米軍用地強制使用裁決申請事件
同 明渡裁決申請事件
意見書(一)
[目次]
二 米軍用地特措法は憲法に違反して無効である 1 米軍用地特措法そのものが憲法に反する (一) 米軍用地特措法は、国が、「駐留軍の用に供する」という軍事目的を実現す るために国民の私有財産を、強制的に使用または収用することを内容とするものであ り、憲法に違反する安保条約及び地位協定にその根拠をおく以上、当然に違憲無効で ある。 さらに、米軍用地特措法が安保条約や地位協定ともども、憲法前文、九条及び一三 条によって宣言・保障された徹底した非武装平和主義に反し、国民の平和的生存権を 侵すばかりでなく、憲法上許されない軍事目的のための強制収用は、私有財産を「公 共のために用いる」場合にあたらず、憲法二九条三項に違反するものである。同時に、 米軍用地特措法は、土地収用法に比較し、著しく収用手続が簡略化されており、適正 手続を保障しているものとはいえず、憲法三一条にも反する。 (二) 米軍用地特措法固有の違憲性については、特に次の点を指摘しなければなら ない。日本国憲法の制定にともない、米軍用地特措法がその多くを準用している土地 収用法から軍事目的の土地収用は削除された事実である。即ち、戦前の土地収用法に は「国防其他兵事ニ要スル土地」をも収用対象とされ、帝国陸海軍のための土地収用 が規定されていたのであるが、新憲法制定にともない、右条項は削除された。軍隊の ための土地取り上げ、土地の強制収用が憲法の非武装平和主義に反すると考えられた からに他ならない。現に自衛隊用地取得のための個人の所有地の公用収用は認められ ていない。 この点について、当時の建設省渋江管理局長は、その提案理由を、国会において、 「なお、実質的に事業の種類につきまして若干申し上げますと、従来の規定におきま しては、国防・その他軍事に関する事業、それに皇室陵の建造ないし神社の建設に関 する事業が、公益事業の一つとしてあがっておりましたが、新憲法の下におきまして は、当然不適当である考えられますので、これを廃止することにいたしております。」 (「第一〇回国会衆議院建設委員会議録第一七号」)と説明し、更に、参議院建設委 員会においても、「こういったような新憲法の下におきましては(旧土地収用法には) 非常に妥当性を欠いております公共事業が掲げてある次第でございますので、これら を廃止・削除することにいたしたのであります。」と、同様の説明がなされている。 さらに、一九六四年第四六回国会の衆議院・建設委員会の審議において、「公共の利 害に特に重要な関係があり、かつ、緊急に施行することを要する事業に必要な土地等 の取得に関し」、土地収用法の特例を定めた「公共用地の取得に関する特別措置法」 が国会で審議された際、この「公共の」範囲に軍事施設が入るかとの質問がされたの に対し、当時の河野建設大臣は、「軍施設を「公共の」範囲に入れるということは適 当でない。これはもう社会通念じゃなかろうかと私は思います。そういったことに反 したものについてこれをやることは適当でない。こういうふうに私は解釈ております。 」(「衆議院建設委員会議録第三一号、一三〜一四頁」)と答弁し、先の政府見解が 再度確認されていることを指摘しておきたい。 (三) 米軍用地特措法は憲法二九条に反する。 財産権は、私有財産制の下において、自己の自由にできる財産を保有したいという 人間の当然の要求に支えられ、人間の自由なる実存を確保するため必要不可欠な重要 な権利であり、この財産権を制約しうるのは、立法の目的が正当であり、その制約の 程度も必要最小限度の場合に限られる(憲法二九条二項・三項)。 平和主義・平和的生存権は、憲法上の他の価値体系の基礎であり、憲法体系の中核 をなす基本原理であって、法規範性・実効性を有するところの効力規定であり、これ に優越し、これを制約するような「公共性」は存在する余地がないというべきである。 従って、日本国憲法の下において、「駐留軍の用に供する」という軍事目的の実現の ために、国民の所有する土地を強制的に使用または収用することが、「公共性」をも ちえず、憲法二九条三項の「公共のために用いる」ことにあたらないのは当然であっ て、米軍用地特措法が、憲法二九条三項に違反することは明らかである。 (四) 米軍用地特措法は憲法三一条に反する。 米軍用地特措法においては、以下に指摘するように、使用・収用の認定にいたる事 前手続における権利保護の手続きが、土地収用法に比較して、形式化・形骸化されて おり、適正手続を保障した憲法三一条に違反するものである。 (1) 土地収用法においては、起業者が建設大臣または都道府県知事に事業認定申 請書を提出する際の添付書類として事業計画書の添付を義務づけている(土地収用法 一八条)。この事業計画書には、(1)事業計画の概要、(2)事業の開始及び完成の時期、 (3)事業に要する経費及びその財源、(4)事業の施行を必要とする公益上の理由、(5) 収用または使用の別を明らかにした事業に必要な土地等の面積、数量などの概要並び にこれらを必要とする理由、(6)起業地等を当該事業に用いることが相当であり、か つ土地等の適正かつ合理的な利用に寄与することになる理由が記載されるようになっ ている(規則三条一項)。「事業計画書」は申請に係る事業の内容を具体的に説明す るものであり、事業の認定機関は、この「事業計画書」に記載された事項をもとにし て、収用の可否を判断するであるが、米軍用地特措法では、使用または収用の認定の 申請に、このような「事業計画書」もしくはそれに相当する使用・収益の内容を具体 的に説明した書類の添付は要求されていない。 (2) 土地収用法においては、建設大臣または都道府県知事は、事業の認定を行お うとするとき、起業地が所在する市町村の長に対して、事業認定申請書及びその添付 書類のうち、当該市町村に関係のある部分の写しを送付しなければならず(二四条一 項)、右書類を受け取った市町村長は公告の日から二週間右書類を公衆の縦覧に供し なければならず(同条二項)、また、事業の認定に利害関係を有する者は、右二週間 の縦覧期間内に、都道府県知事に意見書を提出することができる(二五条一項)。と ころが、米軍用地特措法では、この事業認定申請書、添付書類の送付及び縦覧の手続 はなく、利害関係人の意見書の提出についての定めもない。国民の権利保護手続とし て不十分である。 (3) 土地収用法は、事業の認定を行おうとする場合において、必要があるときは、 公聴会を開いて一般の意見を求めなければならない(二三条)と規定している。憲法 三一条の適正手続の保障の一環として、事業認定の公正・妥当さを保障するために認 められた極めて重要な制度である。米軍用地特措法は、土地収用法二三条の適用を除 外し、公聴会の制度を廃止している。 2 「改正」米軍用地特措法の違憲性 (一) 憲法三一条(適正手続条項)違反 憲法三一条が、行政手続においても適用されることは確定した判例である(最高裁 平成四年七月一日判決)。そして、憲法三一条によって具体的には、告知と聴聞の機 会を与えられる権利、事後の不服申立手続の存在、中立機関による事前の裁定、手続 継続による期待権のそれぞれが保障されている。しかし、「改正」特措法は右憲法三 一条に真っ向から反するものである。 「改正」特措法においては、収用委員会の採決を経ることなく、内閣総理大臣の使 用認定、防衛施設局長の裁決申請、担保提供等の一方的行為がなされれば、地主に対 する事前の告知・聴聞の機会を与えることなく強制使用をが可能となる。権利主張の 機会が事前に全く与えられないまま、内閣総理大臣及び防衛施設局長の意思のみで、 自己所有の土地を自己が使用できないだけでなく、自己の望まない方法で使用されて しまうのである。 また、内閣総理大臣の使用認定、防衛施設局長の裁決申請、担保提供等がなされれ ば一方的に暫定使用権原が発生し、その適法性を争う手段が全く存在していないばか りか、中立機関による事前の裁定も存在しない。起業者から独立した第三者機関であ る収用委員会が、右国民の権利主張を聞いた上で、公正・中立な立場で審理・裁決を してこそ中立機関による事前の裁定がなされたといえるにのであるが、「改正」特措 法は、収用委員会の審査を全く経ることなしに防衛施設局長の裁決申請と、その後の 担保提供という一方当事者の手続のみで強制使用を可能としているのである。 さらに、本件は、当該強制使用の可否を裁決する手続が開始し、まさに進行してい る最中に、別の法律をつくることによって、手続・ルールを変更してしまったのであ る。このような途中でのルール変更は、国民生活における予測可能性を崩し、法的安 定を著しく損なうから、一般的に法治主義の原理に反し、個人の権利・自由に不当の 侵害を加えるものであり、憲法上許されないことである。 以上により、「改正」特措法は、憲法三一条が保障する各種原則に、二重三重に違 反する。 (二) 四一条違反 憲法四一条は「国会は、国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である。」 と規定している。