米軍用地強制使用裁決申請事件

同  明渡裁決申請事件

  意見書(二)


 [目次


土地収用法七二条の解釈 −継続使用の位置づけ

 1 評価の基準日 −使用の対価が発生する各年度・期間

(一)七二条の評価基準日 −「使用の対価」補償の基準日

 (1)土地収用法七二条は、「使用する土地またはその土地の所有権以外の権利に対する補償」を定めるものであるから、土地使用に伴う損失を補償するものである。土地使用に伴う損失とは、通常「得べかりし土地使用の対価」の喪失を主な内容とするものであり、「権利設定の対価」即ち権利金の慣行がある場合に「得べかりし権利設定の対価」の喪失を損失の内容に加えるものである。

 (2)「土地使用の対価」は、使用期間の経過に対応して発生するものであるから、その額は使用期間内の各年の土地価格・周辺の賃料等の動向により決定される。その意味で「土地使用の対価」の評価時点は、「権利取得日の属する年」というように 一つの時期に固定されるものではなく、使用の対価が発生する各使用期間、すなわち「各年」がそれぞれの「使用の対価」算定の評価時点となると解すべきものである。

 (3)これに対し、「権利設定の対価」の評価時点は、権利設定の時期に固定され、変動することはない。

(二)七一条「準用」の意味 −土地価格を固定するものではない

 (1)土地収用法七一条は、「土地の収用」に伴う損失補償を「権利取得裁決の時の価格」によって算定するものとし、その価格は「事業の認定の告示の時の相当な価格に、権利取得裁決の時までの物価の変動に応ずる修正率を乗じて得た額」とする旨定める。損失補償の評価時点を「権利取得裁決の時の価格」とし、ゴネ得を防止するために土地価格を「事業認定の告示日」の価格に固定する右規定は、合理的なものでありそれ自体は適切なものである。

 (2)しかし、「土地の収用」に伴う損失補償を定める七一条を、「土地の使用」に伴う損失補償に「準用」するに当たっては、「土地の使用」に伴う損失補償が「土地使用の対価」という本質を有することから、一定の修正をした上で適用しなければならない。

 何故なら、「土地の収用」は「所有権喪失」の補償であり、所有権喪失時の補償で足りるが、「土地の使用」は前述のように「土地使用の対価」の喪失の補償であり、「土地使用の対価」を算定するためには、使用の対価が発生する期間に対応して評価時点を定める必要があるからである。七二条が七一条を「適用」するとしないで「準用」すると規定したのは、この点を考慮したためである。

 従って、「土地使用」に伴う損失補償の中の「土地使用の対価」の損失補償を算定する場合には、「土地使用の対価」が発生する期間に対応して土地価格・「使用 の対価」を算定しなければならない。

 (3)過去の収用委員会が犯した誤りの一つは、対象土地の「相当な価格」を「事業認定の告示日」に固定して判断したことである。この点は後述のように「将来の土地価格・賃料の変動の考慮」する方向で是正されなければならない。

 2 「事業認定の告示日」の対象土地の評価方法 −原則

 (一)軍用地の「現況」で最有効用途を判断してはならない

 次の問題は、「事業認定の告示日」の属する年、翌年以降の各使用期間(各年)の土地(賃料)の「相当な価格」をどの様に判断するかである。

 過去の収用委員会が犯したもう一つの誤りは、「相当な価格」を軍用地の「現況」に則して対象土地の最有効用途(種別)判断・評価をなしたことである。

 これは本質的には、前述の軍用地の社会的・経済的実態・性格を見落としたところに起因するものであるが、法的には、強制使用期間終了時の「原状回復義務」の存在を見落としたところから生じたものといえる。

 (二)「原状回復義務」の存在

 (1)沖縄の軍用地は、銃剣とブルト−ザ−で象徴されるように米軍により強制的に取り上げられた土地であった。この事は今日では公知の事実に属する。米軍は、強制的に土地を取り上げた後、布令・布告を根拠に地主との間で賃貸借契約を締結して軍用地使用を「合法化」したが、その契約書の中で返還時の「原状回復義務」を約していた。

