米軍用地強制使用裁決申請事件
同 明渡裁決申請事件
意見書(一)
[目次]
第七 却下事由(その四)−地籍不明地に対する強制使用申請の不適法性 一 沖縄における「地籍不明地」とは、何か 1 沖縄戦による公図・公簿の焼失と地籍制度の整備 (1) 本土では、一八七三年(明治六年)制定の「地租改正条例」によって地籍の 整備が開始され、一八八〇年(明治一三年)には完了されているが、沖縄では、一八 七九年(明治一二年)に琉球王府が廃止されて、沖縄県が設置されてから、二〇年後 の一八九九年(明治三二年)に沖縄土地整理法が制定されて、やっと、地籍整理が開 始され、一九〇三年(明治三六年)に完了された。 ところが、沖縄の地籍制度は、わずか、四二年を経ただけで、一九四五年(昭和二 〇年)には沖縄戦の戦禍により公図・公簿を焼失し、地籍制度が崩壊することとなっ た。 (ちなみに、「公図」とは、旧土地台帳法施行細則(一九五〇年法務府令八八号)第 二条一項の「登記所は、土地台帳の外に地図を備える」という規定により、登記所が 保管している旧土地台帳法所定の土地台帳附属地図のことである。すなわち、登記簿 と台帳の一元化(一九六〇年三月三一日法律一四号)前の土地台帳制度の下において は、土地台帳の外に土地の区画及び地番を明らかにするため地図を備えていたのであ るが、この旧土地台帳附属地図を「公図」というのである。) (二) 終戦後、沖縄を占領した米軍は、占領政策を進めるため、一九四五年(昭和 二〇年)に米国海軍軍政府布告第一号「米国軍占領下の南西諸島及びその近海居住民 に告ぐ」を発し、私有財産権の尊重を宣し、既存法規の効力を認め、翌四六年軍政本 部指令第一二一号「土地所有権関係資料蒐集に関する件」を発布し、地籍整備の準備 作業を開始した。同司令に基づき、各字毎に土地について詳しい古老や有力者が土地 所有権委員に任命され、同委員が土地所有者が提出した土地所有申請書を基に調査・ 測量して、土地所有権関係資料が準備された。各字、市町村で準備された資料が一九 五〇年(昭和二五年)の軍政本部指令第一号「土地所有権認定中央委員会」により、 総合標準化され、同年の米国軍政本部特別布告第三六号「土地所有権証明書」に基づ き申請した所有者に対し「所有権証明書」が交付された。 (三) しかし、終戦後の混乱した状況の中で、一応の土地所有権制度の整備、図面 ・公簿の整備が行われたものの、本来の所有者の不在による家族または親戚による所 有権申請、土地の現況の変形による位置・境界を示す物証の不存在、測量器具・技術 の不備等の幾多の悪条件のため、図面・公簿の信頼性が低かった。とりわけ、図面に はその命とも言うべき「復元性」がなく、単なる参考資料として利用されるに過ぎず、 地籍の再調査の必要性が広く認識される状況となっていた。 (四) このため、琉球政府は、土地所有権認定事業によって整備された不正確で不 備・欠陥の多い図面・公簿に替えて、より正確なものを作るために、本土の「国土調 査法」と同じ内容の「土地調査法」(一九五七年(昭和三二年)立法第一〇五号)を 制定し、以後沖縄が日本復帰する一九七二年(昭和四七年)五月一五日まで土地調査 を行ったが、その調査実績は県下の地籍調査対象面積一、八三五・三〇キロ平方メト −ルのうち、調査済面積は一、二六〇・七二キロ平方メト−ルで僅か六九パ−セント に過ぎなかった。 復帰前、米軍基地内の土地につき右調査が行われたのは、僅か一四・九九キロ平方 メ−トルで、復帰時の軍用地二八万六一一〇キロ平方メ−トルの〇・〇五パ−セント に過ぎなかった。これは、前記沖縄の特殊事情に加えて、琉球政府の調査権が及ばな い米軍基地内という事情が存したためであった。 しかも、軍用地については、一九五九年(昭和三四年)七月一四日付の琉球列島米 国民政府指令第三号「米国が権利を保有又は取得する土地に関する登記について」に より、軍用地内の土地の分筆・合筆、地積の訂正、地目の変更及び等級の変更を含む すべての土地の表示登記変更申請は、米陸軍工兵隊の認可を受けなければ行えないこ ととされ、実質的には、軍用地内の土地の表示登記の変更が禁止されていた。 