右の「立法」とは、受範者が不特定多数であるという性格(一般性) 、かつ、規制の対象となる場合ないし事件が不特定多数であるという性格(抽象性) を有する法規範の定立であると解されている。一般的・抽象的法規範に基づく具体的 な権力作用の行使は、誰にも平等に適用され、行政府の恣意的意思の支配を排除する ことになって、まさに、日本国憲法の標榜する法の支配の思想に適合的だとされるの である(芦部信喜「憲法」岩波書店二二一頁)。 しかし、「改正」特措法が、本件審理における三〇〇〇名の地主の所有土地につい て、不法占拠を回避することを唯一の目的として制定された法律であることは、各種 マスコミ報道や衆議院の「日米安全保障条約の実施に伴う土地使用等に関する特別委 員会」等における国会審理での久間防衛庁長官の答弁によっても明らかである。 「改正」特措法は受範者が未契約地主約三〇〇〇人だけに特定されているという意 味で個別的であり、右地主らが賃貸借契約を拒否している場合にだけ適用されるとい う意味で具体的である。 さらに、「改正」特措法附則二項は、楚辺通信所敷地内に所有地を有する知花昌一 氏だけを受範者とし、知花氏の所有の土地だけを対象としていることは明白である。 このような個別的法律は、反戦地主らの権利をねらい撃ちにするものであって、まさ に「立法の専制」ともいうべきものである。このように一般的・抽象的性格を欠く法 規範の制定は到底憲法四一条の「立法」には当たらず、法規範としての効力を持たな い。 (三) 九五条違反 憲法九五条は、特定の地方公共団体にのみ適用される法律(地方自治特別法)につ いて住民投票を要求している。その趣旨は、(1)国の特別法による地方自治への不当 な干渉・介入の防止、(2)地方公共団体の有する平等権の保障、(3)地方行政における 民意の尊重(成田頼明「地方自治特別法の住民投票」田上穣治編『体系・憲法事典』 青林書院新社、一九六八年、六六六頁)である。 即ち、何が地方自治特別法にあたるかについては、憲法九五条の趣旨が「その地域 住民の民意を尊重する」(和田英夫「新版憲法体系」勁草書房、三七八頁)、「一般 の法律とは違った特例を特定の地方公共団体だけに適用することによって、住民の不 利益を生ずる不平等な扱いが住民の意に反してなされないようにしよう」(小林直樹 「憲法講義・下」東大出版会、一九八一年、四七九・四八〇頁)という点にあること を十分射程にいれて解釈すべきである。 当該立法が適用されることにより、特定の地域住民が不利益を負う場合には、地方 公共団体の組織、権限、運営についての特別立法に限らず、地方公共団体を構成する 地域あるいは地域住民について他の地域あるいは他の地域住民と異なった取り扱を定 める場合についても住民投票が必要と解すべきである。 「改正」特措法が、「暫定使用」という名目で半永久的に県民の土地を強制的に取 り上げることを可能にする点で、改正前の米軍用地特措法よりもさらに重大な人権制 約をもたらすものであり、その結果、地方公共団体にとっては従来以上に都市計画等 に重大な影響をもたらし、そのための事務的負担も従来以上に負うことを余儀なくさ せるものであることが明らかである以上、地方自治特別法として住民投票を要するも のと言うべきである。 右については、「改正」特措法は沖縄県にのみ適用される特別法となっているもの ではないから、憲法九五条違反とはいえないという反論も一応は考えられよう。しか し、「改正」特措法が約三〇〇〇人の契約拒否地主の所有する沖縄の米軍用地をその 対象としていることは明らかである。もし仮に事実上特定の地方公共団体にしか適用 されない法律であっても、形式的にそれを日本全国に適用可能であるように定めをお けば、地方自治特別法としての規律である住民投票による過半数の賛成票の獲得を免 れるというのでは、憲法九五条はザル法に堕することになる。そもそも日本国憲法は、 そのような国家権力の恣意から国民、住民の権利を擁護することを目的としているの であって、立法の際の文言の選び方という小手先の技術で憲法規範を潛脱できること があってはならない。 3 以上、米軍用地特措法は、安保条約・地位協定にその成立の根拠をおくがゆえ に、当然に違憲とされなければならないとともに、米軍用地特措法それ自体が、憲法 前文、九条、一三条、二九条、三一条に違反する無効な法律である。そして、「改正」 特措法は、その違憲性をますます露骨に表明しているものである。 三 貴収用委員会においては、憲法に違反する安保条約、地位協定及び米軍用地特 措法に基づく申請であることを理由に、本件裁決申請のすべてを却下すべきである。
出典:反戦地主弁護団、テキスト化は仲田。