 また、契約に応じなかった地主については、米軍は米国民政府布告第二六号「軍用地内における不動産の使用に対する補償」(一九五三年一二月五日布告)を発して、地主が講和前の土地使用料を受領したことを理由に地主と米軍との間に「黙契」が成立したとして、「黙契」による賃借権の取得を主張していた。従って、この米軍の論理によると、米軍は契約地主に対すると同様に「黙契」により「黙契」地主に対しても返還時の「原状回復義務」を負うことになるものであった。

 私たちの立場からすると、「黙契」は法的に違法で無効なものであるから、米軍は不法占有者として民法の原則に基づき不法行為時の原状に土地を回復して返還すべき法的義務を負うものであった。

 また、「米合衆国土地収用令」(一九五七年二月二三日民政府布令第一六四号)、「賃借権の取得について」(一九五九年二月一二日高等弁務官布令第二〇号)等に基づく強制使用については、返還時に原状に回復することを当然とする規定を置いていた。

 (例えば、前者においては「定期賃借権」の項で「賃貸人より書面による復元要求 があれば、合衆国は、賃借当時とほぼ同じ状態に復元し、またはこれに代えて相当の補償金額を支払わなければならない」と規定し、後者においては「不定期賃借権」の項で「地主から琉球政府あてに復元要求の通知があれば、合衆国は、賃借土地の復元にあたって何をすべきであるかを決定し、または損害が生じた場合にその復元に代えて支払うべき補償額を決定するため・・・地主と折衝す(る)」と定め、「五年賃借権」についても右項が準用されている。)

 いずれの場合においても、米軍は復帰時に、地主に対して、土地取り上げ時の原状に回復して土地を返還する法的義務を負っていたものである。

 この点については、那覇防衛施設局長においても争いないものと考える。

 従って、米軍は復帰時に、軍用地主に対し土地を土地取り上げ時の原状に復元して返還すべきであった。

 (2)ところが、日本政府は、復帰に伴う特別な措置として公用地法を制定し「この法律の施行(一九七二年五月一五日)の際、沖縄においてアメリカ合衆国の軍隊の用に供されている土地または工作物」について、国が「暫定的使用権」を取得すると定め、同使用期間が終了したときは、「遅滞なく、当該土地または工作物をその所有者に返還しなければならない。この場合においては、政令で定めるところにより、当該土地または工作物を原状に回復し、または原状に回復しないことによって生ずる損失を補償しなければならない」と規定した(同法四条)。

 暫定的使用期間が終了したときに生ずる国の「原状回復義務」は、米軍が負担していた「原状回復義務」と同一の内容のものである。

 何故なら、復帰に伴う特別措置(公用地法の制定)がなければ、米軍は地主に対して軍用地を返還し、原状回復義務を履行しなければならないものであった。

 ところが、日本政府は沖縄返還協定において、安保条約・日米地位協定に基づき沖縄の米軍基地をアメリカ合衆国に提供することを合意したことから、同条約上の義務を履行するために右特別措置法を制定したものである。

 従って、公用地法の「原状回復義務」規定(同法四条)の解釈としては、国が軍用地についての「暫定的使用権」を強制的に取得する代償として、「米軍の地主に対する原状回復義務」を日本政府が肩代わりして負担したと解するのが特別措置法の本質に最も合致するからである。

 現に、「暫定的使用期間」が終了した土地については、米軍が土地を取り上げたときの原状に復元(又は復元補償)して返還がなされている。

 (国は、いわゆる知花軍用地訴訟において、米軍用地特措法の原状回復義務は「復帰時」の現況に回復して返還する義務であり、米軍が土地取り上げをしたときの「原状」ではないとする主張をなしている。しかし、これは公用地法の本質を見失った暴論というべきもであり、厳しく批判されなければならない。)

 (3)国は、公用地法に基づく「暫定的使用権」が終了する軍用地につき、米軍用地特措法を適用して同法に基づく使用権を取得した。国は、公用地法に基づき「原状回復義務」を負っていた軍用地を、米軍用地特措法に基づき新たに強制使用をなしたものであるから、同法の原状回復義務は公用地法の「原状回復義務」を引き継ぐものと解しなければならない。原状回復義務を負う者が、新たな強制使用を行うことにより従前の義務を免れることは法的正義に反するからである。義務を負う者が強制使用により新たに権利を取得する際には、従前の義務を継承すると解するのが法的正義に合致し、正しい。

