核廃絶へ「明確な約束」−問われる「実行」
NPT再検討会議における新アジェンダ連合と日本
川崎哲
187の締約国をもつNPTは、大多数の国(「非核兵器国」)が核兵器を保有せず開発しないと誓約し、査察を受けるかわりに、5つの「公認」の核保有国(「核兵器国」。米、ロ、仏、英、中)が核軍縮について「誠実に交渉をおこなうことを約束する」(第6条)という、「とりひき」の条約である。事実上の核保有国であるインド、パキスタン、イスラエルは加盟していない。
5年ごとに条約の再検討会議が開かれる。前回の95年会議ではNPTの無期限延長が決定され、これに伴う約束として、「核不拡散と核軍縮のための原則と目標」という文書(「原則と目標」)が採択された。しかしその内容は、ほとんど実行されなかった。具体的には、
@包括的核実験禁止条約(CTBT)は約束どおり1996年に締結されたが、米上院の批准否決(99年10月)などで発効の目途がたっていない。
A核兵器用核分裂性物質の生産禁止条約(FMCTまたはカットオフ条約)の交渉は、98年のジュネーブ軍縮会議(CD)でいったん特別委員会が設置されたが、実質審議に入れずとん挫した。
B米ロが世界に作戦配備している核弾頭数のこの5年間の削減率は1割前後で、「原則と目標」のうたった「核兵器国による核削減の断固たる追求」があったとはとても言えない。
こうした中、98年5月にはインド、パキスタンが核実験をおこない、兵器化を前提とした核政策を進めている。99年3月の北大西洋条約機構(NATO)によるユーゴスラビア空爆などによって、ロシアは「米国から身を守るための核兵器」に依存度を強めている。米国の進める「弾道ミサイル防衛」構想も、新たな軍拡競争の引き金となるとして、中国、ロシア、欧州諸国から批判や懸念を表明されている。
このような現状への不満から、98年6月に核軍縮を求める非核国連合「新アジェンダ連合」(NAC。メキシコ、ニュージーランド、スウェーデン、アイルランド、南アフリカ、ブラジル、エジプト)が登場し、国連総会で核軍縮決議を提出するなど、精力的な働きを続けてきた。
こうした国際環境の中で開かれた今回の再検討会議は、会議初日の演説でアナン国連事務総長が「多国間の軍縮交渉の機関がさびついているのは、機関そのものに原因があるのではなく、機関を動かそうとする明確な政治的意志が欠如していることが問題なのだ」と指摘しとおり、核兵器国の核廃絶への政治的意志を問うものとして開幕した。
会議場となった国連本部には、世界各国からたくさんのNGOが集結し、政府代表への働きかけや世論喚起をはかった。核兵器禁止条約の締結を求める世界的NGOネットワーク「アボリション2000」に賛同する団体の数は、95カ国から計2,000団体を突破した。
会議初日、メキシコ大使はNACを代表して、「核兵器国が、保有核兵器の完全廃棄を達成することを明確に約束する」という要求を中心とした作業文書を提出した。5月1日には、フランス大使が5核兵器国を代表して、「核兵器の完全な廃棄という究極の目標について明確に誓約する」とする共同声明を発表した。翌2日の委員会で、NACは「核兵器の完全廃棄は、義務であり、優先事項なのであって、究極の目標ではない」と反論した。
5月3日には、3時間の枠内でNGOの意見表明がおこなわれ、伊藤一長長崎市長をトップバッターとして、15人の各国からのNGO代表がさまざまな観点から核廃絶を強く訴えた。
これらNGOとNACは非公式な意見交換の場を持っていた。各国のNGOは、「明確な約束」の文言を会議の最終文書に盛り込むよう、自国政府や議員に働きかけを強めた。世界のNGOに後押しされたNACの主張を、核兵器国は無視することはできなった。