2 地籍不明地の残存 (一) 右経緯を経て、沖縄県内の米軍基地内には、多数の地籍不明地が残ることと なった。 復帰後、「国土調査法」に基づく地籍調査が行われたが、それでも地籍調査が困難 な地域が残ることとなり、これらの地域の地籍を明確化するため、一九七七年(昭和 五二年)に「沖縄県の区域内における位置境界不明地域内の各筆の土地の位置境界の 明確化等に関する特別立法」(いわゆる位置境界明確化法)が制定されることとなっ た。同法による地籍明確化対象土地は、民間地域が二五・〇九キロ平方メ−トルであ ったのに対し、軍用地が一一六・四〇キロ平方メ−トルとなっており、大量の地籍不 明地が米軍基地内に残る状況となっていた。 (二) 位置境界明確化法に基づき、軍用地の地籍不明地につき位置境界明確化作業 が行われることとなったが、被使用申請者たる島袋善祐、真栄城玄徳、平安常次、有 銘政夫、宮城健一、宮城正雄、津波善英の所有地については後記のとおり、地籍明確 化作業が完了せず、地籍不明地が残存することとなった。 以上が、沖縄における地籍不明地が今日まで残存してきた経緯である。 (三) 那覇防衛施設局長は、一九九七年(平成九年)一二月一日付の「沖縄県の区 域内における位置境界不明地域内の各筆の土地の位置境界の明確化等に関する特別措 置法に基づく位置境界明確化の手続が完了していない地域に所在する裁決申請土地の 位置境界の特定について」と題する意見書(以下、一九九七年一二月一日意見書とい う)において、「防衛施設庁が明確化作業を担当し、これまでに現地における調査を すべて完了している」と主張するが(二頁)、不正確である。地籍明確化作業は、那 覇防衛施設局長が同意見書で主張するとおり、基礎作業、地図編纂作業、復元作業、 成果認証作業の四段階の作業に大別されるものであるが、同作業の中で「調査」とは 基礎作業における「調査」を指すものであり、全体の作業の中のほんの一部を指すも のに過ぎない。従って、那覇防衛施設局長が完了したと主張する「調査」とは、地籍 明確化作業の中のほんの一部をおこなっただけである。本件で問題なのは、那覇防衛 施設局長が地籍明確化作業をすべて完了したか否かであり、基礎作業のための「調査」 を完了したか否かではない。那覇防衛施設局長が前記裁決申請土地について、地籍明 確化作業を完了していないことは、動かしえない事実であり、那覇防衛施設局長もこ れを真正面から認めるべきである。 二 「地籍不明地」の法的意味 1 「地籍」という言葉は、国土調査法の中で「地籍調査」という用語として登場 する。同法の定義によると、「『地籍調査』とは、毎筆の土地について、その所有者、 地番及び地目の調査並びに境界及び地積に関する測量を行い、その結果を地図及び簿 冊に作成することをいう。」(第二条五項)とされる。 従って、「地籍」とは、各筆の土地の「所有者」、「地番及び地目」、「境界及び 地積」を内容とする法的概念で、同内容は地図及び簿冊に記されることとなっている。 2 国土調査法第二〇条は、国土調査の成果である地図及び簿冊を認証することを 定め、同法第二一条は、認証した地積調査の成果たる地図及び簿冊を登記所に送付し て備付けさせることとし、送付を受けた登記所は、送付を受けた地図及び簿冊に基づ いて、土地の表示に関する登記及び所有権の登記名義人の表示の変更の登記をしなけ ればならないと規定する。 不動産登記法は、右地籍制度を前提として、地籍の内容を「登記簿」及び「図面」 に記載して備えつける。「登記簿」は、土地登記簿と建物登記簿の二種に別れ、「表 題部」に土地又は建物の表示に関する事項、「甲区」欄に所有権に関する事項、「乙 区」欄に所有権以外の権利に関する事項を記載することとされ(同法第一六条)土地 については、一筆または数筆毎に図面が作成され、同図面には、各筆の土地の区画及 び地番が明確に記載されることとされている(同法第一八条。同図面は、登記所とい う公の機関に備え付けられるところから、通称、「17条地図」と呼ばれる)。 