沖縄「特別立法」の危険性と違憲性
安保・沖縄連続シンポジウム 第4回 憲法学者 星野安三郎さんの講演要旨
(『憲法みどり農の連帯』ネットワーク通信 月刊「かたつむり」通巻272号から許可を受けて転載)
沖縄の米軍用地確保のために民有地を強制的に収用する「特別立法」が問題になっている。
それは、読谷村楚辺通信所(象のオリ)の一部用地で国と地主との賃貸借契約が切れ、今年4月からはじまった「国による不法占拠」状態が続いているだけでなく、来年5月以降は嘉手納基地など11の施設で、約3000人分の米軍用地の使用期限が切れる可能性がでてきたためである。このことから、政府自民党の内部で、期限切れ前に手続きを終える法改正か新規立法が必要との理由からつぎの諸点を検討中という。第一の審理期間の短縮とは、県の収用委員会が、裁決申請書の公告縦覧期間終了後2ヶ月以内に裁決を出さない場合は審理を打ち切り、県に代わって国が裁決代行できるよう特別措置法の改正である。
第二の裁判手続きの省略とは、現行法の手続きでは、知事が代理署名や公告縦覧の代行を拒否した場合には、首相が職務執行命令訴訟を起こさなければ代行手続きに入れない。代理署名訴訟は福岡高裁那覇支部への提訴から判決まで4ヶ月近くかかっており、手続き長期化の大きな要因となっていることからこのような裁判手続きを省略するという法改正である。
第三の機関委任事務の見直しとは、「安保・防衛関連の手続きは本来国の業務であり、地方自治体に委任するのは問題」という橋本龍太郎首相の意見による。
これらを含む「特別立法」は、県収用委員会の公平中立性と公選知事の権限を否定し、軍事優先・民生軽視の旧憲法下の中央集権国家体制への逆行を意味し、きわめて危険で許されない。そこで、戦前と戦後における土地収用法の相違を中心に、「特別立法」の違憲性と危険性を検討する。
(2)国権と軍権優位、民生軽視の旧土地収用法
日清戦争後の1900(明治33)年に制定された旧土地収用法は、天皇の宣戦・軍事・戒厳・非常大権を受けて、国権と軍権を重視し民生を軽視する内容と手続きを定めている。公共の利益のため土地を収用・使用する事業について2条は(1)国防その他軍事に関する事業(2)皇室陵墓の営建又は神社若しくは官公署に関する事業と定め、国民生活については(3)社会事業、教育学芸に関する事業(4)鉄道・水道・下水・国立公園などと定め、最後の(5)では、「市町村」と明示してつぎのように定めている。(5)衛生・測侯・道路標職・防風・水害予防その他公用の目的を以て国道府県市町村其の他公共団体に於て施設する事業。
このような事業の配列の仕方は、軍事優先民生軽視を示しているが、その点は手続きについても同様である。事業の決定については「内務大臣之を認定す但軍機に関する手業は此の限に在らず」(12条)と例外を定めていた。また15条では「天災地変に際し、急施を要する事業のため」の土地の使用は「市町村長はその事業の認定をなすことを得」と定めるが、「軍事上臨時急施を要する事業」については、「主務大臣は使用すべき土地の区域を市町村長に通知すべし」と定めていた。
次に内務大臣が認定した事業の公告後は、地方長官(官選知事・内務官僚)を経て土地所有者に通知されるが、起業者と土地所有者の間に協議が成立しない場合には「収用審査会」の裁決を求めることになる。(22条)
そして収用審査会は、「内務大臣の監督に属し」(35条)、会長は地方長官を当て(37条)、6名の委員の中の高等文官3名は内務大臣が任命し、3名の道府県名誉職参事会員は互選によると定める(38条)など、公平中立とは反対に内務省主導になっていた。
つぎに重要なのは、審査会に裁決を求める申請書が内務大臣に提出された後の手続きである。地方長官から申請書を受理した市町村長による公告と1週間の公衆縦覧(24条)、土地所有者による2週間内の意見書提出(25条)後審査会の開催となる(26条)。そして、審査会後の裁決は1週間内、おそくとも3週間内にせねばならず(27条)、この期間内に裁決しない場合は、内務大臣は地方長官に対して「一定の期間内」に裁決を為すことを命じるか、審査会に代わって裁決すべきことを命ずることができると定めている(28条)。
さらに注目したいのは、監督・強制・罰則を定めた9章である。その73条では、義務者が、この法律と法律にもとづく命令による義務を行わず、又は一定の期間内に終了する見込みのない場合、地方長官自らが執行するか、他人をして執行させたり、直接強制することができると定めている。以上見たように収用手続きは、内務大臣・地方長官・収用審査会・市町村長・土地所有者というように上からの一方的、官僚的で反民主的な手続きだったということである。しかも、軍用地の場合は、このような収用手続きを経ることなく、憲兵などの圧力によって、無償に近い価格での売渡を強制されたのである。けれどもそれは戦前の過去の問題ではなく現在の問題である。先に見た「特別立法」は基本的には以上のような反民主的手続きの復活といってよいからである。
(3)国防・軍事目的と反民主的手続きの違憲性
これを見る上で重要なのは、朝鮮戦争後の1951年、第10回国会での土地収用法の全面改正である。そこでは提案理由として第1に、国防・軍事・皇室陵墓と神社の営建は憲法違反の事業として廃止・削除されたこと、第2は、旧法の審査機開の非民主性を公平・中立・民主的に改め、官憲的一方的手続きを民主的に改めたと言明されていた。このことからすれば沖縄の反戦地主による契約更新拒否と公選された大田県知事による代理署名拒否は、憲法上の正当な権利行使といえるだろう。自治権と平和的生存権を守る沖縄の闘いとの連帯を強めながら、「特別立法」の阻止にむけて努力する必要を痛感する。
(ほしの・やすさぶろう)
『日本国憲法 平和的共存権への道 その世界史的意味と日本の進路』
高文研 星野安三郎・古関彰一 1997年2月1日発行
ISBN4-87498-185-2