『海の向こうの火事』書評(2)
|
||
1 | ||
『毎日新聞』 1990.9.17
ベトナム戦争―― 「アメリカ人にとってのベトナム戦争」に焦点を合わせたこの本(同朋舎出版刊『NAM 狂気の戦争の真実』のこと、吉川注)と対照的に、トーマス・R・H・ヘイブンズ著『海の向こうの火事――ベトナム戦争と日本 一九六五――一九七五』(吉川勇一訳、筑摩書房・三、九一〇円)は副題のように、この戦争と日本とのかかわりを追及している。
|
ブックファイル『すばる』
1990.11月号 この本の原著がアメリカで刊行されたのは三年前のことで、当時日本にはヴェトナム戦争と日本の関わりを真っ向から分析した本は事実上なかった。わずかに谷川栄彦編『ベトナム戦争の起源』が日本の政財界の深い関与を指摘していただけで、あとは(少なくとも出版情勢の上では)誰もがそんなことはありもしなかったように健忘症を決め込んでいたのだ。 この本の題名には、そんな太平楽なこの国の社会体質に対する批評がこめられている。「海の向こうの火事」とは要するに「対岸の火事」であり、米政府・軍に対する実質的な戦争協力がどんなに深くなっても、最後まで「出来るかぎり離れているよう全力を尽くし」通した日本社会の(おそらく現在のイラク問題にも相通ずる)姿勢を、確かによく言い表わしている。 著者の論点は、大きく三つ。第一は、当時の最も強力な反戦組織であったべ平連の運動が、鶴見俊輔を典型とする知米派リベラル・エリートたちの理想主義的なアメリカ観の幻滅の顕在化の展開でもあったこと。第二は、彼らと全共闘左翼の問の齟齬。そして第三は、「対岸の火事」を決め込む大方の庶民たちを巧妙に操った佐藤栄作政権の手腕をプラクティカルな観点から高く評価していること。 この最後の点には異論も少なくないはずだが(事実、べ平連事務局長だった訳者は後記でこれに触れている)、この本はむしろ議論の契機としてあることを忘れてはならないだろう。〈鍵〉
|