公式の委員会報告が出されたあとに、5核兵器国とNACの計12カ国による非公式協議が続いた。その中で、NACの要求のうち「次の5年間の交渉加速と段階的手段の実行」という文言を落とすことを条件にして、「核兵器完全廃棄への明確な約束」を文書に盛り込む妥協が成立した。この妥協の成立には、核兵器国とNACの協議の調停役となったノルウェー大使と、この流れを支持したNPT会議のアブダラ・バーリ議長(アルジェリア国連大使)の役割が大きかった。そしてこの文言は、会議の最終文書に盛り込まれ最終日に全会一致で採択された。
最終文書は、核軍縮の具体的措置に関して、次のような事項を盛り込んだ。
まず、5年前の「原則と目標」を発展させるものとしては、
@CTBTの早期発効と発効までの核実験の停止
A5年以内の妥結という見通しを持ったFMCT交渉のCDでの開始
B米ロ戦略兵器削減交渉過程(STARTプロセス)の促進
の3点が挙げられる。
次に、核兵器への依存度を高めている国際情勢への懸念から
@安全保障政策における核兵器の役割の縮小
A核兵器の作戦上の地位を低める措置(警戒態勢解除など)
B非戦略核兵器の削減
C核兵器国による一層の情報公開、などの「質的」核軍縮政策。
最後に、これらを達成するための手続き的措置として
@CD内に核軍縮をとり扱う下部機関を設置する
ANPT再検討過程での各締約国の定期報告、など。
定期報告は、「核軍縮交渉を完結させる義務が存在する」とした国際司法裁判所(ICJ)の勧告的意見(96年7月)を念頭においておこなわれるべきであることが明記されている。
これらの措置の実施が、「明確な約束」を実行に移すためのこれからの課題となる。
とりわけ、「安全保障政策における核兵器の役割の縮小」は重要である。これは、日本の「核の傘」政策と直結する課題である。つまり、日本が、核兵器による安全保障の提供を米国に求め続けることは、確実に核兵器の役割を拡大させる。逆に、日米安保から核兵器を排除し、東北アジア非核地帯を設置することなどが、日本が「核兵器の役割の縮小」に向けておこなえる具体的政策である。これらの政策は、米ロをはじめとする世界的な核兵器削減に確実に道を開くことになる。
日本の河野外相は会議閉幕後の談話で、「わが国は、核軍縮を現実に推進させるためには核兵器国に対し対立的姿勢で臨むのではなく、核兵器国との信頼関係に基づき核軍縮措置を粘り強く求めていくとのアプローチをとってきた」とし、今回の会議結果が「正にこのようなアプローチの有効性を証明した」と述べている。この「核兵器国との協調的アプローチ」とでも呼ぶべき基本姿勢に基づいて、日本はこれまで、国連総会において、核廃絶を「究極の目標」とする決議を提案して反対票ゼロで採択させ、その一方で、NAC提案の核軍縮決議には棄権投票を続けてきた。
しかし、今回のNPT会議の事実経過をみると、河野談話とは逆に、この「協調的アプローチ」の有効性は根拠を失ってしまう。その理由は
@日本が提案してきた「究極の目標」という文言が批判の対象となり、それを取り除いた「明確な約束」が合意されたという事実
A核兵器国がNACを交渉の相手として選び、両者の交渉が会議をリードし最終文書合意への土台となったという事実
Bその結果、最終文書で合意された具体的核軍縮措置の内容は、日本がオーストラリアと共同で会議冒頭に提案した内容よりも高いレベルのものとなったという事実
に求められる。NPT会議の経過において日本は主要な役割を果たせず、会議の結論は、現在の日本の政策より確実に先をゆくものになったのである。
来る9月からの国連ミレニアム総会において、NACは核廃絶への「明確な約束」を実行に移すことを求める決議の提案をおこなうだろう。日本がそのNAC決議案にどのような態度をとるのか、また、日本が独自に決議案を提出するのであれば、それは従来の「究極の目標」決議とは性格を一変させざるを得ず、その内容が注目される。核軍縮外交は、「約束」から「実行」へ、新たな段階に入った。