  従って、米軍用地特措法一四条土地収用法一〇五条に基づく本件軍用地の「原状回復義務」は「米軍の土地取り上げ時の原状」に復元して返還する義務と解すべきものである。

 (4) 右解釈が正当なものであることは、契約地主と強制使用地主との「原状回復義務」を対比することによっても裏付けられる。

 国は復帰の際、防衛施設庁書式一七九九「土地建物等賃貸借契約書」を用いて、軍用地主との間で軍用地の賃貸借契約を締結した。実際には復帰前に地主との間で契約を締結していたが、契約書の契約日は「一九七二年五月一五日」とされ、賃貸借の期間は「一九七二年五月一五日から一九七三年三月三一日まで」とされていた。 同契約書一五条は「乙は本契約終了の際、賃借物件をその現状のまま甲に返還し、甲は乙に受領書を提出する。前項の場合において、乙は、甲から原状回復(本契約 締結前におけるアメリカ合衆国軍隊による形質変更に係るものを含む。)の請求があったときは、原状回復に要す費用を返還時の価格に基づき甲に補償する。」と定め、国(乙)は現状のまま土地を返還するものの、原状回復義務を負い、地主(甲)に対し原状回復費用を支払って地主において原状回復作業を行わせるものと約していた。そして、同契約書でいう「原状回復」とは、復帰前に米軍が土地を取り上げたときの原状に回復するものであることを契約書の中で前記のとおり明記していた。

 右契約書式は、その後の契約においても使用され、今日に至っている。

 従って、国は、契約地主に対し、契約終了時に土地を返還する際、「復帰前の米軍の土地取り上げ時の原状に回復する義務」を負担しているものである。また、復 帰後強制使用されていた土地について、その後地主が任意契約に応じた例が数多く存するが、その際にも前記書式の契約書が使用されており、復帰後一貫して契約に応じてきた地主であれ、途中から任意契約地主となった地主であれ、国は差別することなく「復帰前の米軍の土地取り上げ時の原状に回復する義務」を契約上負担している。

 これは公用地法または米軍用地特措法が「復帰前の米軍の土地取り上げ時の原状に回復する義務」を規定していることから、強制使用から任意契約に応じた地主に対しても「復帰前の米軍の土地取り上げ時の原状に回復する義務」を契約上負担したものと解される。そのように解しなければ、合理的説明がつかないものである。

 このように、契約地主に対して、「復帰前の米軍の土地取り上げ時の原状に回復する義務」を負担しているにも関わらず、強制使用された地主については、「復帰前の米軍の土地取り上げ時の原状に回復する義務」を負担せず「復帰時の現況」に回復する義務を負担するだけであると解することは、両者の取り扱いに不合理な差 別を設けることであり、憲法上許されない違法・不当なものである。

 従って、軍用地返還における契約地主と契約拒否地主との平等取り扱いという観点からも、公用地法または米軍用地特措法の「原状回復義務」に関する国の前記主張が誤りであり、私たちの前記解釈が正当なものであることが裏付けられる。

 (三)原状回復義務と土地評価

 (1)以上の検討から明らかなように、前回の強制使用期間の満了により、国は本件軍用地につき原状回復義務を負っているものであり、今回の強制使用時の対象土地は、法的には権利取得裁決時の「現況」の土地ではなく「原状回復された土地」と観念すべきものである。

 従って、対象土地の評価、最有効用途(種別)判断を行うにあたっては、「原状回復された土地」(米軍土地取り上げ時の原状土地)として評価・判断して損失補償を行うのが正しい算定の仕方ということになる。

 (2)このことは、ある意味では非常に常識的なことである。強制使用の告示日の現況で対象土地の評価を行うべきだということになると、例えば、第二回目の強制使用時には「宅地」であった軍用地が、その期間中に米軍によりブルト−ザで「谷間の土地」へと変形されてしまうと、次の第三回目の強制使用時の現況は「谷間の土地」として評価されてしまうことになる。すると、第二回目の強制使用時の損失補償は現況「宅地」として算定されたのに対し、第三回目の強制使用時の損失補償は現況「谷間の土地」として算定されることになる。しかし、土地の状況は使用者である米軍の意向によりどうにでも変わるものであり、米軍の意向により地主の損失補償の内容が変わるとすることは、非常識・不合理な結果を帰結することになる。この事を考えると、従前の収用委員会の見解の誤りは明白と言える。

