週刊『かけはし』(新時代社刊) 1999年4月5日号
読書案内 吉川勇一著 『いい人はガンになる』 KSS出版
「意地悪じいさん」の透徹した批評眼
べ平連(ベトナムに平和を!市民連合)の元事務局長で、べ平連の解散後も日本はこれでいいのか!市民連合(日市連)、市民の意見30の会・東京などの市民運動の先頭に立ってきた吉川勇一さんは、「ハゲはガンにならない」という説を信じてきたという。その吉川さんがガンになった。一九九一年から二年間で膀胱ガンと胃ガンで三度の手術を行って、膀胱は全摘出、胃も三分の二強を切除した。その後もイレウス(腸閉塞)の手術などで入院生活を経験した。
本書の冒頭に収められた「ハゲもガンになるの記」は、最初に『話の特集』に掲載されたとき、評論家でべ平連の仲間だった栗原幸夫さんからは「ガン文学の白眉」という賛辞を寄せられ、薬学専門家の遠藤浩良さんからは「二十世紀の終わりのガン治療についての貴重な民俗学的記録」という手紙が寄せられたという。この本の中で、吉川さんが病とのつきあい方、家族・友人や同病の仲間たちの生きざま、死にざまについて語り、これからの人生の計画の立て方について述べているが、そこには長い運動経験に立脚した鋭い批評眼が貫かれていることは言うまでもない。その批評眼は、自分に対しても向けられている。運動の中では「意地悪じいさん」の評判が立っている吉川さんだが、その「意地悪」とは、他者だけでなく自分をも批評の対象としようとする透徹したまなざしのゆえであろう。そうした資質は、主観主義が先行しがちな運動家の中では貴重なものと言うべきだろう。
吉川さんは、その卓越した事務能力でも評判である。それは学生時代からの活動仲間だつた武藤一羊さんの「カオスに秩序を与える吉川」という評価に示されている。武藤さんの紹介したエピソードによれば、一九五〇年代の日本共産党の「山村工作隊」活動の一環としてなんの準備もなく農村に派遣されたとき、吉川さんはただちにその場にあつた紙でさっさと農村調査アンケートの項目を作って、同行の仲間に配付したのだという。
吉川さんの「意地悪」ぶりは、そうした臨機応変の状況対処能力や、細部に目配りしながら目標を実現しようとする意思と一体である。この「意地悪」は、本書の中で自分の「生前葬」の計画についてふれたところにも示されている。
「生前葬をやって、香典の受け付け係を自分でやるのだ。一人一人金額を勘定して記帳し、パソコンの表計算ソフトに入れた上で、『生前の私への評価は八千円でしたか。どうもお忙しいところをありがとうございました』とか、『いや、あなたから、三万円もいただけるとは思ってもいませんでした。生前の不明をお詑びしたします』などとお礼を言えたら、面白いなとも空想する」。
それがもしかすると「空想」や「冗談」ではなく、本当に実現しかねないと周囲の人をおそれさせるところが吉川さんたるゆえんなのだろう。
実際、本書の表題も裏返せば「ガンにならないのは悪いヤツだ」ということになり、本書の出版記念の会が開かれた三月十四日(吉川さんの誕生日であり、またマルクスの「命日」でもある)には、会場のあちこちで「あなたも、いい人になりましたか」「いや残念ながら、まだ悪人のままです」といった会話が交わされたりした。
いっしょに運動をやっている仲間たちの間では大いにうっとうしいこともあろうが、吉川さんにはこれからもその「意地悪」ぶりを発揮してほしいということを感じさせる本である。 (国富建治)