを単に一括して支払ったにすぎないことは明白であり、けっして所得の多いものではないから、右の累進課税の思想を適用すべきものではない。また、強制使用においては、被使用者は、一括受取を強制されるものであり、その意思に従って受け取るものではないので、強制使用者に対して累進課税制度を適用して、累進課税制度の不利益を負わせるのは、 制度本来の精神にも沿わないものである。

 従って、収用委員会が、累進課税制度を前提に、強制使用を受ける者の実質的損失補償を考慮してその権限の範囲内で損失補償を算定し裁決をなすことは、何ら税制の趣旨にも反しないものというべきである。

 六 あるべき損失補償算定方式

 1 対象土地の最有効用途(種別)の算定方法

 (一)国は、対象土地につき、米軍による土地取り上げ時の「原状」に回復する義務を負っていることから、取り上げ当時「宅地」であった対象土地については、最有効用途は「宅地」として判断すべきである。

 (二)また、「宅地」以外の種別の土地については原則として取り上げ当時の「原状」に基づき判断することを前提に、土地取り上げなかりせば、この五〇年間にどのような土地となっていたか(地域特性の変化)を想定した上で対象土地の最有効用途(種別)を判断すべきである。特にこの際、集落を中心に都市化が進み、土地の最有効用途が変化することを考慮の上、各地域におけるこの五〇年間の都市化・住宅化、地域の具体的な発展傾向を考慮して対象土地の最有効用途を判断することが重要である。

 2 現況による「最有効用途」の修正

 地主は、対象地の返還につき「原状」に回復して返還することを要求するか、返還時の「現況」のまま返還を受けるかを選択する権利を有している。

 従って、米軍の使用により対象土地の現況が「原状」または前記1の方法により「想定される最有効用途」より有効用途が高い「現況」となっているときには、「現況」のまま返還を受けることができる。

 従って、対象土地の現況が「原状」または「想定される最有効用途」より「より高い最有効用途の土地」となっている場合には、同現況に則して対象土地の最有効用途が判断されるべきである。

 3 比準による対象土地価格の算定

 右の方法により、対象土地の最有効用途を判断した後、対象土地の価格を「米軍基地という制約がない」との前提の下に、基地周辺の同一種別の土地の価格と比準して対象土地の価格を算定する。

 対象土地の価格は、権利取得裁決時の価格だけではなく、使用期間の各年の土地の価格を将来の土地価格の変動を考慮の上各年ごとに算定する。

 4 使用期間中の賃料の変動を考慮した上での、各年の賃料の算定

 対象土地の各年の価格を基礎に、対象土地の各年の賃料を算定する。この場合、将来の賃料については民間地域の賃料の変動をも考慮して算定する。

 5 軍用地料の変動率の考慮による「使用の対価」の修正

 強制使用は、対象土地を米軍基地に提供するものであり、この点では契約地主と契約拒否地主とは同じであり、平等扱に取り扱うことが公平であるから、少なくとも契約地主を下回らない取扱をすることが法的に求められている。

 従って、右4の民間地域の賃料の変動率(値上げ率)が軍用地料の変動率を下回る場合には、軍用地料の変動率に基づき契約拒否地主の「使用の対価」(賃料)の変動率を算定して「使用の対価」(賃料)を算定すべきである。

 6 名目損失補償額の算定

 右各年の「使用の対価」(賃料)を合計した額が名目上の損失補償額となる。

 7 「現価」の算定

 名目損失補償額を基に、新ホフマン方式に基づき損失補償金の「現価」を算定する。この際、中間控除の利率は平均的国民が利用する預金金利の平均率を採用するものとし、一%以下の数値とする。

 そして、収用委員会は一定の基準、即ち、高齢または家族構成・環境等により損失補償金の一括前払いによる資金運用を行えない事実関係が存するか否かを判断する一定の基準を示して、それに該当する契約拒否地主については、中間利息の控除を行わない旨を公表し、地主にその主張と立証の機会を与える。 それにより同事実関係が認めうる場合には、中間利息の控除を行わないものとする。

 8 実際の手取り額の保障

 契約地主に課せられる各年の所得税額を算定してその可処分所得額を推計し、契 約拒否地主の実際の手取り額(可処分所得額)が契約地主の手取り額(可処分所得額)を下回らないように、「現価」額を修正して損失補償額を算定する。(損失補償額から所得税額を控除した額が右7の「現価」となるようにする)。

 以上が、私たちが主張するあるべき損失補償額を算定する方式である。なお、右のような算定が合理的になしうるような使用期間とすべきことがその前提であることはいうまでもない。


ヤ 前項] [ユ 目次] 


出典:反戦地主弁護団、テキスト化は仲田。


沖縄県収用委員会・公開審理][沖縄・一坪反戦地主会 関東ブロック