 3 軍用地に関する最有効用途(種別)判断方法の具体的適用

 (一) 不動産鑑定書等の非公開 ── 秘密主義の横行

 (1) 今日まで、収用委員会のなした軍用地の不動産鑑定については、「鑑定条件」も 「不動産鑑定書」も一切地主に明らかにされて来なかった。

 従って、地主は、収用委員会がなした損失補償額について具体的な意見を述べることができない状況に置かれている。このこと自体重大な問題である。損失補償のあり方は、地主にとって重大な利害を有するものであるにも関わらず、収用委員会の誤った理解に基づき、「鑑定条件」「不動産鑑定書」等の具体的情報が地主に開示されず秘密とされて来たことは、厳しく批判されなければならない。

 (2) 幸いなことに、私たちは、阿波根夫妻の提起した「重課税取消訴訟」において、 裁判所からの文書送付嘱託により、阿波根夫妻の土地に関する不動産鑑定書(一九八七年強制使用時の)を入手することができた。同書面には「鑑第八六 一一号 昭和六一年一一月二〇日 鑑定評価書」との表題が付されている(鑑定者名は抹消されているため不明。小堀収用委員会会長のときのものであるので、以下「小堀 鑑定書」という)。

 そこで、同鑑定書を参照しながら、前述の最有効用途(種別)判断を具体的にどのように行うべきかにつき、意見を述べる。

 (二) 小堀鑑定書の問題点

 (1) 小堀鑑定書によると、「(3)対象不動産の現状は、米軍施設に供されているが、係る米軍施設としての制限は受けないものとしての評価である」との鑑定条件が付されていたとのことである。小堀鑑定書は、右鑑定条件を意識した上で「本鑑定評価に於ける基本的考察及び留意事項」の項において「戦後強制的に没収され、その後延延と約四〇余年間に渡り、伊江島補助飛行場及び射爆場(射的場)の基地として使用されてきた事実」を指摘し、「対象不動産の属する地域についてみると、前述の通り過去約四〇余年を通して現在も尚米軍基地として広大な地域を占める軍用地域として利用されている。鑑定評価の条件に沿って、もし当該基地が存しなかった場合、以上の基本的考察を踏まえた結果、細分化すれば農地地域及び農地見込地地域に区分された筈である。」(一一頁)と結論づけている。

 鑑定書はその理由を二つの視点から次のように説明する。

 先ず、「村内の住宅地域形成と農地地域の現状」の項(一二頁)で、伊江島の農地の現状を考察した上で、「従って、以上の自然的条件に左右されて農地は城山の南側に形成された住宅地周辺に一等農地地域が多く、北側・東側及び西側に二等農地地域を形成し、北岸臨海部と西端部は三等農地地域を形成している現状である。又、原野等についても同一傾向の土壌となる為、開墾と土壌改良の難易が難しくなり、軍用地(射的場)の所在する西端部は、三等農地地域及び三等農地見込地地域となるものと判断される。」とし、

 次に、「近隣地域の品等及び特性」の項(一三頁)で、「対象不動産の所在する近隣地域(米軍施設)は、以上の自然的条件下に於ける島の西端部に位置する為、土地としての品等は三等として位置づけられ、地価水準も低位水準と判断される。鑑定評価条件に則り、『米軍施設がなく軍用地としての制約が無い事』を前提として地域分析する場合には、近隣地域は島の最西部、村役場周辺住宅地域から最も遠距離に位置するばかりでなく、農地地域を介した地域であることに鑑み、宅地見込地地域としての把握は住宅地域形成のパタ−ンからして困難である」とする。

 また、軍用地内における農地等(公簿上の地目)分布状況を考察した上で、「従って、米軍施設がなく、軍用地としての制約等がない場合には、南海岸及び東海岸沿線が農地地域となっている現状からしてキビ作を基幹作物とした「畑地地域」として熟成進展したものと推測される。」とする。

 (2)右記述から明らかなように、小堀鑑定書は、前記鑑定条件を「米軍による土地取り上げなかりせば、対象土地は四〇余年の年月の経過の中でどのような土地となっ ていたか」という趣旨で理解したのではなく、単に「評価時に対象土地が米軍基地でないとした場合にどのように評価しうるか」という意味のものとして受け止めた事が分かる。

