news-button.gif (992 バイト) 83 小田 実さんを偲ぶ会での発言 2008年7月20日、東京・文京シビックホールでの集会で)08/08/01搭載)  

 小田実さんが亡くなられて1年になる日を前にして、東京では、7月20日、東京・文京区の文京シビックセンター・スカイホールで、「小田実さんが掘った『井戸』を掘り続けよう」というスローガンをかかげて、「小田実さんの文学と市民運動を語り考える――小田実さんを偲んで」という集会が開かれ、各界から150人ほどの人びとが参加しました。以下に、その集会での私の話を全文掲載します。

    それぞれの小田実像

             吉 川 勇 一

 与えられた時間は5分。運動の中での私と小田さんとのお付き合いは半世紀近くになります。とても5分で話せるものではありません。私の小田さんへの思いは、葬儀の際の弔辞でも述べましたし、その後に書いた文章にもあります。今日、入口で拙著『民衆を信ぜず、民衆を信じる』を売らせてもらっていますが、その中にも、「小田さんに言った最後の意見と言えなかった意見」という文が載っています。それらをお読みいただければと希望します。 

 一言だけ、そのタイトルについて申し上げますと、私と小田さんとの間には、意見の違いから議論がよくあったと書きましたが、そこから、私の方がいつも小田さんに意見ばかり言ってきたようにとられるかもしれません。しかし、それは事実と違います。ほとんどの場合は、小田さんから私が怒られていました。先ほど、小田さんが怒った時はすごかった、という話がされましたが、私もそれは忘れられません。

 私が主要に活動の場としている「市民の意見30の会・東京」というグループが、会員にアンケートを求めたときでした。阪神・淡路大震災のあとのことでした。それぞれの会員が関心を持つ政治的・社会的テーマを、列挙してある項目の中から選んでもらおうというもので、憲法や軍備、自衛隊、税金、教育などなどさまざまなテーマが並んでいたのですが、それには、自然災害、被災者への救援、被災者への公的援助などといった項目がまったく欠けていたのです。小田さんは電話をかけてきて、烈火の如くおこりました。上京する、東京駅で会おう、ということになり、私は東京駅のステーションホテルの食堂で小田さんを迎えましたが、そのときは、とても会話とよべるようなものなどではありませんでした。2時間以上だったと思うのですが、彼はひたすら怒りに怒り、私はひたすら頭を下げて聞き入る以外にはありませんでした。これは骨身に染みる経験でした。

 司会をされている鈴木美紀さんが、さきほど、私たちの住む保谷市(現在の西東京市)の市議会が、全国に先駆けて、災害被災者への公的支援を求める政府と議会あて要請決議を採択したことや、市内で、超党派の街頭演説会を展開したことなどを述べられましたが、それは、この小田さんの怒りに痛切に反省した私が、当時市議会議員をしていた鈴木さんのところに、この話を持ち込んだことから始まったのでした。 

 鶴見俊輔さんは、最近書かれた文章の中で次のように言われています。

… どのくらいの時間そうできるかわからないが、小田実と共に歩こうと思う。小田実はどういう仕方で自分をつくっていったか、それを知りたい。初期の作品を劇団で取りあげると聞く。それを見に行きたい。自分の中の小田実の像を新しく掘り起こしたい。…(中略)… そういうことにについて、彼と私との架空対談を、彼の残した文書の中からつくってゆきたい。(5月23日)

 そうなのです。小田さんを敬愛する人びとは、みな、それぞれの胸の中で、小田さんとの架空対談をつづけながら、それぞれの小田実像を作り上げていきます。それが、今生きている人びとに、進むべき道や生きる力を与えてくれます。ありがたいことです。亡くなった方への敬愛の念が強ければ強いほど、それぞれの人が抱く個人の像も強いものになっていきます。

 ただ、故人が偉大であればあるほど、それぞれが抱く故人の像が強くなるのあまり、自分以外の人の描く像に違和感を覚えたり、否定したくなる傾向も、これまでには時に起こりえました。私の知る例では、久野収さんが亡くなられたあと、そういうことが少しあったように思えます。でも、それは故人の遺志に反することです。各人が抱く故人の像が、それぞれの人ごとに違ってくるのは当然のことです。個人に限らず、小田さんとともに活動してきたさまざまな市民グループの間でも、小田さんへの思いの焦点が違ってくることもありうるでしょう。それを議論しあうことはいいでしょうが、しかし、最終的には小田さんを敬愛する人びとの間で、どちらが正しい評価かなどを競うのではなく、相互に理解しあい尊重しあいながら、自らの小田さんとの対話をより豊かにしてゆく……、私たちのすることはそうでなくてはならないでしょう。 

 今日の集会のタイトルは、「小田実さんの文学と市民運動語り考える」となっています。お集まりの人びとの中には、文学者、作家としての小田さんこそ本質とお思いになっておられる方も多いでしょうし、また、市民運動家としての小田さんこそ、彼の偉大なところだとする方もおられるでしょう。私は、非文学的人間で、小田さんからは、よく、お前には小説ってものが解らんだろうがな……などと言われていました。でも、私は、小田さんの小説は読みました。そう、苦労しつつ努力して読みました。「市民運動派」の私もそんな努力をしています。そこで、この際「文学派」(?)の方にも努力をお願いしたいと思います。ちょっと思い返して、ここ1年の間に、デモに何回参加されたか数えてみてください。小田さんは、デモの中でこそ真実が見え、デモの中でこそ人間同士の平等なつながりが強まると力説されてきました。 

 憲法改悪の危険は去っていません。いつもいつも「狼が来るぞ」と言い続けるつもりはありません。たしかに、小泉→阿部政権の時に強引に推し進められたような明文改憲へのすさまじいドライブは今はなりを潜めているようです。しかし、国民投票法が実施に移されるまでに2年を割りました。それまでには解散・総選挙もあるでしょう。この選挙で、仮に議会での自民・公明勢力が減少し、民主党などが多数を占める結果になろうとも、改憲については安心できません。民主党の中には、自民議員以上の強硬改憲を唱える議員も少なくありませんし、国連の名のもとに自衛隊を恒久的に海外に派兵できるような立法は、民主党が唱えているものです。小田さんが呼びかけ人になっていた九条の会をはじめ、反改憲勢力が大きなデモをする機会も今後たびたび生じてくると予想できます。小田さんの文学を読みつつ、時には市民運動のデモにもご参加くださいますよう、お願いいたします。

 こうした努力を継続しながら、それぞれの抱く小田実の像を、より豊かなものにしてゆこうではありませんか。

 ありがとうございました。