従って、地籍の内容たる「地積」及び「境界」は土地の図面に記載され、「土地所 有者」、「地番及び地目」、「地積」は「土地登記簿」に記載されることとなる。 「地積」及び「境界」は、実地測量に基づき確定するので、「地積」及び「境界」と いう概念は、当然のこととして土地の「位置」を含むものである。そして、土地の 「位置」、「境界」、「地積」は、まず現地に即して確定され、「復元能力」を有す る実測図面の形で記録・保存されることになる。実測図面を離れては、土地の「位置」 、「境界」、「地積」が記録しえないことに留意する必要がある。 しかし、実測図面は、土地の「位置」、「境界」、「地積」を記録するという点で は、優れたものであり、不可欠なものであるが、権利関係を記録し表示するという点 では、適しておらず、不十分なものである。そのため、地籍制度は、権利関係を記録 するものとして登記簿を作成することとしている。そして、実測図面と登記簿を結び つけるため、実測した各土地毎に公権的に「地番」を付し、その「地番」を「登記簿」 に記載し、「地番」を中心にして、登記簿上の「表題部」に「地積」、「地目」等の 土地の表示に関する事項を記載し、「甲区」欄に所有権に関する事項を、「乙区」欄 に所有権以外の権利に関する事項を記載することとしているものである。 従って、地籍制度においては、実測図面と登記簿とを結び付ける「地番」の存在・ 機能が重要な機能・役割を果たしていることを正確に認識・理解することが不可欠で ある。 このことは、ある意味では、当然のことであるが、通常は、明確に意識化されない とが多い。しかし、地籍不明地の抱える基本的問題を考察する場合、地籍制度におけ る右基本を改めて確認して置くことは、極めて重要である。 何故なら、地籍不明地については、実測図面と登記簿を結びつける「地番」が存在 ・機能していないからである。沖縄における現在の「地籍不明地」問題の最大の特徴 は、地籍制度を支えていた「実測図面」及び「登記簿」が両方とも戦禍で焼失したが、 その後の地籍制度の整備が、復元能力のない図面の上に、「登記簿」(権利関係)が 整備され、「登記簿」の前提となる「実測図面」の整備が立ち遅れたところにある。 従って、土地の権利関係は、「登記簿」に記載された「地番」を中心に記録されてい るが、その「地番」は、地籍制度の前提・基礎となる「実測図面」の不在のため具体 的土地との関連性を欠き、本来の意味での「地番」の機能・役割を果たさないものと なっている。ここにこそ、沖縄における現在の「地籍不明地」問題の核心がある。 3 右に見たように、地籍制度は、人に関する事項を記録する戸籍制度と同じよう に土地に関する事項を記録するものであり、国民の私有財産権を保障する上で極めて 重要な制度となっている。 「地籍」が確定することは、法的には、私有財産権の成立する対象土地の位置・境 界を確定し、その土地上の権利者を表示することを意味し、土地に関する私有財産制 度を機能させ、その権利を保障する上で不可欠なものである。 「地籍が不明」ということは、私有財産権が成立する対象土地の位置・境界が不明 ということであり、且つ、その所有者が不明ということである。 これは、私有財産権を保障する法的システム、すなわち、憲法第二九条(私有財産 権の保障)、第三一条(適正手続の保障)及び第三二条(裁判を受ける権利の保障) が機能する前提を欠くものであり、極めて重大な法的意味を有するものである。 三 強制収用手続と「地籍不明地」 1 問題の所在 那覇防衛施設局長は、一九八二年(昭和五七年)五月に行った第一回目の米軍用地 収用特措法による強制使用申請以来、今日まで三回に渡って地籍不明地に対する強制 使用手続きを行ってきた。 本件強制使用申請においても、那覇防衛施設局は、過去三度に渡って収用委員会が 地籍不明地につき強制使用認定がなされた事実を指摘して、地籍不明地についての強 制使用申請が適法である旨主張する。 しかし、過去三度に渡って行われた地籍不明地に対する強制使用は、以下に述べる ように、基本的な手続き上の瑕疵を有するものであり、不適法なものであった。