 前者の理解に立つと、米軍の土地取り上げなかりせば、米軍土地取り上げ時の集落がどの様に発展し都市化するかという視点で対象土地を考察することになるので、阿波根夫妻の対象土地については、取り上げ時の状況、伊江島における集落の発展形態、都市化状況をふまえて「宅地」または「宅地見込地」との評価に到達するものと推測される。

 しかし、後者の理解に立つと、基地周辺の現状を前提にした上で、米軍基地のフエンスがなければ対象土地はどの様な土地として利用できるかという視点で考察することになるから、必然的に前述のように「農地地域及び農地見込地地域」との結論に達することになる。

  小堀収用委員会が付した鑑定条件は、恐らく小堀鑑定書が理解した趣旨であったと解される。

  従って、小堀鑑定書は忠実に鑑定条件に従って鑑定をなしたものといえる。

 (3)しかし、右趣旨の鑑定条件が不適切であることは、前述した通りである。

 基地周辺の現状を前提にして、「軍施設としての制約がない場合」の土地の最有効用途(種別)を考えるのではなく、「米軍による土地取り上げなかりせば、対象土地はどの様に形成されていたか」を基準にして、対象土地の最有効用途(種別)の判断を行うべきである。伊江島補助飛行場には、土地取り上げ当時集落が有り、対象土地は集落周辺に存在したものであるから、阿波根夫妻の土地は、社会発展法則・経済法則に従ってこの五〇年の間に都市化・住宅化したものと合理的に推測されるものであるから、「宅地」又は「宅地見込地」として最有効用途(種別)の判断を行うべきである。

 伊江島が小さな島であり、どこでも「宅地」として適性を有するもであることを考え合わせると、このことは一層強調されなければならない。伊江島の米軍による土地取り上げが、銃剣とブルト−ザによる集落からの住民の追い出しで始まったことを忘れてはならない。

 従って、本件においては明確に「米軍による土地取り上げなかりせば、対象土地はどの様に形成されていたか」を鑑定条件とすべきである。

 (三)小堀鑑定書の評価点

 実は、小堀鑑定書は、限定付きながら「原状回復義務」に着目し、次のように述べている。

 「本件鑑定評価は鑑定評価の依頼条件により、対象不動産の現状は米軍施設に供されているが、係る米軍施設としての制限等は受けないものとして評価する。以上の 評価条件により、地勢及び種別については、原状(現状の誤記?)をもって分析し把握するのが原則であるが、実質的には返還されていない為、従来の契約に基づく原状復元義務は効力を有する為、地域的特性・種別及び地目は軍用地使用以前の登記簿上の『地目』に基づき分析し、評価するのが理論的である。」(一四頁の「鑑定評価条件と原状復元義務」)

 右指摘は、正当であるが、「原状回復義務」を肯定する以上、それを「登記簿上の地目」にのみ限定するのは理由がない。

 前述のように、「原状回復義務」が存する以上、土地賃貸借契約の法理又は米軍用地特措法の法理に基づいて幅広く「米軍による土地取り上げがなかりせば、対象土地はどの様に形成されたか」を基準に対象土地の最有効用途(種別)の判断を行うべきである。

 4 使用期間中の土地価格・賃料の変動の考慮 −原則

 (一)「土地使用の対価」の補償という本質から導かれるもの

 (1)前述のように、先ず、「土地使用の対価」を算定する基礎となる土地の価格は、「権利取得裁決時の土地価格」に固定されるものではなく、使用期間に応じてその期間に対応した各年の適正な土地価格でなければならない。権利取得裁決以降の 土地の価格を考慮したからといって「事業認定の告示日」に土地の価格を固定しようとした土地収用法七一条の趣旨に反することにはならない。それは、七一条が「事業認定の告示日」に土地の価格を固定したのは、権利取得裁決を引き延ばすことにより土地価格の値上がりを期待する「ゴネ得」を防止するためであるが、権利取得裁決後は「ゴネ得」の問題は発生する余地が全く存しないからである。

 (2)次に、土地価格だけでなく、「使用の対価」を算定するその他の要素(地域特性の変化、金利の変化等の賃料算定に影響を与える諸要素)も使用期間中の変化を見越して考慮されなければならない。

 (3)また、「土地使用の対価」を算定して後、損失補償の「現価」を算定する際の「 中間利息の控除率」についても、使用期間の金利変動等を見据えてその率が判断されなければならない。

 このことは、土地使用に伴う損失補償の性格を考えると、当然のことである。

 (二) 過去の収用委員会の立場がもたらしたもの

 (1)しかし、これまで収用委員会は、この当然のことを全く考慮してこなかった。

 例えば、小堀鑑定書では、鑑定評価時点を使用認定告示日の「一九八五年三月二〇日」に固定し、権利取得裁決時以降の「使用期間」中の土地の変動、賃料の変動を全く考慮していない。この点は、これまでの裁決においても小堀鑑定書と全く同じ扱いがなされてきている。

 (2)しかし、このような扱いが強制使用を受けた地主にどれだけの損害を与えたかは、第11回公開審理における加藤公認会計士兼税理士の伊江島の阿波根夫妻の例に基づいた指摘を見るだけで明らかであり、且つ十分である。

 (念のため、資料を末尾に添付する。表8は阿波根氏が契約に応じた場合の一〇年間の賃料を計算したものである。図2と3は契約地と契約拒否地との賃料と補償金の推移を図にしたものであり、表3〜5はその単価表である。表6、7、9は契約拒否の場合と契約の場合との税額を表したもである。図1、表1、2は経済的差別の実態を表したものである。)

 これは、分かりやすくいうと、契約地主の賃料は毎年値上がりするのに、強制使用を受けた反戦地主については、賃料の値上がりが全く考慮されなかったことを意味する。

 (3)契約地主と強制使用を受けた反戦地主との間で、賃料・使用の対価につき、経済的差別をつけることが法の下の平等に反し、許されないことはいうまでもない。

 これまでの収用委員会がどの様な意図の下に、右のような差別的結果を生ぜしめたかは不明であるが、反戦地主が収用委員会に対し「反戦地主を差別扱いしている」と批判の矛先を向けたことには十分な理由があるものであった。

 収用委員会は、今回の審理において、右の点を十分自覚し、反省すべきである。

 (三)将来の変動予測の限界 −使用期間の短縮

 (1)将来の土地価格・賃料等の変動を予測することは、「使用の対価」を算定する上で必要なことであるが、しかし、それには限界がある。変動の予測は、合理的な範囲内のものでなければならないが、今日の日本社会・経済構造は高齢化社会、国際化という状況の中で激しい変動の時期を迎えており、将来の土地価格・賃料等の変動を合理的に予測することを極めて困難としている。

 (2)一九九二年の第三回強制使用裁決は、那覇防衛施設局長の一〇年の強制使用裁決申請に対し、五年の使用裁決をなした。しかし、五年という期間も、実際には合理的な予測しうる期間を越えており適切なものではなかった。本来、「土地使用の対価」は毎年土地の価格・賃料に応じて算定されるべきものであることを考えると、 損失補償額は一年一年算定し支払うべきものであるが、現行の米軍用地特措法では損失補償金の一括前払いを条件に権利取得裁決が効力を生ずるものとされていることから、一年ごとの支払いは制度上困難とされている。

 従って、被使用者の損失補償に係る権利・利益を適正に補償するためには、合理的に予測しうる期間を厳格に解釈し、できるだけ裁決使用期間を五年以下に短縮することが要請されている。収用委員会は、仮に、強制使用する場合においてはこの趣旨に従って、裁決使用期間を短縮すべきである。

 (四)将来の変動を考慮しない場合の対応

 一九八二年の第一回強制使用裁決のときには、那覇防衛施設局長は五年の強制使用裁決申請をなし、収用委員会はこれ受けて五年の強制使用裁決をなしていた。しかし、一九八七年の第二回強制使用裁決のときは、那覇防衛施設局長は二〇年の強制使用裁決申請をなしたが、これに対し収用委員会は一〇年の強制使用裁決をなした。ところが一九九二年の第三回強制使用裁決のときには、那覇防衛施設局長の一〇年の強制使用申請に対して、一〇年の強制使用期間は長すぎるとし、「土地の使用期間は、上記理由及び著しく変動する今日の世界情勢、基地返還を要望する県民世論及び本件土地と有機的に一体としてされている昭和六二年裁決の土地の残存使用期間等その他の事情を考慮して使用期間は、五年が相当である」と裁決している。