過去 に誤った収用委員会の判断が何度なされようとも、それが誤ったものである限り、そ の後の収用委員会の判断を拘束することはない。 問題は、当収用委員会が「地籍不明地」にひそむ法的問題の所在を的確に把握し、 その瑕疵を明確に認識しうるか否かにこそある。 2 対象土地の特定 強制収用(使用)手続は、収用高権の発動による私有財産権の制限・剥奪であり、 「公共の利益と私有財産との調整を図(る)」ことを目的とする(土地収用法第一条) ものであるが、その根幹は、憲法が定める「適正手続の保障」を図りながら、右目的 を実現するところにある。 ところで、強制収用(使用)は、特定の土地を「公共の目的」のために強制収用 (使用)しようとするものであるから、対象土地が特定されていることが必要である。 対象土地の特定は、土地が不断に連続するものであるため、人為的に土地を現地にお いて区切って(境界を定めて)特定をし、現地において特定した土地の位置・境界を 記録・表示するため実地測量に基づき実測図面を作成する。実測図面は、土地測量法 に基づき復元能力を有する図面として作成されるため、強制収用(使用)申請対象土 地は、実測図面により特定されることとなる。 本件強制使用申請には、対象土地についての実測図面が添付されており、同図面が 法的資格を有する測量士により誤りなく作成されている限り、強制使用申請をする対 象土地は特定されているといいうる。 3 米軍用地収用特措法が要求する対象土地の「特定」 (一) しかし、米軍用地収用特措法及び土地収用法が起業者に対して義務づける対 象土地の「特定」とは、単に、収用(使用)する対象土地を現地において特定すれば 足りるというものではない。 土地収用法は、次ぎに述べるように、被収用者(被使用者)の私有財産権の保護の ために、対象土地の「所有者」、「地番及び地目」、「境界及び地積」を特定するこ とを起業者(本件では、那覇防衛施設局)に対して義務づけるものである。 まず、土地収用法第一八条は、起業者に対し、事業認定申請書に「収用又は使用の 区別を明らかにした起業地」を記載すること及び同申請書類に「起業地及び事業計画 を表示する図面」を添付することを義務づけた上、同「起業地の表示は、土地所有者 及び関係人が自己の権利に係る土地が起業地の範囲に含まれることを容易に判断でき るものでなければならない。」と定める(同条第一項、第二項、第四項)。これは、 「起業地の表示」には、少なくとも「所有者」、「地番」、「境界」が表示されるこ とを指示するものである。何故なら、当該対象土地の「所有者」、「地番」、「境界」 が表示されなければ、土地所有者等が「自己の権利に係る土地が起業地の範囲に含ま れるか否かを容易に判断できる」とは言いえないからである。また、土地収用法第四 〇条は、起業者に対し、裁決申請にあたって、裁決申請書類に右「起業地を表示する 図面」の添付を義務づけた上、さらに、市町村別に「収用し、又は使用しょうとする 土地の所在、地番、地目」、「収用し、又は使用しょうとする土地の面積」、「土地 所有者及び土地に関して権利を有する関係人の氏名及び住所」等を記載した書類の添 付を義務づける(同条一項)。 同条は、さらに、同法第三六条の土地調書の添付を義務づける。同法第三七条は、 土地調書には、「土地の所在、地番、及び地目」を記載した上、実測図面の添付を義 務づけているので、土地収用法は、裁決申請書に土地調書と実測図面を結びつけるも のとして、「地番」を記載した「実測図面」の添付を求めているといえる。 これらの規定は、強制収用(使用)手続きの中で、「公共の利益の増進と私有財産 との調整を図る」ためには、単に強制収用(使用)対象土地を特定するだけでは、不 十分であり、対象土地についての「所有者・権利者等の住所・氏名」、「地番」、 「境界」等の表示・記載が不可欠であることを示すものである。 (二) 米軍用地特措法は、土地収用法第一八条の規定を援用しないものの、米軍用 地特措法第四条一項及び同法施行令第一条は、収用(使用)認定申請書に「使用し、 又は収用しようとする土地等の調書及び図面」を添付することを義務づけ、同法施行 規則第二条は、右「土地等の調書」の様式を定め、「使用(収用)しようとする土地 等の所在、種類、構造、形状、用途、並びに所有者及び関係人の氏名及び住所」を記 載するものと定める。そして、同法施行令第一条が「土地等の調書」のほかに「図面」 の添付を義務づけていることは、「実測図面」に「地番」が付され、「土地等の調書」 に土地等の「所在」を示すために「地番」が記載されることを当然のこととして予定 しているものと解される。 何故なら、「実測図面」に「地番」が付されることにより、初めて、「実測図面」 が「土地等の調書」と結びつき、対象土地の位置・境界、地積、権利者を特定するこ とになるからである。 また、同法第七条は、当該防衛施設局長は、収用(使用)の認定の通知を受けたと きは遅滞なく、「土地等の所在、種類、及び数量」を公告し、且つ、これらの事項を 「土地等の所有者及び関係人」に通知することを義務づけている。 これらの規定から明らかなように、米軍用地特措法は、土地収用法第一八条と同じ ように、防衛施設局長に対し、収用(使用)認定の申請に際し、対象土地の「所在」、 「土地所有者・関係人の住所・氏名」等の記載を義務づけていると解すべきものであ る。ここでいう「所在」とは、「実測図面」(土地の位置・境界)と「登記簿」(権 利者)を結び付ける土地の「地番」を意味することは、明らかであるから、米軍用地 特措法は、土地収用法と同様に防衛施設局長に対し、対象土地についての「所有者・ 権利者等の住所・氏名」、「地番」、「境界」等の表示・記載を不可欠のものとして、 義務づけているものというべきである。 米軍用地特措法第一四条が、土地収用法第一八条を援用しなかったのは、米軍用地 特措法においては、収用(使用)認定が総理大臣の権限とされていること、及び同法 においては、第三条において「収用(使用)の目的」が「駐留軍の用に供するため土 地等を必要とする場合」と法定されていることから、土地収用法にいう「事業計画書」 がもともと存しないことによるものであり、対象土地についての「土地所有者・関係 人の住所・氏名」、「地番」、「境界」等の記載を不要としたことによるものではな いことを考えれば、このことは、明らかである。 また、米軍用地特措法は、土地収用法第四〇条を適用しており、このことからも、 同法が対象土地についての「土地所有者・関係人の住所・氏名」、「地番」、「境界」 等の記載を不要としたことによるものではないことは十分理解できる。 4 適正保障手続における「地番」特定の意味 (一) ところで、地籍不明地についても、現地に即して強制収用(使用)を行う対 象土地の特定を行うことは可能であり、実測図面により、これを特定することができ る。なぜなら、「特定」とは、単に強制収用(使用)する土地を物的に特定するだけ のことを意味し、「所有者又は関係権利者」、「地番」、「境界」の観念とは、直接 関連しないものだからである。 しかし、地籍制度の中では、土地の特定とは、右の意味での特定だけではなく、 「実測図面」(土地の位置・境界)と「登記簿」(権利者)とを結びつける意味での 「特定」、即ち、両者の特定を意味するものである。 土地収用法及び米軍用地特措法は、前述のように、強制収用(使用)の申請及び裁 決申請の必要書類として、単なる対象土地の「特定」だけでは不十分とし、さらに、 対象土地についての「土地所有者・関係人の住所・氏名」、「地番」、「境界」等を 記載した書類の添付を起業者又は防衛施設局長に義務づけている。 「地籍不明地」とは、前述のように、地籍制度の核心となる「実測図面」と「登記 簿」とを結び付ける「地番」が確定できず、その結果、「境界(筆界)」、「地番」、 「土地所有者又は関係権利者」が不明となっている土地であり、その性質上、土地収 用法及び米軍用地特措法が定める土地の「位置」、「境界」、「土地所有者・関係人 の住所・氏名」、「地番」、を表示しえないものである。 従って、地籍不明地については、強制収用(使用)をなす前提を欠き、本来米軍用 地特措法及び土地収用法を適用しえないものである。 地籍不明地について、強制収用(使用)を行うということは、権利者を特定しえな い土地を強制収用(使用)することを意味するが、これは、強制収用(使用)対象土 地の権利者に対し権利保障の機会を与えないことを意味し、憲法が保障する私有財産 権の保障のための適正手続に反する違憲の結果をもたらし、許されないものである。 周知のように、最高裁大法廷判決(一九九二年七月一日)は、刑事手続と行政手続 の性質の差異を指摘した上で、憲法第三一条の適正手続の保障が行政手続きにも及ぶ ことを認めた。その上で「行政処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与え るかどうかは、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行 政処分により達成しょうとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定され るべきものであ(る)」と判示する。 土地収用法は、同法が私有財産権の根幹をなす所有権等を制限するものであること から、被収用(使用)者に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるために、対象土地 の「位置」、「境界」、「権利者等の氏名・住所」の記載を求めるものであり、同法 の手続は、憲法が定める適正手続の保障の具体化として重要な意義を有するものであ る。 地籍不明地に対する強制収用は、土地収用法が定める右適正保障手続に違反するも のであり、到底許されるものではない。 (二) 土地収用法第四〇条第二項には、「土地所有者及び関係権利者の氏名・住所」 (第四〇条第一項第二号ニ)については、「起業者が過失なくて知ることができな いものについては、同項の申請書の添付書類に記載することを要しない」との規定が 存するが、同項は、第一項第二号イの「土地の所在、地番、地目」及びロの「土地の 面積」の記載を不要とするものではない。 「起業者が過失なくして、土地所有者及び関係権利者の氏名・住所を知りえない」 場合とは、(1)権利者の氏名も住所も不明である場合、(2)権利者の氏名は確知してい るが住所が不明である場合、(3)権利の帰属を巡って争いがある場合、(4)権利の存否 を巡って争いがある場合、の四つの場合が存する。 右(1)の場合には、強制収用(使用)対象土地の所在、地番、地目は明らかである ので、実測図面と登記簿記載の地番、地目等で対象土地を特定し、知れない権利者に 自己の土地が起業地(強制収用・使用対象土地)となっていることを知らせることが できるので、権利者の氏名・住所の記載が不要とされているものである。 右(2)の場合には、右(1)に加えて、氏名が明らかになっているので、権利者は(1) の場合より、容易に自己の土地が起業地(強制収用・使用対象土地)となっているこ とを知りうる。 右(3)、(4)の場合には、権利の帰属ないしは存否を争っている者を知りうる場合、 起業者は、知りえた権利を争う者(複数)を申請書の添付書類に記載して、申請をし なければならない。これは、権利者に強制収用(使用)について、意見をのべ、自己 の権利の保護を訴える機会を保障するという「適正手続の保障」のために不可欠なも のである。 このように、土地収用法第四〇条第二項は、公共の利益と私有財産の保障との調和 を図るために、知れない権利者に対しても、自己の権利を自ら守ための機会を可能な 限り保障しょうとするものであり、決して「適正手続の保障」を免除しょうとするも のではない。 右土地収用法第四〇条第二項は、地籍が確定していることを前提にして、権利者の 氏名・住所の不明な場合を規定するものである。境界争いの場合でも、筆界は確定し ており、単に土地の境界が何処かを争うものである。 これは、右第四〇条第二項が、「権利者の氏名・住所」を知りえない場合でも、同条 第一項第二号イの「土地の所在、地番、地目」及びロの「土地の面積」の記載を不要 としていないことから、明らかである。 