 これは、土地使用に伴う損失補償が使用認定の告示日の土地価格に固定されることから、同固定に伴う被使用者の受ける不利益を回避するためには、できるだけ使用期間を短縮することが必要であることをその理由の一つとするものであった。右収用委員会の「将来の土地価格・賃料等の変動を考慮しない」との見解を前提とすると、右理由は、それ自体極めて正当なものである。しかし、仮に将来の土地の価格・賃料の変動を予測する場合にも、収用委員会が考慮した「被使用者の不合理な負担を解消するために使用期間をできるだけ短縮する」との姿勢は、堅持されるべきである。

 5 使用期間中の土地の価格・賃料の変化を具体的に考慮するやり方

 軍用地料の値上がりについては、一定の範囲で予測が可能であり、過去の資料を基に権利取得裁決後の使用期間中の増加率を推測して損失補償額を算定すべきである。添付の図2は伊江島の「農地」と「山林」を例にとったグラフであるが、この表から分かるように、一九八七年から一九九六年までの一〇年間の契約土地の賃料上昇率は殆ど一定しており、その年間平均上昇率は権利取得裁決時の賃料を基準にすると農地で五・五二六%、山林で六・〇八七%となっている。

 今後も同様の推移を辿るか否かは、過去の賃料の推移だけから単純に即断することはできないが、その他の賃料価格形成要因をも検討の上、予測可能である。この手法は本件全ての施設の土地について、可能であるので、収用委員会は各施設についての過去の軍用地料の推移を示す資料を蒐集して、各施設毎の上昇率を合理的範囲内で推測して損失補償の算定に用いるべきである。

 四 「現価」算出における中間利息控除について

 1 中間控除の適用の仕方

 (一)使用期間に対応する各年の「土地使用の対価」の累計が名目上の損失補償額となるが、同名目上の補償額は権利取得時に一括前払いされることから、過去の裁決においては、中間利息の控除がなされて損失補償金の算定が行われてきた。この中間利息控除は、「前払いを受けた者は、その資金を運用して利益をうるはずであるので、その利益分については控除するのが正当である」との思想に基づいて行われるものである。

 (二)この考え方自体は、理論的に合理的理由を有するものであり、一般的には正当なものといえるが、契約拒否地主に対し画一的に中間利率の控除を行うことには、多 くの問題がある。

 それは、軍用地主が高齢化しており、あるいは、資金運用を行いうる生活状況・環境にない契約拒否地主が多いからである。

 従って、現実には資金運用をなしえない者に対して、「資金運用を行いうるはずだ」として損失補償金を減額する結果を招来するものとなっている。

 中間利息を控除するに当たっては、十分に被使用者の実態を汲んでその採否を決めるべきである。少なくとも、地主に対しその点の考慮を行うことを知らせて必要な事項につき意見を述べさせるべきである。

 2 中間利息の控除率について

 (一)中間利息を控除する際は、ライプニッツ方式ではなく、ホフマン方式とすべきである。前者は複利計算にて中間利息を計算するものであるが、私たちの社会では、複利計算による資金運用を行うのは例外的現象であり、通常は単利計算にて資金の運用が行われているのであるから、沖縄の庶民の生活実態に即応した方式をとるべきである。

 (二)一九八七年の強制使用においては、中間利率として三%が採用されて計算が行われているが、同率は今日の経済生活の実態とかけ離れており妥当でない。庶民が資金運用するのは、殆どが金融機関への預金であるが、今日の預金金利は一%にも達しない低率のものであり、この低金利は今後とも継続するものと予測されるので、 中間利息控除を行う場合には金融機関の預金金利の平均率に基づき中間利息控除を行うべきである。

 (三)また、市場金利の変動は予測しがたいものであるので、中間利息控除を行うのであれば、経済の常識をはずれるような長期の使用期間の裁決を行うべきではない。


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出典:反戦地主弁護団、テキスト化は仲田。


沖縄県収用委員会・公開審理][沖縄・一坪反戦地主会 関東ブロック