従って、土地収用法第四〇条第二項は、対象土地の「位置」、「筆界」、「地番」 「地目」が確定していること、すなわち、少なくとも土地についての「公図」が存す ることを前提としていると解すべきである。 右土地収用法の規定・構造は、強制収用(使用)に際して、対象土地の権利者の権 利を保障するためには、少なくとも、対象土地が地籍制度の上で、「何番の土地」と 特定・表示され、権利者が「自己の権利に係る土地が、起業地の範囲に含まれるか否 かを、『公図』上で、容易に判断できる」ことが最小限度必要であることを示すもの であり、「公共の利益と私有財産の調和」を図るためには、最小限に不可欠なもので あり、十分合理的理由を有するものである。 従って、米軍用地特措法が土地収用法第四〇条を適用していることを根拠にして、 地籍不明地につき、土地の強制収用(使用)がなしうると解することは、同条第二項 が第一項第二号イ及びロの記載を不要としていないという文言に反すると同時に、同 条項が保障しようとする「適正手続の保障」に反し、誤ったものといわなければなら ない。 (三) 百歩譲って、仮に、地籍不明地につき、土地収用法第四〇条第二項の類推適 用が行いうるとしても、その場合には、前記ないしはの権利を巡る争いの場合と同様 に、地籍不明地内の土地収用(使用)であること、及び地籍不明地内に存する権利者 全員の氏名・住所の記載がなされて、権利者に自己の権利を主張する機会を保障する 形で土地収用(使用)認定申請、及び裁決申請が行われなければならない。ところが、 沖縄における米軍用地特措法に基づく強制使用は、第一回目の強制使用申請以来、今 回の強制使用申請にいたるまで、いずれも、実測図面により、対象土地が特定された ので、強制使用認定申請書類及び裁決申請書類が適法に整ったとして、防衛施設局が 断定した対象土地の所有者の氏名・住所が記載され、地籍不明地内の全ての権利者が 記載されないまま、また、地籍不明地内の土地の地番の記載がないまま、強制使用認 定がなされ、且つ、裁決申請が行われてきた。 しかし、これは、土地収用法第四〇条第二項が、「過失なくして知りえない事項」 の記載を不要とするものであり、権利者保護のために必要とされる事項の記載を免除 するものではないこと、とりわけ、権利の帰属・存否につき争いが存する場合に、知 りうる範囲で権利を争う者の氏名・住所を記載することとされていることに違反する ものである。 地籍不明地は、各筆界が不明となっているものの、一定の範囲内においては、区域 の境界(例えば、字界)が明確化されているものであり、同明確化された区域内の土 地所有者等の権利者の氏名・住所は明らかになっているものであるから、同区域内の 一部の特定の土地を強制使用する場合には、地籍不明地内に所在する土地の「地番」 と「所有者等の権利者の氏名・住所」を記載して強制使用認定及び裁決の申請を行う べきである。 ところが、那覇防衛施設局長は、これまで前述のように、このような記載をなさな いまま国との賃貸借契約に応じない地主のみを記載して強制使用認定申請及び裁決申 請を行ってきたものであり、同申請には手続き的瑕疵が存するものである。 右瑕疵は、強制使用認定申請及び裁決申請における土地所有者等の権利保護に関す る重要な部分についての瑕疵であり、補正を行うには適しないものであり、改めて、 強制使用認定申請及び裁決申請をやり直さなければ、その瑕疵を補正出来ないもので ある。 (収用委員会に、本件裁決申請に先行する本件強制使用認定について「瑕疵」を審 査・判断する権限が存するか否かの議論をさて置くとしても、裁決申請書類の瑕疵で あるから、収用委員会がこの瑕疵につき、審査・判断しうるのは、異論のないところ である。また、仮に、那覇防衛施設局長が裁決の申請をやり直しても、すでに、本件 強制使用認定の告示日から一年を経過しているので、同裁決申請は使用認定失効後の 申請として却下されることになる。)
出典:反戦地主弁護団、テキスト化は仲田。